もしも名探偵コナンに出てくる毛利小五郎が、どこかとぼけたおっちゃんではなく実は有能だったらというifを書きました。

※本作は「毛利小五郎、爆炎の中に散る」「毛利小五郎性格改変ー毛利小五郎のあの性格が全部演技だったら?」のリメイクになります。なお、本作は踊る大捜査戦、PSYCHO-PASSより多大な影響を受けてます。ご了承下さい

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毛利小五郎最後の事件

1.

俺は結局のところ、探偵というよりも刑事なのだろう。足で情報を得ることはできても、その得られた情報から真実を見抜くということが致命的に苦手なのだ。だからこそ、こんな大捕物に際しても俺はずっと蚊帳の外。一人寂しく煙草を灰皿に突っ込むしか能がないというわけだ。

 

そんなことを考えながら、本日何本目かもわからない煙草に火をつけ、ふかす。煙が風に吹かれて目に染みる。ここは黒の組織本部制圧戦臨時指揮所と銘打たれた仮設テントの中。

 

全く、なんで俺がこんなところにいるのやら。そんなことを考えかけ、いや、違うなと首を振る。

 

俺がここにいるのはあくまで俺の意思。あの預かっている居候が、この大捕物に深くかかわっていると勘付いた俺が、相当の無理を言ってここにいさせてもらったのだから。なんで俺がこんなところになんて被害者みたいな考え方をしていたら、それこそ骨を折ってもらった風見に悪い。

 

そうはいっても、各国捜査機関の精鋭たちが集い、無数の無線機が各国の言語で次々と報告を上げているこの場において、俺の存在はあまりにも場違いだ。名探偵としてのアドバイスを伺いたいなんて名目でアドバイサーとしてこの場にいることが許されているが、この指揮所内にいるどれだけの人間がそんな名目を信じているのやら。

 

日本の公安部が俺という異物を無理くりにでもこの場に居合わせるためにひねり出した屁理屈だということなんて、当の昔にばれているのだろう。その証拠に制圧戦が始まってもただの一人もアドバイスとやらを求めに来ないではないか。

 

それにしても、名探偵か。俺はその言葉に苦笑する。俺は巷では名探偵 毛利小五郎だなんてもてはやされているが、自分が名探偵だなんて器ではないことを一番よく知っている。

どう好意的に言ったところで、俺は二流の元刑事にして三流以下のへっぽこ探偵。

 

コナンを拾った頃から、何の因果か眠りの小五郎だなんてもてはやされるようになったが、その実態はとんだピエロ。事件のさなかに意識を失い起きてみれば、いつの間にか事件は解決しているという怪奇現象の連続で有名になっただけだ。

 

蘭たちの手前、俺の隠された潜在能力が開花しただのとおどけて見せてはいるが、俺自身俺にそんな能力がないことぐらいよく知っている。

 

せいぜいが足で稼ぐことしかできない元刑事だ。浮気調査や素行調査なんてものはできても、工藤や服部みたいな探偵坊主たちみたいな天才的な推理能力なんてない。酒狂いの競馬狂い、そしてその癖自尊心は無限大というTHE・ろくでなしの大人の代表例。それが俺、毛利小五郎という人間の正体だ。

 

そんな、ろくでなしの俺が、黒の組織本部制圧戦なるものに立ち会っている。こいつは何もせずに何をしているんだ、というスタッフの冷たい目線にさらされながら。

 

つい昨日まで、黒の組織なる組織の存在なぞ、全く知らなかったこの俺がだ。ちらりと見ればあの居候の小僧が各国の指揮官連中と真剣な顔をして話し合っている姿。それを見ればあの小僧が相当深くこの大捕物に関わっていることなど誰にでもわかる。俺の勘も偶には当たるというわけか。思わず苦笑する。

 

さらにぐるりと見渡してみれば、俺の傍らで険しい顔をして指示を出している安室君の姿。

 

うすうす感ずいてはいたが、安室君も公安の関係者なのだろう。まさか自分なぞに弟子入りしたがる酔狂者がいるとはと、何かの裏があることぐらいは疑っていたが、まさか公安関係者だとは。あの小僧に向ける目を見れば、俺のところにやってきた理由だって案外その本当の狙いはあの小僧だったりするのかもしれない。

 

いや、間違いなくそうなのだろう。昨日、俺を呼び出した風見も暗にコナンの正体を知りたがっていることをほのめかしていたではないか。俺が知らないうちにすべての物事が進んでいく。俺を蚊帳の外にして。やっぱり俺はピエロがいいところだ。そう苦笑しつつ、新しい煙草に火をつけながら、昨日の夜のことを思い出していた。

 

2.

それは昨日の夜遅くのことだった。

 

「お休み、お父さん」「お休み、おっちゃん」

 

そう言って上の階の寝室に上がっていく蘭とコナンに「おうおう、早く寝ろ!早く寝ないと大きくなれんぞ!」と返す。そして二人の背中が寝室に吸い込まれていったのを見届けていったあと、事務所の鍵を内側から閉める。

 

そしてついていたヨーコちゃんの番組を消すと、壁のキャビネットから事件ファイルを取り出す。取り出したのは俺が「解決した」ことになっている事件の山だ。

 

デスクの上にそれらを広げるとコーヒーを片手にいつものように読み始める。蘭とコナンが寝静まったこの時間に、過去の俺の扱った事件を調べなおすのが俺の日課だった。

 

何せ俺には解決した時の自覚がない。もし間違った人物を真犯人として指摘していたら?真犯人として指摘したものの無罪を証明する証拠を見落としていたら?そう思うとぞっとする。だから時間を見つけては、過去の事件を見直しているのだ。

 

だが。

 

「糞っ……。わかんねーな……。」

 

そう、わからない。自分が「解決した」ことになっている事件たちだが、何故その証拠を見つけることができたのか。なぜその証言を疑ったのかが、かつて自分の発したはずの言葉であるはずなのに、全く理解できない。全体として理屈に矛盾はない。読み込めばなるほどと思わされる部分もある。だから、おそらくは間違ってはいないのだろう。

 

そんなことがただぼんやりとわかるのみ。そしていつものごとく確信する。これは俺の言葉ではない。それこそあの工藤並の天才の発した言葉だ。だがそれをどうして俺がそんなことを言ったことになっている?だがそこで俺の思考は堂々巡りになる。

 

「あー!糞!やっぱりわからん!」

 

頭が煮詰まってきた。考えすぎて頭がぼんやりとする。今日はもうだめだな。そう考え空いているグラスにウイスキーをドボドボと注ぐ。なみなみと注がれたグラスを傾け一気に飲み干す。ガツンとゴム棒で頭を殴られるような衝撃とともに、じわじわと気持ちの良い酔いが広がっていくのを感じる。

 

このことはまた今度ゆっくり考えよう。そうして俺も寝室に向かおうとしたところで。

 

Piriririri,Piriririr

 

スマホが鳴った。電話だ。表示されるのは非通知の3文字。こんな時間に非通知の電話。普段なら決して出ない電話だ。だが、虫の知らせ、いや探偵の勘が働いたのか。この電話には出るべきだという確信があった。その確信に導かれるように俺は電話に出る。

 

「はい、毛利です」

 

「毛利さんですね。警視庁公安部の風見です。……毛利さんに、お話したいことがあります」

 

そう言って電話をかけてきたのは、かつて俺を逮捕した公安の刑事。できれば二度と会いたくないと思っていた、風見と名乗る公安の刑事だった。

 

3.

