結局あのあとからツクヨミのお咎めがいつ来るかビクビクしていたが、何もなく逆に陸将の階級さえも貰えたことからバレていないんだろうなぁと思い込み気にしないようにした。
だがこのまま隠し通すのも、いつばれるかわからないプレッシャーによって精神的にキツいので、永琳に打ち明けることにしようと思い家に呼んだ。若干告白紛いのことだから、地味に緊張するんだよな……。今もドキドキする。
その時永琳も仕事関係のなにか大事な話があるそうでちょうどよかった。
輝夜の時以来に自宅に呼ぶので、っていうかあの永琳を呼んだ時から誰も呼んでないため朝っぱらかドタバタと家中を片付けまくった。……おい、今誰かボッチって言わなかったか?
それはともかく久しぶりに片付けたせいで、埃やら見たことないものやら……ゴミ屋敷ほどではないはずなんだけど万年床までひっくり返したのはさすがにまずかった。
もう十二時を回り腹の虫が自己主張しだす。やりだしたら中途半端なところではやめられないのが掃除の悪いところだ。仕方ない、昼飯抜きでぶっ続けるしかないか。
布団をベランダに出して能力を使い一瞬で天日干しにし、テーブルを我が物顔で占拠している資料たちをまとめてファイリング。掃除機を一通りあてて、ありとあらゆる引き出しにものをぶちこむ。ふう、これだけで一応見た目だけはきれいになったはずだ。
そのあとは見たことないものの処理なんだが、これが俺のものなのか分からないので捨てるに捨てられない。……まあ、持ち主を探すなんてめんどくさいことはしたくないのである程度時間が経ったら捨てるとしよう。
ここまでで一時間か……遅めの昼飯を取ろうと思い台所へ向かう。朝や昼は手の込んだものを作るのがめんどくさいのでパンやインスタントで済ませるのが俺流だ。
お湯を沸かしてカップラーメンの内側の線まで入れて三分。……この待ってる時間が一番腹へると思うのは俺だけだろうか。
時間になり、蓋をぺりっとめくると湯気と共に美味そうな匂いが俺の顔を包み込んだ。それを大きく深呼吸するようにして吸い込むと、しょうゆ味独特の香りが鼻孔をくすぐる。
そして湯気という派手な演出のあとに見えるのは満を持して登場するちぢれた黄色がかった麺と、控えめでありながら確かな存在感を放っているコロチャーや剥きエビたち。
それらを箸で少し混ぜる。全ての具材にスープが絡んだのを確認すると掬い上げ半分がスープに浸かっている状態を維持し、ふーっ、と上半分を全力で冷ます。
そして一気にすする!
うん、美味い。絡んだスープがいい具合に熱さと味を感じさせてくれた。
これは俺が何十年もかけて編み出した技である。
この技は上側を冷ますことによって口に入れるときは適温──というよりは若干冷たいが、その後一気にすする時一緒に絡んでいるスープによって食べやすさを残しつつ熱々なスープも味わえる素晴らしい技だ。大体のカップ麺でできる。
だがカレー味よ、てめーらはダメだ。一気にいくと悲惨な結果になるからな。
俺は同じ方法でもう一口食べる。口のなかいっぱいに麺を入れスープも口に入れ咀嚼すると、スープの中で少ないはずなのにコロチャー達の味を感じる。
黙々とモグモグしていると(うまいこといった)いつの間にか無くなっていたためさっと流しで洗って容器を捨てる。
台拭きでテーブルをきれいに拭いていると、ピーンポーンという音が聞こえた。休憩させてくれよ……。
「はいはーい」
パタパタと音をたてながら玄関へと赴く。いつものごとく誰かなんて確認せずに出た。
ガチャリと玄関扉を開けると、そこには案の定白衣をまとった天の川のような銀髪を後ろでくくっている永琳がいた。永琳は書類かなにかが入っている程度のカバンを持っている。
「こんにちは」
「ああ」
少し無愛想になってしまった挨拶をする。まあ、仕方ないだろう。だってさっきまでガンガン掃除してちゃちゃっと飯食って休憩する間も無かったんだからちょっとぐらい文句も言いたくなる。
……でもこれじゃ誰のせいだって聞かれたら答えられねぇな。
とりあえずこのまま玄関でしゃべり続けるのはアレなので招き入れた。
とことことさして長くもないリビングまでの廊下を歩いていると永琳が話しかけてきた。
「なんか、怒ってる?」
「ん? ああ、少し疲れててな。悪い」
「それならいいわ」
やはりさっきの態度が刺々しく感じたらしい。だから軽く謝っておいた。
リビングと廊下の間のドアを開けテーブルに座らせる。俺はキッチンへと向かった。
「紅茶かコーヒー、もしくは緑茶、どれがいい?」
「……そうね。コーヒーでお願い」
俺は何でもいいので永琳にあわせてコーヒーにするか。
コーヒーを二人分作り、テーブルへと持っていくと大量の資料を目一杯広げている永琳がいた。
永琳の対面に座りながらその資料たちを眺める。
もうなんか、まさに圧巻。全ての書類にびっしりとと文字が書かれており、挿し絵はほぼ皆無。小説などの類いが嫌いな人にはまさに地獄のような光景である。
びっしりと文字の書かれてあるものは仕事の関係上何度か読んだことはある。……けどここまでの量じゃなかった気がする。
俺もあまりキツキツに書かれたものは読みたくないんだけどなぁ……。見てるだけで頭が痛くなってくる。
「私の話からでいいかしら?」
「わかった」
それだけ言うと永琳はこの資料たちの説明を始めた。
「ここにある資料をまとめて単刀直入に言うわね。この資料は全ての月移住計画についてよ」
「ん、月……? 移住!?」
月ってあの浮いてるやつじゃないよな? 月っていう地名があるんだよな?
