東方照歩記   作:たま紺

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第十九話 暖かくて寒い、そんなとある日

 

 

 

 俺が衝撃の事実を知ってから三日。未だに神奈子からは連絡がなく、かといって俺も旅に出るという旨を伝えているわけでもなく、ソワソワとした時間が過ぎていった。

 本当はサラっと口に出せたら楽なんだが、あいにくとその辺の勇気は待ち合わせていない。

 絶体絶命のピンチだったりしたら、助けに走ることのできる勇気はある。いつの間にか俺の深層心理に最高神ということがインプットされていて、そういうところでの行動は考えるひまもなく行うことができるからだ。……それを勇気と言っていいのかはわからないが。

 しかし、純粋に俺自身の勇気だけではほとんど何もできない。

 いつも言い出そうとするのだが絶妙なタイミングで何かが起こる。それは雪輝が喋りかけてきたり、そらちゃんに用事を頼まれたりだ。諏訪子はいつの間にか立ち直っており、ピンピンしているとは言い難いが前のように戻っていた。

 もしかしたら絶妙なタイミングを俺が毎回逃しているのかもしれないが、雪輝にだけでも言っておきたい。

 結局、雪輝を連れて出て行かないと意味がないのだ。

 いくら諏訪子やそらちゃんに言ったって、雪輝が行きたくないと言ったならば俺も無理に連れて行くことはない。

 俺が考えているほど雪輝は神奈子のことを怨んでいないのかもしれない。

 もしそうだったなら俺の杞憂で済むだけでなにも問題はない。だから結局雪輝に聞かないとわからないのだ。

 夜に俺の部屋に呼んでみるか。……ちょっと緊張するけど。夜這いは平安時代ぐらいからだから別に変に思われないよな?

 

 

 ◇◆◇

 

 

「寒いんだけど……」

 

 夜。何事もなく雪輝を俺の部屋に呼んだのだが、今全力で睨まれている。

 確かに寒い。風邪ひきそうだけど。けどそんなに睨まなくてもいいじゃない。

 

「しょうがないだろ?」

 

 諏訪子達に聞かれたくないんだから、と付け加える。

 それで納得したのか、はたまたなにを言っても意味がないことを悟ったのか雪輝は黙り込んだ。

 それで、と俺は声のトーンを落として話を始める。

 

「単刀直入に聞くんだけど、神奈子に会いたいか?」

 

 この三日、いろいろと回りくどいがマイルドな言い方を考えていたのだが、全く浮かんでこなかったので結局は普通に聞いた次第だ。

 雪輝は少し俯いて考え出す。……即答しないあたり、恨んでいることを墓場まで持っていくつもりはないらしい。

 

「んー……」

 

 考えるにしては結構な時間が経った後、雪輝はくしゅんと一つ可愛らしいくしゃみをした。

 そして顔を上げた。雪輝の空色の瞳がこちらを見つめてくる。

 

「まだ……会いたくないかな。でもなんで?」

 

 こてん、と首を傾げながら雪輝が聞いてくる。

 

「……詳しくは後で話すから、とりあえず。俺と旅に出ないか?」

 

 え? と雪輝が完全に固まった。

 鳩が豆鉄砲を喰らったような表情のまま完璧にフリーズ。動く気配はない。

 俺は目の前で手を振ってみるが反応がなく、以前に固まった時よりもだいぶ症状が重いようである。

 仕方ないので肩に手をかけて揺さぶる。雪輝の顔が前後に動いてやっと正気に戻った。

 

「え、えと。え。えぇ……え?」

 

 何回〝え〟って言うんだ。ゲシュタルト崩壊……はしないな。アレは文字で見ないといけないはずだ。

 ともかく雪輝が全く理解してなかったようなので、もう一度言う。

 

「だから、俺と旅に出よう」

 

 単純明快な見誤りようのない言い方をしてみる。

 二回目なので、ようやく俺の言った意味をゆっくりと噛み砕きながら理解しているようだ。

 数秒後、かっ、と目を見開き──

 

「え、えええええっ──むぅっ─────!」

「静かに……! うるさい……!」

 

 こんな静かなところで声を荒げたら迷惑でしょうが! そんな意味合いを込めて俺は全力で雪輝の口を手で塞ぐ。

 雪輝がむぅ、と抵抗してくるが、トタトタと歩く足音を聞いて静かになった。

 

「優陽さん? どうしたんです?」

 