風見と名乗る男は言った。大至急お話したいことがあるので、米花公園まで来てくださいませんか、と。最初、俺は当然断った。今何時だと思っている、公安はどうだか知らないが、普通人と会う時にはアポを取るのが常識だ、と。

 

だが、「ご家族の安全にもかかわることです」というその言葉に、俺は折れた。折れざるをえなかった。文字通り、公安が何か俺たちに迫る危機をキャッチしたのか、あるいは来なければお前の家族を危険にさらすという脅迫かはわからない。

 

だが蘭も英理も、あとあの小僧も俺にとって唯一の大切なものなのだ。あいつらの命を引き合いに出された時点で俺は行かないという選択肢を失っていた。

 

俺が米花公園につくころにはすっかり酔いも冷めていた。風見は、公園の中央街灯の下。ロングコートを羽織り、一人でポツンと立ってこちらを待っていた。

 

そして公園の敷地内に足を踏み入れるや否や、感じるのはぴりりとした気配。元刑事として培われた感覚が、人の気配を感知する。

 

(いるな)

 

と俺は苦笑する。巧妙に気配を隠しているが、風見以外にもずいぶんな数の公安警察がこの辺りには伏せているらしい。随分俺も警戒されているな、と思い掛け、違和感に気づく。

 

こいつらは俺を警戒しているのではない。その警戒の向きは外側。つまりは俺と風見が外部から襲われることを警戒しているのだ。だがそれではまるで俺がVIPみたいではないか。どういうことだ。だが俺にそれ以上考える時間は与えられなかった。足早に歩み寄ってくる風見の姿によって。

 

「唐突にお呼びだてし、申し訳ない」

 

そう言って頭を下げる風見に、ずいぶん物騒な呼び出し方もあったもんだと皮肉を言ってやる。俺の大切なものたちをダシに使ったのだ。これぐらいの皮肉は許されるだろう。

 

だがさすがは公安。こんな皮肉程度では小揺るぎもしない。「それが最善でしたので」という返事に俺は肩をすくめるしかない。

 

「それで、この尋常ではない警戒態勢といい、突然の呼び出しといい何のつもりだ?」

 

だが風見はそれに答えずに、ひどく緊張した顔で、ある一つの質問をしてきた。

 

「毛利さん、あなたは『黒の組織』と呼ばれる国際犯罪シンジケートについてご存じですか?」

 

「は?」

 

思わずぽかんとする俺。突然呼び出されたかと思えば、「黒の組織」を知っているかだって?そんな組織、俺は聞いたこともない。一応、警察庁の出している昨今の過激派団体や要注意団体のリストにも目を通しているが、そんな組織を見たこともない。気づけば、なんだそれはと聞いていた。

 

心なしか、満足げに頷く風見。風見は言う。黒の組織とは大規模テロをも辞さない凶悪な国際的犯罪結社につけられた仮称で、構成員やその目的、本当の組織名なども不明な多くの謎に包まれた組織なのだと。地下深く潜っており、我々もその情報を抹消していたから毛利さんが知らないのも当然だ、という風見。

 

ほう、と俺は頷く。そんな組織があるというのなら、確かにそれは恐ろしいことだ。だがなぜその存在を俺にわざわざ知らせる。その組織の存在が今回の呼び出しと関係するのか。そう尋ねた。だが風見はそれには答えずなかった。その代わり、ぽつりとつぶやくように言う。「これは口外が禁止されている情報なのですが」と前置きしたうえで。

 

「長年の捜査の結果、我々は黒の組織本部の位置を突き止めることに成功しました。ついては、明日正午より制圧作戦を実施します。」

 

「おめでとう、といえばいいのかな」

 

俺の皮肉にも風見は表情を変えない。

 

「ただ、それに先立ち、過去の事件で黒の組織と関係のある毛利家に危険が可能性があります。ついては蘭さんと英理さん。それに毛利さんを作戦開始前に公安の方で保護させていただきたい」

 

なるほどな、と俺は頷く。だから俺を呼び出した、と。そう言った理由があれば公安が接触してくる理由もわかる。だが何もこんな深夜に人目を忍ぶように接触しなくてもいいはずだ。そこで、ああと俺は裏側の事情を察する。

 

「これはお前らの独断だな。……公安上層部に俺たちを保護するつもりはない。違うか?」

 

「……わかりますか」

 

分からいでか、と新しい煙草をくわえつつ苦笑する。本当に公安に保護するつもりがあればもっと早く保護の連絡は来ていたはずだ。それがこんな直前にひっそりと。間違いなくこの目の前の風見かその上司の独断だろう。

 

「上層部は情報保全のため毛利さん達を見捨てることを決定しました。ですが上司はそれはあまりにも酷な判断だと。したがって我々が保護します」

 

「なるほどな」

 

俺は苦笑しつつ頷く。その上司とやらは公安にしてはずいぶんな人道家らしい。信頼してもよさそうだ。だが一つ気になったことがあったので聞いておく。

 

「あの坊主、いやコナンの名前がないのは訳ありか?」

 

以前話したときにも感じたことだが、この風見という男は切れ者だ。その男が保護すべき人員にコナンの名を入れないのであれば、それは入れ忘れたのではなく、あえて入れなかったのだろう。つまりは訳ありだという可能性。

 

「……。」

 

そしてその質問に風見は答えない。そしてこの場合の沈黙とは何よりも雄弁だ。半ばカマかけであったが、あの小僧は公安とも繋がっているらしい。正直何の冗談だと言いたくもなるが、あの小僧のみせる頭の冴えや観察眼を考えれば、そんなこともあるかと案外すんなり納得することができた。

