東方照歩記   作:たま紺

13 / 27
第十三話 銀世界は静かな日常を終わらせる

 

 

 ……窓の隙間から入ってくる、包み込むような柔らかい朝の日差しで目が覚めた。

 この冬の太陽は強くもなく、目覚ましとしてはぴったりだ。しかしいささか日の出が遅いので、夏よりかは起床時間が遅くなってしまうのが難点だ。

 ……それにしても、懐かしい夢を見たな。もう、七、八年ほど前か。

 俺の生きた年数に比べれば全然だが、空虚な十年よりも密度の濃い一ヶ月の方が長く感じるのは道理である。たかが七、八年前でも懐かしいと感じるのには納得できる。

 ゆっくりと身体を起こして目を擦る。一つ大きなあくびをしてから俺は立ち上がった。

 

「うわっ、寒っ」

 

 雪でも降ってるんじゃないかと思わせるほどの寒さに俺は身震いする。鼻から抜ける空気は澄んでいるが、その分痛みも伴っていた。

 寒さに肩を縮こましながら慣れた足取りで、まっすぐ居間へと向かう。ここまで長居する気は無かったんだが、つい雰囲気に流されてしまった結果である。

 

「あ、優陽さまー。おはようございますー」

「ん、おはようそらちゃん」

 

 そらちゃんはこの神社の巫女となっていて、すでにちゃん付けで呼ぶのは憚られるほど成長しているが、なかなか昔からの呼び名は変えられない。

 ふっくらとしていたほっぺたは大人のそれとなり、身長もだいぶ伸びていた。一応百七十五センチある俺よりはちっちゃいけど。

 他にも昔からすでに美しさの片鱗を見せていた艶やかな黒髪は、背中ほどまで伸ばされていてより一層美しくなっていた。……ついでに胸とかも。りんごくらいのが二つほど。

 俺がロリコンになる可能性は完璧になくなった分、ふとした時に見惚れてしまうことがある。そんな時は気まずさマックスで目をそらさないとやっていけない。

 ……年齢イコール彼女いない歴は伊達じゃないのだ。

 俺はそんな反応をしている割にそらちゃんは別段何も気にしてないらしく、幼い頃と変わらず接してくれる。……流石にベタベタとひっついてくることはなくなったが。

 そんなそらちゃんは、諏訪子に代わって家の家事全般を一人でこなしている。

 特に料理の腕前は一級品である。なにせ都市にいた頃の調理器具調味料満載のキッチンで作ったものとタメはれるぐらいだからな。

 毎日飯を期待しているのだ。本日の朝餉は…………おっ、これは鯉の塩焼きかな? それとごはんと木の実か。

 俺は早速御膳の前に座って諏訪子たちを待つ。するとまぶたが下がってきていておまけに大きなあくびもしている、いかにもまだ寝さてくれよという雰囲気を撒き散らしながらやってくる人物が一人そらちゃんに連れられてきた。

 この神社の祭神、洩矢諏訪子である。すでにお母さんポジションはそらちゃんに奪われており、ここに来た時とは立場が逆転している。それも親子間だけであって、俺に対してはなんら変わっていない。

 二人とも自分の膳の前に座ったのを確認してから、俺は口を開いた。

 

「いただきまーす」

「いただきます」

「いただきま〜す。……眠い」

 

 三者三様の食事の挨拶を済ませてから、俺は箸を手に取った。

 まずその箸でイイ感じに焼き目がついている鯉へと伸ばす。その体へと箸を差し込むと、パリッという心地よい音とともに熱々の湯気が溢れ出てきた。

 その湯気はしっかりと鯉の香りを包み込んでおり、俺の鼻腔をくすぐる。

 我慢などできるはずがないので背開きにされたそれをさっと解して、そのうちの一つを皮と一緒につまみ、口へと運ぶ。

 

「……美味い」

 

 噛めば噛むほど鯉の脂が出てくるが、それも皮にある塩でギトギトした感じがなくなり食べやすくなっていた。これは何度食べても飽きない。

 次に木の実へと伸ばす。とりあえずドングリはあんまし好きじゃないんで、栗の方をつまんだ。

 秋に収穫したものを保存しておいたそれは、茹でてある現在でも未だに甘みを残している。ちなみによくできた主婦であるそらちゃんは、すでに調理の際に栗を含む木の実たちの皮をむいていくれていた。素晴らしい主婦スキル。結婚したら良妻賢母間違いなしだな。

