月光の彼方へ   作:9kv8xiyi

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十五話

間もなく、少女はナド・クライを離れた。

 

 

『夢』から目覚めた少女は、実に全体の三分の一にすら及ぶ力を失っていた。

それが狩人の月に由来する力、狩人から吸い上げてきた分の力の総量なのだと、少女はすぐに理解した。狩人に()()()()()()()のだ。

 

月は今でも少女を呼んでいる。霜月はずっと偽りの空の向こう側にあって、そこが少女の帰るべき場所で、それだけは決して揺るがない。

だけど、それ以外の全てがない。月の匂いがしない。夢の気配がない。夢に繋がらない。何度少女が目を瞑っても、あれだけ自在に行き来していた夢へと辿り着かない。何度呼んでも狩人がいない。どこにもいなくて、見つからない。

 

少女は狩人を介して、狩人の月へと繋がった。そして、月の光に狂わされた。

きっとそれは、狩人が言うこの世界(テイワット)への過干渉に他ならなくて、だから彼は彼に由来する全てを回収して、そして少女に()()()()。それが全て。

少女は事実を余すことなく認識していて、だからこそ、狩人はここにはいないと知っていた。

 

全てを失ったわけではない。ただ、狩人と出会う前に戻っただけ。

それだけなのに、何故か少女はとてつもない喪失感と脱力感に見舞われて途方にくれてしまったのだ。一時でも啓蒙を得て莫大な知識に触れてしまったのが良くなかったのかもしれない。人は無邪気に進化を求めるが、無作為なそれは得てして退行を招くものだ。

 

ともすれば、力の多くを失った少女に、そうと気付かずこれまでと同じような奇跡を求める民草に嫌気が差したのかもしれない。

月への帰還というゴールが大きく遠のいたために、現状の打破を求めたのかもしれない。

 

 

思惑は当人の閉じられた眼の奥に隠されたままで、とにかく少女はナド・クライを離れ、スネージナヤに身を寄せた。

各地でやりたい放題していた狩人がいれば一悶着も二悶着もあったのだろうけど、今はもう少女を縛るものなんて存在しない。

だから少女は、氷の女皇の元に下って、それから『コロンビーナ』の名を拝領した。それは少女が受け取った幾つめかの名前だったけれど、やっぱり少女には呼び名以上の価値を見出だせなくて、スネージナヤを家だとは見なせなかったのだ。

 

面白い人はいる。憎まれ口が凄いけど揶揄うと打てば響く女性や、何を考えているかよく分からない人、変な人、お喋りな人。

狩人と人形と、あとは詠月使ぐらいしか知らなかった少女にとっては未開の人種で、そんな人たちとの会話は新鮮で、だけど疲れる。

だから少女はたいてい一人でふわふわしていたし、執行官である少女を止める人はいなかった。唯一の上司である氷の女皇がそれで良しとするならば、少女がスネージナヤ中をあっちこっちに歩き回っても誰も止められなかったのだ。

 

 

 

ある晴れた日の、夜のこと。

月の少女は、ただ歩いていた。スネージナヤは様々なものに溢れているけど、少女の空虚を埋めるものはそう多くない。執行官特権で並ばなくてもいいのは助かるけれど、コロレヴェツキー劇団も短期間で繰り返せば飽きてしまう。だからこうして少女は、たまには初心に帰って散歩することにしているのだ。

月霊はナド・クライに置いてきた──とても悲しそうだった──から完全に一人で、沈黙の中を散歩する瞬間が、少女にとって割と好きな時間に数えられていた。

 

少女は夜が好きだった。

テイワットの空は偽物だけども、それでも確かに月が浮かぶ。それは空の向こう側にある少女の帰るべき家を思い起こさせるし、何より、かつて『夢』で見た大きな『別荘』のことも思い出させてくれる。

記憶は劣化していくものだけれど、そうやって微かな導さえあれば、ほんの少しでも忘れないようにできると思うから。

 

だからこうやって、夜空を眺める。ときおり瞳を見開いて、柔らかな月の光を見つめてみる。

そうすべきと言われたから? きっとそれもあるし、なにより少女がそうしたいと思うから。

 

月を眺めて、月の光を浴びて、全身で月を感じて。

そんなことをしていると夜はあっという間に過ぎ去っていく。テイワットの夜はあまりにも短い。朝が来る。人々が活動を始める。いつもの毎日が始まる。少女は賑やかなのは嫌いではないけれど、騒がしいのは嫌いだ。

