すでに春休みに入りましたのでこれから執筆ペースを上げていきたいな、と思います。
では、どうぞ。
目玉が、下から上へ凄まじいスピードで流れていく。──否、自分が落ちているのだ。
まだ醒めきっていないのか、優陽の脳は現状を理解しようとしない。呆然と流れる目玉を眺めているだけである。
風は感じない。だが言いようのない浮遊感によって、落ちているのだなと思う。ふと、上を見た。
他に一人、落ちてきている。そこで優陽の頭は覚醒した。彼は体勢を立て直しながら、滞空するために神力を使う。そして落ちてくる雪輝をしっかりと抱きとめた。彼女は飛行能力を有してないので、放っておけばいつまでも落ちていっていただろう。
「ふう」
無事に雪輝を確保したことに、優陽は安堵の息をつく。そしてこの状況を作り出した犯人──つまり紫を睨もうと上を見る。しかし、どこを見ても同じような状況で〝見上げている〟という動作によって上というものを感じているだけである。
ただ、どこを見てもぎょろぎょろと目玉が動いているだけなので大して変わらなかったが。
暫くの間彼らが呆然と佇んでいると、下であるはずの方向が裂けはじめた。その先に見えるのは、地面。つまりこの世界から出ろということを暗示しているのだろう。
「直接言えばいいのに……」
雪輝もこのような状況を急に作り出されたことは不服らしく、珍しく棘のある物言いだった。……確かにここはいわば紫の世界なのだから、簡単に言葉を伝えることはできるはずだ。ただでさえ急に落とされて不満だというのに、余計に癪に触ったらしい。
かといってここで文句を垂れていても何も進まないのも事実。
「まあ、子供の悪戯だと思って大目に見てやれよ」
怒る雪輝を見て、なだめる側に回るしかなくなってしまった優陽は、また一つため息をついてその地面へと降りていった。
スキマから出てみればそこは村のすぐそばの森。ともすれば、村人から見つかってしまうのではないかというほどの場所だった。
見える村は大規模というほどではないが、そこそこの大きさで人口もそれなりにはいるらしい。所々にある民家の周りを畑や田んぼが大きく取り囲んでいる。収穫の時期なのだろうか。村人らはせっせと農作業に精を出しているようであった。
「結構大きいね」
優陽に降ろされながら、囁くように雪輝は言う。それに対し、「ああ」と相槌を返しながら優陽は村へと歩いていった。雪輝もそれに続く。
今回すべきことは〝天狗への信仰が薄れた理由〟を探し解決することである。そのためには村へ入り込み調査することが必要不可欠なのだ。二人は紫から話を聞いた時点で何をすべきかの見当はついていた。
「あの! すいませーん!」
あぜ道から、収穫した稲を乾燥させている村人に声をかけた。流れる汗をぬぐいつつ、爽やかな笑顔で彼女は応対してくれた。
「どうされました? おや、見ない顔ですね」
気さくな彼女に二人は胸を撫で下ろしながら、いきなり本題を切り出していくのもおかしいかなと思い、世間話から始めた。
「ええ、俺たち流れ者なんです。たまたま立ち寄ったので……。今年は豊作ですか?」
「そうですね……。例年に比べると少ないですが、そこまで気にする量じゃないですよ」
何気ない会話。一応潜入調査という体でこの村へ立ち寄っているわけだが、そんなこと思わせることもなく終始のどかな秋の太陽と共に時間は過ぎていく。
冷たい風が彼女と二人の間を駆け抜けた。
少しの間会話に花を咲かせていただけ、そう思っていたはずなのに秋の太陽は沈むのが早い。すでに夕闇が彼方の方から迫ってきていた。
「暗くなってきたな……」
ふと、自分から伸びていく影を見たときに優陽は思った。そしてそれを自覚した途端、急に辺りが暗くなった。さっきまで暗さを感じていなかっただけの話だが、急に意識して情景が変わると驚いてしまう。
「そうだねー」
のんきに同意する雪輝だが、同時に優陽は焦りを感じる。……今まで何をやっていたんだ、と。何のためにわざわざスキマの中を落ちてきたのか。このままでは世間話をしにきただけではないか。
