東方照歩記   作:たま紺

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第十七話 最後に頬を濡らすのは誰だ

 

 

「きゃっ!」

 

 眩い閃光が雪輝の目を攻撃してくる。

 敵との交戦中に思わず目を手で覆ってしまったが、相手も同じようだったのでなんとか無防備なところに一撃、ということにはならなかった。

 しかしいつまでも硬直していると危ないので、敵よりも幾分か早く回復して首筋へと手刀を落とす。

 ひとまず危険が去ったということで、雪輝の中には先ほどの光がなんなのかという好奇心が湧いてきた。だが今は戦争をしているので、この場で目を離して遠くを見るということは自殺行為に匹敵する行為である。

 それでも好奇心には逆らえそうになかったので、雪輝は戦線から離脱し比較的安全な場所まで移動した。相手ももわざわざ逃げる敵を追いかける気はないのか、追っ手は誰一人としていない。

 そこで光源があった位置を目を凝らして見てみると、一人、有象無象の敵の中で悠々と宙に浮いていた。

 シルエットは見るからに優陽なのだが、雰囲気が違う。

 いつもの暖かいようなものではなく、凍てつくような冷たい感じがする。それでいて尚、瞳には熱い業火の炎が滾っている気がした。

 とにかく雪輝に分かるのは、アレはいつもの優陽ではないということだ。

 

 

 ◇◆◇

 

 

 耳を叩く風の音が煩わしい。

 極限の集中状態によって視覚以外の五感に入ってくる情報全てが邪魔だと感じる。

 脳は神奈子の姿以外見たくないと言ってくるが、先ほどから遠くで聞こえる雑多な声に邪魔される。

 諏訪子は軽く頭を振って雑念を一度振り払う。

 今は勝負の最中だ。本当に集中しているならば、何も聞こえない、思い通りに体が動く所謂ゾーン状態になっているはずである。

 もう一度集中力を高める。

 ぎゅ、と地面を踏みしめた。

 諏訪子の両手には己の武器である鉄の輪が握られている。

 すでに彼女は先ほどの雑念など消え去っており、目には神奈子しか映っていない。

 その神奈子の手には藤の藁があるが、諏訪子には手に持っているモノという認識でしかなかった。

 神奈子も同じように地面を踏みしめる。同時に姿勢を低くした。

 刻一刻と激突の時間が迫る。これが二度目だ。

 ぎり、と歯軋りをする。それなのにあまりの緊張感で力が入ってしまったようだ。

 弾けそうなぐらいに筋肉を縮める。もう一ミリでも動かせば飛び出してしまいそうだ。

 それは神奈子も同様である。

 そして、遂に────全く同時のタイミングで飛び出した。

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 ──何だこれは……。

 優陽は自分の内から絶えず湧き上がる力に自分自身驚いていた。

 先ほどまでの疲れはどこか彼方へ吹き飛んでおり、それどころかいつも以上に身体を動かすことが楽になっている。

 彼は今敵勢の中周囲を囲われている危機的状況なのだが、それを全く感じていないようで、少し飛んでから手をグーパーさせていた。

 そして敵も優陽に何が起こったのかわからず、下手に手は出せないと膠着状態が続いていた。

 そして気づく。

 ──これって、もしかして覚醒してんのか? 俺。

 優陽は一つの答えにたどり着いた。

 その答えが否かどうかを確かめるには、髪の毛を一本抜けばいい。

 プツッと一本髪を引き抜くと、黒と同じような色をしていて非常に分かりづらいが、どことなく青みがかっている気がする。

 そもそも純粋な黒をしているはずの髪が若干でも色が変わっているならば、それは覚醒したという何よりの証拠である。

 加えて優陽の周りからは神々しい力が溢れており、彼の周辺だけ異質な雰囲気を醸し出していた。

 ──そうか、これが覚醒ってやつか。

 初めて感じる感覚に喜びを覚える。

 もちろん理性を保ったまま覚醒したことは何回かある。しかしそのどれもが“記憶がある程度”のもので、どこか自分のことを違う視点から見ていたような気分になっていた。

 しかし今はハッキリとした意識があり、何をするのも自分の自由である。

 優陽はアテナは身体面でパワーアップはしないと言っていたことを思い出したが、実際はそういうわけでもないらしい。

 ゲーム風に言うならば、体力全回復に加えて若干の攻撃力、移動速度アップに、必殺技ゲージ常にマックスと言ったところか。と彼流にまとめてみる。

 そして覚醒の効果か、優陽にはどうにも相手を倒したいという気持ちが湧いてこなかった。それよりも諏訪の国を、雪輝を護りたいという気持ちの方が強い。

 現在の覚醒は蒼。

 蒼は護りたいなどの気持ちが昂ぶった時になれる覚醒である。

 蒼く覚醒すると──と言ってもこれは覚醒した時全般に言えることだが──自分の中での行動の中心が覚醒した時の感情が中心になる。

 ──俺に【空気を固める程度の能力】という概念を付与する。

 優陽は能力の回数制限がなくなったことを思い出し、真っ先に能力を創った。これは足止め用である。

 同時にここは戦場の真っ只中だということを思い出し身震いする。自分でも知らない、いわば無意識のうちに空中に飛んでいたらしいがそれをしていなかったら袋叩きにされていただろう。

