東方照歩記   作:たま紺

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第十一話 暖かい日常は心を癒す

 

 

 

 ──トン、トン、トン。

 頭上から重たいハンマーを振り下ろす。

 昨日の戦闘から一夜明け、朝っぱらから修築作業をしている。そらちゃんは未だ寝ているようだ。

 昨日は家にお邪魔させてもらって晩御飯を食べた後すぐに寝ようと客間へと向かう途中、こっぴどく怒られていたそらちゃんを見たので、あの調子だと日を跨いだんだろう。よほど応えたようで、さっき盗み見たところ爆睡していた。決して変態ではない。

 昨日のことを思い出して身震いしそうになったので、そこで思い出すのはやめて手元に集中する。

 砂利の方は先に諏訪子が地面をなおしてかららしいので、今はダメージを受けていた本殿の修復である。

 と言っても風によるダメージしかないので、飛んで行った装飾品とかひっくり返った賽銭箱を直すだけだ。っていうかこの時代にお金あんの?

 深く突っ込むとよからぬことが起きそうなので追求するのはやめておく。

 今は外れかかった手すりを打ち直しているところだ。別に折れたわけではなく、接続の金具がなくなっていたので、新たにもらい修復しているのである。

 それも最後に一発、トンっと音を立てて完了した。

 

「ふう……。終わったかな」

 

 素人が見るぶんには直っている。まあその道のプロが見たらまだまだなんだろうが、俺にはこれ以上無理なので、もっと綺麗になんて言われたらプロに頼めと言い返すだけだ。と言えるぐらいには綺麗になった。

 あとは砂利の処理だけど……。

 そういえば諏訪子はどうやって地面を直すつもりなんだろうか。ちょっと気になる。

 境内の方をチラリと見てみると、諏訪子自身はいるもののまだ何も起こっていなかった。つまり今から始めるということである。

 そうとなれば早速屋根の上に登って見学するしかあるまい。

 俺はヒョイっと屋根へ行き、胡座をかいた。

 ここからなら境内全体が見渡せるな。夜になったら月が綺麗に見えそうだ。

 月に叢雲花に風、とは言うが別にそれはそれでいいと思う。叢雲に隠れられたらちょっと困るが、花に風は別にいいと思うんだ、俺。桜は散る時が一番美しいって言う人だっているんだから、風に舞う花びらも美しいように思う。……その辺の詳しいことを何も知らないからこそ言える勝手な素人の戯言だが。

 そんなどうでもいいことを考えていると、諏訪子に動きがあった。

 ここからでは何を言っているかわからないが、ぶつぶつと呟いているように見える。

 すると、昨日俺の腕にあった黒い蛇の白色バージョンが地面からひょっこり顔を出し、会話をしていた。

 あれって祟りなんじゃ……? そう思っていたが、会話ができる時点で祟りではないことがわかる。

 それならばなんだろうか、と頭を捻って考えてみるもそれらしき答えは見つからない。

 そもそも神様の知識は、有名どころとその内の数人のエピソードとかを知っているだけだ。日本の神様だって、伊邪那岐とか伊邪那美、天照大御神とかしか知らない。ギリギリ聞いたことがあるのは建御名方神レベルまで。

 だから洩矢諏訪子なんて名前は聞いたことないしあの蛇の正体もわからない。

 つまり何にもわからないということだ。……ダメじゃんか、俺。

 

「はあ……」

 

 あまりにも無知な自分に対してため息を吐きながら、予備知識としてアテナに教えてもらっておけばよかったなぁと空を仰いでいると、諏訪子に動きがあった。

 うねうねと蛇が蠢いて姿が見えなくなったかと思えば、なんということでしょう。地面が動き出したではありませんか。………いや、冗談抜きでビックリしてんだけど。

 陥没した地面は乾いたスポンジが水を吸うように膨らんでいく。

 いずれ罅が消え、どフラットになった地面は動くのをやめた。

 

「マジで……?」

 

 屋根の上で目を点にしながら唖然とする。

 ホントに地面が綺麗になった……! どういう仕組みだろうか。俺の能力でできるかな。

 俺は脳内でシュミレートしてできるかどうかを考えてみる。が、考えているときに声をかけられた。

 

「優陽ー! そんなとこで何してんのー?」

 

 声の主である諏訪子は、返答を待たずにこちらへ飛んできていた。

 神様はやっぱり空を飛べんだね、などとどうでもいいことを思っているうちに諏訪子はこちら到着した。

 諏訪子が屋根に座るのを確認してから俺は口を開いた。

 

「ああ、どうやって地面を直すのかなーって思って見てたんだ。んで、どういう仕組みなんだ? アレ」

「アレ? あっミシャグジ様のことね。んー、どこから説明したらいいのかな……」

 

 うーむと腕を組んで考え込む諏訪子。

 俺としては最初から教えて欲しいので、そのことを伝える。ちなみにここがなんていう場所なのかも。

 

「ここは諏訪の国って呼ばれてるよ。それで私はここら辺の土着神の頂点なんだ。で、さっきの蛇がミシャグジ様っていう祟り神」

 

