東方照歩記   作:たま紺

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三冊目 人と妖の共存を目指します。
第二十一話 あてもない旅もいつかは目的に辿り着く


 

 

 吹き荒れる風が俺のバランスを崩そうと襲ってくる。ふらりと体が揺れ、掴むところがないはずの直角の絶壁に吸い付くようにして張り付く。

 

「……危ねぇ」

 

 俺はほっと溜息をついた。

 左は上を向くのが怖いほど高い絶壁、右は川が流れているのだが、その川までは数十メートルはくだらないだろう高さ。

 そして俺たちが歩く道の幅は一メートルとちょっとぐらい。全力で足を開けばはみ出てしまうだろう。

 加えて壁に手をかけるものの掴むものがないので、何かの拍子で壁を押した暁には即落下。ジ・エンドってやつだ。

 だからできるだけ壁に体を寄せつつ、かといってもたれすぎると歩くときには重心を壁から俺の体に戻さなくてはならない。そのギリギリを攻めながら歩くのだ。

 なぜこんな境地を旅しているのか。それは俺にもわからない。前を行く雪輝(ゆき)が怖いもの知らずなのかずんずん進んでいくため、ついていくしかないのである。

 吹き荒れる風を物ともせずに、雪輝は進んでいく。そのスピードはごく普通の道を歩くのと変わらなかった。

 おいおい、と不安に思いながら俺は慎重に歩みを進める。なんで普通の道を歩くのと同じスピードでここを歩けるんだよ。怖いわ。

 一歩右足を進める。からりと乾いた音がして足元の小石が遥か彼方の川へと落下した。その様子を見て心臓の鼓動が加速した。壁に掛ける手に汗が滲んでいくのがわかる。

 そんな中でも雪輝のスピードは変わらない。一回ぐらい後ろを振り向いてくれたっていいじゃないか、と思ってしまうが言ったところで風によってかき消されてしまうだろう。

 俺は先に行く雪輝になんとしてでも追いつこうと思い、震える足を出す速さを上げた。一歩一歩が不安定になってしまうが、その前に一歩踏み出せば問題ない。

 

「おっと……」

 

 またふらりと体が揺れ、全力で身体を壁に押し付ける。……危なかった。

 はふー、と一息。その間も雪輝が止まる様子はなく、俺は急いで後を追いかけた。その時風向きが変わったようで、向かい風が追い風になり追いかけるスピードが自然に上がる。

 俺はさっさと歩き、ようやく雪輝の元へたどり着いた。心臓の鼓動は精神的なストレスによって早くなっており、口の中はカラカラに乾ききっている。

 

「……ぁ。おい、なんでそんなに速いんだよ」

 

 最初の一言がうまく言えなかったが、そのあとはきっちりと言えた。雪輝は「ん?」と黒髪をたなびかせながらこちらを振り返る。その様子は俺がいたことを今まで知らなかったようだった。

 

「あ、ゆう────」

 

 そして、ひときわ強い風とともに雪輝が()()()

 

「お、おい‼︎ 雪輝!」

 

 とっさに崖下を見る。俺の反応があまりにも早かったのか雪輝はまだ落ちかけている途中で、手を伸ばせば十分届く。迷う暇なく腕を伸ばし、雪輝の手を掴んだ。

 だが不安定な足場では雪輝の全体重を支えることはできなかった。伸ばした右腕が崖下へ引きずり込まれる。俺は懸命に抵抗してみるも焼け石に水で、一瞬にして浮遊感が体全体を襲った。

 浮遊感を感じながらかろうじて目を開けてみると、俺はまだ雪輝の手を握っていた。その手を手繰り寄せ、雪輝をギュッと抱きしめながら俺はいずれ来る衝撃に耐えようと、目を瞑った。

 

 

 

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

「っていうのがさっきまで見てた夢だ」

「──ぁ、あー……だからあんなに汗かいてたんだね、珍しく」

 

 そう、俺は変な夢を見ていたらしく、朝起きた時にありえないぐらい汗びっしょりだったのである。寝巻きとして使っていた服は汗で体に吸い付き、不快感に襲われる。

 俺にとってはほぼ初めての出来事であり、驚いた雪輝に事情を聞かれ一から説明して終わったのがさっきである。

 初めてと言っても、雪輝と旅を始めてまだそんなに経ってない現在で、のことだが。……とは言っても二桁か三桁ぐらいの年月は経っている。今は俺の能力で創った簡易的な小屋で寝泊まりしている。俺たちは毎日あらゆるところへ行くのでその都度小屋を作っているのだ。だから緊急時以外概念の方は使えない。

 今日も今日とてどこかわからない山の中を歩き回っていた。秋の始まりを告げる、乾いていてどこか冷たい風が吹き抜けていくのを小屋の中で感じる。

 

「じゃ、そろそろ行こうか」

 