 

そして俺がそれを察したことも風見に伝わったのだろう。風見はほんのわずかに口の端に微笑みを浮かべた。

 

「いつからコナンと協力している?」

 

俺は質問を重ねる。

 

「お答えできません」

 

風見は相変わらずの鉄面皮。

 

「どこでコナンと知り合った?」

 

「お答えできません」

 

「コナンも組織制圧戦とやらに関わっているのか?」

 

「お答えできません」

 

わずかに風見の目が右に流れる。そして俺はそれを見逃さなかった。なるほどな。俺は内心頷く。

 

「最後の質問だ。……コナン。あいつの正体は、何者だ?」

 

「……」

 

その質問の返事はない。答えない、か。そうだろうな、と俺は苦笑する。公安の秘密主義は筋金入りだ。知っていても話さないだろう。あるいは、案外本当に知らなかったりするのかもしれない。まさかな、と思わず苦笑する。公安の優秀さは刑事時代に十分見てきたのだ。

 

だが、実は公安もあの小僧の正体を知らないのではという思い付きが頭から離れない。

 

まあ、別に公安すらもあの小僧の主体を知らないとしても別に問題はない。あの小僧が何者だろうが俺には関係がない、興味もない。多分、こういうところが探偵として一番不向きな点なのだろうとは思うが、別段直すつもりはない。人には分というものがある。

 

自分の分をわきまえない人間は得てして破滅するものだ。知りすぎない、余計なことに首を突っ込まない。それが長生きするコツというものだ。そんなことを考えつつタバコをふかす。

 

それに、今のやり取りからわかったこともある。あの小僧が、コナンが黒の組織制圧戦とやらに参加するということだ。正直、小さな子供の身でありながらいったい何をする気だ。そう今からでも問い詰めたい気持ちはある。だがあの小僧は絶対に話さないだろう。となれば俺がするべきことはただ一つ。俺は言う。

 

「分かった。蘭と英理の保護は明日朝方までにはお願いしたい」

 

『蘭と英理の保護は。』その言葉に俺の言わんとすることを察したのだろう。とたん風見が苦い顔になる。

 

「困ります、毛利さん。あなたもともに保護を受けていただかないと。」

 

まあ風見としてはそう言わざるを得ないだろう。公安警察の風見としては。だが俺の心は決まっている。あの小僧が、コナンが自ら進んで危険に臨もうというのに、その保護者に何もするなというのか。笑わせる。煙草を足で踏み消しつつ俺は言う。

 

「断る」

 

「あなたは民間人です。我々の作戦に参加させることはできません。」

 

そう淡々という風見。だが一瞬目が揺らいだのを見逃さない。なるほどね。俺は内心頷く。これであの小僧が黒の組織制圧戦に深く関わるために公安と同道することが確定した。だったらなおさら、俺も引けない。引くわけにはいかない。俺はロクデナシだが、ロクデナシにもロクデナシなりの意地がある。

 

「あの小僧も、民間人で、そして子供だ。子供が戦場にいるのに、俺に安全な場所にいろと?……冗談だろう?」

 

俺は殊更にため息をついてやる。絶対にひかないぞ、との意思を込めて。その様子に、説得は不可能だと察したのだろう。風見はしぶしぶ頷くと、「……上司と相談させてください」といってきた。

 

「すまんな」と俺は一言だけ風見に謝った。「謝るぐらいなら最初から指示に従ってください」という諦めきたような風見の言葉が、俺の深々と下げた頭の上を通っていった。

 

4.

「熱っ……」

 

気づけば随分長く物思いにふけっていたようで、つまんでいた煙草の根元にまで火が迫っていた。これでは吸えないな、と苦笑しつつ一服もしてない煙草を灰皿に押し込む。同じ姿勢で固まっていたから背筋が痛い。大きく立ち上がりながら、何気なく仮設テントの中をぐるりと見渡す。仮説テントの中はさながら戦場だった。

 

「外事より緊急!アメリカのパラミリ、並びにウェットワークス要員と思しき人員の入国を確認!追尾するもロストしたとのこと」

 

「パラミリにウェットワークスだと?奴ら戦争でもする気か!公式非公式のルートで抗議しろ!英国を巻き込んでもかまわん!」

 

「それが英国筋でも元SAS隊員、ハイランダー連隊の人間の入国を確認、武装も目視で確認したとのこと。現在追尾中!」

 

「この国を戦場にする気か!交通機動隊に連絡!規制線をはれ!近づけさせるな!」

 

「北海道警公安部より至急!ホテル モスクワなどロシア系マフィアの活動が活性化していると!構成員の本土方面への移動を確認。また本国との連絡も活発になっているようです!」

 

「外務省特別行動課より至急電!半島より偵察総局のものと思しき特殊潜航艇の離岸を確認とのこと!」

 

「湾岸署より応援が到着!青島巡査部長、和久指導員以下8名!室井警視正の指揮下に入ります!」

 

「真下警視ら交渉室の現着を確認!第五仮説指揮所に案内します」

 

「外務省より連絡!国家安全部は黒の組織制圧戦に協力を惜しまないと、正式に中国側より申し入れがあったとのこと」

 

「内閣官房長官よりお電話です!特殊作戦群の突入を内閣では視野に入れているとのこと!」

 

 

相変わらず無線機はがなり立て、相変わらずの喧騒だ。ただ、中々予定通りにも行かぬらしい。むべなるかな。内心ボヤく。俺の傍らでは今もなお安室君が「特戦群は突入を待つよう伝えろ!狙撃班は地点Dに移動!」と懸命に指揮を飛ばしている姿がある。

 

無茶でしかない俺のこの作戦への参加要請に対し、実質的な権限は何もないもののアドバイサーという名目でこの場にいることを許されたのは、安室君の口利きの影響が大きいとここに向かう道すがら風見から聞いている。案外風見の上司が安室君だったりするのか知れないなと思いつつ、そのままぐるりとテントの中を見渡していく。

 

うん?

