東方照歩記   作:たま紺

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どーも、たま紺です。
最近多忙を極めていて、もはや隔月ですら投稿が怪しくなってきました。ですが、できるだけ頑張りますので今後ともよろしくお願いします。

では、どうぞ。


第二十七話 風を追う

 

 

 

 

 ◇◆◇

 

「勝手ですねぇ……」

 

 あまりにも勝手すぎる。

 天狗はもとより人の怖れが具現化して生まれたものである。故に天候を変えるなど出来やしない。

 だから天狗は人からの恐怖心を煽るために、わざわざ風を起こして石を飛ばしたり、山の中で大笑いしているのだ。人はそのような現象を恐れ、怒りを鎮めるために天狗を崇拝する。これが天狗が妖怪としての力を強めるための唯一の方法である。

 逆にいえばそれしか出来ないのだ。天狗にとって局地的な怪奇現象を起こすのは容易いが、その反対は不可能である。だから────私たちに責任はないのに。

 

 そう男から悠遠ほどの上空で一人、烏天狗の少女は思った。

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

「……彼は昔、村の誰よりも天狗様を信仰していたのです」

 

 気がつけば隣にいた桂が、重い口を開いていた。その目は伏せ気味で悲しげな様子が伝わって来る。

 急なことだったので驚いたが、口を挟めそうな感じではなかったので、黙って聞くことにした。

 

「〝天狗様のおかげでオレたちはメシが食える〟と、毎日のように村中の人々に語りかけながら、過ごしていたんです」

 

「はあ……」と大きく桂はため息をついた。どことなく柔らかな雰囲気の彼女だが、今はどこにもそんなことを感じさせる要素はなく、ただただ暗かった。首元を通り抜けていく風も、燦々と照る太陽には似合わず冷たい。

 

「しかし、いつだったかこの村は飢饉に陥ったのです。長雨のせいで作物が実らなかった。その時彼は──」

 

 

 

「──オレは気づいた! どれだけオレたちが苦しんでも、天狗どもは手を差し伸べすらしない! いいや違う! しないんじゃない、できないんだ……!」

 

 

 

 

 

 男の言葉に続けるように桂が呟いた。

 

「……なぜなら、天狗様はいないから。彼はあの日、そう言ったのです」

 

 

 

 

 

 

 ──それは数回前の夏のこと。

 その夏は雨が多く、作物が上手く育っていなかった。加えて雨の影響なのか冷夏でもあったので、尚更収穫量の見込みは減る一方だった。

 皆が皆不安げに思っている中、一人だけ何一つ心配していない男がいた。その男は信仰深い男で、この村に伝わる天狗伝説を信じて疑わなかった。故に、いくら冷夏で多雨で作物が育たなくとも、収穫期には天狗様たちが何かしてくれると確信していたのだ。

 もちろん彼はただただ一方的に天狗に願いを叶えてもらうなんて真似はしなかった。供物を捧げるなんて当たり前、色々なことをした。

 その様子は他の村人から見ても少し異質だった。村人たちもまた天狗に対する信仰心は、山岳信仰とともに持っている。だが彼ほど熱心な者はいなかった。

 

「今年も大量の収穫が望めるな!」

 

 どこからどう見ても不作の畑を眺めながら、男は力強く言った。喋りかけられているのは彼の妻だ。さすがに彼女もこの状況での彼の発言にはダンマリを決め込むしかなかった。

 ……そして、神は彼らにさらなる試練を与えた。

 作物の実りは非常に悪いものの、なんとか収穫できそうなものがちらほらと出てきた、そんな秋口のことである。

 この村よりはるか南の海上で、大量の水蒸気が大気に供給された。──台風の発生である。

 この台風は作物を全滅させ、あまつさえ付近の川を氾濫させて畑を荒らした。村は大飢饉になり、知り合いが何人も死んだ。食料を巡って醜い争いが起こった。

 結局その後は付近の村の援助によりなんとか立て直すことができたが、それは村の人々にとって大きな傷となり心に刻まれた。

 

 

 

 

「それからでした。彼が狂ったように天狗様たちを罵り、信じなくなったのは」

 

