斜陽すら傾き、次に差し込むのは月明かりだろうかと言わんばかりにバスの外が暗くなったころ。
J社での一軒からまだそれほど時間はたっていないけれど、バスは相変わらず、せわしなく車輪を動かし、またどこかへと向かっていく最中だった。
動き続けるバスの中で私ができることといえば、神様が朗々と語る物語たちを、書き続けることだけだった。
言葉だけは噓をつかない、そんなことをどこか楽しそうに言っていたのは、神父様だっただろうか。その言葉をふと思い出した私は、私がここまで書き連ねてきた言葉たちをじっと見つめる。
......神様の物語を描くにはふさわしい言葉に見える。きっとこれらは噓をついていないと思う。
けれど、物語を読み返してみると、どこか違和感がある。まるで言葉たちが何かを覆い隠して、私に見せないようにしているような、そんな違和感。
私が書いた言葉たちは何も言わない。なら、隠そうとする言葉たちは...。
【どうした?】
「あっ、ごめんなさい。少し考え事を。」
【......なら、今日はここまでにしておこう。集中が乱れてしまっては、いい言葉は書けなくなってしまう。...そんなに申し訳なさそうにする必要はない。所詮ただの暇つぶしなんだから。】
苦笑するようにそういう神様に、私はまた申し訳なくなる。
そんな感情をとりあえずは抑え込みつつ。書いていたノートにペンを挟み込み、顔をあげれば、相変わらず楽しそうにJ社での武勇伝を語るロージャさんとそれに振り回されるグレゴールさんの姿が目に入る。
「私があの時カード出すところを見るべきだったのに!本当に名シーンだったんだってば~!」
「7回もその話を聞けたおかげですっかり頭の中にしみつけられたよ...それで、次はどこに行くんだ?」
あまりにしつこかったのか、からんでくるロージャさんを押しのけながら、グレゴールさんはヴェルギリウスさんにそう問いかける。
ヴェルギリウスさんはその言葉に特に何の感情も示さず淡々と答える。
「今回の目的地は......K社の巣だ。」
「ああ、11区か?おかげさまで一生行く機会がなさそうなところを回ってるな?」
「そこにも指折りの素晴らしい方がいらっしゃると聞いた!きっと近くに記念ショップもあるはずだ!」
「そういえばハンバーグが名物のチェーン店もあったよね?」
ロージャさんの言葉をきいて、ウーティスさんとイシュメールさんが呆れたように言う。
「最近はずいぶんと住みやすい世の中になってきたようだな...私が任務のために行軍するときは、口に塩だけを詰めておしまいだった。」
「本当ですね。私が航海してた時、のどを通る食べ物といえば鉄の味がする缶詰のスープだったんですけどね。」
「わ、わぁ、よだれが出ちゃう~......。良秀もそう思わない?」
良秀さんはその言葉に、棒つきキャンディーを転がしながら答える。
「まあ確かに、地域によって違ってくる血の色を考えるとよだれが出てくるな?」
「うう、ほんとにまともな話ができないんだから...おちびちゃん!あんたは何が食べたい?」
バスの中の視線が一斉にシンクレアさんに向かう。
そしてその視線の中心にいるシンクレアさんは...随分と、調子が悪そうだった。
顔は青いし、表情は何かに怯えるかのように固まっている。
今まで見たことがないくらいに体調が悪そうで、私は思わず声をかける。
「だ、大丈夫ですか、シンクレアさん......?」
「顔面蒼白だな。過呼吸と悪寒も観測される。」
『い、いつから?』
「ヴェルギリウスさんがK社と言及してからです。」
『どうしてもっと早く...』
「命令がなかったからです。」
ダンテさんの言葉に、ムルソーさんはそうあるべきだと言わんばかりに答える。
その言葉には...何かへの恐怖がにじんでいるような気がした。
一方でシンクレアさんは、相変わらず青い顔のまま言った。
「きゅ、急に気分が...悪く、なったんです、すみません。」
「ほんとに大丈夫なの...?」
ロージャさんのその言葉に、シンクレアさんは何も答えない。
「...とても大丈夫には見えないですね。お水とか要りますか?」
「だ、大丈夫です...本当に...。」
水すら飲む気分ではないのだろうか。私が渡したペットボトルも、そのまま帰ってきてしまった。
そんな様子のシンクレアさんを見て、ダンテさんが思い出したように言う。
『そういえば...ヴェルギリウスが行き先を明かすと、その度に誰か一人は張り詰めた顔を見せる気がするし、いざ到着してみると実際にその人と何かしら関わりのある場所なわけだけど...もしかして、私たちが入社した理由と関係あるのか?』
「私たちと称するのですね。」
『うん?』
「......微妙な変化の違いを感知するのも、私の主な任務ですので。囚人たちの入社理由について詳しくお教えすることはできませんが、私たちの行き先と、囚人それぞれの身辺がある程度関係しているという事実については、否定する必要はないでしょうね。」
「...もしかして、今向かっている場所はシンクレアさんと関係が......。」
私がそうつぶやいたのが聞こえたからか、それともバスの揺れが強かったからか。
私がファウストさんの答えを聞く前に......