 

ふと、小僧の姿がどこにも見えないことに気づいた。てっきり無線機の陰やホワイトボードの陰にでもいるのかと思い覗き込んでまで探してみたが、どこにもいない。仮設トイレの中にもだ。そんな風に小僧を探して徘徊している俺が邪魔だったのだろう。安室君が若干険のある笑顔で話しかけてきた。

 

「毛利さん、どうかされましたか?何か落ち着かないご様子ですが……」

 

それは前線指揮という激務の中にありながらも「安室透」としての姿勢を崩さない、まさしく公安関係者の鏡とでもいうべき態度。だが今だけはそんな悠長な態度が煩わしい。俺は安室君の言葉を遮って言う。

 

「さっきからコナンの姿が見えない。トイレにも、どこにも見えないんだが……」

 

だが俺のその言葉に反応したのは安室君ではなかった。

 

FBIだと紹介されたものたちの間にざわめきが広がる。「クールキッドが?」「いないだって?どこに?」そのざわめきを俺とともに聞いていた安室君がぽつりとつぶやく。「まさか、本部の中に?」

 

俺はその言葉にはっと黒の組織本部を見る。ここは中東の紛争現場か何かかといわんかばかりに爆発音、銃声が飛び交っている。窓の一部からはごうごうと炎が噴き出ている始末。まさか、あの中にコナンが。ゾッと背筋が寒くなる。

 

その可能性を示唆した安室君の顔をちらりと見る。その顔には何の表情も浮かんでいない。周囲の大人たちは焦燥も露わにどこかと連絡を取り合っているというのに。二言三言無線機に吹き込むと、また別の指示を飛ばし始めた。

 

ひょっとしたら安室君ははじめからこのつもりでコナンをここに連れ込んだのではないか。こっそりコナンが本部に向かうことを知っていて。そんな不快な想像が頭をよぎる。もしそうだとすれば。感じるのは灼熱の憤怒。気づけば俺は安室の胸ぐらをつかみ上げていた。

 

「安室!お前コナンがこうすることを知っていたんじゃないだろうな!」

 

思えばそう、安室が下のポアロでバイトをしていた時、コナンと安室はやけに親しげだった。もしそのころから関わりがあったのだとすれば、コナンがこの期に乗じてそうすることを知りえたのではないか。さらにもっと最悪の仮定が頭をよぎる。

 

「それとも、そうすることを知りながらあえて見逃したのか!あの子を利用するために!」

 

例えば、子供ならさほど警戒されずに侵入できると見越して、あの小僧をそそのかしたとか。生きたドローンのように扱うつもりで。俺は知っている。公安は、それが必要であると信じれば、どれだけだって冷酷な判断だって下せるのだ。

 

その一の犠牲で十が助かるのであれば、何の躊躇もなく一を切り捨てる組織。それが公安だ。俺は刑事の時からその容赦のなさをよく知っている。そもそも毛利家が切り捨てられたのだってその理屈だ。俺は公安という組織の冷酷さを嫌というほど知っている。

 

もし公安があの小僧をその一にするつもりなのであれば、俺は貴様を許さない。そんな殺意を込めて安室を睨みつける。

 

「そんなわけないでしょう!」

 

そんな安室の叫び声とともに俺の視界は一回転した。それは安室君に出会ってはじめて聞く生の感情の噴出。投げ飛ばされたのだ。そう自覚する間もなく安室君の怒声が俺の耳朶をうつ。

 

「どうして俺が、そんなことをしなくちゃならないんです!守るべき日本人に!ふざけないでください!」

 

その語尾は激情に震えていて。一人称が俺の安室君は初めて見るな、と奇妙に落ち着いた心で俺はふと思った。つまりはそれぐらい激怒しているのだろう。だがそれは安室透という青年がコナンをただの情報提供者として扱っているわけではないことを表していて。そのことに少し、嬉しくなった。

 

軽く頭を振る。投げられたおかげで、俺も目が覚めたらしい。未だ肩を震わせている安室君に「すまん」と短く謝る。「いえ」といいつつ伸ばされる手を借りゆっくりと立ち上がる。

 

俺もまだまだ若かったということか。そう苦笑する。38にもなって激情に我を忘れるとは情けない。だがおかげさまでやるべきことが分かった。念のためにともってきたカバンから、防刃ベスト、警棒を取り出し手早く自分に取りつけていく。

 

「も、毛利さん!何をする気なんです!」

 

そう言って俺の手を抑えようとする安室君。短い付き合いではあったが、今から俺が何をしようとしているかもわからない安室君でもあるまいに。そう苦笑しつつ俺は答える。

 

「もちろん、小僧を助けに行く」

 

「無茶です!」すぐさま低く怒鳴り返してくる安室君。彼は続ける。

 

「すぐに救出部隊を組織します。特戦群も動かせます。毛利さん、あなたにできることはここでコナン君の帰りを待つことです。それにろくな訓練を受けていない毛利さんが行っても死ににいくようなもんです!わかってるでしょう!」

 

「だろうな」

 

そう言いながらも俺は手を止めない。手早く警棒と防刃チョッキを取り付けていく。

 

勿論そんなことぐらいはわかっている。ここからでも聞こえる銃声は尋常ではない激しさで、黒の組織というのが各国を悩ませる最悪クラスの犯罪結社というのは嘘ではないのだろう。その構成員も、相応の訓練を積んだ凶悪な犯罪者に違いない。

 

刑事を退いて十年近くたつ俺がどれだけ太刀打ちできるか。見せてもらった資料にあった幹部クラスの人間に会えば間違いなく殺されるであろう。

 

正直、死ぬのは怖い。俺だって生き物なのだから当然だ。それに英理ともよりを戻せていないし、蘭はまだ高校生だ。蘭の結婚式だってまだまだだ。蘭とその相手の子供の顔すら見ていないのだ。こんなところで、死にたくない。死ぬわけにはいかない。

 

だが。

 

「わかってるなら、なぜ!」

 

だが、あの居候のガキ、コナンだって俺の大切な家族の一人なのだ。そんなコナンが、たった一人であの危険な場所にいる。だったら連れ戻して、きっちり叱ってやらきゃならんだろう。それが親御さんから大事な子供を預かったものの義務というものだ。

 

それにしても、安室君にとって俺は、高々潜入先の雇用主に過ぎないだろうに。ここまで必死に止めてくれるというのは、つまりそれだけ安室君が善良だということなのだろう。公安の人間として優しすぎないか心配になるぐらいだ。

 

だから俺は苦笑しながら付け加える。

 

「それに、子供が、前で命張ってんだ。大人が後ろでびくびくしているわけにはいかんだろう」

 

そう言うとあきらめたように重々しくため息を吐く安室君。説得は不可能だとあきらめてくれたのだろう。もう一つため息を吐くと、

 

「いくらなんでもその武装で向かうのは無茶です。……これを持っていってください」

 

と拳銃と自身の着ていた防弾チョッキを差し出してきた。ありがたく礼を言って拳銃を吊り下げ、防弾チョッキを身にまとう。あとこれも、といって渡されるのはインカムだった。

 

これは?と尋ねれば我々もできる限りの援助はしますから、とのこと。

 

「本当は救出部隊と同行していただきたいんですが、どうせ今すぐにでも出発なさるのでしょう?」

 

という安室君に素直に頭を下げる。何から何まで迷惑をかけるな、と。安室君は苦笑すると「毛利先生は僕の師匠ですから。師匠のためにできることをしたまでです」という。

 

すまん、と再び頭を下げる。もしもの時は、蘭と英理のことを頼む。そう言い残して、俺はコナンが最後に監視カメラで目撃された箇所へと走り出した。

 

5.