 足音の正体はそらちゃんらしい。

 俺は慌てて言葉を返した。

 

「な、なんでもない。虫にびっくりしただけだよ」

 

 その言葉を信じたのか何かを察したのかは俺が知る由もないが、ともかくそらちゃんは自分の寝室へと戻ってくれた。

 同時に雪輝の口へ当てていた手を離す。

 

「……危なかったぁ。夜中に叫ぶなよ、ばか」

「ばかってなにばかって……! びっくりしたんだから仕方ないでしょ……⁉︎」

 

 俺が不服を雪輝に伝えると、彼女も反論してきてプチ口論に発展しそうになる。

 しかし、次に言葉を言う前に互いに我に返ったためそれ以上に至ることはなかった。

 

「……それで、旅に出るってどういうこと?」

 

 眠そうな目を瞬かせながら雪輝が聞いてくる。

 

「ああ。今日の朝、神奈子とちょこっといざこざがあってな」

 

 俺は一度そこで言葉を区切る。この先の言葉を言おうか言うまいか迷ったからである。

 この先を言えば必ず雪輝は悲しむだろう。彼女の両親が亡くなったことを。

 どうする。今なら誰の目にもつかない場所だ。もし涙が(こぼ)れても相手は俺しかいない。

 だが言ったところでどうなる。誰に対してメリットがあるんだ。

 

「……? どうしたの?」

「あー……うん」

 

 不思議そうな顔をして雪輝が尋ねてくる。その顔を見て余計に迷ってしまった。

 だが同時にどういう行動をとるかが決まる。

 

「このいざこざが旅に出る理由。ちょっと辛いことかもしれないけど、聞くか?」

「え……?」

 

 雪輝が目を見開く。

 多分その心の中では心臓を掴まれたような不快な感覚がしているだろう。

 胸を掴みながら目を瞑り、深く考え込んでいるのがわかった。

 

「うん。聞かせて」

「いいのか? 相当辛いぞ」

「うん」

 

 確認のために聞いた言葉にも雪輝は即答する。俺は、そうか、と呟きどこから言おうか考え込んだ。

 やがて俺は口を開く。

 

「雪輝。神奈子がどうしてここに行けって言ったか覚えているか?」

「えっと……。いつわたしが襲われるかわからないから、だったっけ」

 

 人差し指を鼻に当て、思い出すように若干上を向きながら雪輝は答えた。

 

「そうだ。だけど神奈子は一つ、ミスを犯した」

「みす?」

 

 あー……。横文字使ったらそりゃわからないよな。

 ミスは失敗という意味だ、と雪輝に言う。そして言葉を続けた。

 

「狙う相手がいなくなった敵は、少しでもお前に攻撃したいと考える。なら誰を狙うと思う?」

 

 何かを察してもらえるように言ってみたものの、雪輝はいまいちピンと来ていないらしく虚空を見つめ考えている。

 

「言い方を変えよう。雪輝に攻撃するためには誰を殺せばいいと思う?」

 

 あえて殺すという物騒な言い方をする。

 雪輝の大切な人。それが誰かは知らないが、神奈子、ご両親は絶対に入っているだろう。で、俺は今日神奈子に会ってきた。

 つまり────

 

「え、ウソ……?」

 

 何か思い当たる節があったのだろうか。唇が細かく震えている。

 両手は自分の服の裾をギュッと握りしめていて、強く握りすぎたのか白くなってしまっていた。

 

「続けるぞ。それで狙われた雪輝の両親は……」

 

 その続きの言葉が言いたくなくて、俺はいつの間にか口を閉ざしてしまっていた。

 チラと雪輝の様子を見てみると、口はへの字に曲がっていて目には涙がたまっている。

 俺はそんな様子を見て言葉を続けるか考えてしまったが、ここで言わなくてもどうせわかってしまうのだ。それならば言ってしまった方がスッキリするだろう。

 

「昨日。亡くなったらしい」

 

 ──沈黙。

 静かな時間が俺たちの間に流れていく。

 だがその中に鼻をすする音が混じり始めた。

 

「お、父さんと……お母さん、が、亡くなっ、たの?」

 

 目から大きな涙を一つ零しながら雪輝が俺に問う。その涙が頬を滑り落ちて木のシミになって消えていくのを見届けてから俺は言った。

 

「ああ。今朝墓参りに行ってきた」

 

 言葉にするのが辛い。ご両親とは会ったこともないはずなのに。

 

