東方照歩記   作:たま紺

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第二十五話 超えれぬ壁ならまわり道

 

 

 

 ガチャ、と木製のドアを開ける。

 

「よし、今回も特に欠陥は無しっと」

「何百回同じことしても、いっつも大丈夫なんだからその確認必要?」

「必要かと言われれば必要ないけど、一応な」

 

 俺はいつものように建てたログハウス的な家に何か問題がないかチェックしていた。雪輝の言う通り、今までいくつもの同じものを建てたが、いつでも欠陥はなかった。……しかし、どうしても最終チェックをしてしまうのは性格が関係しているのだろうか。

 とまあ、別にどうでも良いことを考えながら家に入る。家を建て始めた当初はちょこちょこ内装を変えていたりしていたが、結局面倒になってここ最近は全く同じ造りである。むしろこの造りでないと落ち着かない。

 陽が落ちてからそこそこの時間が経った。もちろん家の中も真っ暗であり、なにも見えない。という訳で、俺は手を伸ばし指先に集中する。

 すると小さな光の球が出てきた。赤みを含んだ光を煌々と放つその球はふらふらと天井へ向かっていき、やがてその場にとどまった。簡易的な灯りの完成である。この球をすべての部屋と廊下につける。

 

「いっつも思うけど、優陽って便利だよねー」

「否定はしないけど、人を物みたいに言うな」

「あっ、否定はしないんだ……」

 

 雪輝が言ってしまったと言わんばかりに、言葉尻を濁した。やめて、余計傷つくから。

 ごほん、と一つ咳払いをして気持ちを切り替える。切り替えたところでどうということはないのだが。

 そのあと、なんやかんやして居間でゆっくりくつろぎながら、今後のことを雪輝と相談する。

 

「……どうする?」

「んー、どうしようも何も時間が経つまで何もできないんじゃない? 夜襲なんて向こうは慣れっこだろうし」

「慣れっこってことはないと思うけど……。ちょっと紫でも呼んでみるか」

 

 うん、と雪輝が頷き、紫を呼ぼうとする。……紫はどうやったら出てくるんだろうか。

 一瞬よぎったそのことに俺は眉をひそめる。雪輝も何も言わないということは、同じことを考えたのだろうか。ちらと見てみると、同じように眉を寄せ腕を組んで考え込んでいた。

 

「おーい、紫ちゃーん」

 

 何を思ったのか唐突に雪輝が虚空に向かって声を掛けた。さすがにあの謎な空間にいる紫とはいえ、ずっとこっちに意識を傾けているのは──

 

「はいはーい」

 

 陽気な声とともに空間の裂け目から、ナイトキャップを被った金髪少女が手を振りながら出てきた。

 

「おー……やってみるもんだねぇ」

 

 感心したように、そしてやってみた自分を褒めるように雪輝がつぶやく。俺はというと、開いた口が塞がらなかった。絶句している。

 

「それだけ驚いて頂けますと、準備して待っていた甲斐がありますわ♪」

 

 雪輝と意気投合しハイタッチしている紫は、実は呼んで欲しくて堪らなかったようである。というか呼ばれるとわかって準備していたのか。なんとも可愛いものだ。……と、和んでいる場合ではなかった。

 

「それはさておき。本題だ」

「天狗のこと、ですわね。状況はこちらでも重々把握しております」

 

 さっきの年相応の可愛らしい表情から一転、幻想郷を創る大妖怪の神妙な顔つきへと変わった。

 

「紫ちゃんは本来どんな計画で、天狗を味方につけようと思ったの?」

「……天狗は非常に狡猾で、己の立場を弁えている妖怪です。弱いものには強く、強いものには従うような感じで。そこで優陽たちに対話してもらい、協力を求めてもらおうと」

「しかし実際は違った」

「はい……。あそこまで好戦的な天狗は今まで見たことがありません。どうして……」

 

 本来天狗は相手の力量がわからない状況において、様子を伺ったり実際に対面してくる、そう紫は考えていたのか。

 

「……何か理由があるのかもしれないな。けど、それはそれ。今の俺たちには関係ない」

「そうだね。紫ちゃん、何かいい方法ある? できれば穏便に済む方法」

 

 それを聞くと紫は、畳の上で正座をしながら腕を組んで考え込んでしまった。眉毛がしきりに動いた後、紫は考えるために閉じていた目を申し訳なさそうに開いた。

 

「ごめんなさい。今の彼らには穏便に済む方法というものはありませんわ」

「……そうか」

 

 穏便に済ませられない、つまり力ずくの勝負になるということか。……あいにくと俺には敵を薙ぎ払えるような力は持っていない。それこそ、覚醒とかいう力に頼らなければならないのだ。

 しかし、そんな単純に覚醒なんてできない。……それならいっそ──

 