俺は、飛び交う銃弾をものともせず、黒の組織本部施設内を走っていた。

 

『その先の通路を右……監視カメラの映像で追えたのはそこまでです、すみません……』

 

とインカムに安室君の声が響く。

 

「なるほどね……。で、その先に何があるんだ?コナンはその先に向かったんだろう?」

 

そう言いながら弾倉が空になった拳銃を投げ捨てる。カラカラと転がっていく拳銃。手早く止血を終え、失った拳銃の代わりに警棒を抜き出す。

 

『それが、事前に我々の得た図面ではただの行き止まりとなっていて……。コナン君がなぜそちらに向かったのかもわからないのです』

 

「おいおい」

 

俺はそうぼやく。公安さえも知らない何かを知っているというのか、あのガキは。刑事としての性分か探偵としての性分かはわからないが、すでに失ったと思っていた好奇心がむくむくと身を起こすのを押さえつける。あいつがどこの誰だってかまわないだろうに。

 

そんなことを考えながら通路の壁からそっと、その先を覗き―俺は困惑する。

 

「何だぁ、これ……?」

 

通路の行き当たりのコンクリート壁に、巨大な何かがぶち当たったと思しき大穴が開いている。その穴を覗き込めば暗い空洞。どうやらコンクリート壁に見えていたのは、偽装された隔壁シャッターだったのだ。空洞はさらに奥の方に続いている。隠し通路のようになっているらしい。

 

「聞いていた話じゃ、ここの地下フロアって四階で終わりだったはずなんだが」

 

『そのはずなんですが……』

 

俺は壊れた穴を乗り超えて隠し通路を先へと進む。さらに下へと降りる非常階段を発見する。出発前に見せられた見取り図によれば、本部施設の最下層は地下4階。手すりから身を乗り出して下をのぞけば、どう考えても見取り図よりも深そうだった。思わずぼやく。

 

「こんなところまでやって来て、まるで本当の名探偵みたいじゃねえか。やめてくれよ、俺はへっぽこ探偵だぞ……」

 

6.

隠し階段を降り切った地下20階。ここが本当の最下層なようだった。

 

ここはいわばコンクリートのうちっぱなしが目立つ、無機質な地下通路だった。ここは、かつて資材置き場として使われていた場所らしい。通路自体は一直線でそこそこの広さがある。しかし、天井近くまで資材の入った数百キロはありそうなコンテナが積み上がり、乱雑に置かれたコンテナの壁がまるで迷路のように視界を妨げている。そこは一種の迷宮のようだった。

 

俺は迷宮のように入り組んだコンテナの間の通路を歩みつつ嘆いて見せる。

 

「なあ、安室君。本当にコナンはこっちに本当に行ったんだろうな。明らかにここはおかしいぞ。どっかで見間違えたんじゃねえのか?」

 

だがインコムに返事はない。「安室君?」

そこにインコムからのアラート。『通信エラー。ネットワークシステムとのリンクを構築できません』

 

「おいおいおいおい、勘弁してくれよ」

 

俺はつぶやく。-その時コンテナの曲がり角から人が飛び出してくる。大柄でテンガロンハットをかぶった、銃を構えた男。間違いない。黒の組織の構成員だ。待ち伏せされたのだろうか?いや違う。頭がくらくらするのか、やけに頭を押さえている。頭を打ちつけたりしてついさっきまで気を失っていたりしたのかもしれない。ならば好機。

 

一気に踏み込む。刑事時代に学んだ。こういう時はビビった方が死ぬのだ。左腕の掌底打で拳銃をはじき、がら空きになった胴体に肩を押し当てぐいぐいとコンテナの壁に押し当てる。苦しげに呻く大柄な男。振り払おうとする動きに合わせて距離をとり、上体を崩したところに鳩尾めがけて渾身の膝蹴りを叩き込む。ごふっと胃液を吐く男。

 

さらに崩れおちそうになるその首筋に渾身の肘撃ち。びくびくと痙攣して動かなくなる大柄の男。脈を確認すれば、うん、問題なく生きている。やりすぎたかと思ったが問題はないようだ。

 

ふと、あたりを見渡せば、俺が倒したわけではないのに倒れて動かない構成員がちらほらと道に沿って倒れている。おそらくはコナンが倒したのだろう。これでコナンを追いやすくなるはずだ。

 

それにしても、と俺は苦笑する。あの小僧は大の大人を昏倒させられる武器をも持ち合わせていたらしい。その武器の出所についてまたも好奇心が大きくなるが、再び押さえつける。何も無理に聞き出して今の関係を壊す必要はない。話せるときが来れば、あの小僧の方から言ってくるはずだ。なぜだかそんな予感がある。

 

7.

そうこうして道のりを走っていると、前方から何かを金属を叩きつける音が聞こえてきた。コナンだ。俺は直感的に理解した。俺は一気に駆けだす。そしてコンテナの壁が、ちょうど十字路のようになっているところで、黒の組織の構成員と思しき男が戦っているのが見えた。

 

男は金属バットを振り回しているのに対し、コナンの道中の構成員を倒した道具は品切れのようで、必死に飛び跳ね交わしているばかりだった。

 

言わんこっちゃない。そう内心つぶやきつつ「おい、こっちだ!」と大声を上げつつ警棒を投げつける。警棒こそ当たらなかったものの、武器を失った今が好機と見たのかバットを担ぎ、無言で突進してきた。その速度はまさしく突進という名にふさわしく、アッと気づけば俺の目の前。

 

男は俺の目前に迫るとバットを振り上げ―振り下ろす。だがその腕が完全に振り下ろされるより先にその腕をつかみ俺は一本背負いをする。勢いよく地面に叩きつけられる男。ぐッと呻いて力が抜けたところで顎を蹴って完全に意識を飛ばす。正直さっきの大男の方が強かったぐらいだ。案外あれで幹部だったりしたのかもしれない。

 

「おっちゃん!何でここに!それにその傷!」と声を震わせ叫ぶコナン。だが俺はそれに答えずコナンのそばまで歩いてゆき

 

