東方照歩記   作:たま紺

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第二十二話 妖怪は幻に想いを馳せる

 

 

 ──静謐な部屋の中。

 窓の外からは木漏れ日が差し込み、部屋を明るく照らし出す。柔らかな暖かい朝陽は体を目覚めさせるのにぴったりだ。

 かくいう雪輝もこの日差しによって目覚めたうちの一人である。寝惚け眼の目をこすりながらぐーっと伸びをする。ポキポキと小気味良い音を聞きつつ、隣で寝ている優陽を見る。

 昨日……というか今日の朝方にいきなり起きて明かりをつけたかと思えば、見え見えの嘘をついてごまかしていた。気にはなったが彼が話さないというのであれば、あまり詮索しないほうが得策だ。

 そんなこんな、起き上がった状態でぼけっとしていたら寒くなってきた。いくら日差しが暖かいからといっても、季節は初秋。朝方は冷え込んでいる。

 

「ふぅっ……寒い」

 

 ぬくぬくとした布団から出るというのはとてつもなく辛いことではあるが、生きるためには致し方ない。雪輝は名残惜しそうに布団を見つつ這い出た。

 一旦出てしまえばそこからは早い。優陽を起こさないように手際よく布団を片付け、寝巻きから着替える。

 一応リビングとして機能している部屋へ移動し、毛布にくるまって壁にもたれ、畳張りの床へ座り込む。いつもなら同じくらいのタイミングで優陽も起きだすのだが、今日に至ってはそんな気配がない。

 

「……やっぱり疲れてたのかな」

 

 昨日といい今日といい、今までこんなことはなかった分不安に感じてしまう。ただの偶然だとは思うが、もし疲れだというのならしっかり休んでもらわねばいけない。

 ふわぁ、と大きなあくびを一つ。目が覚めたから起きたのだが、暖かい毛布にくるまっているとまた眠気が襲ってくる。

 雪輝はだんだんと重みを増してくるまぶたに必死に抗うも、その視界はぼやけていく。壁の色や窓との境目が不明瞭になっていく最中、空間に一本の線が入った。

 だが寝ぼけている雪輝にはただ視界がぼやけているせいだと片付けられてしまう。こんなところでまた寝ると風邪をひいてしまうかもしれないが、襲いくる睡魔は強大だった。

 ──しかし。そんな睡魔も一撃にして吹き飛んだ。

 

「……何⁉︎」

 

 かすかに聞こえる甲高い音が部屋の中に響き渡った。明らかに自然発生ではない音に雪輝の意識は覚醒する。ぼやけていた視界は明瞭になり、その音の発生源を見つける。

 それは空中に入った一本の線からだった。どう考えても不自然に空中に線が入っている。雪輝はその表情に不審の感情を刻みながら立ち上がり近づいていく。

 紺色のような藍色のような、よくわからない色をした線に触れてみようと雪輝は手を伸ばす。その細い指先が触れようとした瞬間、──空間が裂けた。

 

「……ッ!」

 

 見つめられている。裂けた空間の中に大量の〝目〟が浮いている。

 雪輝は息を飲む。その表情を驚愕と恐怖に歪ませながらも彼女は裂け目を見つめた。横は雪輝が両手を広げるのと同じくらいで、上下に線が分かれ口を開いた奥には、別の藍色の空間が無限に広がっており、大量の目がギョロギョロと動いてこちらを見つめていた。

 どうしよう。本当は優陽を起こしてなんとかしてもらうのが一番早いし安全なのだが、彼は今休んでいる。体調だって良いとは言えない。

 なんだかんだでいつも優陽に負担をかけていた気がする。……でもこれぐらいの異変なら自力で解決できるはずだ。否、解決できなくても優陽に丸投げすることだけはしたくない。少しでも彼の負担を減らせるのなら。

 

「でも……どうすれば」

 

 自分にはこの境目を物理的に破壊できるような力は持ち合わせていないし、何よりそもそも解決する手立てが存在するのかも怪しい。

 泣き言を言っていても結果は変わらない。むしろここで放置しておいて悪い方向へ結果が変わるのなら、何か自分にできることを探そう。

 

「わたしにできること……」

 

 雪輝にできることはそんなに無い。……でも、何か、情報ぐらいなら集められるかも。

 もし優陽が起きてきて何これと聞かれた時にできるだけの情報を集めておかなくては。そうと決まれば話は早い。早速雪輝は行動に移した。

 裂け目の縁の線になっている場所。雪輝はまずそこを触ってみた。動かそうとしても曲げようとしてもビクともしない。空間に固定されているような感覚だ。

 次に裏側へまわってみると、今度は何も無い。いつも通りの部屋だった。さっきまで裂けていた場所は元どおりだった。線さえ見えない。試しに裂けていた場所を通ってみる。体にはなんの不調も感じない。だが、振り返って表から見てみるとやっぱり裂けている。

