東方照歩記   作:たま紺

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第四話 人に教えるということは自分にも教えるということ

 爽やかな秋晴れ、風には冬を予感させる冷たさがあるがまだ暖かい。少しずつ色付いてきた木々を尻目に俺は現代と変わらないような住宅街の大通りを歩く。目的は勿論輝夜(かぐや)の元で家庭教師をするためだ。授業は数学のみ。

 周りには大きな平屋が何軒も、都市でも皆求めるのは一つ、自分だけの城である。

 しかしここでの一軒家は現代よりも高額でそれこそ限られた者しか手に入れられないのだ。都市での人口増加率はとても緩やかだが右肩上がり、死ぬ者はほとんどいないので増え続けている。が、都市は大きさが決まっているので段々と人口密度も増加している。

 そんな中、一軒家の頭上は空である。すなわち、そこにマンションでも建てれば何十人もの人が暮らせるスペースを独り占めにしているのだ。高額にならない方がおかしい。

 しばらくどうでもいいマンションと一軒家の考察をしていると目的の場所に着いた。目の前の家は他の家よりもなんというか……よりいっそう荘厳っていうか、堅苦しそうな家だった。言葉のないプレッシャーがかかっている気がする。ただの家が、だ。これは輝夜のことも呼び捨てはやめといたほうがいいかな。

 とりあえず玄関まで行く。インターホンがあるのだが、なぜか押すのに勇気がいる。ヤバイ手汗が大量に出てきた。だが、何で玄関前で訳のわからん葛藤をしているんだ、と冷静にさっきまでの自分を叱咤することでいつものペースに戻す。

 そしてインターホンに手をかけ、押す。謎の達成感を味わっていると、中から返答があった。

 

『はーい、どちら様でしょうか』

「えっと、永琳の代理で輝夜さんの家庭教師をしに来ました」

『なるほど永琳さんの代理ですか、少々お待ちください』

 

 トタトタトタ、という足音が段々と近づいて来たなぁと思っているとガラガラ~、と引き戸が開く。中から出てきたのは十代半ばかそれより幼い、現代でいう中学生程度の可愛らしい娘だった。艶やかな黒髪にクリクリとした大きな瞳、美しく着こなした着物、今はまだ幼さが残ってはいるが、いずれは絶世の美女だとか大和撫子と呼ばれるのだろう。つまり何が言いたいのかというとめちゃくちゃ可愛いのだ。

 だからって惚れたりはしない。俺はまだロリコンなんて領域に足を踏み入れていない一般人だ。……神だけど。

 

「輝夜ちゃんですか?」

 

 俺ができるだけ柔らかい笑みをしながら訊く。すると彼女はコクリとうなずいた。

 

「……とりあえず上がって」

 

 ぶっきらぼうな娘だなぁと思いつつも、お邪魔しまーすと声をかけ家に入る。キチンと靴を揃えるのも忘れない。しかし、欧米では靴を揃えるのはあまり良くないそうだ。何でもすぐ帰るという意思表示になるらしい。今はザ・和風なので関係ないが。

 余談だが声の質が違うのでさっきインターホンで出た人とは違う気がする。

 前を行く輝夜は真っ直ぐ自分の部屋へ向かうようだ。今リビングらしきところを通り抜けたのが何よりの証拠である。

 自分の部屋に着いたのか、立ち止まった輝夜は俺に「ちょっと待ってて」と声をかけて部屋に入る。いつもは永琳だから良かったものの、今日からは男の俺になったのだ。同性相手には許せても、異性相手では許せないものがあるはずだから部屋の整理をしているのだろう。ガサゴソ音が聞こえるし。

 やることもないので天井の木目を数えたり、似た形がいくつあるか数えたりしていた。段々首が痛くなり顔を戻すとちょうど輝夜が出てきた。

「どうぞ」と言われたので襖を開けて入る。

 閑静でこじんまりした部屋だがその感じがどこか輝夜の雰囲気に似ている。床は畳であるが、木の勉強机がおいてあり似合っていない。

 

「よし、それじゃあ始めるか」

「はい」

「とりあえず、ここにプリントがあるからこれをやってくれ。わからないところはとばして、解るところだけでいい」

「え? ……はいわかりました」

 

 おそらく俺と永琳のやり方の違いに驚いているのだろう。この前教えてもらった時に気づいたんだが、永琳はわからなくなったらそこをすぐに教える。そして次の問題へ進む。きっちり理解はするんだろうがいささか効率が悪い。

 体験談的にこういう問題はサクサク進めることに意義があると思う。確かにいちいち教えていたらよく解るだろう。でも、だぁーーっ! うるせーーっ! 俺の自由にさせろッ!ってなったことがある俺にとってこのやり方は好きじゃない。何よりイライラしてしょうがない。