 そんな美味しい朝飯に舌鼓をうったあと、少し外の様子を見る為に出てみると案の定見渡す限り一面の銀世界だった。

 

「おおー……すげぇな」

 

 雪が珍しいわけではない。これまでに何回も見てきたし、氷河期だって体験しているし、何よりこの諏訪の国って冬は結構雪が降るのだ。さすがに雪でこの歳になってテンションが上がって無邪気に庭を駆け回ることはない。

 ……そもそも俺は子供の時は家でこたつに入りながら眺めるタイプだったが。友達が誘いに来たりしない限り絶対に家から出ようと思うことはなかったな。今は室内も屋外も気温が変わらないんで、若干外に出る機会は増えたかもしれない。

 しかし雪というものは何回も見て見飽きたはずなのに、なぜか一年経つと鬱陶しいと思う気持ちも無くなる。

 今も風に乗ってやってくる冷気でどうしてか心が躍るのだ。加えて今年はここに来てから一番の積雪だと思う。

 このクニのちびっ子たちは未だ早朝だというのに、キャッキャキャッキャとはしゃぎまくっているのが遠くから聞こえてくる声だけでわかる。朝っぱらから起こるこの光景はどの時代でも共通して見れるようだ。

 

「おっと、あぶね」

 

 どさりと屋根に乗っていた雪が落ちてくる。

 別段当たりそうだというわけではなかったものの、反射的に声が出てしまった。

 その雪を機にそろそろ風邪を引きそうなレベルで体が冷えてきたので、俺はいそいそと居間に戻っていく。

 

「ふう……」

 

 やっぱり気温は同じだと言っても、風があるかないかで体感温度がだいぶ変わるもんだな。と今更ながらの感想を抱く。

 

「外、どうでした?」

「ああ、なんか寒いと思ってたら大量に雪降ってたよ」

 

 尋ねてきたそらちゃんにそう答えながら、火のつけてあった火鉢に手を当ててあったまる。

 ちょっとしか外にいなかったが、それでもだいぶ身に堪えたらしく、じんわりと温かさが指先から広がっていった。

 ある程度身体があったまると、俺はそのまま寝転んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

「……はあ、はあ、はあ」

 

 白い雪景色がめまぐるしく過ぎ去っていく。

 銀世界を駆ける少女はかれこれ二十分ほど逃走劇を続けていた。

 彼女は人よりも体力には自身があるため、自分がこれだけ疲れているのなら追ってきているのは全員バテているだろう、そう思った。

 足はガクガク震え、視界がハッキリとしない。息も上がっている。汗が身体中から噴き出して、着ていた服を濡らす。

 それだけ走った。

 ──なのに。

 後ろを振り返るとまだ追っ手が来ていた。──それも人数が増えた状態で。

 最初に少女を追いかけていたのは五人弱だったはずだ。それがなぜか今は二十人規模にまで増えている。

 

「……あいつら、有る事無い事言い回ったのか」

 

 ──私が密告しようとしているのを。

 そう心の中で付け加える。そしてすぐまた震えて止まりそうになる足に喝を入れて走り出した。

 目指すは自分たちの従うべき存在のもとだ。どうせ追いかけてきている面々の中には騙されているのもいるだろう。

 ──あいつが謀反を起こそうとしている。とかなんとか言って。

 哀れなことである。少女がこの書状に書かれた内容を密告すれば、いくらその事実を知らなくても懲戒処分を食らうのだから。

 その光景を思い浮かべて少女の口角が上がった。

 ザクザクと降り積もった新雪が彼女の行く手を邪魔をするが、止まることさえしなければ問題はない。

 簡易的に作られた住居の合間を縫って乱れる自身の黒髪を物ともせず、少女は韋駄天のごとく走り抜ける。

 そもそも思い浮かべた光景を実現するためには、まずこの書状について報告しなければならないのだ。こんなところで止まっていられるか。今一度スピードを上げる。

 ある程度の距離を走り、少女の空色の双眸が目的地を捉えてきた頃、追っ手の情報を得ようと耳を澄ましてみると、

 ──ザッザッザ。

 静かな一人分の足音だけが少女の耳に入ってきた。敵の足音は聞こえてこない。

 

「撒いた……?」

 