 

「何これ……どういうこと」

 

 何これ、と聞かれて答えるためにいろいろ見ていたが、見れば見るほど答えが見つからない。気味が悪いのを除けば特に害があるようには思えないし、外側を見ているだけじゃコレの正体がいつまでたってもわからない。核心に迫らねば。

 雪輝は先ほど胸元まで引っ込めてしまっていた手をもう一度伸ばす。ゆっくりと慎重に。

 雪輝が裂け目の縁に手をかけ、そっと中を覗き込んでみた。不思議な感覚だ。まるで崖から覗き込んでいるような。

 腹の底から湧いてくる底知れぬ恐怖を感じていた時、その手首が不意に掴まれた。白くてすらりと伸びた指が美しい、女性の手によって。

 

「えっ……? ちょっ……!」

 

 女性の手は雪輝の手を掴んで離さない。懸命に腕を引き抜こうと動かしてみるも微動だにしない。それどころか腕が引っ張られ別の空間へ吸い込まれていく。

 

「や、やめて……! くぅッ」

 

 引き込まれないように必死に雪輝は抵抗する。だがそんな抵抗も虚しく、雪輝の体はどんどん空間へと吸い込まれていく。

 最初手首を掴まれていたのだが、その手はいつの間にか肘を掴んでいた。すでに肩までは空間に入ってしまっている。──だが。

 パシッと女性の手を別の手が結構な力で握りしめていた。

 

「流石にピンチなんだったら助けぐらい呼べよ……」

 

 掴んでいる手から順に肘、肩、首と視線を移していく。優陽だ。呆れた顔で雪輝を見ている。

 雪輝の顔が瞬時に喜びと安堵へ変わった。優陽がいるのなら大丈夫。絶対にこの状況を打破してくれる、そういう確信があった。

 

「んで、うちに何の用だ? 妖怪さん」

 

 優陽が静かに、そしてわずかな怒気を孕ませた声で妖怪に問う。しかし答えは返ってこない。優陽は握りしめる手により力を込めたのか掌が白くなり、妖怪も耐えかねて雪輝の腕を離す。

 

「答えないんだったら……」

 

 それだけ言って優陽は何かを始めた。雪輝から見ると何をしているのか皆目見当もつかないが、妖怪の手が慌てふためくようにバタバタと暴れているので、おそらく手から神力を流しているんだろう。……しかも結構な量を。

 神力というのは特に何かに害を与えることは無いが、それは少量だった場合だ。大量に流し込めばたちまち体や物体がその強大なエネルギーに耐えられなくなり、内側から壊れていく。神様だけが操れる力だ。

 今まさに妖怪は内側からの崩壊という危機に瀕しているのだろう。はた迷惑なことをされたので、そのまま爆散してもいいが。雪輝はそう思いながら掴まれ続けて赤くなった腕をさする。

 妖怪の手の動き方が一層激しくなった。まるで別の生き物のように動く手首がなんだか面白くて不意に笑いがこぼれてしまう。

 それに、本人たちはいたって真面目なのが余計に面白い。が、本人たちは真面目すぎて本気モードに突入したようだ。

 妖怪の手が一瞬ビクッと震え、停止。即座に脱出を試みようとする。だが優陽の手に一層力が込められた。そして周囲に力の波が軽い衝撃波になって飛んでくる。よろけるほどでは無いが、さっきまで明るかった部屋が暗くなった気がした。

 妖怪の手をよく見ると血の気が引いてきている気がする。さっきまであんなに活発に暴れまわっていた手首も、なんだか動きが鈍っているようだ。それを見ているとだんだん相手が不憫になってきた。

 

「ちょ、ちょっと優陽……その辺にしといたほうが……」

 

 いたたまれなくなった雪輝がさりげなく控えめに忠告すると──

 

「そ、そうよ! その辺にしといたほうが……。あっ……」

 

 とんでもない勢いで、裂けた空間から陽光を鮮やかに跳ね返す金髪の少女が現れた。

 その少女はもともと出てくるつもりは無かったらしく、キョロキョロと辺りを見回した後、やってしまったと言わんばかりの悔しげな表情のまま唇を噛んでいる。

 その腕を掴んでいる優陽はというと、あまりの驚きからか目を見開いたまま硬直していた。目鼻立ちが整った可愛さと美しさを掛け合わせたような顔、十代半ばあたりの少女に雪輝も驚く。優陽の神力に耐えていたのが、あんな女の子だったなんて。