 半ば独白のような彼女の話を聞き、優陽も雪輝も黙り込んでしまった。空気が重く、息をするのでさえも苦しい。

 

「誰よりも信心深い彼だったからこそ、裏切られた時の反動が大きかったのでしょう……」

 

 桂が俯く。それにつられて優陽たちも足元を見つめてしまった。報われなかった想いがどれほどだったかは誰にも想像できない。しかし、その哀しみはなんとなくわかった。

 そんな空間をぶち壊したのは、当の本人だった。

 

「なあ、思うだろう! そこの見慣れぬ人! 天狗など人による妄想の産物でしかないと!」

 

 唐突に声が優陽へ飛んできたのである。よもや自分に話しかけられてるとは思わず、なんとなく顔を上げたところ、バッチリ視線があった。

 

「え、あ……俺?」

 

 あまりにも突然で驚いたせいで、頭が回らない。比較的聡明な彼の脳内は現在白で埋め尽くされていた。

 そんな珍しく固まっている優陽の脇腹を雪輝がど突いた。すると彼は我に返ったように頭を振って、いつもの調子に戻った。

 

「それは……あったことがないからわからないね」

「なるほど。そういう意見もあるのか。しかし! いるのであればなぜ彼らは我らを見捨てた! あの時──」

 

 まるで聞く耳を持っていないようだ。やれやれといったように優陽は肩を竦め、雪輝に苦笑いしながら話しかける。

 

「俺が何言っても変わらないんじゃね?」

「あはは、そうだね」

 

 ──その時。影が、見えた。

 雪輝にとっては忘れることのない、あの日と同じ情景。既視感を覚え空を見上げた。

 

「ゆ、優陽。あれ」

 

 ちょいちょいと優陽の服の袖を引っ張りながら、雪輝は空を指差した。優陽はその指の先を見る。

 

「あれは……天狗か?」

 

 遥か上空、太陽と重なっていて肉眼では見るのが厳しいが、その大きな翼を広げつつもヒトの形を持っている影はなんとなく天狗のように見える。

 

「ね、今これってここで天狗と話しとくいい機会じゃない?」

「そうだな」

 

 ぶっつけ本番で天狗の頭領と話すよりも、事前に間に誰か挟んでおいた方が話は通りやすいし、色々と得かもしれない。

 そんなことを考えながら影を睨んでいると、その影がこちらの視線に気がついたように動いた。否、逃走した。そして、それを追いかけなくてはならない気がした。

 

「あと頼んだ」

「え、ちょっ、ま、優陽!」

 

 直感だ。考えている暇など微塵もなかった。気づけば体が動いていた。

 

 ──【瞬間移動をする程度の能力】という概念を付与

 

 視界が回る。鼻血が出る。吐き気が込み上げ、体が軋む。しかし優陽の姿はすでに彼方へと消えていた。

 

「え、あなたたち……?」

 

 桂が信じられないようなものを見たかのように口を押さえている。さっきまでここにいた()()がいきなり消えたのだから。

 

「ちょ、優陽ー! あ、わたし少し追いかけてきます。わたしたちのことはお気になさらず」

 

 そう言って、比較的高速で雪輝は優陽のあとを追うために走り始めた。……具体的にどこへ向かえばいいのかはわかっていないようだが。

 

「あなたたちは……一体?」

 

 目まぐるしく目の前で何かが行われている。それだけはわかった。

 ほとんど状況を飲めていない桂の呟きは、秋風に靡いた木々のざわめきによって掻き消された。

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 視界がガラッと変わった。頭がガンガンして、血の味を感じる。鼻血が垂れてきて口の中に入ってきたのだ。

 

「──っつう」

 

 でもターゲットは俺の目の前にいる。それだけで対価としては十分だ。

 

「え……?」

 

 信じられないようなものを見たかのような表情で固まっている天狗を見ると、してやったりという気持ちになる。

 

「どうやっ──」

「その前に、話を……っ聞いてくれ。……ちょっと、しんどいんでな」

 

 動悸が早くなって、吐き気も催してきた。酸欠の時みたいな症状が出ている。目の前にいる女天狗は根が優しいのか、逃げ出せばいいものを俺の様子を見てワタワタと慌てているようだった。