「天狗が落ち着くまで、別の妖怪に話を持ちかけるのはどうなんだ?」

「私もそれを考えましたわ。しかし、その交渉を確実に成功に近づける方法が天狗なのです。彼らが私たちに協力してくれると知れば皆、こちらの要求を受け入れてくれるでしょう」

「えーっと……。それはつまり、まず天狗を幻想郷に引き入れないと話が始まらないってこと?」

 

 紫が雪輝の問いに答える代わりに首肯した。

 紫の話を聞く分には幻想郷を創るために天狗の助力が必要不可欠らしいが、どうも別の理由がある気がする。……だからどうという気はないが。

 

「でも、労力を最小限に抑える方法ならあります」

 

 ピッ、と人差し指を立てて、得意気な顔で紫が言う。その自信満々な表情から鑑みるに、相当素晴らしい作戦なのだろう。俺は少し期待する。

 雪輝はというと俺以上に期待し、目をキラキラさせて興味津々になっている。

 

「なになに? どんな作戦なの⁉︎」

 

 飛びかかっていきそうな勢いの雪輝をどうどうと宥めながら、俺は紫を見つめる。すると彼女は虚空に指を滑らせ、空間の裂け目──スキマを作り出し、口を開かせた。

 何か嫌な予感を感じ、顔が徐々に引きつっていくのをひしひしと感じたものの、視線で話の続きを促す。

 

「お二人には、このスキマを通って頂き、直接天狗の頭領である天魔に話を持ちかけていただきたいのです」

 

 部屋を明るく照らしていた光球が、不安気に炎のように揺らめいた。

 今日二度目の絶句。まさか雑魚戦抜きで直接ボスに挑む裏技があるとは。戦闘に疎い雪輝でもさすがに紫の作戦の無茶加減が伝わったようである。

 

「……それって敵の本丸にいきなり叩き込まれるってことか?」

「まあ、そうなりますわね。もちろん相手側も天魔とその重鎮たちで固めているはずですから、並大抵の戦闘では済まないと思います」

「ゆ、紫ちゃん。それって穏便って言わないんじゃない?」

「私は〝労力を最小限に抑える方法〟と言っただけで、穏便に済ます方法とは言っておりませんわ」

 

 え……、と雪輝は言葉を失った。つまりさっきまで期待していたのはこちら側の勝手な思い込みであったと。まじかよ。

 

「それって並程度の戦闘力しか持ってない俺たちを、ぶち込んでも大丈夫なのか? むしろ死にそうなんだけど」

「天狗のことですから優陽が威圧すれば戦闘する前に、停戦を申し入れるでしょう」

 

「そんなに簡単にいくものなのかな……」と俯き加減で雪輝が小さく呟いた。俺も1度目を瞑ってシミュレートしてみる。しかし、ものの数秒で首筋に刃物を当てられている未来が見えた。

 

「それこそ紫のスキマを使って、文書とか送ればいいんじゃないの?」

「確かに!」

 

 ぶんぶんと首を縦にふる雪輝を横目に見ながら、紫は少し考えているようだった。……今の天狗の状況を考えるに、何をしても無駄なような気はするが。

 天狗がピリピリしている理由を探り出し、それを条件に引き込んだ方が得策な気はする。俺はそれを紫たちに伝えた。

 

「……なるほど。確かに今の彼らにとって有効な方法ですわね」

「問題はなんでこの張り詰めた雰囲気を作り出しているのか、ってことを知る手立てだね」

「それについては心配なく。私のこのスキマ、バレずに覗き見することが可能ですので」

 

 隣で雪輝が刹那の時にも満たないほどの時間で自らの肩を抱いて、訝しむような視線を紫に向ける。

 

「なっ⁉︎ わ、私にはそんな趣味ありませんので!」

「ふふっ。冗談だよ紫ちゃん」

 

 仲の良い二人を見ていると、どことなく姉妹のように感じる。まだ会ってから間もないはずだが、ここまで仲良くなれているのは雪輝の人柄か。……っと、そんなことより。

 

「じゃあとりあえず、俺たちはしばらくここにいればいいんだよな? 紫が調査とやらをしてくるまで」

「はい、そうですわ。できるだけ早く終わらせますので少々お待ちください」

 

 それから紫は軽く別れの挨拶をして、気味の悪いスキマを通り帰っていった。すでに日付が変わろうとしている頃だろうか。軽い肩への疲れと、心地よい眠気が襲ってくる。

 俺たちは就寝準備をしてすぐに床についた。

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 それから一週間は経過しただろうか。具体的な日数は二人とも数えておらず、そもそも数える必要すらないのだから、わからないのも当然だと言える。

 そんなある朝、上りゆく太陽が木の葉の隙間から森を照らし、ひやりと冷え込む風に身を震わせながら伸びをする男が一人。

 

「く──ッ」

 

 未だに開ききっていない目をしきりに擦りながら、木漏れ日の奥──群青の空を眺めていた。数羽の鳥が右へ左へ行ったり来たり、自由に飛び回っている。

 

「今日は早いんだね」

 

