東方照歩記   作:たま紺

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第七話 覚悟を決めれば迷わない

 あれから十五年とちょっと。意外にもロケットの完成が早く一般人が乗れるレベルには進んだ研究と、月の開拓がある程度終わったらしく、ついに今日月へと旅立つことになったのだ。

 今俺が立っている場所は都市の郊外で、ロケットの発射場所だ。遠くに高層ビルが見えていた。

 そしてその大量のロケットたちはすでに準備は万端。今すぐにでも発射できる。

 かといって今日一気に発射するわけではなく、永琳含む研究班と俺のもっとも信頼できる部隊が先に向こうへ行き、受け入れ準備をするそうだ。

 その信頼できる部隊には次期陸将も混じっていて、俺の信頼度数はマックスだ。うまくやってくれるだろう。

 ちなみに次期陸将にも月にいけないことを話している。……さすがに理由までは言ってないが。

 チラ、と腕時計を見る。もうそろそろ打ち上げ時刻だ。

 理屈を理解しているわけではないのでどうやって月に行くのかはわかってないが、大丈夫……だと思う。

 永琳やみんなに別れの言葉を伝えに搭乗場所? みたいなところへ向かう。

 とことこと長い廊下を歩いていると、だんだん人の行き交いが激しくなってきた。……急がないと間に合わないかも。

 小走りになりながら永琳を探す。さすがにもう乗っているなんてことはないだろう。別れの言葉なしとか悲しすぎるぜ。

 そんな考えとは裏腹に永琳はごく自然に立っていた。時折誰かと話しているようではあったが、業務連絡みたいなもので一言二言話すだけのようだ。

 そんな俺の視線に気づいたようで、彼女は胸の前で小さく手を振った。

 

「よ。まだここにいていいのか?」

「んー……大丈夫じゃない?」

「……あ、そう」

 

 あと十数分で打ち上げだったような気がするんだけどな……。本人が大丈夫だと言ってんなら大丈夫だろう。

 

「あなたこそ、別れの挨拶はいいの?」

「……そういうこと言っちゃダメでしょ」

 

 俺は苦笑いしながら答える。

 雰囲気ぶち壊しじゃねぇか。特に作りたい雰囲気でもないから別によかったんだけどさ。

 俺はふぅ、と小さく息を吐く。ゆっくりと永琳の目を見ながら口を開いた。

 

「またいつか会おうな」

 

 その言葉に対して永琳も首肯を返す。

 

「ええ、また」

 

 かなり短い別れの挨拶だったが、言いたいことは言えたし良かった。

 もうやり残したことはないので次会うのはいつだろうなーと考えながら、もと来た道を戻ろうと振り返った瞬間肩を叩かれた。

 十中八九誰が叩いて来たのかはわかるが、一応首を回してみると案の定永琳だった。……どれだけ雰囲気を壊せばいいんだろうか。

 ……まあ、これはあれだ。しんみりとしたのは悲しくなってくるから、という彼女なりの考えなのかもしれないな。……そう思ってあげよう。

 とりあえず叩いて来た理由を問う。

 

「……なにさ」

「いえ、あなたに一番伝えとかないといけない情報を忘れてたから」

 

 何で忘れんだよ! 俺の生死に関わることだったらどうすんだよ。

 

「最後のロケットを打ち上げたあと、ここら一帯……というより都市を消すから覚えといてね」

 

 俺の生死に関わることでしたッ! ……俺が走って戻ってたら見事に死んでたな。

 それにしても消すのか……。どうやるんだろう。

 その疑問がいつの間にか声に出ていたらしく、永琳が返答してきた。

 

「爆撃よ、爆撃。変なものが残っていたら後々何が起こるかわからないもの。その危険性を木っ端微塵にするために爆弾を使ってドカーンとね」

 

 あれ? 都市を消すんだよな……。それを爆発で消すんなら……ヤバくね? 都市は意外にはしっこまで距離がある。そのためいくら郊外だといっても見送るためにここにいたんじゃ、間に合うか微妙だぞ。

 ……ま、別にいいけどさ。

 言うべきことや話す内容が尽きたことにより、なんとも言えない空気が俺たちを包み込んでいく。どことなく悲しみを感じさせる空気だ。

 そんな空気を払拭しようと俺が話を切り出す。

 

「……今度こそ、だな」

「ええ、また会えるわよね?」

「もちろんだ。俺は絶対に死なない。っていうか死にたくない」

 

 確固たる意思を持って永琳へと告げる。

 その言葉を聞いて安心したのか、永琳は小さくため息を吐いた。──もしかしたら、さっき雰囲気ぶち壊しにきたのはこんな空気にしたくなかったからかもしれない。……いや、さすがに考えすぎか。