 優陽が空中に浮いて、なおかつ光──覚醒する際の副産物──を放った後に髪色が変化していなければ襲われていたということは明白だ。

 

「俺って結構危なかったのか……」

 

 優陽は改めて自分が馬鹿な真似をしていたことを思い知った。

 しかしその不自然さが妙な不気味さを呼び、誰も行動しなかったのだろう。

 

「よし」

 

 優陽はどこか遠くを見ていた目を現実に引き戻し、パンっと両頬を叩いて気合いを入れる。

 同時に敵も優陽の様子が変わったことに気づき、諏訪陥落部隊を急がせる。

 二分した隊の一隊は優陽の足止め、もう一隊は諏訪の国陥落を狙ったものだ。

 優陽がいることがわかっていたので、幾つか事前に作戦を立てていたのだろう。その動きは慌ただしいながらも迷いが無かった。

 しかし彼とて、参謀として軍隊に所属していた過去は伊達じゃない。

 相手の動きを見た瞬間にどう行動するか、考える間もなく陥落部隊の壊滅を図った。

 囲われていたところから瞬間移動で抜け出し、陥落部隊へ向かう。

 その部隊は必要最低限の武具だけを身につけ、空を飛びながら猛スピードで諏訪の国へ向かっていた。

 戦場で空を飛ぶことはあまり良くない。なぜなら、死角が自分の背後に加えて足下が増えるからである。

 相手が飛び道具を持っているならば、狙撃されるリスクが高まる。だからよほど力量に差があるか、自信がないと基本的に飛ぶことはない。

 しかし飛ぶことにもメリットはある。それはこのような状況において、足場を気にすることなく進めることだ。

 もちろん優陽だってそのことを理解している。

 だからもともとはあの場から動かないように足止め用の能力を創ったのだが、この場でも十分使うことができる。

 優陽が全速力で陥落部隊を追いかけ、やっと能力の範囲に収まる頃にはすでに諏訪の国は目と鼻の先だった。

 敵の数はおよそ二十。纏まって行動してくれているので、能力の射程範囲に全員入っている。

 

「その国は……絶対に護るッ!」

 

 優陽の声が響き渡るのと同時に、敵は見えない壁(能力によって創られた空気の壁)にぶつかって地面へと落下していった。

 この時点ですでに優陽の勝ちは決まっているも同然である。

 護りに徹した優陽が諏訪の国を背にしている以上、抜けることは不可能なのだから。

 

 

 ◇◆◇

 

 

 ある程度距離が離れた位置で、二人は互いに背を向けたまま固まっていた。

 肌を刺すような風が、諏訪子の()()()()を優しく撫でた。

 その手の下にあるぬかるんだ地面には、錆びた鉄クズが散らばっている。

 神奈子は藤の藁を胸に当てふふん、と勝ち誇ったような笑みを浮かべていた。

 神奈子の持っている藤の藁は、鉄を錆びさせることができるのだ。少し卑怯な手の気もしたがこれは勝負だと割り切り、その藁を使って諏訪子の鉄の輪を錆びさせた。

 それによって急激に錆びたため鉄の輪が折れてしまい、諏訪子は神奈子に対してダメージを与えることができなかったのである。

 諏訪子の全身全霊の一撃が、あの藁を振るだけで回避されてしまう。

 その事実が鋭利な刃物となって諏訪子の心に突き刺さる。諏訪子はミシャグジの力を借りて、今まで対等に戦ってきた。

 しかしそれで対等だったのに、諏訪子自身の切り札が防がれてしまっては、あとは体の小さい諏訪子の体力切れで負けるのを待つだけである。

 もう、諏訪子は勝利する可能性を失ってしまったのだ。

 ゆっくりと神奈子が振り返る。視線の先には打ち負かした諏訪子が泥に汚れることも気にせずに膝をついてうなだれていた。

 いや、うなだれているという表現は適切ではない。

 彼女は暗涙に咽せていた。

 哭いたり、号泣することはない。

 ただ己の敗北に自身を責め、護りきれなかった民と手伝ってくれた優陽に申し訳が立たないという気持ちで、闇雲に涙が溢れてくるのだ。

 ポトリと一滴涙が地面に落ちる。

 地面に落ちた涙はすぐに吸い込まれて乾くが、また涙が落ちる。

 その数は緩やかに、しかし確かにその数を増やしていった。

 