「う、」
シンクレアさんの口から、胃の中身があふれ出してしまった。
「わ、わぁ!?だ、大丈夫ですかシンクレアさん!?」
【......余程思い出したくないことだったみたいだな。】
ファウストさんの明確な答えは聞けなかったけど、とりあえず私の疑問はあまりよくない形で解消された。
♢
「気分良いカロン、気分良く到着。」
バスが動く中で何度も吐きそうになっていたシンクレアさんの背中をさすっていると、いつの間にかK社の審査場まで到着していた。
「本当に巣に入るんですね...。」
【あまりここは変わっていないな。】
K社のイメージカラーであろう緑色が多く配色されているその審査場は、どこか物々しい雰囲気に包まれていた。
それもそうだろう、ヴェルギリウスさん、それから神様が言うには、ここは巣の中に入るために通らなければいけない関門なのだから。
治安がどこにも保証されていない裏路地とは違って、巣の中はそれぞれの翼によって厳重に治安維持がなされている。そう考えるなら、外からの人間を受け入れるための検査場がこれほど厳重なのも仕方のないことなのかもしれない。
「...なんだか、排他的な感じがします。」
【巣はどこもそうだ。審査に通らなかったら容赦なく追い出されるって話も聞く。それこそ顔見知りの一人も電話一本で拒否されたと聞いた。実力も経歴もあるやつだったがな。】
神様にしては珍しく、純粋に懐かしい記憶を探っているような様子だった。
いつもは過去に触れたがらない人で、私にも過去を思い出すなというくらい、過去を嫌っている人なのに。
「仲の良い方だったんですね。」
【仕事の付き合いで何度かあっただけだ。......今は、どうしているんだか。】
「さあ、降りよう。審査の時間だ。」
神様とそんな風に話していると、ヴェルギリウスさんの声が聞こえる。
私たちもそれに従ってバスから降りる。
そんな中、ヴェルギリウスさんは突然私たちのほうを振りむいていった。
「ああ、念のために言うんだが...お前らの普段通り、つまり、みっともなく事故を起こして回っても事態が収拾するという期待は...ここ、検問所では捨てたほうがいい。」
なんとなくいくつか当てはまる事態を思い出して、少しだけヴェルギリウスさんから目をそらしつつ、私は彼の後に続く。
検問所の中には、長い行列ができていた。
神様が言ったとおり、強い威圧感を感じる。そのせいもあってか、いつもは騒がしい人たちも借りてきた猫のようにおとなしくなっていた。
その姿を見たヴェルギリウスさんはどこか満足そうに言う。
「ああ、普段からこんな風に秩序を守ってくれればどれほどいいことか。ぞろぞろと日向ぼっこしに来たひよこたちみたいだ。」
『バスから降りるだなんて...珍しいね?』
ダンテさんの言葉が何となく伝わっているからだろうか、ヴェルギリウスさんはダンテさんの言葉に答えを返す。
「ここが巣だからです、ダンテ。もしここで予期せぬ事故を起こしたのなら...あなたがすべての責任を取ることは難しいでしょうから。」
『なんか含みがある言い方だなぁ......。』
ヴェルギリウスさんに聞こえないような声で、ダンテさんはそういった。幸い、ヴェルギリウスさんには聞こえなかったようだ。...いや、聞かなかったことにしたのかもしれないけれど。
そんな風に話しながら行列の中に並んでいると、意外と処理速度が速いらしく、いつの間にか少し待つだけで私たちの番が来そうな長さになっていた。
「流れが速いですね、10分くらい待てば私たちの番が来そうです。通貨質問は私たち14人全員がしないといけないんですか?ダンテさんは口をきけないと思うんですけど、どうしましょう?」
