東方照歩記   作:たま紺

18 / 27
第十八話 残酷な真実に新たな心

 

 

 

「はあぁー……」

 

 大きなため息が口からこぼれ出た。俺はゆっくりと空を飛びながらある場所へ向かう。

 昨日は夕焼けが綺麗だったこともあって、今日は雲ひとつない快晴である。

 しかし俺の心の中は曇天……いや、台風の影響で積乱雲が発達していて局地的な大雨になるでしょう。所によっては雷、竜巻が発生するのでお出かけする際は十分お気をつけください。……というそれっぽい用語をくっつけた天気予報をしないと精神が安定しないレベルで荒れている。

 理由は……なんか、私用があるのでこっちまで来てくれ、っていう手紙が神奈子から届いたのだ。

 意味がわからない。

 いやまあ昨日から失意のどん底にいる諏訪子の対処を雪輝とそらちゃんがやっていて、俺は肩身が狭かったのである意味良かったのかもしれないが。

 いやしかーし。私用で呼びつけることのできる最高神ってなんぞや? 俺ってそんなに格が低いように見えるのかな。

 このままUターンして諏訪子と一緒にナイーブになっておこうかしら。

 いやいや落ち着け。こんな所でUターンしてもメリットがない。

 どうせうちへ帰っても「なんかめんどくさいのが増えた……」程度にしか思われないんだから。

 逆に考えるんだ。過去に類を見ないぐらいのフレンドリーな神様になって、神界に名を残しておこう、と。……受け継いでくれんのアテナしかいなさそうだけど。

 そんな心の中がサファイアのごとく真っ青になっていた俺は、どんよりとして足取りのまま建御名方神の陣へと着いた。

 

「……静かだな」

 

 柵の中へ降り立ち辺りを見回すと、俺はあまりの静かさに驚いた。

 確かに大多数の反乱があったので、その反乱に参加した人たちがいないのはわかる。

 それにしてもだいぶ静かだと思う。

 神奈子たちがいる位置は大体覚えているので、そこまで歩く。

 簡易的な住居からは物音がせず、舗装された道には人っ子一人いない。

 ……否、誰もいないわけではない。何人か視界に入る奴はいる。

 しかしその誰もが俺以上にナイーブになっていて、猫背が悪化した人のように俯いていた。

 それほどまでにあの事件は衝撃的だったのだろうか。

 確かに信頼していた奴に裏切られるのはキツイ。別に親しくなくても裏切られるのはしんどいものだ。

 過去に俺は経験しているからよくわかる。

 多分ここに残ったのはみんなそんな感じの心に影を持っているんだろう。

 俺の出番、か? ……この能力じゃ根本的な解決にはならないな。自然治癒するしかないだろう。

 なんにせよ今の俺には関係ない。自業自得だ。裏切られるのには理由(わけ)がある。

 そう割り切って俺は歩む足を早めた。

 

 

 ◇◆◇

 

 

 所変わって洩矢神社。

 朝の日差しは縁側までしかたどり着いておらず、室内が比較的暗い時に雪輝は目が覚めた。

 昨日はあれだけ疲れていたのに、いつもと変わらぬ時間帯に目が覚めたのは我ながらすごいことだと思う。

 心にチョットだけ誇らしい気持ちを持ちながら、寝惚け眼の目をこする。

 自分の寝室から出て居間へと向かおうとするが、目が覚めただけであって睡魔がなくなったわけではない。布団の上で座り込む。

 居間にはおそらくそらはいるだろう。あの子は雪輝よりも若いはずだが、ここに住んでいる者の中で一番お母さんをしているのだ。

 雪輝も彼女に弟子入りしている身。食事を任せっぱなしにしてはいけないのだ。

 ふう、と一息吐いて膝を立てる。

 

「んー、でも」

 

 昨日そらちゃんは夜遅くまで諏訪子にかかりっきりだったからな……。と雪輝は心の中で思う。

 だから疲れている、イコールまだ寝ているのではないかという邪推を雪輝はした。つまり、今猛烈に誘惑してくる布団に負けてしまってはいいのではないか。

 

「……いやいやダメだよ。こういう時こそわたしが頑張らないと」

 

 そう、師匠のピンチには弟子が駆けつけて、しっかりと結果を残しやがて免許皆伝するのだ。……というのが、いつかの夜に日記を書いていた優陽が雪輝に教えてくれたとあるストーリーである。

 優陽が前世の記憶を持っているのは雪輝も知っているので、たまにこれからの未来を教えてもらうのだ。しかしあまりにも具体的に言ってしまうと夢がなくなるという優陽の配慮の元、こういう未来の物語なんかを教えてもらっている。

