にわか知識で宇宙世紀に転生したチートオリ主の末路 作:世界一位
※第1話と【第一章】登場人物・用語設定まとめに挿絵を追加しました。
※第7話と第8話の挿絵を差し替えました。
※エマ・シーンとの混同を避ける為に、エマ・コリンズの作中での呼称をコリンズで統一しました。
冷たい金属の床を叩くブーツの足音が、無機質な通路に響く。
MSデッキを後にした俺は、周囲に誰もいないことを確認してから、小さく、そして重い息を吐き出した。
(……戦う理由、か)
デッキで涙ながらに過去を吐露したリィンの姿が、まだ脳裏に焼き付いている。
彼女が抱える過去の悲劇や葛藤に比べれば、俺が戦う理由が極めて軽薄で利己的なものに過ぎないと改めて思い知らされた。
リィンだけじゃない。故郷を失ったコリンズ曹長や、他の連邦兵もきっとそうなのだ。彼らは背負いきれないほどの重い現実を抱えながら、必死に引き金を引いている。
『隊長の下でなら、戦えます。隊長は、憎しみで戦っていませんから』
彼女が向けたあの真っ直ぐな瞳が、チクリと胸の奥に引っかかっている。
俺はそんな立派な人間でもなければ、崇高な理想主義者でもない。ただ、この「宇宙世紀」という世界に生まれてしまったから、自分の能力を使って眼の前の火の粉を振り払っているだけだ。
MSで戦っている時は自分が殺される恐怖はあっても、正直、人を殺しているという感覚は殆どない。厚い装甲とモニター越しに見る爆発は、どこか現実味に欠けている。憎しみ以前の問題なのだ。
彼女はそんな空っぽな俺を「憎しみがない」と言ってくれたが、本当の俺を知れば、きっと幻滅するだろうな。
それでも、俺はあえてその誤解を訂正しなかった。
リィンがそれで引き金を引けるようになるのなら、そんな都合のいい偶像のままでいた方が良いと思ったからだ。
……それが人として正しいことなのかは分からないが。
「レイス大尉」
ふと声をかけられ、足を止める。通路の向こうから歩いてきたのは、クリスチーナ・マッケンジー中尉だった。手にはデータ端末を抱えている。
「マッケンジー中尉か。どうした?」
「はい。先ほどの『試作ロングレンジ・ビーム・ライフル』の実戦データがまとまりましたので、ご報告に上がりました」
マッケンジーは端末の画面を切り替え、テストパイロットとしての真剣な表情を見せた。
「……正直、驚きました。ジム・コマンドでも出力が全く安定しなかったライフルで、あんな狙撃を成功させるなんて」
「事前に確認していたデータとG-3の性能に助けられただけだ。だが、無茶をさせたのは確かだな」
「ええ。データを見ると、発射時のジェネレーターへの負荷がレッドゾーンに達していますし、何より強制冷却システムがパンク寸前でした」
「ああ。撃った直後、一瞬だがスラスターの出力が落ちた。もしあの後すぐに接敵していれば致命傷になりかねなかったな」
「……このライフルをMSで本格的に運用するなら、ジェネレーターの抜本的な向上が必須ですね」
「それに、センサー類の強化もな。今回は俺の勘で補ったが、現状のままじゃとても長距離兵装とは呼べないぞ」
そもそも、レーダーが阻害されるミノフスキー粒子散布下での有視界戦闘――白兵戦こそが、MSという兵器の最大の存在意義だ、と俺は思っている。
そこに重く取り回しの悪い長距離兵装を持たせるなど、兵器のコンセプトとして根本から破綻しているような……。
長距離からのアウトレンジ攻撃なら、それこそ戦艦の主砲や、
そんな俺の冷めた内心を知ってか知らずか、マッケンジーは手元の端末を見つめながら一人納得したように深く頷いた。