イシュメールさんの早口に、ヴェルギリウスさんが答えを返す。
「ちょうどその話をしようと思っていたんだ。よく聞け、K社の職員はこっちのラインに立っている人たちにはとても簡単な質問だけをするだろう。そしてお前たちもまた、とても簡単な答えを返せばいい。審問所の職員がどんな目的で来たかと聞いてきたら、『リンバス・カンパニーの業務で来ました、業務ビザを確認してください』と答えるだけでいい。一言一句もれなく覚えろ。」
そういうと、ヴェルギリウスさんは面倒そうなため息とともに言葉を続ける。
「それ以外は俺が何とかするから、ただ問題を起こさない人であるということだけを証明すればいい。」
「もし今の言葉を暗唱できなければ、いっそ口を閉じるのが賢明でしょう。ただ、お手持ちの社員証を差し出しさえすればいいですから。」
「さあ、では......。」
ヴェルギリウスさんは言葉を一度切り、そしてその赤い目を光らせながら、私たちを見つめ、そして言った。
「質問のある者は、自分は本当に価値のある質問を思いついたのか検討をしてから、静かに手を挙げるように。」
特に質問することも思い浮かばなかった私は手を挙げず、代わりにダンテさんを含めた何人かが手を挙げる。
ヴェルギリウスさんはその様子に深いため息をついてから、手を挙げた人たちを指していく。
「ロジオン。」
「業務目的だから武器は持って行ってもいいんだよね?」
「そうだ、次。」
「じゃあ、グレッグの奇々怪々な腕とかダンテのすごい時計頭も大丈夫ってことね?」
「そうです。ちなみに管理人さんの頭は武器ではなくて擬態に分類されるので観光ビザでも許可されます。たとえ不死の能力を持っていたとしてもです。」
ヴェルギリウスさんのかわりにイシュメールさんが答える。
「まさしく。」
イシュメールさんの言葉とヴェルギリウスさんの言葉を聞いたからか、ダンテさんとグレゴールさんの手が同時に下がった。
ヴェルギリウスさんは次に手を挙げていた良秀さんのほうを見て言う。
「良秀。そのアメを口から出してから発言するように。」
「俺じゃない。」
その力いっぱいに伸ばされた手は、正確には良秀さんの隣から伸びているようだった。
ヴェルギリウスさんは最後までその手の主を無視しようとしていたが、聞いてやらなければ決して下りそうにもないまっすぐな腕についに折れたようだった。
「......ああ、ドンキホーテ。なんだ。」
「あのガラスは、いかなる用途で置かれているのだ?」
ドンキホーテさんが指差した方向には、ガラスの壁で隔離された区域が見えた。
その透明なガラスの壁の向こうには、こちら側よりもよほど多い人数が一列に並ばされていた。
「あれって......」
【裏路地の人間専用の区域といったところだろうな。どこまで行っても巣の中は巣の中ということだ。】
「...ひどいですね。」
私の言葉が聞こえたからか、あるいはそれ以前になかの雰囲気が気に入らなかったからか。
ドンキホーテさんはいまだ、じっとあちら側を見つめていた。
でもきっと、今の私たちにはできることはないだろう。
とりあえず、まだじっと眺めたままのドンキホーテさんの手を引く。
「......行きましょう、ドンキホーテさん。」
前の人たちは順調に通れているようで、このままいけば私たちは無事に検問を抜けることができる。
そのはずだった。
ガラスの向こうで、突然何か鈍い音が聞こえ始める。
ガラスの遮音性が高いからか、正確に何を言っているのかは判断がつかなかった。