 これがまたなかなか面白いのだ。

 

「じゃなかった。急ごう」

 

 ここでモタモタしていてそらちゃんが先に起きてしまっては意味がない。

 すでに頭の中では免許皆伝までの物語が出来上がっていた。そうなっては温かい布団の誘惑など些細な問題だ。…………問題だ。

 雪輝は名残惜しそうに布団を見てから、ようやく歩き出した。

 底冷えするような寒さに雪輝は思わず身震いする。──ごおぉー。

 雪輝はあまりの寒さに無意識で両腕をクロスさせて肩を抱いた。──ことこと。

 ちなみにさっきから聞こえる音は雪輝は全力で聞こえないふりをしている。──とんとん。

 

「うぅ……イヤな予感が」

 

 もう一度ぶるりと震えた。果たしてそれは単に寒かったからなのか、それともイヤな予感がもたらしたものなのか。

 結果は────

 

「……そらちゃん朝早いね……」

「雪輝さんおはようございます」

 

 そらちゃんの勝ちであった。

 土間で少しやつれた感じでテキパキ動いているそらちゃんを見て、免許皆伝のストーリーがガラガラと崩れ堕ちてゆく。

 ──師匠が自分のピンチを自分で助けてる……。

 もはや弟子の出る幕などないかのように動いているそらちゃんを見て、いろんな意味で負けた気がした雪輝だった。

 何はともあれ、決して手伝わなくていい理由ではないので雪輝も朝食の準備に参加する。

 

「諏訪子さん。どう?」

 

 雪輝はそらちゃんの近くに寄り、できるだけ小声で動かす手を止めることなく尋ねた。

 そらちゃんは少し眉をハの字に曲げてから答える。

 

「んー……。どうでしょう。優陽さんがいたらいいんですけど……。朝早くに出て行っちゃいましたから」

「え?」

 

 そらちゃんの言葉に雪輝は目を丸くする。

 朝方に物音なんて全くしなかったはずだ。もしかしたら雪輝が深い眠りについていたので気付かなかっただけかもしれないが、それにしてもこんな朝早くに何の用だろう。

 そんな疑問の答えをそらちゃんに知っているかどうか聞いてみると──

 

「聞いてないですねぇ……。私も居間で寝ちゃってたから気付いただけなので」

 

 という答えが返ってきた。

 昨日の今日でもう交渉をしに向こうへ行ったのかと考えてみるが、それならこんなに朝早く優陽単独で向かう理由がわからない。ので深く考えないようにした。

 

「お母さんは、昨日と変わっていないです。ずっと遠くを見てる感じで……」

 

 諏訪子の様子も相変わらずらしい。

 昨日目が覚めたと思ったら、泣くことも愚痴を言うこともせずにただどこか遠くを見つめていたのだ。

 おそらく自分の中で反省しているのだろうと思ったが、夜を越してまだ続いているのはちょっとばかし心配である。

 雪輝は優陽から心配するなという言葉をかけられているので昨日も安心して眠れたが、それを知らない諏訪子やそらちゃんにとっては本当に負けたと思っているのだろう。

 

「……後で言っておこう」

 

 小さな、本当に小さな声で言った言葉は誰にも聞き取られることはなかった。

 雪輝は少ししんどそうなそらちゃんの分も頑張って朝食の準備をしていく。

 こうして一人いないがいつもの洩矢神社の朝が始まったのだ。

 

 

 ◇◆◇

 

 

「……それで、用ってなにさ」

 

 声に面倒くささを前面に出しながら神奈子に問う。

 まっすぐ過去に宣戦布告してきた場所へ向かっていると、途中で神奈子がいて呼び止められたのだ。

 本当にただの道端だったのだが、人がいないせいで不気味な感じがする。

 それにしてもよくまあ昨日の今日でこんな朝早くに人を呼べたもんだ。こっちの身になってみやがれ。

 そう心の中で毒づいていると、神奈子もなかなか気にしていたのか眉を顰めた。

 

「すまない。雪輝には聞かせたくない急ぎの用があったんだ」

 

 顔の前で両手を合わせて言う神奈子。……わかっているならいい。まだ許す。

 それにしても急ぎか……。こんな朝早くに人を呼びつけるなんていう暴挙をしてくれたんだから、それなりに緊急でないと困る。

 

「……本当に申し訳ない。それだけ、それだけを先に言っておく」

 