 ガチャリとログハウス風の家の中から一人、少女が出てきた。その音と声に気づいた男はぽりぽりと頭を掻きながら弁明する。

 

「あーいや、昨日はだな……」

「紫ちゃんがあんまりにも遅いから不安になって、八ヶ岳まで見に行ってたんでしょ?」

 

 ふふん、と。私はなんでも知っているぞ、と言わんばかりに誇らしげな表情に男は負ける。

 

「そーだよ、雪輝。なんでバレないように行ったのに知ってんのさ……」

「優陽こそ、なんでバレないと思ったの? 女の子はなんでも知っているんです!」

 

 したり顔で言い放った雪輝に、少々呆れ気味の様子で優陽は肩をすくめた。日が経つごとに冷え込みが厳しくなっていっているようなこの季節、ほんの少し外で会話しているだけでだいぶ身体は冷えてくる。

 

「……寒いな。戻るか」

「そうだね」

 

 くしゅん、と可愛らしいくしゃみをしてから雪輝は、腕を擦りながら家へ戻っていった。優陽もそれに習い、家へと入る。玄関で一息ついた後、そのままの流れでリビングへ向かった。すると──

 

「だーれだ?」

 

 耳元で囁かれながら背後から何者かに目を押さえられた。一瞬だけ身が強張ったが、優陽はすぐに犯人に見当をつけたため、それ以外は特に驚いた様子もなく押さえられている手を外しながら振り返る。

 

「……あれ?」

 

 しかし振り返った先には誰もいない。彼は寝ぼけていたのではないかと、自分を疑ってみるが、手の感触と囁かれた声は確かなものだった。

 朝っぱらから不可解な……などと首をひねりつつ、とりあえず居間に戻ろうと前を向いた時、ご満悦そうな表情の犯人を見つけた。

 

「ふふふっ」

 

 不敵に微笑む彼女に対し、優陽は何かを口にしようとしたが、諦めたように息を吐いた。

 

「あら、面白くないですわね。いえ、そんなことよりも吉報を持ってきましたわ!」

 

 まだ朝の早い時間、高らかに宣言した紫の声が頭に響いたのか、こめかみを押さえながら優陽は苦笑している雪輝と顔を見合わせた。

 

 

 

 

「で、何が理由だったんだ?」

 

 早速話を聞くというのもなんなのでという理由で、居間で少し団欒としてから優陽は本題に入った。頭が覚めきっていないのか、壁にもたれて畳に足を投げ出している少々疲れた様子だったが、その目はしっかりと開かれていた。

 そんな優陽の様子を紫は不思議そうに眺めながら答える。

 

「ええ。下っ端天狗をスキマの中から覗いていると、何でも人による信仰とか畏怖が足りてないってボヤいてましたわ」

 

 雪輝の顔が引き攣っている様子を、横目で流しつつ優陽は腕を組んで考えている様子である。紫は続けた。

 

「……人は、恐怖や人智の及ばない現象を具現化し妖怪としてきました。しかし、その畏れが弱くなれば必然的に畏れによって生み出された妖怪の力は弱くなる」

 

 そこで一度紫は言葉を区切った。紫だって己の能力による神隠しによって人に畏れられ、存在している。私だって妖怪である。そのようなことをしなければ生きていけないのだ。──誰かに言うわけでもなく、心中で一人弁明した。

 そして何かを考えているような様子の優陽と、理解しているのかしていないのかキョトンとしている雪輝を見る。

 

「もちろん、天狗なんていう大妖怪の力が弱くなるなんていうことはないと思いますが……」

「確かに、人の畏れが無くなっている……か」

 

 優陽は重い声で口を挟んだ。だが、目を瞑ったままの状態で考え込んだままである。何か納得していないようだ。

 

「でもでも、私たちが旅してた時はそんなことなかったよねー。みんな妖怪のことは畏れてた」

 

 雪輝が昔のことを思い出すように、少し上を見ながら久しぶりに口を開いた。その言葉に優陽は相槌をうつ。

「この時代なら妖怪を恐れて当然のはず……」ぶつぶつ念仏のように唱えながら、何かを考えている優陽を雪輝は見守る。経験上、こうなった優陽は止められないのだ。

 暫くの間、優陽を眺めていた紫は何を思ったのかおもむろに立ち上がった。

 

「ここで考え込んでいても何も始まりませんわ。少し急ですがこの事態の原因になっているかもしれない村に行きましょう」

 

 すると、二人の了承を得る前に紫はパチンと両手を叩いて、自身の能力を使った。つまりスキマを作ったのである。──もちろん彼らの足下に。

 

「え、ちょっおま!」

「きゃあああ────」

 

 飛行能力を持たない雪輝は勿論のこと、まだ醒めきっていない頭でなおかつ考え事をしていた優陽もとっさに行動することは叶わず、無数の目玉が覗く奈落の世界へと落ちていったのだった。

 

 

 

 

 

 

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