 俺たちは簡単に荷造り──と言っても無いに等しいが──してから小屋を出る。そしていつも通り、

 ──俺に【小屋を創り、消滅させる程度の能力】という概念を付与する。

 こんなどうでもいい能力を創ったことでのデメリットなんか無いと言っても過言では無い。ってか、この能力で頭痛がしたらどうやって世界に影響を与えるのかこっちが聞きたいレベル。

 

「今日はどこ行くの?」

 

 雪輝が聞いてきたので俺は腕を組んで考える。毎日適当に歩いては、適当なところで泊まる。天然の温泉を見つけたら滞在し、絶景が見つかれば心の奥に保存する。

 そういった具合に旅の目的なんか決めていないため、俺たちはフラフラし続けているだけだ。

 今日も今日とて、行く方向はまちまちである。だが元来た道を行くのはさすがにアレなので、その方角だけは避けたい。完全に登りきっていない太陽を見て進む方向を決める。今日は、北だ。

 ふと俺はこの世界に降りてから一度も海に出ていないことに気づいた。ここが日本であるならば確実に海はあるはずだ。なのに俺は一度も海へ行ったことがない。一人の時は確かにあてもなく歩いていたが、一度くらいは辿り着いても良かったんじゃないのか。……たまたまか。もちろんアテナがヘマをしてないければ、だが。

 ……そんなことを考えていたら海に行きたくなってきた。とはいえ今俺がどこにいるのか皆目見当もつかないので、どうしたもんか。文明の利器が恋しい。GPS。

 

「そうだなぁ。海に行こうか」

「海? 湖よりも大きいっていうアレ?」

「そう、それ。毎日適当に歩きすぎたらしくて、ホントなら一回ぐらい海を拝んでてもいいはずなんだ」

「? ということはまだこの辺は諏訪の国あたりなの?」

「そんなことはないと思うけど……いや、ないと思いたい。だから海に行こうぜ」

 

 雪輝自身、どこかに行きたいという感情はないらしく、今までも俺にずっとついてきただけだ。それは今回も同じらしく、意見はないようだ。

 

「じゃ、しばらくは目的地を海に設定して旅するか!」

「……………………ねえ優陽(ゆうひ)。海ってどっち?」

 

 意気込んでいた俺に鋭いツッコミが突き刺さる。

 確かにどっちが海なのかはわからない。予定通り北へ向かおうにも、ここが現代でいう関東地方なら北へ向かうと海まで遠くなる。東へ向かおうにもここが中国地方なら意味がない。東北地方であるなら……近畿地方であるなら……。考え出せばキリがない。

 よし。こうなったら、適当に木の棒を投げて先っぽが向いた方向へ進もう。俺は手頃な木から腕くらいの長さの枝をパキンと折って軽く振ってみる。

 

「……何してるの」

「ん? 海がどこかわかんないからな。とりあえずまっすぐ進めば海には着けるはずだから、この枝の先が向いた方向に進もうと思……って!」

 

 上に放り投げた木の棒はくるくると宙を舞う。やがて重力に従いながら落ちてきた棒は、一度地面に刺さり倒れた。方角は……よくわからん。いちいちチェックするのがめんどくさくなってきた。

 

「じゃ、あっちに進むか」

「そうだねー」

 

 簡単に決まったルートに対して一抹の不安を覚えるが、よくよく考えたらいつものことだった。

 俺たちは腐葉土になりかけている土を踏みしめながらまっすぐ進んでいく。幸いなことに今俺たちがいる森は、行く手が塞がれるほど鬱蒼と茂っているわけではないためどっちへ行けばいいかわからなくなることはない。

 ……でも1日ならまだしも2日3日経ったら方角が分からなくなりそうだから、一応ある程度の方向は確認しておこう。えっと……登ってきている太陽と大体反対向きだから、西か。

 諏訪湖って確か長野とかあの辺だったから、今もあまり動いてないと考えたら……いいや、いつか着けるんだから気長にいこう。

 

 

 

 それから俺たちは結構歩いた。

 俺は元々体力があったから、これぐらいの距離を歩くのは問題ないが、最初の頃は雪輝が結構バテバテだった。今でこそ歩くのに慣れたし、能力で製作した服のおかげでだいぶ楽になった。服とは言っても現代の歩きやすいものだけど。

 もちろんこれを着るのは旅路の途中の時のみだ。さすがにどこかの村とかで滞在するときにそんな格好だったら奇異の視線を向けられる。

 どこかにいるときは基本的に着物みたいな、この時代の服を着ている。俺自身はそれで問題ないのだが雪輝曰く〝さすがにもうちょっといいもの着ててもいいんじゃない?〟とのことで朱色のついた上着を着ている。俺だけというのも憚られるので雪輝も水色の上着を羽織ってもらっていた。

 ざく、と枯れ木か落ち葉かを踏みしめる。あたりは結構暗くなってきており、上を見上げれば空こそまだ茜色だが、森自体は足元さえ見るのが困難になってきた。

 雪輝とはあまり喋っていないが、そろそろ今日の分は終わりだという雰囲気を感じる。……別に仲が悪いから喋ってないとかではなく、喋ることがないのだ。最初はなんやかんやで喋っていたが、そんなことを毎日繰り返していたら喋ってないことの方が少ないくらいになった。おかげでお互いのことは大体わかる。