 なにやらシリアスな面持ちで神奈子はそう告げた。

 その赤眼は少しだけ潤んでおり、悲しげに伏せられている。

 俺はその様子を見てなにやらただ事ではないことを俺は咄嗟に悟った。

 小さめに抑えられた声で「ついてきてくれ」と神奈子に言われる。なにひとつ疑うことなくその後を追っていくが、一歩あゆむ毎に何かがこの先に行ってはならないと告げてきた。

 背筋を這うような気持ち悪い、虫の知らせとでもいうべきだろうか心が震える悪寒が襲ってくる。

 なにか、知りたくないことがこの先にある気がする。

 

「お、おい。何があったんだ?」

 

 思わず疑問が口から出てきた。

 

「あたしの所為だ。それだけ。罵倒してくれていい」

 

 神奈子が少し振り返りながら何やら物騒な言葉とともに言ってくるものの、俺が聞きたいことの核心を言ってこない。

 それに罵倒というのがより一層不安感を煽る。

 この先何があるのか俺は全く知らないが、何があっても動じないように心の準備だけをしておこう。

 つー、と冷や汗が頬を伝った。

 しばらく歩いていると、神奈子たちの陣地の郊外──簡易的な外枠の柵がすぐの場所に着いた。

 周りを見渡してみるも、〝生〟が感じられないほど静かなこの場所には人が住めそうな建物はなく、あるのは墓石だけである。

 いよいよもってわけがわからない。

 俺の知人で死んだ奴はいない。もしかしたら知らないところで知り合いが死んでいる可能性も否めないが、そいつが神奈子とも知り合いという可能性はゼロに等しいだろう。

 だから余計に俺はこの墓地に連れて来られた意味が理解できないのだ。

 だが神奈子の目的地はここのようだ。証拠に、この墓地で立ち止まってある一つの墓石を眺めている。

 建御雷神に痛い目見た時からこの場所で根を張っている神奈子の下では既に何人死んだか理解したくもない。

 ただ老衰でこの世を去った奴もいれば、戦乱の中で命を落とした奴もいる。

 大して広くもない墓地にギッシリと敷き詰められた墓石は、そこに存在するだけで空気を圧迫してきた。

 錯覚かもしれないが、生暖かく感じる風はネットリとしていて気味が悪い。

 

「……それで、なんで俺をここに連れてきたんだ?」

 

 その言葉を聞いた神奈子は静かに俺へと振り返り「ここだ」とさっきからずっと突っ立っている場所を言った。

 頭に疑問符を浮かべながらその場所へ行く。墓石の中でもひときわ綺麗で大きいそれは、確かな存在感を放っていた。

 俺の身長よりもだいぶ高いそれを眺めながら、俺は口を開く。

 

「だから……これは誰の墓だよ」

 

 本当は〝だから〟でもなんでもないのだが、先ほどから意味的な問題で同じようなことを言っているので〝だから〟でも良い。

 神奈子は俺の言葉を聞いて、少し俯く。目を閉じて、何かを決心しようとしていた。

 それを邪魔しないようにジッと待つ。

 果たしてそれは数秒だったのか、はたまた数分ほど経ってしまっていたかもしれない。

 やがて神奈子が顔を上げた。

 

「この、この墓は…………雪輝の、両親のものだ……」

「────⁉︎」

 

 一言。息が詰まる。

 短い文だが、インパクトは尋常じゃなかった。

 

「雪輝の両親が、死んだ……?」

 

 思考が止まる。

 頭がたった一行の文を理解しようとしない。

 心臓の鼓動が手に取るようにわかる。

 胸を鷲掴みされた挙句、身体が宙に浮くような気色の悪い感じになって、一瞬我を忘れそうになった。

 ……やがて、俺はゆっくりとその事実を理解したと同時に原因も理解した。

 

「……まさか、反対派が……?」

「そうだ。あたしもそこまで頭が回らなかった」

 

 神奈子は血が出るほど唇を噛み締めながら、淡々とその原因を語る。

 でも。でもだ。

 神奈子は雪輝の心配をしていた。なら親にだって頭が回るはずじゃないのか。

 ふつふつと腹の底で何かが燃え出した。

 既に起こってしまったことだ。誰に文句を言ったところで雪輝の両親が帰って来るわけではない。

 だけど……! 未然に防ぐことだってできたんじゃないのか。

 別に雪輝とは特別な関係じゃない。ただ一つ屋根の下でともに暮らしている。特別でなくても既に大切な人ではある。

 この事故、神奈子に責任はない。しかし、この()()()い気持ちを誰にぶつければ良いというのだ。

 ぐるぐると何かが煮え滾る。今にも叫びそうだった。

 なぜこんなにも怒りが湧き上がってくるのかわからない。何か言葉を発して楽になりたかった。なのに言葉が出てこない。

 