「ごめ、ん……みんっ、なぁ……。ごめん、ね、そ……ら、ゆうっ、ひい、ゆきぃ……。ホン、トに…………………………ごめんなさい」

 

 そこが涙腺の限界だったらしく、諏訪子の涙が止まることは無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 あれだけ厚く、どんよりとした雲も晴れ、美しい夕陽が俺たちを照らした。

 俺の戦いは防戦に徹したので、誰一人として諏訪の国へ向かわせなかった。

 そして防戦だけでもしんどかった戦いは、神奈子と側近が呼んできた建御名方神の下についている全員によって処された。

 ……あの時の神奈子の表情はヤバかった。逆鱗に触れたとかいうレベルじゃない。

 鬼の形相、じゃあ甘いレベルだ。どれだけヤバかったかわかるだろうか。思い出したくもない。

 で、今は泣き疲れた寝た諏訪子おぶり、ヘトヘトになって倒れた瞬間に寝そうな雪輝を全力で鼓舞しながら帰っているのである。

 敵を全員処したあとにどろっどろの場所に倒れこんでいる諏訪子を見つけたので救出すると、頬に涙の跡を残して寝てたのだ。

 神奈子が飄々とした態度を取っていて、なおかつ諏訪子が見当たらなかったので察してはいたが、どうやら負けたようだ。

 全力でやって負けたんなら仕方ない。それに神奈子だって手紙と今回の件であまり風当たり強くこちらとこれからの交渉をすることはできないはずだ。

 勝負に勝って試合に負けたってヤツだな。

 

「ねぇ、優陽。……これからあの神社、どうなるんだろう」

 

 唐突に不安そうな声音で雪輝が尋ねてくる。

 俺はその問いに咄嗟に答えることができなかった。

 考えるために俯いてしまう。

 

「じゃ、じゃああの神社……無くなるの?」

 

 (最高神)が答えれなかったことによって、不安が加速したのかすでに眼には涙が浮かんでいる。

 しかし俺はその様子を見てしまったので、考えがまとまらないまま口に出した。

 

「違う。あの神社は無くならないし、俺が絶対に無くさせない。……だから、安心しろ」

 

 頭に浮かんできた言葉をそのまま口にする。

 本当はもっと何か言葉があったのだろうが、こういう時に弱い俺の頭はうまく動いてくれずに稚拙な言葉を発してしまった。

 しかしそれでも俺の言葉か、はたまた例の能力のおかげか雪輝はホッと一息をついていた。

 俺はその様子を見て続ける。

 

「今回の裏切りで結構神奈子も心が痛いはずだ。だからあんまり強く国を渡せ、とかは言ってこないと思う」

「そっか……。それなら良かった。わたし、あそこが無くなったら住むところないから」

 

 そんなの俺だって同じだ。

 いや、もしかしたら面倒見のいい人が住ませてくれるかもしれない。

 国が乗っ取られたって、住む人は変わらないんだ。

 だったら、おやっさんだったりタケルだったり、昔面倒を見てたそらちゃんの同級生たちが……いや、いろんな意味で結構盛んな時期だからやめといたほうがいいかもしれない。この時代のそーゆーのはわからんけども。

 とにかく。

 

「別に住む場所がなくなることはないさ。国が変わってもみんなは同じだよ」

「……そうなんだけどね。敵国のわたしを快く受け入れてくれた場所に他の人がいるのはちょっと……」

 

 ……さすが女性。確かに神社が無くなるのは悲しいが、そこまで想っているわけでは無かったので俺は素直に驚いた。これは俺だけの感性がずれているのか?

 

「それだけ想っているなら、絶対に護りぬかないとな」

 

 残念ながら俺の防衛戦はまだ終わっていないようだった。

 冬の澄んだ空気のおかげで、空が綺麗だ。

 まだ茜色は残っているが、紺色に染まった空にはポツリと一番星がこれでもかと自己主張している。

 少しは自重しろよ、と苦笑してちょっとだけ元気をもらった。

 その星が、精一杯輝いているのを見て俺も頑張らなきゃと思ったからだ。

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「わあああああああああぁぁぁぁぁ⁉︎」

 