「……そう。わたしの、所為だよね」

 

 雪輝の声のトーンが低くなり、萎んでいった。いつもの朗らかで明朗快活な彼女は微塵も見受けられない。

 雪輝は止まらなくなった涙を抑えるために、両方の掌で顔を覆った。

 違う。お前の所為じゃない。

 そう言ってやればいいはずなのに、なぜか口から言葉が出ない。ここで言ってしまったら恩着せがましくなるんじゃないか、雪輝はほっといて欲しいんじゃないか、と思考が関係のない方向へ進んでしまう。

 雪輝の肩に手が伸びる。だが一瞬マイナスなことを考えた所為で引っ込んでいった。

 ここまで勇気のない自分に嫌気がさす。命を賭けることはできるのに、目の前で泣いている女の子を慰めることさえできないのか。

 唐突に雪輝の泣く声が大きくなった。泣きながら考えるうちに変な方向へ考えてしまったのだろうか。

 言え。俺。そらちゃんの時はできたじゃないか。

 なんでこんなに簡単なことができない。カッコいいことは言わなくていい。ただ声をかけろ。さあ口を開け。

 

「ゆ、雪輝」

 

 口からこぼれ出た言葉は震えていた。しかしそんなことは気にしない。

 雪輝がこちらを向く。そのいつもは端麗な顔立ちが涙でくしゃくしゃに歪んでいて、この表情にさせてしまったのが自分だと思うと心苦しくなってしまう。

 だが、この表情を変えてやることができるのも俺なはずだ。

 

「雪輝。お前の両親が亡くなったのはお前の所為じゃない。それだけは覚えといてくれ」

 

 へ? と雪輝が目を点にする。ありえない言葉を聞いたみたいな顔をしている。

 しかし、すぐにこっちまで泣きそうなぐらい哀しそうな表情のまま、くしゃりと笑いかけてきて、

 

「ありがと」

 

 そう一言告げた。

 その後、雪輝はゴシゴシと自分の目をこすって無理矢理にでも涙を乾かせてみせた。強くしすぎたのか目尻は赤く腫れていて見るからに痛そうである。

 もう一度俺に笑いかけてきてから、雪輝はコッチに寄ってくる。もともとそんなに距離が空いていたわけではなかったので、ずいっと身を寄せて俺のすぐ隣にまで来た。

 その距離実に肩と肩が触れ合う程度。少しドキドキする。

 

「……今夜だけ、近くにいていい?」

 

 俺の肩に頭を乗せて上目遣いで聞いてくる。…………ズルい。わかってないんだろうけどその角度と言葉はズルい。

 

「そんなの、断れるわけないだろ……?」

 

 俺の所為で泣かしたんだから、雪輝が望むことなら今夜限りでなんでもしてやる。

 ……ただ、この破裂しそうなほど鼓動している心臓の音は聞こえてるとかないよな?

 

「あと、旅のことだけど……優陽についていくよ」

 

 べたー、と俺に凭れかかりながら雪輝がこんなことになってしまった原因の質問に答えた。

 俺と一緒にくる、か。

 

「理由を聞かせてくれ」

 

 俺に凭れていた雪輝は、その頭がずるりと肩から滑り落ち、ちょうど胡座をかいていた俺の足の上で横たわる。

 泣いた所為でどこかのネジが吹っ飛んだのか、幼児退行しているように思えるんですが……。

 

「……きっとこの神社に神奈子様来るんだよね。だったらまだ会いたくないから……。優陽もそういうとこ考えてくれてたんでしょ?」

 

 うっ、さりげない配慮に気づかれると恥ずかしいことこの上ないな。

 俺はま、まあそうだけど、と少しどもりながら答える。照れ隠しとちょっとした反撃のつもりで雪輝の艶やかな黒髪を優しく撫でた。

 しかし雪輝には効果がないようだ。逆に目を瞑って堪能してやがる。

 

「このまま……寝てもいいよね」

 

 泣き疲れたのかそう聞いてくる。

 

「……いいよ」

 

 問答無用である。誰が断れるもんか。

 ……ただ一つ懸念材料があるとすれば、────俺は座ったまま寝ないといけないのだろうか。

 まあいいか。

 

「今日だけ、だからな」

「うん。おやすみ」

「おやすみ」

 

 夜の帳が下りる。静かな寒くて暖かい夜が更けていく。

 

 

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

「くっそ……。肩と首凝った……」

 