「……そうか」

 

 ヤケドしそうなほど熱気のこもった息に、全力の怒りを込めてみるがあまり効果はなかった。

 俺は、ここに居たくない。

 それだけは怒り以外でハッキリとわかった。

 俺は帰ろうと飛ぶ準備をする。

 チラリと神奈子を見てみると、目尻に涙を溜めて、本当に悔やんでいるのがわかる。

 俺はそれを見なかったふりをして飛んだ。この現実から早く目を背けたかったから。

 

「本当に……すまない」

 

 だけど、震え声で紡がれた言葉だけはしっかりと聞き取った。

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 まだ寒いはずの空を火照った身体で飛んでいく。地面に雪はなく、受ける風は乾燥していた。

 今の俺にはこの寒さが心地良かった。この寒さでボンヤリとしていた脳はスッキリとし、頭の中でようやく整理がついてきたのだ。

 しかし未だ雪輝達の元へ帰る決心はついていない。

 一度全部整理をしようと俺は高度を落とし始める。このまま飛び続けていると整理しきれないまま向こうについてしまうからだ。

 目指すは森の中。良い感じの大木の枝の上なら濡れずに座ることだってできるし、身体を落ち着けるにはもってこいだ。

 一直線に目視できるほど大きな木へと向かい、そのまま枝の上に腰を下ろした。

 幹へと背を預け、頭の中で整理する。

 まずあの事件は神奈子のせいじゃない。これを念頭にしないと、彼女をどうしても犯人に仕立て上げてしまう。

 それに俺だって神奈子と同じ状況になっていたら、同じ結末を迎えていたはずだ。

 なんとなく、パンと両頬を叩く。

 

「いたっ」

 

 だが予想以上に強く、そして寒かったらしくてかなり痛かった。

 多分当たった瞬間の一撃自体はそんなに強くないんだが、寒さのせいでヒリヒリとして後からくるダメージがデカイ。

 

「ははっ……」

 

 乾いた笑いが出てくる。瞬間、俺はキョロキョロと周りを見渡す。

 

「……良かった」

 

 誰かに見られているということは全くないはずだが、万が一見られていたらただの変人だ。

 しかし今回に至っては問題ないようだった。

 同時に笑ったおかげで心のつっかえみたいなのがなくなり、気分が楽になった。いわゆる吹っ切れたってやつである。

 よいしょ、と俺は幹の上に立つ。

 すると結構な風が吹いてきた。なかなか強い風によって鳥肌がたった。

 

「うぅ……さむ」

 

 さっきまでは自分の中にいたから感じなかったが、改めて考えてみるとめちゃくちゃ寒い。これは風邪ひいてもなんも言えねぇ。

 さっさと帰ろう。国の問題はまた後日改めて連絡が来るだろう。

『白神殿……。あの娘を、よろしく頼んだ……!』ふとそう言った神奈子の顔が思い浮かぶ。

 既に雪輝の拠り所は無いに等しい。今雪輝を神奈子に合わせるのは酷すぎるだろうし、神奈子自身も会うのは辛いだろう。かといって俺にはこの事実を伝えることもできない。

 だが負けてしまった事実を覆すことはどうやっても無理だ。多分、何も起こらないということはあり得ないだろう。そんなことをすれば神奈子の下から人がいなくなるのは明白である。

 俺の予想では、神奈子の拠点をこちらに移してくると思う。さすがにあの場にとどまっておくということは考えにくい。勝ち取った場所を使わないなんて勿体なすぎる。

 ()すれば、雪輝と神奈子が会う確率は高くなる。つまり、どちらにも利益が存在しないのだ。

 ……そろそろ、潮時か。

 いつか神奈子とも会える日が来るはずだ。あいつらは神なんだから寿命で死ぬことは滅多に無い。

 その時まで。雪輝を連れて、旅に出よう。あいつがどう言うかは見当もつかないし、俺自身ちょっとドキドキしている。告白する前みたいな感じだ。

 でも。任されたのは俺だ。諏訪子はともかく、そらちゃんとは永遠の別れになるだろう。キチンと準備しないと。

 新たな決心をした俺は、高く登った日を背に諏訪の国へと向かった。

 

 

 

 

 

 




閲覧ありがとうございました。
来週も頑張って投稿します!

次回予告!

神奈子から衝撃の事実を伝えられた優陽。
旅をするという決断をしたが、結果どうなったのか。

次回 第十九話 暖かくて寒い、そんなとある日
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。