 そこで一旦言葉を区切った。おそらく一番伝えやすいことを最初に伝えたんだろう。また腕を組んで考え込んでいる。

 ……それにしても諏訪の国、か。俺の知識が確かで、前世と位置が変わってないのなら長野県あたりだったかな。

 長野県に有名な神社なんてあったっけ? 土着神っていうのが何かは知らないが、頂点っていうのならそれなりに有名なはずだ。

 …………。

 ………あ、一つ思い出した。たしか神話にハマりだして出雲大社とか伊勢神宮とか調べたときに、一緒に諏訪大社が出てきたんだ。

 同じ“諏訪”って名称だし、ここのことな気がするんだけどなぁ。あー、でも祭神は建御名方神だったような。

 まあいいか。諏訪子の話に耳を傾けてたら何かわかるだろう。

 

「土着神っていうのはね、そこに棲み着いている神様のことなんだ。基本的には岩とか木とか池とかにいるんだよ。普通の神様より気性が荒くて、無礼なことをすると祟られるのさ。その頂点が私で、この土地の土着神がさっきのミシャグジ様」

 

 ……諏訪子、頂点なのに無礼なことしたら祟られるのね。なんというか哀れである。

 

「あ、今頂点なのに祟られるとか……みたいなこと思ったでしょ」

 

 そう核心をつくような発言をする諏訪子。

 

「え、あ、いやーなんとなく思っただけだから気にすんな」

「ダメ、気にする。というか弁明させて。ミシャグジ様っていうのは、土着神の中で一番強いんだよ。だから私とは協力関係なだけ」

 

 そう力強く返答してくるのを聞いて少し考える。

 諏訪子は土着神の頂点で、ミシャグジ様も土着神の実質的な頂点。つまり力関係では対等だからあんまり支配するような態度を取れないということか。

 簡単に言うと部活のキャプテンよりただの部員の方が上手いから、キャプテンよりも実際はその部員の方が発言力が強かったりする的な……? でも形だけはキャプテンに従わないといけない……。

 

「なんかややこしいな」

「そんなことないさ。逆に優陽が慣れてないだけだと思うよ」

 

 む、そんな風に思われるのは心外である。

 俺だって都市では永琳のコネでややこしいことしてたんだから。……まあそれも入った直後には実力社会になったからあんまし関係ないかも。

 ……だから反逆が起こったのかもしれないな。やめようダメだ。人と喋ると変に過去のことを思い出してしまうのは俺の悪い癖だな。

 

「おかーさーん、どこー?」

 

 不意に下から声が聞こえた。

 目が覚めたそらちゃんの声だ。キョロキョロと周りを見渡しながら外に出てきている。

 その様子を見た諏訪子は「はーい」と返事をしながら一旦話を区切って降りていく。うむ、お母さんである。違和感ありすぎてヤバい。

 なにはともあれ手持ち無沙汰になってしまったし、砂利の片付けでもしようか。

 あー……めんどくさい。外に飛んで行ったのも集めないといけないのだろうか。そんなことになったら俺はもうとんでもなくどうでもいい能力を編み出してやってやる。

 そう心に決意して、俺も神社の居住スペースへと入っていく。

 

「おーい諏訪子ー」

 

 ガラガラーと引き戸を開いて声をかける。土間で草鞋を脱いで先にある居間へと向かう。

 先にはそらちゃんが板張りの床の上で膳……だっけ、それの上に乗ったご飯を食べていた。俺も近くに座る。

 俺の姿を見つけるとにぱーっと微笑みながら、

 

「あ、ゆーひ。おはよー」

 

 と一言。

 ただの挨拶。それでここまで心が揺れ動かされるのは、俺がロリコンというものになりかけているからだろうか。

 とりあえず返答しなくてはいけない。

 

「あ、ああ。おはよう、そらちゃん」

「うん!」

 

 満面の笑み。あああああ癒されるぅー。

 いーやダメだダメだ。あと数年すれば大人になるんだ。だから少しの辛抱だ。ロリコンというものを開花させてはならん! 気をつけ、優陽!

 首を振って雑念を振り払う。っと、本来の目的を忘れるところだった。

 

「諏訪子ー。砂利の片付けなんだけどさー、周りのやつ集めないとダメー?」

 

 声を張り上げてどこかにいる諏訪子へと問いかける。

 ……なんていうか、こういうのって単純に家族って感じがして心地いい。アテナと過ごしていた時も同じ気持ちを抱いたから、間違ってないんだろう。アテナは俺の家族だ。

 それにしても一日だけでこんな気持ちになれるなんてなかなか無い。それだけいい場所なんだろうな。

 物思いに耽っていると、トタトタと足音がして諏訪子がやってきた。

 

「砂利のこと? それなら全部集めておいてねー? 誰かさんが吹き飛ばしちゃったんだから」

 

 床に座っている俺の頭上からかけられる声には、昨日のような脅しが込められていた。

 ああ……どこに飛んでったかもわからん砂利を集めて敷き直さないといけないのか……。やる気が起きん。

 が、いくらやる気が起こらないと言っても放っておけばどうなるかわかったもんじゃ無い。次の日には俺が縛られてる可能性も無きにしも非ず。悲しいぜ。

 