 安心した少女は足を止め、同時に緊張を解いて少し休憩しようと周りを見渡す。

 しかし現実は無情だった。

 たった一人の少女を捕まえるだけで有る事無い事を吹聴して回る連中が、正攻法で少女を追うという考えを持つ方が間違いだったのである。

 いつの間にか、追っ手は、

 ──前からも

 ──右からも

 ──左からも

 ──後ろからも

 ──考えうる全てのルートから迫ってきていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

「…………!」

 

 なんとも言えない悪寒を感じて飛び起きる。

 辺りを見回してみるも、急に跳ね起きた俺に驚いているそらちゃんと、何やってんだか……みたいな目で見てくる諏訪子がいるだけである。

 

「……なんだ、今の」

 

 なんで悪寒を感じたのか思い出そうとするも、夢というのはすぐに忘れてしまうもので、すでに記憶からなくなっていた。……そもそも夢なのかどうか分からないし、まず寝ていたのかさえ怪しい。あれか、レム睡眠って奴か。

 

「まあいいや」

 

 深く考えても答えは見つからないのだ。無駄なことをしていては疲れるだけである。

 そもそも忘れるという時点で大切ではないということだ。悪夢の場合は大体覚えているのでそういうことだろう。

 限りなくゼロに近い可能性で、予知夢ということも考えられるが……まあ、あり得ないはずだ。

 

「どうしたんですか?」

 

 心配してくれたそらちゃんが訊いてくる。

 それに俺は首を傾げながら答えた。

 

「なんか、嫌な予感がしたっていうか……寒気がしたから」

 

 確信のないまま曖昧に答える。

 するとそらちゃんも俺と同様にはてな、と首を傾げた。

 

「熱でもあるんじゃないの?」

 

 俺たちの会話を聞いていたのか少し離れたところから諏訪子が言ってくる。

 

「あー……ありえるかもしれない」

 

 この寒さの中、外へ出たのが失敗だったかもしれない。いや、いつの間にかここで寝てたからか……? なんにせよ実際に熱があるか測ってみないとわからないな。

 

「そらちゃん。ちょっと来て」

 

 ちょっとおでこ貸して、と続けた。

 あまり理解してなさそうな感じのままコクリと頷いたのを確認して、俺は彼女のおでこに右手を当てる。

 自分のおでこには左手を当てて熱を測ってみるも、あまり違いは感じられない。

 別に熱があるわけではないようだ。

 さあ本格的にわけが分からなくなってきたが、考えてたらそれこそ熱を出しそうな案件なのでやっぱりスルーさせていただく。

 そんな静穏な時間が流れていくときに事件は起こった。

 

「洩矢様! 白神様! 建御名方神より書状が!」

 

 外から聞こえてくる声になんだなんだと住人三人で外へ出る。声に若干焦りが混じっているので、よほど緊急なんだろう。

 いそいそと出て行くと、そこには汗だくの状態の…………えーっと、門番の……そうだタケルだタケル、がいた。

 

「洩矢様宛に建御名方神よりこのような書状が届いております」

 

 そう言って差し出された手紙を諏訪子は受け取る。その表情はどこか訝しげなものだった。

 

「わかった。後で読んでおこう」

「では」

 

 それだけ告げて、タケルは駆け足で自分の持ち場へと戻っていった。

 諏訪子はどこか考え込むような仕草のまま家に戻っていったので、俺たちも一緒について行く。

 

「なんだ? それ」

 

 さっきからずっと思っていた疑問を諏訪子にぶつけてみる。

 

「……開けてみないとわからない。けどなんで、建御名方から……」

 

 諏訪子はそれを開けて一人で読んでいく。

 その間、俺は建御名方神について少しだけ考える。……どう考えてもあの建御名方神だよなぁ。で、遠い未来祀ってあるのがこの諏訪の国にある諏訪大社……。

 これは、もしかして戦争……か?