「了解しました。今回の実戦データから現状のMSに必要な要求スペックを私の方でまとめて、リーナ少佐へのレポートを作成しておきます」
「頼む」
用件は済んだはずだが、マッケンジーは端末を抱え直しながら、少し躊躇うように視線を俺の背後、ハンガーの扉へと向けた。
「……あの、ところで、リィン中尉の様子は?」
「ああ、彼女ならもう大丈夫だ。今は少し頭を冷やさせている」
「そうですか……よかった」
俺の答えに、マッケンジーは安堵したように胸を撫で下ろし、表情を緩めた。
「リィン中尉、ずっと気を張っていましたから。これまで実戦続きで、きっと心に余裕がなくなっていたんだと思います」
「かもしれないな。後でセラピーを申請しておこう。そういうマッケンジー中尉は平気なのか? 実戦は……」
「はい、久しぶりでしたが、私は平気です」
「ならいい。この部隊の数少ない女性隊員同士だ。中尉からも、折を見てフォローしてやってくれないか」
「もちろんです。私でよければ」
力強く頷いた後、マッケンジーは少しの間じっとこちらを見つめ、やがて「ふふふ」と小さく吹き出した。
「なんだ?」
「あ、いえ……大尉はそういう人なんですね」
「どういう意味だ?」
思わぬ台詞に眉をひそめると、マッケンジーは少し申し訳なさそうに、けれど親しみを込めて微笑んだ。
「ごめんなさい、大尉のこと少し誤解していました。ニュータイプだって噂や、トビー軍曹から聞いていた話から、もっと怖い人なのかなって思っていたので」
「……あいつ、人のことをなんだと言っていた?」
「ええと……『血の代わりに冷却液が流れてる戦闘マシーン』とか?」
おい。
「あっ、でも今は違いますよ! ちゃんと部下の心を気にかけてくれる、優しい隊長さんなんだなって分かりましたから」
沈黙した俺の態度を勘違いしたのか、慌ててフォローを入れるマッケンジーに、俺は呆れ半分でため息をついた。
「……トビーの奴め。後でシミュレーターのレベルを最大に引き上げておこう」
「ふふ、許してあげて下さい。彼なりに、大尉のことを自慢したかっただけだと思いますよ」
他愛のない会話と、少し悪戯っぽく笑う彼女の姿に、気がつけば張り詰めていた心が少しだけ解されるのを感じた。
殺伐とした戦場と、無機質な金属の壁ばかりが続くこの艦の中で、真っ直ぐで裏表のない彼女の笑顔はとても魅力的だった。
俺は、つい口元を緩める。
「色々と気を遣わせて悪かったな、マッケンジー中尉」
「いえ」
弾むような声で応える彼女と小さく笑い合った後、俺は今度こそブリッジへと歩き出した。
独り身には眩しい女性だ。
…………。
……。
グレイファントムのブリッジは、どこか張り詰めたような重苦しい空気に包まれていた。
自動扉を抜け、艦橋に足を踏み入れた俺は、メインモニターを囲むように立っているスチュアート艦長とリーナ少佐、そしてオペレーター席のコリンズ曹長の姿を認めて歩み寄る。
「レイス大尉、お疲れ様です」
コリンズ曹長がこちらに気づき、普段より生真面目な声で居住まいを正した。
「状況は?」
俺が歩み寄りながら尋ねると、彼女は手元のコンソールを素早く操作し、直ちに報告を上げる。
「HLVの掃討作戦ですが、現在までに目標の九十パーセント以上の撃破を確認しました。作戦は次のフェイズへと移行し、現在は宙域に漂流している生存者の捜索と、収容作業にあたっています」
(……そうか)
その言葉を聞いて、俺は内心で密かに安堵の息を吐いた。
あのHLVに乗っていたジオン兵全員が無残に散ったわけではなく、僅かでも生き残り、救助された者がいるという事実は、リィンの心を少しは軽くしてくれるだろう。
「すべて順調……ですが、手放しで喜べる状況でもなさそうですね」