 ちらっと輝夜の解いている問題を見るとある程度解けているようだ。

 それにしても輝夜の解いている問題は方程式なんだが、後世の数学者達は実は考古学者で発見した数式を発表したことによって後に名を残したんじゃないの? って言うぐらい見たことあるやつばっかだ。

 xとかyの所には別の記号が入っていたがそこだけ変えて発表したんだろう。

 

「終わりました」

「ん、了解。後別に敬語じゃなくていいんだぞ」

「……わかったわ」

 

 ずっと気になってたことを言ってから輝夜の答え合わせに移る。

 ……ふむふむ、何となくは出来ているようだが分数や2乗などのややこしいところで詰まっているようだ。途中式を書いていないのが気になる。

 解決策は……永琳の教えによって他の問題はちゃちゃっと出来ているが、途中式を書いていないせいで難しくなったときわからなくなるんじゃないかと仮説を立てる。

 

「輝夜、時間をかけていいからゆっくりと解いてみろ。スピードは必要ないから」

「どうして? ていうか教えてよ」

「ダメだ。お前はもうその問題は解けるはずだ。一問だけ俺が解いてやる。難しかったら俺の解き方の真似をすれば出来る」

 

 そう言って俺は問題を解き始める。しっかりと途中式を書いて、輝夜が真似できるように丁寧に。おそらく例題を作ってやれば解けるはずだ。これからの問題も多分。

 授業の最後に応用問題を作ってやれば力にもなるし。

 ……よし解き終わった。

 

「この問題の真似をしながらやると全部出来るようになるはずだ。それでもわからないところは訊いてくれ」

 

 コクリと輝夜はうなずき問題に取り組み始める。最初の一問二問はキョロキョロ例題と見比べていたが段々現在の問題のみに集中出来るようになっていた。

 輝夜も自分だけの力で解けるのが嬉しいのか、彼女のペンは止まることを知らない生き物のように動き続けた。

 

 ◇◆◇

 

「今日は一日ありがとうございました」

「だからー、敬語はいいって」

「それでもお礼ぐらいはちゃんと言わないといけないじゃない」

「それもそうか。なら、どういたしまして、だな」

 

 玄関で俺たちは軽く微笑みあった。

 今日一日輝夜はずっと問題を解いていた。流石に二時間を越えたときは大丈夫か、と思い休憩を入れさせたが言わなかったらずっとやっていたと思う。問題が足りなかったので俺が新たに作ったりもしていた。

 それぐらい熱中してくれたのは、教えた側としては嬉しい。しかし途中で挫折したときはそのまま折れてしまいそうだ。今は調子が良いからガンガンやっても問題ないが、行き詰まって来ると最初のペースと比べてしまい勉強が嫌になってくる。絶対にそれだけは避けなくてはいけない。

 まあ、気にすることも無いけど。だって俺がその分頑張ればいいだけだし。

 そしてもう一つ収穫があった。それは輝夜と距離が縮まったことだ。もともと根暗な性格ではなかったようだが、家が厳格なせいで男性とは付き合いがなく不安だったからぶっきらぼうになってしまったらしい。

 俺は頑張って柔和な対応をしてたし、輝夜のためにいろいろしたのが効果的だったようだ。

 

「じゃあそろそろ帰るわ。またな」

「ええ、期待しているわ。またね」

 

 そう言って赤く色づいた空を見上げつつ足を踏み出した。肌を刺すような寒さに襲われるが充実感溢れる俺には全く効かない。逆に火照った体を冷やしてくれて気持ちいい。

 

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 熟睡している永琳にそっと毛布をかける。今晩彼女は今日の輝夜の様子を訊きに俺の家まで来たんだが、疲れていたのか話を聞き終わった瞬間糸が切れたように寝てしまった。可愛らしいんだが、テーブルに突っ伏して寝るのはいただけない。絶対明日に影響出るぞ、この体勢。

 仕方ないので横抱きにしてソファーで寝かせる。俺がここでもいいんだけど布団に寝かせるのはどことなく抵抗がある。

 パチリと電気を消す。一瞬にして真っ暗になった部屋で永琳の静かな寝息だけが聞こえる。

 そして俺は真っ暗になった部屋に向かって一言お休み、とだけ告げて自分の部屋へ向かう。

 布団の中で今日を振り返ってみるとやはり嬉しさが込み上げてくる。輝夜の集中しきってペンが止まらなかったこと、解けたときの嬉しそうな顔、教師のやりがいというものをはっきりと感じとることができた。

 どんどん思考の海に耽っていると眠気が襲ってきた。体力とは別の意味で疲れたようだ。

 そして俺は考えるのをやめるとすぐに眠りについてしまった。

 

 

 

 

 




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