だんだんと現実逃避しだした俺の脳を強制的に現実に戻す。ええっと……月っていう場所にいくんだよな。ドンナトコロダロウナー。ココカラドレダケアルイタライインダロウナー。
ダメだ。戻ってこねぇ。
そんな俺の様子を見かねたのか永琳が解説をしてくれる。
「月は一つしかないわよ」
「えぇ……。やっぱり、アレ?」
そう言いながら天井を指差す。実際は天井ではなくその先にある
「ええ、アレ」
そんなにっこりと微笑みながら言われましても……。
ていうかどうやって行くんだよ。俺の知ってる限りじゃロケットみたいなのはなかったはずだが……。
そう思ったので少し言葉を曖昧にしつつ伝えてみると、
「今から作るのよ」
なにいってるのかしらとでも言うように、永琳はこてんと首をかしげながら言った。
マジか……。確かに都市の技術力は半端じゃないが、試作もない状態で月に移住するのを決定付けるなんて、ツクヨミもなかなかな判断をしてくれる。
「それで、これを読んで俺はどうすればいいんだ?」
資料に目をやりつつ永琳に訊く。
「あなたは陸将なのよ? 知っておかないといけないじゃない」
「まあ、それもそうか」
そりゃそうだ。仮にも都市の三柱なんだから知っておかないとな。だがツクヨミと直接対話をしなかったということは少なからず警戒されてんだろうなぁ。
別に気にすることでも無いから別にいいんだけど。
「他に永琳から伝えないといけないこととかあるか?」
「そうね……。この計画はあと二十年で実行に移さないといけない、くらいかしら」
二十年か……。ここの技術力があれば余裕だが、……俺は月に行けないな。
最高神だから。ここを離れる訳にはいかない。離れていいかもしれないが、俺はここに残る。
どう言えばいいんだろうか。言ったら今までなぜ騙してきたと怒るだろうか。どう言えば永琳は信じてくれるだろうか。どう言えば哀しませずに済むんだろうか。
永琳とはそれこそ恋愛関係になっているわけではないが、ここに来て初めて出会った人だ。数十年来の仲である。だから……いやそれとも、永琳が哀しむなんてただの自意識過剰だろうか。
でも、俺の知っている永琳はわかってくれるはずだ。
「どうしたの?」
物思いに耽っていると、不審に思ったらしい永琳が尋ねてきた。
それに対し俺はわりぃと謝っておく。
自分のことを告白しようと永琳を見ると、心臓の鼓動が速くなる。胸が締め付けられるような感覚がして、脳や顔に血液が過剰に回る。ドクドク鳴り響く鼓動は永琳に聞こえそうだ。
拒絶されるかもしれないという不安が心を貪り尽くしていく気がする。
告白ってこんなに怖いものなんだな、とどこか客観的な自分が初めての感情に出会っていた。
「今度は俺の話だったよなぁ」
コクリと永琳が首肯を返してくる。
俺は大きく深呼吸をして永琳の目をみつめた。
「あの、さ。俺は……その、月には……行けないんだ」
その言葉を伝えた途端見たこともないほど目を見開いて驚いている永琳がいた。その瞳はだんだんと閉じられていき、終いには顔を伏せてしまった。
……ここからではその表情は読み取れない。
何かにのし掛かられているような空気が部屋全体を覆い、居心地が悪くなったため身をよじろうとした瞬間、不意に永琳が顔をあげた。
「……そう。一応理由を聞いてもいいかしら」
見ているのが辛くなるような悲痛の表情。涙を堪えるために無理して作っている笑顔。そんな顔をさせてしまっていることに胸がズキズキと痛む。
「信じてくれるかは分からないが……聞いといてくれ」
俺は一呼吸おいて続けた。
「俺はここの世界を統べる神なんだ」
さすがの永琳でもすぐに理解できるようなものではなかったようで、フリーズしている。
やがて頭が回りだしたのか指を顎に添えて考えていた。