ブリッジの険しい空気を感じ取り、俺がそう切り出すと、リーナ少佐が眼鏡の位置を押し上げながら冷徹な声で応じた。
「ええ。つい先ほど、索敵網から新たな報告が入ったわ」
少佐が端末を操作すると、メインモニターの表示が切り替わり、地球から月のグラナダ方面へと伸びる、別の太い航跡データが映し出された。
「我々がHLVの破壊にかかりきりになっている間に、別ポイントから脱出を図るジオンの艦隊が発見されたの」
「別ポイントから……?」
「艦隊の規模から見て、敵の本隊と見て間違いないでしょうね」
艦長が忌々しげに腕を組み、苦々しい表情で重い口を開いた。
「……つまり、我々が血眼になって落としていたあのHLVの群れは、本隊を逃がすための囮だったということだ」
ブリッジに沈黙が落ちる。
(……そういうことか)
まともな護衛部隊も殆どいないのに最期まで投降をしなかった理由。
死を悟ってもなお彼らが頑なに投降を拒み、騙し討ちまで仕掛けてきた理由。
すべては、少しでも連邦艦隊の足を止めて友軍のために時間を稼ぐことが目的だったからか。
これだから愛国者って奴は……。
「そこで第2連合艦隊司令部より、本艦に新たな特命が下った。現在、地球軌道を離脱し月方面へ敗走中の敵艦隊を追撃せよ、とのことだ」
スチュアート艦長が口火を切る。
正面のメインモニターには、月方面へと逃れていく敵艦隊の予測進路が映し出されていた。
モニターを見上げていた俺は、思わず眉をひそめた。
「艦長。もうすぐソロモン攻略が迫っている時期です。これでは本艦が完全に遊兵化してしまいますが……」
いくら独立部隊とはいえ、ソロモン戦を目前に控えたこの時期に、主戦場から外れて月方面へ向かうというのは、どうにも軍の算段として引っかかる。
(……月のグラナダに対する陽動か? グレイファントムの単艦で?)
そんな俺の疑問に答えたのは、傍らのシートに腰掛けていたリーナ少佐だった。
足を組み替えながら、彼女はどこか軽い調子で口を挟んでくる。
「オデッサ作戦の最中に、ジオン軍から水爆が使用されたって話……聞いてるかしら?」
「え、ええ……噂程度には」
俺は短く頷いた。事実なら、南極条約に真っ向から違反する重大な戦争犯罪だ。
「一応、事が事だから箝口令が敷かれてたんだけど……人の口に戸は立てられないわね」
少佐は悪びれもせず、連邦の最高機密をあっさりと口にした。
「知っての通り、オデッサ作戦自体は連邦軍の勝利で終わったわ。でも、その終わり間際で放たれた水爆で友軍にかなりの被害が出たようでね。現場にいたレビル将軍は、命に別状こそなかったものの、その爆発で負傷されたわ」
「……」
「で、その水爆の首謀者……マ・クベって男が率いているのが、これから追撃するジオン艦隊ってわけ。おまけに地球から持ち出した鉱物資源をたっぷり積んでね」
少佐の説明で頭の中で点と点が繋がり、俺はようやく事の顛末を理解できた。
連邦軍の総大将であるレビル将軍を負傷させ、条約を破って核を使った男。それはそれは、上層部も血眼になるわけだ。
政治的にも軍事的にも、ただで逃がすわけにはいかない。絶対に生かしてジオン本国へは帰さないという、幕僚たちの強い意志――いや、殺意を感じる。
「……なるほど。軍上層部の意図は理解できました」
「ああ。奴は何としてもここで討たねばならん。だが――」
俺の言葉を引き継ぐように、スチュアート艦長が厳しい表情でモニターの図を切り替えた。
「現在、第9艦隊の一部が既に軌道上で追撃を行っているが、彼らは哨戒ラインまでしか深追いできん。地球の哨戒網に穴を空け、他のジオン残党を宇宙へ素通りさせるわけにはいかないからな」