「この、馬鹿野郎が!」

 

頭にゲンコツを落とした。

 

「いってえええ!何すんだよ、おっちゃん!」

 

そうとっさに涙目でにらみつけてくる小僧。だが自分が何をしたのかわかっているのだろう。すぐにシュン、と下を向いて項垂れ、「ごめんなさい、おっちゃん。」と謝ってくる。

 

それにしても本当に無事でよかった。思わず目から熱いものがあふれそうになるのを上を向いてごまかしつつ

 

「いつもそれだけ素直なら可愛げがあるんだがな」

 

とからかいつつ頭を一撫でする。「うっせー」と不貞腐れるコナン。

 

「ほら、帰るぞ」と袖を引く。だが、コナンは動かない。お前ならそうするだろうとも、と内心ため息をつく。コナンは小生意気だし無鉄砲だが馬鹿ではない。ここがどれだけ危険な場所かなんて百も承知の上でここにきているはずだ。

 

それだけこれだけ先に行きたい理由があるんだろう。そうでもなきゃ、そんな無茶をしないはずだ。そんなコナンが、ただ帰るぞといわれて帰るわけがないことぐらいは予測していた。だが実際にこうされるとため息もつきたくなる。

 

「で、どうしたんだ?」

 

そう尋ねてやると、キッと意を決したような表情をすると

 

「ごめん、おっちゃん……。俺は、戻れない。俺にはどうしてもこの先に行かなくちゃいけない理由があるんだ。どうか、俺を、俺を見逃してくれ……!」

 

そう、沈痛そうな顔で言う小僧。ああ、お前ならそう言うだろうとも。予測できていた答えに改めてため息をつく。だが答えは決まっている。

 

「だめだ」

 

そんなもの、認められるわけがなかろうに。ここで見逃すぐらいなら、初めからお前を追ってなど来ていない。

 

そう言うと今にも泣きだしそうな表情を浮かべるコナン。見ればじりじりと遠ざかって行っている。いざとなれば走って逃げ出してでも、ということなのだろう。すぐに追いつかれることなどわかっているだろうに、それでもその先に進みたがっているのだ。

 

おれははあ、と内心ため息をつく。何故コナンがそんなにもこの先に進みたがるのかはわからん。きっと、コナン自身の秘密にかかわることなのだろう。そしてその秘密について今俺に明かす気がないことも伝わった。ここは素直に理由を明かして協力を仰ぐべき場面だろうに、それがわからんとはまだまだガキだな、と苦笑する。

 

あるいは、それもわかったうえでコナンの抱える秘密が大きすぎて話せないという可能性もある。話せば俺や蘭の身に危険が迫りかねない、だとかの理由で。ガキならガキらしく、素直に大人を頼ればいいものを。だがまあ、コナンが何としてでも、いかなる犠牲を払ってでもこの先に進むつもりであることだけはわかった。

 

俺は、こんな目をした人間を、探偵として、刑事として多く見てきた。こうした目をした、人間はその目的を達するまで止まらない。止まれない。いかなる犠牲を払ってでも、それが客観的にいかに愚かしいことか理解できていても、彼らは止まらない。否、止まれないのだ。その身に蓄えた衝動があまりに大きすぎるから。

 

だからこそ、俺がここで仮に無理やりにでも引き連れて戻ったとしても、小僧は何とかしてこの奥を目指す。それも、より無茶な危険な方法を使って。その先にあるのはコナンの無残な死だけだ。それが俺にはわかっていた。だからこそ、はあ、と俺はため息をつく。

 

仕方がない、俺も覚悟を決めるしかないようだ。俺もこの小僧についていく。

 

それにしてもと俺は苦笑する。以前何かこの状況によく似た物語を読んだことがある気がする。

 

そうだ、不思議の国のアリスだ。ルイス・キャロルの不思議の国のアリス。アリスは兎を追いかけ深い深い穴の中に降りていく。コナンを追いかけ深い穴の中を下りていった俺の状況にそっくりじゃないか。コナンはさしずめ兎、俺はアリスといったところか。お互いそんな可愛らしいものじゃなかろうに。そう苦笑する。

 

アリスは最後ハートの女王に出会うことになるが、俺も探索行の最後にはハートの女王に出食わすことになるのだろうか。

 

違うだろうな。俺は苦笑する。俺が出会うのはそんな可愛らしいものじゃない。死神だ。俺はこの探索行の果てに死ぬだろう。なぜだかそんな確信にも似た予感がある。生物は自らに死期が迫った時それを察する力があるという。そう、俺は自分の死期を悟ったのだ。俺は生きて地上には上がれない。そう言う予感が、ひしひしとする。ここはいわばライヘンバッハなのだ。この探索行に名前をつけるなら、差し詰め毛利小五郎最後の事件と言ったところか。そう苦笑しようとして、できなかった。

 

正直、蘭や英理に二度と会えないと思うと涙があふれそうになる。どんな手を使っても生きて帰りたい。だがそれはどうやっても叶いそうにない。ならば、せめてこのガキだけは、と思う。すっかり黙り込んでしまった俺を不思議そうな顔で見上げるコナン。このガキだけは生かして返す。それが、大人としての責務だ。そう決意する。

 

だから俺は不思議そうな顔で俺を見上げるコナンの頭をくしゃくしゃと撫でると言う。

 

「ただし、俺はがついていくなら話は別だ」

 

そう言うとぱあっと顔を明るくするコナン。「ありがとう、おっちゃん!」などと無邪気に喜んでいる。まったく、こういう時ばかりは年相応の顔をしやがって。

 

だがすぐにシュンとすると、「おっちゃんを巻き込むわけには……」などとほざき出す。

 

せっかく人が覚悟を決めた矢先にこれだ。まあ、それだけコナンという少年が善良ということなのだろう。だがもう十分以上に巻き込まれているのだ。いまさら巻き込むも何もなかろうに。

 

そう思って乱暴に頭をぐりぐりと撫でる。「ちょっとおっちゃん!」という抗議の声は聞き流す。ガキがいっちょ前に遠慮なんかするもんじゃない。子供は親に甘えるぐらいでちょうどいいのだ。

 

だから俺は殊更に声を張り上げるという。

 

「さあ、ついて来いよ小僧!早くついてこないと置いていくぞ!」

 

そう言って、コナンの先に立ちずんずん歩いていく。

 

「ちょ、ちょっと待ってくれよ、おっちゃん!」

 

という言葉が追いかけてくるのがなんとも年相応で可愛らしい。こうして歩いているとまるで本当の親子みたいではないか。なんだかそれがおかしくて、いつしか俺は腹から笑っていた。

 

「ナーハッハッハッハ!」

 

と。その笑い声が、どこまでも、どこまでも暗い通路に反響して、消えていった。

 

6.