 永琳はどこか遠くを見るような様子で虚空を見つめていた。そしてそんな閑雅な表情を薄い微笑みに変えてこちらを一瞥すると 、くるりと回転して去っていった。おそらくロケットに乗りに行ったんだろう。

 俺も同じように回り、ざわついている廊下にコツコツという足音を足しながら歩く。

 ──そして数分後、最初のロケットが打ち上げられた。

 

 

 ◇◆◇

 

 

 三日後、ほぼすべてのロケットが打ち上げられ、残すところはもしもの時のために殿を務めることになった俺たち軍の機体のみだ。

 輝夜にも挨拶はしたし、あとは関係をもってんのはこいつらだけだな。……やべぇ、俺の関係者少なすぎ。

 行かないってことを伝えるために隊員数百名全員を近くの公園へ集めた。公園といっても遊具はなく、だだっ広い場所に芝生が敷かれているだけである。

 てきとーな演説をするだけだと思っているらしく周囲は終始和やかな感じになっている。一見、軍というのは厳しいと思われるかもしれない。っていうよりは厳しい。が、ゴリッゴリに厳しいのは俺の胃が持たないのでアットホームにしてみた結果がこれだ。きちんと敬語を使ってはいるが、仲の良い先輩後輩ぐらいの感じになったと思う。アットホームな~なんて言うとブラック企業みたいだがこれはこれで良かった。

 俺は広場の中でも少し高くなっているところで立つ。するといくら気楽なようにしたとしても腐っても軍だ。全員の視線が集まり静かになった。

 ざわついていた雰囲気がぐっと引き締まる。俺はすべてが一体化したタイプの拡声器を構えた。

 ……ちなみにマイクなどを使ってしゃべるときの最大の敵を知っているだろうか。だいたいの機器は音量を調節することができるのだが、これを大きくしすぎるとハウリングというのが起こってしまう。これがめんどくさいし恥ずかしい。しかも追い討ちをかけるようにそこかしこで失笑している声が聞こえて来る始末。

 このハウリングしている状況というのは誰もが一度は経験ないし目撃したことがあるだろう。マイクなどで話始めた瞬間にキィ───ン、もしくはブゥ───ンとなる現象である。クスクス笑われてる哀れな校長の姿が目に浮かぶでしょ?

 ギタリストはわざとこの現象を起こして演出したりしているらしいが、ここはライブ会場ではないため今は全く関係ない。

 俺は絶対に最大の敵(ハウリング)をしないように気をつけながら口を開いた。

 

「今から結構重大なことを伝える。よく聞いといてほしい」

 

 良かった……ハウリングが起こらなかった。などと俺がわりとどうでもいいことに安堵している傍ら、隊員たちはざわつき始める。

 あとは月に行くだけって時に何か重大なことが起こったとしたら、そりゃもうロケットぶっ壊れたってことぐらいしかないだろう。不穏な空気が流れるのは当たり前だ。

 だから俺は早めに続ける。

 

「別にロケットがぶっ壊れたとかじゃないから安心してほしい。……俺がただ軍をやめるってだけだ」

 

 ざわつきが大きくなった。その声に耳を傾けてみると、次の陸将が誰なのかとか、なんで? だとかいろいろ聞こえてくる。

 

「そしてもうひとつ。俺は月に行かないから」

 

 ざわつきがざわつきじゃないくらい大きくなった。もはや体育祭の応援レベルの大きさになってんだけど。

 めちゃくちゃうるせぇ。

 

「はーい、静かにー! 俺がこの拡声器を置いたら、もう軍じゃないからな。だから今からの指揮は秋月に───」

 

 キイィィィィィィィンと音が鳴る。ざわつきが消え、静寂が訪れる。

 思ったよりも大きい音にほとんどの人間が耳を塞いでいた。……はあ、最後の最後にやらかすとかツイてないわー。

 笑ったりするやつがいなかったのは不幸中の幸いだろう。

 ──そんな中だったからだろうか。俺が唸るような地響きに気づいたのは。

 

「陸将!! 緊急連絡です!」

 

 そう言いながら、身体中から汗を噴き出している一人の隊員が俺の前にやって来て跪く。

 少し呼吸を整えた後、全員に聞こえるように声を張り上げた。

 

「穢れが、穢れの大群がこちらにやってきています! 数は数千! こちらに到達するまで残り十数分といったところです!」

 

 またざわつき始める。やがてそのざわつきは不安へと変わり、恐怖に体を奪われる。

 隊員はすべてを言い切った後、力尽きたのかばたりと倒れこんでしまった。そいつの処置は近くにいたやつに任せておく。

 それにしても不味いな……。今から迅速に動いても、打ち上げまでの時間が絶望的に足りない。何より数千規模の圧倒的な恐怖に怖じ気づいて、行動を遅らせるやつがいるかもしれない。

 いや、こんなことで考え込んでる時間さえも惜しい。

 俺はまだ地面に置いていない拡声器を使って指示を出した。

 

「全員! 大至急ロケットへ乗り込め! 数が揃い次第月へ行ってこい! こっちは任せておくんだ」

 

 その指示を聞いてほとんどが我先にと走って行った。しかし中には残っているやつらもいて、俺の頭を悩ませる。

 なんで残ってんだか……。

 その十数人規模の中の一人の男がつかつかとこっちに歩み寄ってきた。

 その表情には幾分か怒気を孕んでいて……え? 俺に怒ってんの?