 

 

 

 

 

 

 

「はあ、はあ、は────ぁ」

 

 雪輝とて人ならざるものの端くれである。優陽のような特殊な力であれば、なんとなく力の跡を追うことができた。

 舗装されていない森を走る走る。木々の梢が身体を引っ掻き、見えない圧力を感じながら雪輝は急いだ。

 人の気配を感じたのか、森の中の獣たちが逃げ始めたのを音で感じる。彼女の空色の瞳は遥か先にいるであろう優陽のことを見ていた。しかしそんな中唯一視界に黒い蛇がチラと入った。……だからどうということはないのだが。

 地面を踏みしめる足が疲労を訴えてきた。永い年月歩いてきたとはいえ、徒歩と全力走は根本的に違う。肌は上気し、呼吸が荒い。筋肉が限界だと叫んでいた。

 どれだけ走っただろうか。彼方で二つの人影を見つけた。目的地である。震える足に鞭打って彼女は懸命にそこへ向かった。

 

 

 

 

 

 

 

「……すまない」

 

 俺は女天狗に肩を貸してもらいながら地上へと降りた。男として色々プライドを失いそうになる。

 近くの木に支えられながら連れていかれ、俺はそれにもたれてへたり込む。まだ動悸が元に戻らないが、視界はクリアになった。体は順調に回復しているらしい。

 

「……それで、どういう了見ですか」

 

 冷ややかな目で問われる。彼女の唇は悔しそうに噛み締められ、汗がこめかみを流れていった。

 思考が上手くまとまらないが、用件くらいなら簡単に口に出せる。

 

「お前に、用があったからだ」

 

 どうやら流暢に喋れるほど呼吸は整っていなかったようだ。途切れ途切れに言葉を紡ぐ。自分の身体の状態すら把握しきれないのは少し問題かもしれない。

 一方天狗の方は困ったように眉をひそめる。目が訴えかけている。〝何故だ?〟と。

 

「天狗に少し話があるんだけど、いきなり……その、天魔だっけ? とやらに話すのは、効率的じゃないと思ったんでな。先に別のやつに、話を持って帰ってもらった方が、簡単にことが進むだろ? 多分」

 

 さっきよりも呼吸は整い、大分マシになった。

 ……が、相手の視線は鋭くなる一方で、こちらはマシになるどころか悪化していっているようだった。

 

「それで、私を」

 

 ──捕まえたのか。

 俺はその問いに大きく首肯を返す。途端に女天狗は困ったように眉をひそめた。俺はその仕草の意味がわからず、前後方向に動かしたばかりの首を今度は右側へ傾ける。

 

「……私は天魔様のお耳に〝話〟を届けることはできても、それを真実だと信じていただけるほどの信頼はありません」

 

 申し訳なさそうに、それでいてとても悔しそうに顔を歪めながら女天狗は答えた。……それで俺は確信する。この天狗、絶対お人好しだと。

 

「……話を聞いてもらえるんならそれで十分だ」

 

 俺は一息つく。ケツから伝わってくる秋の土の冷ややかさが、全身の熱を奪ってくれたようで、体力もほとんど回復した。

 パンパンと体についた土を払いながら、立ち上がる。俺よりも頭一つ分小さい女天狗の目を見て、俺はこれからの計画を全て話した。

 

 

 

「……なるほど。話は理解しました」

 

 顎先に手をやって考えるような仕草のまま固まっていた女天狗──射命丸 文がようやく顔を上げた。

 

「ですが、一つ疑問があります。なぜ、最初から私のような天狗を捕まえずに、面倒なことをやっているのですか? 我々にとっても幻想郷の計画はとても魅力的です」

 

 ……と、核心を突かれるというか今やっていることの無意味さを突きつけられたというか、そんな気持ちになることをはっきりと言われた。

 

「……理由は、ある。天狗は狡猾だと聞いた。なら交換条件で話を持ち込んだ方が有利に話を進められると思ったからだ。それにお前たちがピリピリしてるから、その要因を排除した方が簡単だと思ったからな」

 