コツン、コツンという俺の足音と、ペタペタペタというコナンの足音が地下通路に木霊する。

 

「なあ、おっちゃん」

 

とふとコナンがぽつりと言った。「どうした」俺はあたりを警戒したまま返す。コナンは言う。

 

「なあ、おっちゃんだって気づいてんだろ?俺が普通の見た目通りの子供じゃないってことぐらい……。」

 

その声は消え入りそうな声で。奇妙に震えていて。強い緊張を示すようにその手は強く握りしめられている。ああ、何だ。そんなことか。俺は内心苦笑する。俺は答える。

 

「だったらどうした?」

 

気づかないはずがなかろうに。それだけ並外れた知識量、大人顔負けの論理的思考力を持っていながら、コナンのことをただのガキだと考える方がどうかしている。それに今日、各国指揮官連中と話してみている姿を見て確信した。コナンは天才だ。

 

少なくとも俺以上、工藤や服部といった探偵連中に肩を並べるほどの。あるいは上回るかもしれない。それに口調の節々にその年では知りえない知識が多々含まれていた。

 

となれば結論を導くのは簡単だ。ある程度の学識を積んだ人間が、何らかの方法で子供の姿をとっている。正直バカげた推測だ。これまで生きてきた38年の人生の常識が崩れ去ってしまいそうなほどに。俺以外の人間がこんなことを言い出したら、残念だが俺はそいつの正気を疑うことになる。だがどう考えてもこれ以外の推測が成り立たないのだ。

 

それにこの小僧は、方法は知らないが、俺が眠りの小五郎と呼ばれるきっかけに関わっているとも睨んでいる。コナンを拾った時期と、俺が名探偵と呼ばれ出した時期の奇妙な付合を考えればそれは明らかだ。だが、正直、俺にとってそんなことはどうでもいいし、問題にするつもりもない。

 

だから俺には疑問だった。なぜそんなことを今こんな場所でこの小僧は聞くのだ、と。

 

だが俺の返事を聞くと、コナンはいよいよ癇癪を爆発させるように叫んだ。理解ができない、というように。

 

「だったら、何で聞かないんだよ!俺の正体、俺が小さくなった理由、俺の本名を!気味が悪いと思わないのかよ、なあ!」

 

その様はまさしく小さな子供。まるで親に見捨てられるのを恐れる小さな子供のようで。いや事実、見捨てられる、気味悪がられるのを心底恐れているのだろう。

 

ああ、なるほどと俺は内心頷く。確かにそのことに感づけば、普通の人間であれば、気味悪がるものかもしれない。そしてこのガキからすれば、そのことに感づいていながら態度を変えない俺が、心底理解できないのだろう。それこそ、ここまで取り乱すほどに。

 

しまったな、と思う。そんな当然の心の動きにも気づけないなんて、やっぱり俺は探偵に向いていないらしい。そう苦笑する。それにしても、俺も見損なわれたものだ。

 

「あまり俺を馬鹿にするんじゃねえよ、江戸川コナン」

 

殊更に名前を強調しつつ頭をなでる。コナンがはっと俺の目を見る。

 

「お前がどこの誰か、なんてどうでもいい。正体なんかも、興味がねえ。お前は、俺にとって、蘭にとって、江戸川コナンという小学一年生だ。妙な勘のきく、小生意気なガキ。それが江戸川コナンというガキで、俺にとって大事な居候。……それでいいじゃねえか」

 

そう、俺にとってこのガキが、江戸川コナンという子供である限り、それは守るべき相手だ。なぜなら、大人とは子供を守る生き物なのだから。その正体なんて、関係ない。

 

そう思って頭を撫でる。言わんとすることは伝わったのだろう。「おっちゃん……」なんて震える声で俺を見上げてくる。目を涙で一杯にしながら。我ながらずいぶん気障ったらしいことを言った気がする。これではあの探偵坊主を笑えない。

 

「あーやめだやめ、俺に恥ずかしいことを言わせんじゃねえよ!」

 

そう言って頭をさらにぐりぐりと撫でる。嬉しそうに頷くコナンから何気なく目を外す。

 

そして見つけた。通路の前方、足元の高さに設定された赤外線センサーだ。あからさまな罠であった。「おい、コナン。」そう言って前方の赤外線センサーを指さす。コナンも表情を改めるとこくんと頷く。そしてコナンは迂回路を求め、横手の通路へ。

 

そのうかつな動きに俺はウッと低く呻く。「待て!」だがその警告は遅かった。コナンは足元にあった本命の罠―トラップワイヤーに気づかず足先をひっかけてしまう。

 

途端に小さな爆発が生じ、積み上げられていた数百キロという資材コンテナがコナンの上に倒れ掛かる。とっさに躱そうとするコナンであったが間に合わない。そのメガネが外れて落ち、壊れる。

 

「コナン!無事か!」俺はとっさに叫ぶ。

 

だがその返事にはコナンのうめき声が上がるばかり。見ればコナンの左半身のほとんどが下敷きになっていて身動きが取れそうにない。特に左腕からの出血がひどい。肘から先がちぎれそうになっている。

 

「糞!」俺は思わず吐き捨てる。そしてさらにもっとよく傷口を見ようとしたとき

 

「おっちゃん!後ろだ!」

 

その言葉にとっさに転がる。そしてバスバスバスというサプレッサーで抑制された銃声とともに銃弾が俺の頭のあった場所を通過していくのを知覚した。

 

「糞が!」

 

呻きつつ振り向けば黒づくめの銀髪の長髪の男。指揮所にいるときに資料で見た顔―組織の幹部の一人、ジン。ジンが嗜虐的な笑顔とともにそこに立っていた。そして、その姿を見た瞬間にわかった。

 

この男は危険だ。人を痛めつけることに喜びを見出すその精神。その身に漂わす濃厚な血の香り。すべてがこの男はここで仕留めないと危険だと、本能レベルで察していた。

 

そしてジンが銃を構えなおしたとき、俺は腕を捨てることを覚悟した。両腕で頭部をかばいつつ「こんのおおおおお!」と雄たけびを上げて一気に突進する。バスバスバスと銃弾を数発浴びるが、ジャケットの防弾性能のおかげで貫通した弾はない。

 