 俺たちはいつの間にか立ち止まっていた。

 どちらかが声をかけたのではない。どちらからともなくいつの間にか止まっていたのだ。あたりは完全に日が落ち、奥の見えない闇に包まれる。

 

「じゃ、今日はこれまでかな」

「うん。そだねー、さすがに疲れたよ」

 

 言葉通り明るく言う雪輝の顔には疲れている様子が色濃く現れていた。明日は1日休もうかな? 俺たちは食事を基本必要としないが、個人的に食べれるなら食べたい。それは雪輝も同じなようだ。

 俺は朝方に創った能力で比較的開けた場所に小屋を建てる。未来でいうログハウス的な感じの風貌だ。案外気に入ってるのは秘密。

 ……とはいえずっと同じ間取りの家なので飽きてきてはいる。が、室内の明確なイメージが昔の俺の家だけなので別の家を作れない。建築士の資格を持っているわけじゃないしな。家を建てるのは減るもんじゃないから挑戦してみるのもやぶさかではないけど。

 そんなわけで場所は違えどいつもの家に俺たちは帰る。それから適当に寝る準備をしてから明かりを消した。

 

 

 

 ──その事件が起こったのは夜も更けた頃、草木も眠る丑三つ時だった。

 嫌な気配が、部屋のなかを包んだ。重苦しいというか、不安げにさせるというか。最初は夢だと思ったが、嫌悪感が徐々に大きくなっていくにつれて現実味が増してきた。

 少しだけ目を開けて辺りを見回しても、何も変化はない。雪輝が静かに寝息を立てているだけである。……でも嫌な感じがする。見られている、というかそんな感じだ。

 俺は寝起きで重い体を起こし、夜目になるまで少々待つ。それからもう一度見渡した。部屋の壁、天井、布団、雪輝の背中、出入り口。間違いなくいつも通りだ───

 

「……!」

 

 今、何かと目があった気がする。

 真っ暗な部屋の中だ。見間違いだという可能性も捨てきれないが、確かに俺は何かと目があった。

 

「なんだ……今の」

 

 一人でつぶやいた言葉が虚しく消え去った。さっきの正体が妖怪、という可能性も捨てきれない。

 

「仕方ない、か」

 

 熟睡している雪輝には申し訳ないが、俺はあらゆるものを照らす程度の能力を使って部屋を照らす。煌々とした明かりが部屋全体を包み込み明るく照らし出した。

 暗い世界に慣れていた目は明るい光に刺激され開けることができない。しかし、徐々に慣れてきてようやくしっかりと見ることができるようになった。

 

「……あれ」

 

 確かにさっきナニカと目があった。夢ではない。幻でもない。でも、……部屋の中には何もなかった。記憶を探る。確かにあの時目を見た。……はず。

 突如、ガバッという音とともに雪輝が体を起こした。さっきまで隣でもぞもぞしていたが、明るさに耐え切れず目を覚ましたみたいだ。

 

「……っ、んぅ。もう……なんで急に………って頭でも痛いの?」

 

 起きてから開口一番なぜそんなことを聞くのか、と疑問に思ったが、俺は知らないうちに額に手を当てていたようだ。確かにこれは頭痛に耐えているように見えなくもない。

 

「いや……大丈夫だ」

「ホントに?」

 

 ぐいっと顔を寄せて疑うような目で見てくる雪輝。一緒の部屋で寝ておいて言うのもなんだが、さすがに見つめられるのはドキドキする。

 

「ふむ、嘘はついてなさそうだね。……でもなんで明かりをつけたの?」

「えっと…………」

 

 頭は痛くないと言った手前頭痛を言い訳にするわけにもいかない。かといって俺の見たものを言うと、それはそれで疲れてるんじゃ、とかなんとかで片付けられそうだ。

 

「……っと、そ、そう! なんか虫みたいなのがいたんだよ! 大きめの……もうどっかにいったみたいだけど」

「……なんか隠してるね。まあいいけど」

 

 ムッとした表情のまま雪輝は自分の布団へ戻る。嘘をついたことに罪悪感を感じたが、どうせ言ったところで何かが変わるわけではないのだ。

 それならばことを大きくしないことが一番の手だろう。

 俺は能力を切る。部屋は再び夜の闇に包まれ、静かな世界が戻った。夜風に揺られる森の木々ががさがさと奏でる自然の音を聞きながら俺は眠りについた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




閲覧ありがとうございました。
そーいや、先日復帰するにあたって一度全話読み返したんですよね。そしたら序盤が痛すぎてつらいです。……小学生の頃に考えた設定で頑張るんじゃなかった。
これからも痛い部分等多々あると思いますが、大目に見ていただけるとありがたいです。


次回予告!

優陽が感じた視線とはなんだったのか
不安に思った次の日……雪輝が襲われる⁉︎

次回、第二十二話 妖怪は幻に想いを馳せる

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