 実力行使もできなくはないけど、それじゃあ後で内部紛争みたいなのが起こって余計に面倒だから。そう付け加える。

 文は確かにと頷いた。それから彼女はしばし思案した後、悪そうにニヤリと口角を上げ、一言。

 

「──私もその計画に一枚噛みましょう」

 

 そう言い放った。開いた口が塞がらなかった。

 俺たちにとってはまさに天恵だった。何せ天狗を信じない奴にそれは間違っているということを分からせるには、天狗を見てもらうしかないのだから。

 

「なんで急にそんなことを?」

「非常に簡単で、いわゆる利害の一致です。貴方達は天狗に貸しを作れ、幻想郷に誘致できる。私達は人の子から畏れを得られる。私は天狗に多大な貢献をしたとして昇進できる。こんなことに乗らないわけがないでしょう」

 

 笑みを抑えるように口元を隠しながら文は言う。……やはり天狗は頭がキレるようだ。敵に回さなくて良かった。逆に味方となってこれ以上に頼もしいものはない。

 そんな時──

 

 

「ゆう──ひ──!」

 

 

 遠くから雪輝の声が聞こえた。

 声の方に顔を向けると猛スピードでこちらへ来る黒点が見えた。小刻みに揺れるそれは恐らく雪輝の艶やかな黒髪だろう。

 ただ、いかんせん距離があるのでどうすればいいのかわからない空間が出来上がった。不思議そうにこちらを見ている文に雪輝のことを説明するほどの時間は無いけど、かといって待っているだけにはいささか長い。

 居心地の悪さをひしひしと感じながら、俺は雪輝が走って来るのを待つことにした。

 

「はあっ、はあ……。ふう」

 

 どれだけ走ってきたのかは分からないが、ヘトヘトになった雪輝は肩で息をしている。髪が汗でペッタリ額にひっついていて、やけに妖艶だなとか思いながら彼女の息が整うのを待った。

 

「それで……どうなった、の?」

 

 途切れ途切れの声で雪輝は聞いてくる。

 

「交渉成立だ。うまくいったよ」

 

 俺はそれに満面の笑みで答えた。

 雪輝はその報告に安堵したようでへなへなとその場に座り込む。

 

「よかったー……。いきなり飛んでいって心配してたんだから。桂さんになんて言い訳するの? まったく……」

「あー……。心配かけてゴメンな」

 

 つらつらと雪輝の口から溢れてくる小言は全て事実だから言い返せない。っつーか桂さんになんて言い訳しようか。ちょっと特殊な人間です、なんていっても通じるんだろうか。

 そう思案し始めた頃にちょいちょいと服の袖を引っ張られた。

 

「あの、私完全においていかれてるんですけど。説明をお願いします」

 

 少し怒気を含んだというか、拗ねているというかよく分からない声音で文に聞かれた。

 その様子を見た雪輝がこちらを手招きするような仕草を見せたので、俺はそれに従ってしゃがみこむ。すると耳元で「あの人が優陽が追っかけていった天狗さん?」と囁かれた。

 それに軽く頷くと、雪輝は重そうな体を持ち上げて立ち上がった。

 

「よしっと……。じゃあ、わたしから自己紹介するね。ここにいる優陽の旅のお供、朝霧 雪輝だよ。よろしくね」

 

 ニコリと微笑みながら雪輝は手を差し出した。文はその手と顔を交互に見たあと、同じように──

 

「射命丸 文です。優陽さんの企みに乗りました。よろしくお願いします」

「企みっていうな。一番悪知恵働かせてんのお前だろ」

「──っ! そんなことないですよー!」

 

 必死に否定しようと怒っている文を見て口から笑みが零れる。雪輝も楽しそうにニコニコ笑っている。

 このままいけばなんとかなりそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





閲覧ありがとうございました。
今回は主人公らの行動に対する意味づけがむずかしかったです。あと、作中ではうまく説明しきれない部分をどうするか現在思案中です。

では、六月あたりにまた。


6/19追記
ここまで閲覧してくれた方、本当にありがとうございました。
この度、作者たま紺は無期限活動休止することに致しました。大変身勝手ではありますが、僕の気持ちが揺らぐことはありません。詳しくは活動報告へどうぞ。
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