 そんな驚きからふと我に返ると、誰もしゃべらず、誰も動かない空間に居心地の悪さを感じる。

 この中で一番状況を理解しているのはわたしなんだから、とぶんぶん頭を振って脳内をスッキリさせた。

 息苦しいほど静かな部屋をいつもの部屋に戻すため雪輝は口を開く。

 

「コホン。えっと……うーん、……大丈夫?」

 

 とりあえず口を開いたはいいものの、肝心のどうするかを全く考えていなかった雪輝はアレだけの神力を流された妖怪ちゃんの安否を確認する。

 

「ええ。もちろん私がこんな、力で……倒れるわけが無い…………です、わ」

 

 意地っ張りな言葉と裏腹に妖怪ちゃんはふらふらとよろめいた後、意識を失ったのか、裂けた空間からこちらへと倒れこんできた。もちろんその妖怪ちゃんは腕を掴んでいた優陽が支える。

 不安定な姿勢を空間から引っ張り出すことによって安定させたところで優陽が雪輝に尋ねる。

 

「……で、こいつどうするよ」

 

 あからさまに面倒くさそうな顔をした優陽の顔を眺めつつ、雪輝は小さく息を吐いた。

 

「とにかく事情聴取しなくちゃいけないからね。その子連れてきて。わたしが布団敷いとくから」

 

 それだけ言うと雪輝は奥の寝室へと向かった。後ろから大きなため息をついて妖怪ちゃんを抱えて運んでくる優陽を見ながら。

 

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

「……ねぇ。神力で気絶したのに神力で治療するのって矛盾してない?」

「知るか。治るもんは治るんだからしょうがない」

 

 雪輝が布団を敷いて俺が少女を横にした後、神力を使って治療を開始した。雪輝の言う通り、神力で気絶したのに神力で治療するとか矛盾の塊でしか無いのだが、実際は少女の表情が和らいできているので効果はあるのだろう。

 かれこれ一時間……とまではいかないだろうが、ずっと胡座をかきながら少女の額に手を当てて神力を流しているので飽きてきた。太陽もだいぶ高いところまで昇っているっぽいし、今日はここでもう一泊だな。

 あー……足が痺れてくる。別にずっと神力を流さなくてはならないわけでは無いし、できることなら自然治癒に任せたいのだが、早く終わらせたいという気持ちのほうが大きいため、ここで俺は頑張っている。

 そんな俺の苦労を知ってんのか知らんのかはわからないが、隣でちょくちょく雪輝が労ってくれるのがありがたい。……けどそれ以外の時に六畳の部屋の中でゴロゴロしたり寝たりするのは控えていただきたい。少々イラッとくる。

 

「あっ、起きたんじゃない?」

 

 イラッとするゴロゴロの最中、少女のまぶたがピクッと動いたらしいのを雪輝が目ざとく見つけた。もう起きるんなら俺が何かしている必要はないだろう。手を離し、少女から離れようとするが──

 

「いってぇ……」

 

 足が痛い。だいぶ久しぶりに足が痺れた気がするぜ。神力でぱぱっと治療したいのだが、足の痺れは治そうにも治せない。神力は痛みを和らげるのではなく、病原を治療するからである。よって血行障害である足の痺れは治せない。仮に神力を使ったとしても同じくらいで治るので結局のところ何もメリットはないのだ。

 つまり、俺はこの痺れにしばらく耐えなくてはならない。おおう、なんという苦行だ。足を伸ばして少しでも早く治るように努力する。

 ちらりと少女の方を見てみると、目を開いたままぼけっとしていた。

 

「……ここは、どこかしら」

「お前が多大なる迷惑をかけた家主の寝室だよ」

 

 金髪少女が目を覚ましたようなので、すぐさま嫌味を込めて返してやる。だが、俺の渾身の嫌味も彼女にとってはどこ吹く風。というよりは寝起きで聞き取れていないらしい。ガッデム。

 

「やぬ、し? …………あ」

 

 しばらく思案していた様子だったが、思い当たることがあったようだ。少女は寝転んだ姿勢のまま気まずそうに視線をそらす。

 しかしそらした視線の先にはゴロゴロしながら微笑んでいる雪輝がおり、得体の知れない恐怖に襲われる。その様子に怯えたのか、少女は顔の下半分を布団で隠し、そして深々とため息をついた。