……そんな優陽の心配も、心優しい村人の彼女によって杞憂に終わった。
「でしたら、うちに泊まられてはいかがですか? 何もない質素な家ですが、屋根はありますからね」
「いいんですか⁉︎」
これは願っても無いチャンスである。こんな最高な機会をみすみす逃してもいいのだろうか。そんなはずはない。優陽は食い気味になりながら彼女と話していく。
一方で雪輝はなぜに優陽があんなにも飛びついているのか、疑問に思うようである。いつものようにその辺に小屋を立てれば終いという話ではないのか。
「じ、じゃあ今晩はお邪魔させていただきます……!」
「ええ、今晩とは言わず旅の疲れがとれるまでゆっくりしていってくださいな」
雪輝が優陽の会話に耳を傾けていると、唐突にぽんと手を叩いた。そして謎が解けたようでスッキリした顔になった。天狗のことを調査するのには、一日二日では終わらない。だが、その度に村に立ち寄っては変に思われるだろう。
だから、彼女が泊めてくれると言った瞬間に優陽は食いついたのだ。雪輝は満足そうにうんうん頷いて達成感に浸っていた。
「おーい、雪輝ー! 何してんだー?」
そんな声が遠くから聞こえた。あれ、と雪輝が我に返って周囲を見渡してみると、いつの間にか二人は遠くの方まで歩いていた。
「ちょ、ちょっとまってよー!」
◇◆◇
「どうぞ。本当に何もありませんが、野ざらしよりはよっぽどマシでしょう」
昔見ていたものより多少進化した竪穴式住居の入り口を指差し、彼女──
入った家は本当に質素だった。手狭な空間に炊事用の竃と防寒をするための麻が少々。しかしその狭さは妙に安心感を与えてくれるような心地よい狭さだった。
「意外とあったかいね」
驚いたように雪輝が呟く。優陽もそれに同調するように頷いた。冬の時期は基本的にどこかへ立ち寄ることはせず、優陽が創った家で過ごしていたので、純粋にこの家の防寒性能に驚いているようだ。
それから桂は手際よく米を炊いて振舞ってくれた。
「米……そういえば珍しいですね。他の地域では稗や粟が主食だったのに」
今更ですが、と付け加え、出会った時に見た田んぼを思い出しながら優陽が桂に訊いた。この時代、庶民の主食といえば稗や粟で、米はあまり食べられていないのである。
諏訪子らと過ごしていたときも米を食べていたが、それは彼女らがその地域の主神であったことが深く関係している。奉納されていた米を食べていたのだ。加えて諏訪の国として完成していたから、囚われるものもなく米が作りやすいというのも一つの要因である。
「ええ、これも全て天狗様のおかげです」
唐突に出てきた単語に優陽と雪輝の眉がピクリと動いた。なんだか今日はツいているようだ。箸を進めていた手を止めて、その言葉について詳しく訊く。
「天狗……というのは、あの八ヶ岳の天狗ですか?」
願ったり叶ったりの機会だ。それをあっさり逃すような優陽ではない。
「はい。私たちは古来より、天狗様の天恵を受けて生活しておりました」
「はえー。天狗様ってすごいんだねぇ」
心から感心したように雪輝が呟く。優陽が「雪輝にはそんなご利益ないもんな」といったような意味を込めた視線を送ると、不貞腐れたようにそっぽを向いてしまった。
優陽はぽりぽりと頭を掻きながら話を戻そうと、桂の方を見ると微笑ましそうな顔で見られていた。
「仲が非常によろしいようで」
ニコニコというよりはニヤニヤとした瞳に居心地の悪さを感じた優陽は、咳払いをしそそくさと話題を戻す。
「んんっ。……で、続きをお願いします」
「ふふ。承知しました」
それから桂の話は続き、優陽も優陽でどんどん促すので、結局夜の遅い時間まで話し込んでいた。元来、早寝早起きせざるを得ない生活を桂らはしているのだが、優陽の光球のおかげで問題はなかった。
「ふむふむふむふむ」
「この分なら早めに天狗への対処とかできそうですわね」
紫には一刻も早く天狗を幻想郷へ引き入れなければならない理由があった。しかし、この場を優陽らに任せて自分はそちらにかまけるのは、何の利益も生み出さない。