艦長は、第9艦隊の哨戒ラインを越え、さらに奥深くへと向かうグレイファントムの進路をレーザーポインターでなぞった。
「そこで、特定の管区を持たず、哨戒ラインを越えてジオン勢力圏へ踏み込める独立部隊……我々にお鉢が回ってきたという訳だ」
俺は改めて戦況図を睨みつけた。
哨戒ラインの向こう側は、味方の援護が一切届かない孤立無援の海だ。
だが、断れる任務ではないことも、その裏にある連邦軍の必死な理屈も理解できた。
「……了解しました。我々だけで追撃するのは良いのですが、リーナ少佐もこのまま艦に残るおつもりですか?」
「あら、いけない?」
「俺は別に構いませんが、貴方は開発局の局長なんですよ?」
「それは私も懸念していた。良いのですかな少佐? 追撃に出れば安全は保証できませんが」
「問題ないわ。ここでも十分仕事はできるし、そのためにこの艦を手配したんだから。それに、レイス大尉もいることだしね」
涼しい顔で言い放つ少佐に、俺は少しだけ呆れたように小さく息を吐き、部隊長としての眼差しをモニターへと戻した。
「……それで、敵艦隊の規模は?」
「現在確認されている敵艦隊の主力は、鉱物資源を積載していると思われる大型輸送艦と、ザンジバル級が数隻です」
コリンズ曹長がコンソールを叩き、索敵データをモニターに展開する。
「所詮、慌てて逃げ出した地上部隊の生き残りだ。宇宙戦に対応できる搭載MSの数もそれほど多くはないはずだ。大半の戦力は地球に置き去りにされたか、先ほどのHLV部隊と共に囮として使い潰されているからな」
艦長が曹長の報告を引き継ぎ、険しい顔つきのまま腕を組んだ。
「戦力だけを見れば、本艦とMS部隊で十分に叩ける。だが問題は敵の数ではなく、その進路だな」
モニターの戦況図が拡大され、マ・クベ艦隊の予測進路の先に横たわる広大な宙域が赤くハイライトされた。
「サイド5……テキサス・ゾーン*1ですか」
「そうだ。あそこはルウム戦役で破壊されたコロニーの残骸が密集し、高濃度のミノフスキー粒子が滞留する暗礁宙域になっている。あの中に逃げ込まれれば、レーダーも有視界での捕捉も極めて困難になる。加えて――」
艦長はさらに図面を動かし、サイド5の背後にある月面都市を指し示した。
「時間をかければグラナダからの援軍も予想される。キシリア麾下の突撃機動軍が、莫大な資源を抱えたマ・クベを見殺しにするはずがないからな」
要するに、時間との勝負というわけだ。
暗礁宙域に逃げ込まれてモタモタしていれば、グラナダからの増援にあっという間に包囲される。その前に何としても叩く必要があるわけか。
「なら、取るべき戦術は一つですね」
俺はモニター上の、暗礁宙域の入り口手前の空間を指差した。
「敵がサイド5の暗礁宙域へ到達する手前で、グレイファントムとMS部隊で直接艦隊に強襲をかけます。敵艦隊を叩き、目標を達成し次第、月からの増援が来る前に即座に撤退する一撃離脱の機動戦です」
都合のいいことに、敵艦隊は第9艦隊の追撃部隊を振り切るため、大きく迂回するルートを取っている。グレイファントムの最大戦速なら、敵の予測進路へ先回りすることができるはずだ。
「……うむ。これしかなかろう。MS部隊の指揮はこれまで通りレイス大尉に任せる」
「決まりね」
艦長とリーナ少佐が頷き、作戦の全体方針が決定した。
純粋な軍事作戦としてひとまず形にはなったが、これを成立させるには超高速で目標に接近し、一撃で敵艦隊を粉砕できるだけの「足と火力」を持ったMSの存在が不可欠となる。
最新鋭の艦と装備を積んだこの特務実験部隊にとっては、うってつけの作戦だった。
俺は短く敬礼を返すと、足早に出撃の準備へと向かうべく、ブリッジを後にした。