 俺も雪輝もその様子をジッと見つめ、少女の行動を待つ。その視線に耐えれなくなった少女は起き上がり、体をこちらに向けて正座をした。

 

「……ごめんなさい」

 

 よきかな、よきかな。きちんと謝ることができたんだったらそれ以上何も言うことはない。ここで何かうだうだ言うんだったら全力のデコピンでもお見舞いしてやったのだが。

 

「まぁ結果的にこっちに被害はないから許す。んじゃ、これにて一件落着。さっさと帰った帰った」

 

 被害があるとするならば俺の足である。それ以外は特にないので俺は少女に手で追い返すようなジェスチャーをした。面倒なのとは関わらないのが一番。触らぬ神に祟りなしってな。

 そんな思いとは裏腹に、呆れた顔をした雪輝が俺の肩に手を置いた。

 

「優陽、気がはやいよ。そんなのじゃモテないぞ」

 

 人差し指をピンと立てて、あざとくこちらに向けてくる。

 

「うるせぇ。ってかなんでモテるなんて言葉……俺が昔言ったんだっけか」

「そ。それじゃ妖怪ちゃん。いくつか質問するから答えてね」

 

 そう言って雪輝が少女の肩に手を乗せる。優しく微笑んだ表情は吸い込まれるような魅力があるが、言い知れぬ威圧感も同時に存在した。おほー、珍しく怒ってらっしゃる。

 少女も自分に非があることは認めているのだろう。何も抵抗することはなく受け入れた。

 

「まず一つ目。名前、教えて?」

「や、八雲(やくも)……(ゆかり)、です」

 

 俺は紫と答えた少女に若干の違和感を感じる。

 最初会った時はもう少しお高くとまっているイメージだったのだが、なんとなくしおらしくなっているからである。敬語だし、視線合わせようとしないし。

 

「敬語はいらないよ。緊張しないで」

 

 さっきよりもずっと優しく雪輝が言う。やはり小さい子とコミュニケーションをとるのは女の方が上手いな。俺じゃ無理だ。

 紫はその言葉を聞いて少しだけ肩の力を抜いたようだが、未だ表情が強張っている。……無理もなかろう。ボッコボコにされた挙句尋問だもんな。

 

「じゃ、二個目。なんで私たちを襲ったの?」

 

 いきなり切り込んだ質問に紫が少しうろたえる。表面上は取り繕っているようだが、泳ぎまくっている視線でバレバレだ。

 

「えと……その、正直に言うわ」

 

 視線を部屋の隅に固定しつつ、ぽりぽりと頬をかきながら紫がことの顛末を白状しだした。

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 陽が頂点に達し、だんだんと降りだす。時刻は太陽がその身を隠すまであと少しといったところ。ようやく紫の長々とした思想を聞き終えた。

 なんでも、紫は〝幻想郷〟とやらを作りたいらしい。ざっくり要約すると、その世界は人と妖が共存しているというものだ。

 

「……で、その幻想郷を作るための協力者を募ろうとしたが、誰一人として見向きもせず、やけくそになって武力行使で協力させようとした先がココだったと」

 

 紫が少し崩した正座でこくりと頷いた。

 

「ええ、常々その通りですわ。もともと力の強い方を何人か選んで声をかけていましたが、やけになってしまって力ずくという形に……」

 

 ごめんなさい、とぺこりと頭をさげる。まあ若気の至りというやつだろう。見た感じ幼いし……それは俺も同じか。

 

「ということは、俺たちはその協力者候補の内の二人ってことか?」

「ええ。……失礼なことをしたあとで言うのなんて以ての外ですけど」

 

 そこで一度紫が言葉を切り、深呼吸をする。次に紡がれる言葉はなにか、容易に想像できるが、俺たちは紫の口から出るのをじっと待つ。

 

「幻想郷創り。協力していただけないかしら?」

 

 俺は腕を組み、じっくり考える。

 ──幻想郷があれば、あの時と同じ運命(太古の大戦)を辿ることはないと断言できる。幻想郷を創ることはこの世界の最高神としてしなければならない()()ではなかろうか。

 いろいろな思いが頭の中を駆け巡り、俺は思考の海に溺れていった。

 

 

 

 

 

 

 

 






閲覧ありがとうございました。来月は今月よりももっと忙しくなる(そもそも二週間くらい日本にいない)ので、投稿は厳しいかなと思っております。
できる限り投稿できるよう努めますので、今後とも宜しくお願いします。


次回予告!

紫からの協力依頼……優陽は受けるのか
そして雪輝が……⁉︎

次回 第二十三話 これより幻を現に
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