「えっと……どういうことかしら」
まあそうなるわな。
いきなり友人がこの世界を統べる神だ! なんて言い出したら意味がわからん。俺でも相手の頭を疑ってしまうレベルだ。
だからことの
俺がアテナを助けたせいで神界へ行ってしまったこと。そこで特訓をして神として相応しい力を持ったこと。そしてこの世界を統べる神としてここに降り立ったということ。それから今に至るということ。すべてを話しきった。
たったこれだけのことなのに一時間ほど時間をかけてしゃべってしまっていた。そのときにはすでに永琳も笑顔であり、いつもと変わらないおしゃべりになっていた。
だがそれも話している間だけ。会話が終わった後、自然と沈黙ができしまう。勝手に思考がもとの話題へシフトしていく。
どう声をかけたらいいのか悩む。先ほどの痛々しい笑顔を見てしまっているので、話を戻したいとは思わなかった。
そんな沈黙に耐えかねたのか永琳が口を開いた。
「気にしなくていいわよ。もう大丈夫。それよりも……」
そこで永琳は一度言葉を切った。その後言いにくそうにしながらも続けた。
「それよりも……あなたは死なないのかしら」
「さっき言った通りだ。殺されたらここから帰るが、それ以外じゃ死ぬ気はない。っていうか死にたくない」
「……そう、ならいいわ。大切な友人がいなくなるのは寂しいもの」
永琳は安堵のため息を吐いて大きく胸を撫で下ろした。
いなくなるという言葉には死ぬという意味が込められているのだろう。それにしても“大切”という言葉で心にグッと来た俺は悪くないはず。
……俺は死なないし、さっきの口ぶりから思うに永琳も死なないのだろう。ならば、生きていればいつか会える。
「それよりも何で急に月に移住するようなことになったんだよ」
俺は最初の方から思っていたことを聞いてみる。
すると永琳は一度めんどくさそうな顔をするが話してくれた。
「そこに書いてあるのだけれど……。まあいいわ。あなたが対処した穢れ、あったでしょう?」
穢れ──それは妖怪たちのことも指せる言葉だ。都市の人間たちはそう呼んでいるらしい。俺はいまいちわかってないが。
「ああ、あったな」
たしか鬼の大将の名前は……
まだ生きているはずだ……たぶん。すぐに死ぬような柔なやつじゃないだろう。
「その穢れたちなんだけれど、最近動きが活発になってきてね……。大きなことをやりそうなのよ」
「なるほど。だからそうなる前に逃げるのか」
「ええ。逃げれればいいのだけれど」
深刻そうな表情で永琳が告げる。……やめてくれよ、怖くなってきたじゃねぇか。
「変なこというなよ。ホントにそんなことになったらどうすんだ」
「そんなときに頼れる立派な人がここにいるでしょ?」
そう言いながらこっちを見て微笑みかけてきた。
俺!? 俺なのか!? 頼ってくれるのはありがたいが、そんな大役……やっぱ勤めにゃならんよなぁ。軍のトップだし。基本的に死なないし。
はあ、と短くため息を吐いてニヤリと口角を上げた。
「ああ、任せておけ」
したり顔でキメてやると、今度は永琳がため息を吐く番だった。
「自信満々で言われた方が不安になるのはどうしてかしら……」
おい、そこは心と目をときめかせて任せたわ、って言うところだろうが。不安になっちゃダメでしょーが。
◇◆◇
その後すぐに永琳は帰り支度をして帰っていった。
……それにしてもあと二十年か。それまでに後任の陸将を見抜いて育てないとなぁ。
なんにしても悔いのないような毎日にしていかないと。
閲覧ありがとうございました。
途中の食事のシーンで美味そうだと感じていただければ幸いです。
あと主人公の食べ方が汚いと感じた方はメッセージなり感想なりで言ってください。修正します。