 嫌な予感が頭をよぎる──瞬間、隣で諏訪子がその書状とやらをビリビリに破いていた。

 ぷるぷると肩は震えていて、あからさまに怒り心頭って状況である。

 

「お、おい。どうしたんだ?」

 

 若干ビビりながら諏訪子に尋ねる。

 

「建御名方……私にケンカを売るなんて、いい度胸だね……」

 

 しかしこっちのことがまるで見えていないらしく、一人でブツブツ言っている。そんな状態の諏訪子に喋りかけたら何が起こるか全く予想がつかないので、俺とそらちゃんは二人して黙りこむ。

 ……つぶやいている内容から察するに、建御名方神が諏訪子にケンカをふっかけたらしい。実際は喧嘩なんて単純なものじゃないと思う。すなわち戦争。

 

「……ぅぐ」

 

 心臓を握りしめられたような感覚が襲ってくる。

 鼓動が早まり、ドクドクと脈打つのが感じられ汗が出てきた。

 

「優陽さん⁉︎ 大丈夫ですか! やっぱり風邪ひいてたんじゃ……?」

 

 あまりにも俺の様子のおかしいことに気づいたらしいそらちゃんが心配してくれる。

 優しいね。でも俺はただ過去のことが蘇るだけだから気にしないでほしい。

 

「……気にすんな。ホントに気にしなくていい」

 

 精一杯強がってみる。しかし、目に見えて無理しているのがわかったため怪しむような視線が向けられた。

 

「ねぇ優陽。昔なんかあったの?」

 

 核心をつく質問が諏訪子の口から出てくる。さっきまで我を忘れていたようだが、俺があまりにもおかしかったので正気に戻ったようだ。

 

「ああ、ちょっとな。そうだ諏訪子、戦争するんだろ?」

「え? あ、うん。みんなを巻き込むのは嫌だけど、ここを失うのはもっと嫌だから」

「そうか……」

 

 諏訪子なりの覚悟はあるらしい。

 なら、と俺は続けて質問する。

 

「そこにはなんて書いてあったんだ?」

「思い出したくないけど……建御雷神に負けてここら辺まで追い詰められて、ああ!」

 

 一度怒りを声に込めて発散させてから続けた。

 

「この地からでないから許してくれって請うたんだって。それでついでだからここの頂点になってやろうって……あー頭にくる!」

 

 なるほど、宣戦布告をしてきたのはただの腹いせということか。そりゃ諏訪子も怒るわ。

 

「で、勝算はあるのか?」

「はっきり言って……無い」

 

 まあそりゃそうか。なら──

 

「一対一なら?」

「? 可能性はあると思う……」

 

 それならいいや。

 俺がちょっくら向こうの陣営に行って、脅して来れば大将同士のタイマンに持っていけるだろう。

 そうと決まれば早いほうがいい。早速行ってこよう。

 

「なあ、諏訪子。一対一なら勝てるんだろ? 俺が今から向こうに行って交渉してくるから、準備しとけよ」

「え、え、ちょ、ちょっと待って……ええ?」

 

 それだけ伝えて俺は外に出ようとする。

 しかしそれを一つの声が呼び止めた。

 

「ゆ、優陽さーん! ちょっと待っててくださいー!」

 

 そらちゃんが声をかけてきたので一応止まる。

 

「おにぎり作ってるんで、待っててくださいねー」

 

 ……さすが母性溢れる十七歳。嫁に欲しいぜ!

 居間で待つこと多分十分ぐらい。

 

「はいどうぞ」

 

 そう言って手渡されたおにぎりを受け取る。

 ちゃんと面と向かってありがとう、と伝えたら俺はすぐに家を出た。

 

「ああ、やっぱ寒いなぁ……」

 

 少し湿気た風が痛みを伴って吹き付ける。

 急いで飛んで行こうとするも、絶対肌が痛いので能力を使うと決めた。

 俺は瞬間移動する程度の能力という概念を付与しようとするが、体にくるダメージが大きいような気がしたから少し踏みとどまる。

 能力を付与するのと、同じ意味を持つ概念を弄るのを比べると、概念を弄る方が圧倒的にダメージがこない。

 しかしこの場合、能力は何回も使えるのに対して概念を弄ることができるのは一回限りである。

 今回は移動に使いたいので能力にするか……ちょっと覚悟をしよう。

 

 ──【瞬間移動をする程度の能力】という概念を俺に付与。

 

 すると目の前がグルグルと回転して、まっすぐに立てなくなる。すぐに近くの神社の柱に背を預けて座り込んだ。

 それ以降は耐え難い頭痛が続き、結構な時間が経ってからやっと治った。

 ふう、と一息ついて呼吸を整えてから俺は早速その能力を使って、相手陣地へ旅立った。

 

 

 

 

 




閲覧ありがとうございました。





次回予告

相手陣地にたどり着いた優陽の目にまずはいったものとは……?
建御名方神との交渉の結果はどうなったのか⁉︎
メインヒロインも登場!

次回 第十四話 ゆきはゆうひに溶かされる
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。