「とりあえず、使えそうな情報は頭に入れておきましょう」
そう呟いて紫はスキマの先に見える優陽らを眺める。このスキマは中から見えても外からは見えないという特性は非常に便利である。
「それにしても優陽の人を惹きつけるというか、他人に隔たりを感じさせない性格は少し不思議ですわね」
紫は腕を組んで少しの間考えるような仕草をしたが、人柄だとしたらどう考えても答えが出るはずがないので、諦めたようだ。そして子供の容姿に似つかないように肩を揉んだ。
「天狗様は古来より私たちの生活を豊かにしてくださいました。一つ前の秋までは、もっとたくさんの米が獲れたんですよ?」
「そういえばさっきそんなこと言ってましたよね。気候が原因ですか?」
「いえ……」と桂は悲しそうに目を伏せて、言葉を濁した。この仕草には、さすがに優陽も深く聞こうという気にはなれない。
「……もう夜も深いですので、お休みになってください。私ももう眠いですし」
「了解しました。雪輝も黙ってないで……って」
困ったように優陽は眉をひそめた。視線の先では雪輝が気持ちよさそうに船を漕いでいたのだ。何年生きているんだ、と思わせるような子供っぽさだが、それがまた雪輝の個性でもあるので優陽は少し微笑んだ。
「ったく、しょうがねえなあ」
そう呟きながら彼は雪輝を寝かせ、自身の光球を消滅させてから横になった。夜はすでに更けきっており、空には満天の星たちが煌めいていた。
◇◆◇
「────だ! ……が──あり……か!」
目が、覚めた。
どこからともなく聞こえる喧騒と、見慣れない天井がここは自分の家ではないことを優陽に思い知らせる。
彼は一度ゴシゴシと目をこすり、目一杯伸びをした。背中がパキパキと心地よい音を立てる。それでも襲い来る睡魔に抗うように勢いよく起き上がった。
辺りを見渡してみると、誰もいなかった。桂も、そして雪輝も。
家からのそのそと這い出てみると、すでに太陽は秋の陽光で村を満たしていた。
「うわ……。結構寝てたんだな」
いくら寝るのが遅かったとはいえ、ここまで寝過ごしてしまうだろうか。まあ、単に疲れていただけだろう、そう自分に言い訳をした。
「あ! おーい、ねぼすけー! こっちこっちー!」
まだ十全に働かない脳も、遠くから聞こえる何十年も聞いてきた声はさすがに聴き漏らさなかった。そちらへ振り返ってみると、ブンブンと大きく手を振る雪輝とその近くの人だかりが目に入った。
「なんだよ……。まあ行くか」
ゆっくりと優陽は人だかりへと歩いていく。どうやら朝彼を起こした喧騒はアレのようだ。
もしかすると、あの騒ぎが無ければまだ寝ていられたかもしれない──そう思うと、なんだか腹が立ってきた。もちろん生活としては向こうの方が正しいので、優陽がとやかく言う権利は微塵も無いのだが。
とぼとぼと歩いてたどり着いた騒ぎの大元は、何やら一人の男のようだった。
「ねぇね。紫ちゃんが言ってた原因。これじゃない?」
耳元で囁くように雪輝が言う。今来たところなので、優陽にとっては何が何だか全くわからなかったので、その一人の男の声に耳を傾けてみた。
「どうして、あなた方は天狗などと言うものを信じるのだ! 一度でもその姿を見たことがあるのか! どうして──」
どうやら男は天狗は存在しないという旨の話をしているらしい。ちょっと話を聞いているだけではよくわからないが、確かな信念だけは持っているようだ。
その後もしばらくの間、男の話を聞いていたがどうしても理解できないことがあった。──なぜこの男はこんなにも天狗の存在を否定するのか、と。
言ってる内容としては、〝どうして天狗の存在を信じるのか〟の一点張りである。どれも言葉を変えただけで同じことの繰り返しだ。
「……彼は昔、村の誰よりも天狗様を信仰していたのです」
そう優陽へいつの間にか近くに来ていた桂は、過去を懐かしむように喋り始めた。
閲覧ありがとうございます。
だんだん内容がだれてきてますよね。自分でも非常に痛感します。
それから、次回予告は今回よりなしにしようと思います。無くても問題なさそうですし。
ではまた次回