しかし、誰かが警備員たちによって両手を結束されたまま引きずられており、その前に立つ子供がどうすればいいのかわからないまま泣いている様子は、私たちにはっきりと伝わった。
「気にしないでください、よくわからないですけど翼の禁忌を犯したみたいですから。」
「そうだな。貧乏人が犯したタブーといえば、満足できるくらいの金をポケットに突っ込めなかったことだろうな。」
「...それ、私に対する嫌味ですか?」
「なんだよ、気にすることじゃないっつってたろ?その割には気にしすぎじゃねえか?」
そんな言葉が前のほうから聞こえてくる。おそらくイシュメールさんとヒースクリフさんがまた喧嘩をしているのだろう。でも、私の目線はそれより、私の前に立つドンキホーテさんに集中していた。
「所属グループ、あと理由をお願いします。」
「弱者へ自由を与えに参った!」
その言葉を聞いた職員は、一瞬書類を埋めようとして...再びドンキホーテさんのほうに目を向ける。その目は驚愕に染まっていた。
ドンキホーテさんは矢継ぎ早に職員に言う。
「あの者たちを話してやれ!苦しがっているではないか!」
「ど、ドンキホーテさん!さ、さすがに今は...!」
慌てて口をふさごうとしてみるけれど、ドンキホーテさんはそれを振り払って叫び続ける。
「なぜいかない!そなたらはここを守るものたちなのだろう!?ここにいる人々を守らんとしてなんとする!」
「......所属グループと、理由をお願いします。」
「...ええい、もういい!」
ドンキホーテさんはその強い力で私を振り払うと、列から離れるいく。
そしてそのまま、ガラスの壁に、槍を突き刺した。
「そなたらが行くつもりがないのであれば、直接解決して進ぜよう!」
【......すごいな、彼女は。】
「お、驚いている場合じゃないですよ神様...!」
その様子を見て職員はため息をつくと、無線に向けていった。
「コードパープル、コードパープル。禁忌K185違反発生。トロンボサイト支援要請。繰り返す、トロンボサイト...。」
そして、その言葉とほぼ同時に、検問所が暗くなり、紫の光で包まれる。
「お知らせします。コードパープル、コードパープル。循環2棟、検問所14番。トロンボサイト、ルーコサイト。」
恐ろしい勢いで鉄門が閉じられ、サイレンがその場に響きわたる。
どうやら、私たちはまたまずい状況にいるらしかった。
長らくお待たせいたしました。
小説の(まだ明かしていない範囲のものも含めた)設定だとかで「これもうちょっとこうしたほうがよかったかな」とかいろいろ思いついてしまい、でもここまで書いてしまうと変えられないからどうしようかといろいろ迷っていた結果半分くらい失踪していました。
今更設定変えるのも大変...というか書き直しする羽目になってそれはさすがに無理だなあということでこのまま行かせていただこうかなと思い、再び筆をとらせていただいた次第です。
失踪していた間もいろんな方に読んでいただいていたみたいでとてもうれしかったです。
またぼちぼち書いていこうと思いますので、よろしければまた見ていただけると嬉しいです。
全然関係ありませんがムルソー章もとても良いものでしたね。
視線に釘付けにされることによって定義づけられる意味だとか、それを恐怖して母への目線を合わせないようにしてやれるムルソーのやさしさだとか、あとジャンヌとの最後のワルツだとか、いろいろと心を打たれました。ありがとうプロムン。でも第二次煙戦争はまだちょっと早いから勘弁してくれプロムン。