 どゆこと……? と眺めているとそいつは俺の目の前に立って、なかなかの剣幕で捲し立てた。

 

「なんで……! なんであんたの指示に従わなくちゃいけないんだよ……! あんたはもう陸将じゃないんだろ?」

 

 拡声器を地面に置いていないのでまだ陸将なんですけどねー。

 そんな不満を胸中に抱きながら視線で訴えてみるも、無駄だったようだ。

 

「おれは……いや、おれたちは穢れが憎かった。家族を、親友を奪っていったあいつらが……! なのにいざ軍に入ってみれば、ゆるゆるな規則で締まりがない。挙げ句穢れとの戦闘はあんたら上層部が勝手に終わらせる」

 

 そこで男は一度視線を下ろす。

 悲しげに伏せた目は静かに、しかし確かに怒りの炎を滾らせている。

 

「だから、勝手に行かせてもらう。……死んでもいいんだ」

 

 それだけ言うと、男は踵を返して走り去っていった。その際残っていたやつらも一緒に行ったので、多分同じ感情を抱いていたのだろう。

 それにしても……はぁ……。マジか。

 そんなによくなかったかなぁ、あの制度。そりゃ個人の意見があるのはわかるし、指導者がいる世の中で反対派がいないというのはあり得ないと思うが、意外と人数いたからな……。

 でも、もう戦いに行っちゃったから─────死んでもらうしかないか。

 できれば殺したくないので勝手に死んでほしいんだが…………あ、ヤベ。このことロケット組に伝えないといつまで経っても月へ行けないじゃん。

  俺はずっと持っていた拡声器を地面に置いて、ロケットの方へ飛び立った。

 めちゃくちゃ離れたところにいたわけではないのですぐにたどり着く。そこでは数名がウロウロしていた。

 もうこれで全員が揃ったということを伝えるために一人の肩を叩く。

 

「これで全員だ。来てないのは戦いに行った」

 

 超短絡的で明快に事実だけを伝えて俺は敵のもとへと向かう。ちらりと横目で流し見てみるとわたわたしながら打ち上げの準備に取りかかっていた。

 後は外にいる妖怪どもを蹴散らして、無事に打ち上げることができれば仕事は完りょ──。

 ──唐突にひとつの考えが頭をよぎった。

 ……………そもそも俺は妖怪を蹴散らしていいんだろうか。

 今までは人間側にいたから、妖怪を蹴散らすことに意義があり、そして蹴散らしてもいい正当な理由でもあった。

 しかし今はどうだ。誰のもとにもついていない唯一の存在であり、最高神として世界の行く末を見守る存在である。人間のために何かをする必要はないと思う。

 ならば、どうすればいい。

 刻一刻と開戦までの時間が迫ってくる。眼下では反対派が都市の外へ走っているのが見えた。

 どうせこいつらは死ぬんだから、助ける必要は無いように思える。だが、見殺しにしたところでどんなメリットがあるのだろうか。

 今のところ一番助けたいのは、あのロケットだ。しかしこれには極めて主観的で感情的な結論であるし、妖怪側の実状も知らないからこそ導き出せる結論でもある。多分知ったところでロケットを助けるということに変わりはないが。

 ロケットを助けたとして、あとはどうする。

 人間だけに肩入れするのは何かが違う。すべての生き物のトップに立っているのが俺だ。もと人間だということだけで人間を贔屓にしたくはない。

 ──ふと人道的にも、道徳的にも最悪で最低な考えが浮かんできた。

 普通こんなことをすれば一発で死刑レベルの大罪。なのに俺にはこれが最高の策であるように思えてきてしまう。

 俺はこの世界の最高神である。ならば、ある程度のことは許されるのではないか。

 ノアの方舟に出てくる神様だって大洪水を起こしている。ならば、神はちょっとぐらい傲慢であっても良いんじゃないか。

 誰に言うこともなく、ただ心のなかで言い訳をした直後、都市の外へたどり着いた。少し疲れたため地面に降り立つ。

 考え事をしてたせいなのか、ゆっくり飛んでいたらしく反対派ももうそろそろ到着しそうである。

 反して妖怪たちは草原の奥、つまりは森の方から猛々しい足取りで迫ってきている。

 俺は一人覚悟を決めて一歩を踏み出し、最悪で最善な、最低で最高の策がここにいるすべての生き物に聞こえるように口を開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




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