 チュンチュンと小鳥が鳴いているはずの閑静な神社では、ありえないほどの絶叫が響き渡っていた。

 いつもは朝の日差しか動物たちの穏やかな声で起きているはずなのに、この場では浮世離れした声で眼が覚めてしまった雪輝は大層御立腹である。

 

「……ここが住宅地だったら、どうするつもりだったんだろうねぇ?」

 

 迅速に自分が寝ていた布団をたたみ、行動を開始した。

 普段の朗らかなイメージは空の彼方へと消え去り、今はまだ開ききっていない眼で見る場所全てを睨んでいる。セットされていない腰までの黒髪は乱れまくっており、まさに鬼だった。

 音の発生場所──昂陽の部屋へと足音を立てずに向かう。

 そして昂陽に向かって不意打ち気味にドロップキックをかますつもりだ。もちろん寝転んでいても思い切り飛び乗ってやる。

 ひた、ひた、と冷たい木の廊下を忍び足で歩く。

 未だ雪輝が起きてから一分も経っていない。つまり、犯人はまだ布団の中または絶叫の原因と対峙しているはずだ。

 やがて昂陽の部屋のふすまへとたどり着く。

 雪輝は隣の木の柱へと背を預け、耳をそばだてて中の音を聞こうとする。

 すると──

 

『────だよ!』『──い!』『────⁉︎』『────でしょ⁉︎』

 

 といった感じに何やら二人程度の人が言い争っているらしい。

 すでに雪輝にはだれが誰だかわかっているのだが、別の好奇心が湧いてきた。

 ──この痴話喧嘩はどうして勃発したのかを知りたい。

 雪輝の中ではいつの間にか怒りなどどこかへ行ってしまい、半開きだった眼はきっちりと開いている。

 

「……ふう」

 

 右手を胸に当てはやる気持ちを抑えながら一息吐き、そろーりとふすまを開けた。

 その視線の先には、枕を使ってシールドにしている昂陽と掛け布団代わりのタオルケットをブンブン振り回している真海がいる。

 真海はなにか、すでに言葉になっていない言葉を叫びながら昂陽に向かってタオルケットを叩きつけていた。しかも真海の顔は真っ赤に染まっており、何かを察した覗き見している雪輝は口元が全く締まらなかった。

 青春だなぁ〜と気持ち悪いほどにニヤけながらこれまたそろーりとふすまを閉める。

 しかしあまりにもニヤけすぎていたので、最後の力加減を誤ってしまう。

 コン、と甲高い音を立てた瞬間に雪輝はマズいと思い、全力でキッチンまで逃走。

 数秒後には綺麗にハモった「「ちょっと待てえええええええ!」」という声が再び閑静な神社に響き渡った。

 

 

 

 未だに口元が閉まらない雪輝は二人を交互に見るたびに笑いをこらえる。

 パクパクと朝食を食べる雪輝の手はとんでもなく早いのだが、逆に二人の手はあまり進んでいない。

 なんでも朝の一件は、昨日雪輝に聞かせてもらった話が衝撃的で寝付けなかった真海が起こしたらしい。

 真海はここに住んではいないのだが、話の続きが気になるということで泊まっていったのだ。そも、今は夏休みだし真海は両親がいないので急遽誰かの家に泊まるということは簡単だ。

 服の心配はあったが、雪輝のを借りればいいということでこの神社に泊まり、寝付けなかったのでトイレに起きて、暗くて部屋の間取りがイマイチわからなかったので間違えて昂陽の部屋で寝てたらしい。

 昂陽曰く、朝起きた時に目の前に真海の顔があったせいで叫んだようだ。

 

「そんなことより雪輝さま! 今日もしっかりお話聞かせてもらいますからね」

 

 照れ隠しというか、話を逸らそうとしているのか、まだ頬を朱に染めたままの真海が語気を強めながら言った。

 

「はいはいわかったよ。それと真海ちゃん、別に気にしなくていいよ。わたしも優陽と同じようなことしたことあるから」

 

 今日もどこかの神社では、賑やかに新たな一日が始まった。

 

 

 

 

 

 




閲覧ありがとうございました。
そして最後に何個かの伏線をぶち込んでいくスタイルww
アレがなかったら文字数が足りなかったので、継ぎ足した次第であります。読後感を損なってしまったら申し訳ございません。
あ、あと諸連絡。ちょっと前から1日1,000文字を目指して執筆しております。この二冊目が終わるまで。
そしたら更新の停止をします。再開は四月かな? もしかしたら嘘かもしれないけど。どうしても更新したくなったらします。

次回予告!

戦争の次の日だというのに早朝に呼び出された優陽。
そこでとある事実を告げられる。その言葉からある決心をした。
果たしてどんな?
雪輝達の様子は?

次回 残酷な真実に新たな心
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