だが衝撃はもろに通った。ひどく痛い。骨にひびぐらいは入っているかもしれない。だが構うものか。こいつの目を見ればわかる。この男は危険だ。必ず、ここで倒さなければコナンの身に危険が迫る。

 

それに、ここまで踏み込めばそこは既に警棒のリーチだ。拳銃を使うには近すぎる。そのまま頭部に渾身の力を込めて振り下ろし、受け止めるように振るわれた拳銃が破壊される。

 

もらった。俺はそう確信しもう一度警棒を振るい―するりと滑らかな動きで懐に踏み込まれた。

 

「しまっ―」

 

だがそう思ったときにはもう遅い。男の右手にはいつの間にか、まるで手品のように、空き缶を加工したストロー状の失血死ナイフが握られていた。男はそのまま、失血死ナイフを振り上げると、俺の首元、おそらくは鎖骨の下の動脈目指して突き刺した。ほとばしる激痛。

 

「ガアッッッッ!」

 

思わず悲鳴を上げる。鮮血が噴き出す。何か大事なものが、猛烈な勢いで吸い出されるような嫌悪感。わずかに足元がよろめく。そしてその隙を男は見逃さなかった。

 

直後、左わき腹に先ほどとは比べ物にならない激痛が走る。見れば深々と突き刺さった銀の短剣。もはや悲鳴を上げることさえ叶わない。肝臓をやられた―掠れ行く意識の中でそう察する。

「終わりだ」

 

そう言い隠し持っていたと思しき剃刀を振り上げる男。だが。

 

「まだまだぁ!」

 

俺はそう吠え、男が腰に下げていたパイプ爆弾をもぎ取る。わずかに男の目が驚愕に見開かれるが、もう遅い。そして最後の気力を振り絞って、男の両足を刈り取る。もろともにもつれ合って倒れる俺たち。俺はペンシル型の信管を作動させると、男に抱き着いた。

 

俺はここで自爆するつもりだった。この男は強い。あまりに強すぎた。俺では勝てない。そして俺が負ければ、必ずコナンを殺すだろう。この男の本質は死神だ。それが俺にはわかった。だからこいつは、こいつだけはここで仕留める。その決意を胸に、抑え込む動きを強くする。そして爆発までほんの数秒となった時、手首にゴキリという感触と、強烈な激痛。骨を砕かれたのだーそう察する間もなく手からパイプ爆弾が零れ落ちるのを知覚した。

 

そして見た。零れ落ちたパイプ爆弾を男が蹴り飛ばすのを。蹴り飛ばされたパイプ爆弾がコナンの近くまで転がっていくのを。そしてコナンが絶望に目を見開くのを。

 

俺は全速で走ると、パイプ爆弾に覆いかぶさり、直後爆風とともに宙に打ち上げられた。

 

7.

「おっちゃん、おっちゃん!」

 

必死に叫ぶコナンの声で目を覚ました。「コナン、逃げろ」そう言葉にしようとして、言葉の代わりにゴフリ、という血の塊がせりあがってきた。

 

視界の端では落ちた短剣を拾い上げる男―ジンの姿。俺のところにとどめを刺そうと足を踏み出し―その長髪を銃弾が切り裂いた。かすむ視界で反対側を見れば拳銃を連射しながら駆け寄って来る安室君の姿。ジンはコンテナの陰に身を隠し、走り去っていく足音が聞こえる。

 

安室君はこちらを見ると今にも泣きだしそうな顔をしたが、歯を食いしばるとジンの後を追ってコンテナの陰に消えた。そう、それでいい。俺は内心つぶやく。これでコナンは救われただろう。

 

それにしてもとコナンの姿を見る。随分ボロボロじゃないか。そう思う。どうしても資材コンテナに押しつぶされた左腕が抜けなくて、無理やり引き抜いたのだろう。左ひじから先はちぎれ、血がぼたぼたと垂れている。「悪いな」そう掠れそうになる声でつぶやく。

 

「違う、違うんだ。」そう言って泣きじゃくるコナンの頭をなでようとして、俺の右腕がすでにないことに気づいた。ああ、なるほど。俺は苦笑して残りの力を振り絞って自分の体を見下ろす。胸部に深い裂傷。右腕は爆発をもろに受け粉みじんだ。すでに下半身の感覚がない。ああ、俺は死ぬのか。俺は直感した。

 

「何で、何でこんなことをしたんだよ!こんな、こんなの……あんまりじゃないか!」

 

コナンは泣きじゃくって叫ぶ。

 

何で、何でか。そんなの決まっているではないか。

 

「大人が、ガキを守るのに、理由なんているのかよ……。」

 

そう掠れ掠れの声で答えてやる。だがコナンは泣き止みそうにない。

 

「でも蘭や、英理さんだって……!」

 

そう言ってさめざめと泣くコナン。蘭や英理には悪いことをしたと思う。きっとあいつらは泣くだろう。だが、子供を守って死んだのだ。いつかは納得してくれるはずだ。ああ、でも、蘭のウェディングドレスを見れなかったのは残念だな。そう思う。

 

「蘭と英理にはお前から詫びておいてくれや」

 

そう苦笑しながら言い残す。でもコナンは一向に泣き止まない。ああ全く、これだからガキというのは嫌いだ。いつまでもびぃびぃと。だがその泣きわめく横顔を昔どこかで見た気がした。

 

そして思い出した。この横顔、蘭と喧嘩して泣いて帰っていったあのサッカー小僧、新一にそっくりなのだ

 

「ああ、そうか。お前だったのか。くどう、しんいち……」

 

俺は呟く。これですべての謎が解けた。コナンが工藤新一ならあの推理力も頷ける。俺を眠りの小五郎に仕立て上げるのもたやすいはずだ。それに蘭はなかなか連絡が取れないと嘆いていたが、まさかこんな姿になっていたとは。それは連絡が取れないはずだ。

 

いや、取れていたのか?まあ、どちらでもいいか。俺は久々に愉快だった。まさかあのほっつき歩いている探偵小僧がコナンだったとは。なら、俺は安心して死ぬことができる。

 

それにしてもあの工藤新一がこんな姿になるとは。世の中わからんものだ。だが、それが面白い部分だともいえる。俺は実に愉快だった。

 

俺はごろりと天を仰ぐ。暗い暗い天井を。

 

兎を追って暗い穴に飛び込んだつもりだったが、まさか追っていたのが青い鳥だったとは。そう、苦笑する。ハートの女王に倒される間抜けなアリスかと思えば、違ったわけだ。

 

こんな終わり方なら、悪くない。

 

その思考を最後に、俺の意識は暗い暗い闇の中へと飲み込まれていった。

 


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