 朝。俺は居間にでてきて、うな垂れていた。人生初の肩凝りによる目覚めである。おかげで誰も起きてきていない。

 たった数時間だが、座ったまま寝た結果めちゃくちゃ首と肩が凝っている。

 当たり前と言ったら当たり前だが、想像していたのとレベルが違う。肩にはズーンと何かが乗っかっているような感じがして、首凝りのせいで頭痛まで引き起こしているレベル。

 これのせいで朝っぱらからテンションは下がり続けていた。

 清々しいはずの冬の空気は、ただの寒い空気へと成り下がっている。それだけならばまだいいものを、冷たい空気のせいで凝りが悪化して泣きそう。

 ちなみに朝起きた時にはすでに雪輝はいなくなっていて、その辺をうろちょろしてわかったのが自分の部屋に戻っていたということである。

 いつ戻ったのかは知らないが、俺に少しでも言ってくれれば肩と首の凝りはマシになったんじゃないかと思ってしまう。

 

「……にしても」

 

 昨日のことを思い出すと顔から火が出そうだ。

 昨日は深夜テンションで善悪の見分けがついていなかった。以上。じゃなかったらマジでやばい。そんな感じで言い訳をしないとドキドキしてしまって仕方がないのだ。

 雪輝には今日と明日、明後日あたりはまともに顔向けできそうにない。顔を見ただけで昨日のことを思い出し、顔が赤くなるのは火を見るよりも明らかである。

 

「……ぉぉぅ」

 

 マジでやっちまったぜ。別に行為に及んでいないにしてもあれはなあ。今後の関係が危ぶまれる。

 あれか、男女二人組のグループが出来心でデート的なのをしたら週刊誌にばれて報道された次の日がライブってこんな感じの気まずさなんだろうか。……そんなの聞いたことないけども。

 朝からこのことしか考えてないな。顔を洗って一瞬だけでも心を真っ新(まっさら)にしたい。

 そう思った俺は一度神社から出て近くの川へと向かう。ここの近辺は水が豊富にあるので、多分探せばめちゃくちゃ冷たい湧水なんかも見つけることは可能だろう。

 もちろん川の水だって底の礫まで見通すことができるほど透き通った清流だ。口に含んでも害はない。

 俺は川のほとりで座り込み、揺れる水面(みなも)に映った自分の顔の部分をなんとなく眺める。ショートと呼ばれる程度の長さの黒髪に日本人らしい黒目、自分で言うのもアレだがそこそこ整った顔立ち。

 そこを狙って水を掬い上げた。ぽちゃぽちゃと水が流れ落ちていく。

 手から水が無くなる前にパシャリと顔にかけた。

 

「っめてぇ」

 

 川に手を突っ込んだ時から分かってはいたから覚悟はしていたが、やはり冷たい。しかしこの冷たさが心地いい。

 冷や水を浴びせられるという言葉があるが、今なら確かに納得できる。何かやろうとしている時にこの冷たさの水ぶっかけられたらそりゃやる気が削げるわ。

 冷たい川の水で頭がスッキリしたところで神社へ戻る。あのままあの場所に居たらしもやけになる。

 そろそろそらちゃん辺りは起き出している可能性はあるが、一応そーっと音を立てないように入っていく。

 抜き足差し足忍び足ー、と室内へ入り込む。遠くでは誰かの足音がするからそらちゃんだろう。

 居間へと入ろうと廊下を曲がった時、彼女と出くわした。

 まずいまいち誰かわからなかったので視線を顔にまで上げる。背中辺りまでの黒い髪で綺麗な顔していて……。

 

「〜〜〜〜〜〜!」

 

 逃走した。正体は雪輝である。

 俺と全く同じ状況らしい。……そりゃあ、昨日あんなことしてたんだし、むしろ雪輝が攻めてきてたんだから俺よりダメージがでかいのも道理。

 しかしこんな状況が何日も続くと結構辛い。早々に旅に出る準備をして、諏訪子達に別れを告げたいんだけど。

 俺はなかなかに前途多難な道のりのような気がしてため息をついた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




閲覧ありがとうございました。
彼らの進展は、また四月までお預けになるかな?

次回予告!

ついにそらちゃん、諏訪子へと旅に出る旨を伝えた彼ら。
諏訪子と神奈子の国の存続の交渉はどうなった……?
悔いなく旅立てたのか。

次回 第二十話 出会いがあるから別れがある
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