「あー……。やるしか無いのか……」

 

 俺はゆっくりと重すぎる腰を上げながら、外へ出て行く。

 仕方ないな。超どうでもいい限定的すぎる能力を創って終わらせるか。あまりにも限定的だったら身体にくる負担は減るだろう。ちなみに一番負担が少ないのは何かの概念をいじった時だ。能力にすると同じことでも負担が大きくなってしまうのである。

 俺はゆっくりのんびり境内へ出て行く。あまりにもめんどくさそうなオーラを出していたら、手伝ってくれるかもしれないという希望的観測だ。

 ……まあそんなことしたら十中八九逆鱗に触れるだけなので、やっぱりちゃっちゃと済ませよう。

 

 ──俺に【洩矢諏訪子の家であるこの神社から飛んで行った砂利だけをかき集め綺麗に敷き詰める程度の能力】という概念を俺に付与。

 

 っと。

 

「……やってしまった」

 

 ついに歴史に残るレベルのどうでもいい能力を創ってしまった。その分身体には全く影響が出ていないので幸いといえば幸いだが。

 はあ、と俺はため息をつく。別につく理由なんてないが、なんとなく息を整える意味も込めてやってみた。

 そして俺は上空三メートルほど飛び上がる。そのまま眼下の境内に向けて両手をかざした。

 手から何かが出るようなイメージで力を入れる。するとどこからともなく吸い込まれるようにして砂利がやってきた。

 全方向から一点に集まって来る様子はなんか神秘的である。それもただ集まって来るだけでなく、渦を巻きながらというのがまたなんとも。

 ぐるぐると穴に落ちていく水のような円を描きながら俺の手の先で砂利たちは山を作った。

 綺麗に敷き詰めるまでが能力だから、ちゃんと動いてくれるよな。俺はまるで魔法でも扱うように境内の左側へと手を向けた。

 

「……おお」

 

 砂利は山の上から毛糸を解くようにして動き、俺の思い描く通りの場所へ行く。そのままどさりと落ちるのではなく、一つ一つ丁寧に砂利が並べられていった。

 うむ、使い勝手が非常によろしい。これはいろんなことで代用できるぞ。その分俺がだらける未来が鮮明に見えるが。

 まあ、多用しなければいいんだろうから気にしない。時間がないときに【俺の私物を全て操り元の場所へ戻す程度の能力】という概念を付与したり……便利すぎてヤバいでしょ。

 何はともあれ砂利の片付けは何事もなく進み、ものの十分ほどで終えてしまった。このあと何しようか。

 日は高くなっているので二度寝する気にもならないし、かといって家でゆっくりしているのは俺の精神衛生上よろしくない。

 ふむ……と腕を組んで考える。空中に佇みながら境内の砂利たちを穴が空くほど睨めつけていると、後ろから声をかけられた。

 

「おおー、早いのに綺麗になったねー。……ん? どうしたのさ、そんなに地面を睨んで。……この出来でまだ納得いかないの?」

「あ、ああいや。やることなくなったし、家にいるのもなんだかなーって思って。何しようか考えてただけだ」

 

 そう声の主──諏訪子に返答する。

 それを聞いた諏訪子はニヤリと不敵に笑う。あまりにも嫌な予感しかしなさすぎて背筋が伸びてしまった。

 

「そう……。やることがない、ねぇ。だったら今日一日中雑務に徹してもらおうかな、村人さん」

 

 村人さんだけ強調して言ってきた。

 俺が昨日村人として扱ってくれ、俺の立場は気にすんなと言ったのをうまいとこで使ってきやがった。

 自分の発言だから訂正するのは憚られるし、反論できない。

 ぐぬぬ、と睨み返してみるも当の諏訪子はどこ吹く風。反撃にすらなっていなかった。

 勝てる気がしない。諏訪子の夫になったやつは永遠に尻に敷かれるのだろうな……。俺もいつまでここにいるかは決めていないが、そんなことにならないように気をつけよう。

 

「わかったわかった。で? 何すりゃいいの?」

「ん、わかればよろしい。それでやることなんだけど、──そうだね……適当に仕事作ってくるからちょっと待ってて」

 

 くるりと身を翻し、颯爽と去っていく諏訪子を呆然と見つめる俺。

 え? 今から仕事作んの? それなら別に俺家にいるんだけど。どこぞのタイトルの長いラノベ主人公みたく主夫万歳だぜ?

 ……まあ、そんなわけでも無いんだけど。

 どっちみちともかく諏訪子が戻ってくるまでやることが無いわけだ。

 俺はもう一度神社の屋根に登った。少し不安定だが、寝転ぶには十分なので横になる。高い太陽が若干痛いが、真夏の日差しに比べればどうってことは無い。日向ぼっこ気分だ。

 心地よい陽射しが俺の体を包み込む。やがて訪れる微睡みに逆らうことなく意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




閲覧ありがとうございました。
また見てくれると嬉しいです。
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