それならば、こうやって穏やかな夜に、一人で歌っていたい。

 

「〜♪」

 

口ずさむ歌は……確か、『人形』に教えてもらった歌だったか。

昔、いつかの狩人に教えてもらったと言っていた。少女が知る狩人は歌なんて知的で繊細なものとはとんと縁がなさそうだったので、まったく別人のことを示しているのだろう。

不思議と心が落ち着くメロディはきっと子守唄で、だから少女は、決まって月の出ている夜にだけこの歌を刻んだ。

 

「〜〜♪」

 

歌は好きだ。夜と同じくらい好き。

月霊が音楽を好むように、少女もまた、自身が奏でる柔らかなメロディに安らぎを見出していた。

 

月の光に包まれ、優しい夜風に身を揺らしながら、そっと微睡むことのなんて落ち着くことか。

 

「〜〜……♪」

 

歌声が徐々に小さくなる。

少女はただ、睡魔の赴くままに目を閉じた。今夜は夢を見ないかなと、淡い期待を月に託して。

 

 

 

 

──果たして、少女は特筆した成果もなく目を覚ました。

少女の感覚は月が離れていることを感知していて、毎夜感じるそれは、つまり夜が明けたということである。

 

今夜も夢を見なかったな、なんて思う。別に夢を見たいわけじゃないけれどそんなことを思って、それからめいっぱいに伸びをした。

 

「……うぅん」

 

夜が明ける。あんなに大きかった偽りの月も地平線の奥に消えて、太陽が昇ってくる。

それは夜の終わり。夢からの目覚め。次の一日の始まり。

 

今日もスネージナヤの一日が始まる。

氷の女皇が居場所を与え、少女が価値を返すことで成立する取引の上に成り立つ一日。だけど少女は自身が対価を支払えているとはとうてい思えなくて、だからこそ何かするべきかなと申し訳なく思い、氷神は何を考えているのかと疑念が膨らみ、それらがないまぜになって不安が膨らむ一日だ。

 

こういうのを憂鬱と呼ぶのかもしれない。

少女は心に踏ん切りをつけ、それから動き出そうとして、それから、気付いた。

 

「……?」

 

自ら瞳を閉ざし、そして滅多に瞼を開かない少女は、しかしクーヴァキの術によって並外れた感知能力を持つ。

それは並大抵の常人なら優に超えるほどの感知能力であり、だというのに、少女が自身を覆う影に気が付いたのは今更になってからだった。

 

影。黒い影。大きな影。

月が沈んで太陽も昇りきらない暗い時間帯において、正体が掴めない。

 

だというのに、少女は。

 

「あっ!」

 

バッと、そのおっとりとした言動からは想像もつかないほどの速度で、起き上がったのだ。

 

だって、ふわりと香るものがあったのだから。それは以前と比べると随分と弱い、そこら辺の人に毛が生えた程度のものだけれど、それでも、それだけで十分だった。

 

月。月だ。

月の香りだ!

 

気付いた時には、少女は一歩飛び出していた。

躓きそうになりながら飛び出して、人影の前までひとっ飛び。

 

夢じゃないのか。幻じゃないのか。

ただそれを確かめるように、一番手頃な位置にあった裾をぎゅっと掴み、大きな人影を、目を見開いて見つめた。

 

その人はマスクと帽子に挟まれた目線で、少女を見下ろしていた。

何を考えているか分からない、まるで値踏みされているかのような無機質な視線に、しかし少女は安堵していた。

 

「なんだ、貴公?」

 

随分な挨拶じゃあないか。

 

言葉にしなかった言葉が少女の脳にするりと伝わってきて、確信したのだ。

 

あぁ、間違いない。

この人は、月の人(狩人)だ。

 

 

それは、ある日の晴れた日の朝のこと。最も新しい夜明けのあと。

少女は、月の香りを纏う男と出会った。たったそれだけの話である。

 

 

 

 

 

 




沢山の感想・評価いただきありがとうございました。
本SSは一旦ここで終わりとさせていただきます。

以下、謝罪・コメント・反省です。
もし読了後の余韻を感じ、それを壊されたくないと思う方がいらっしゃいましたら読まないことを推奨致します。

〜以下あとがき〜

まずはすみませんでした。読んでいて思った方もいらっしゃると思いますが、実は割と最初から最後まで行き当たりばったりの思いつきで書いています。一話あたりの文字数が非常に少なく、修飾を用いた表現を多用し、会話は少なく、なのに展開が非常に早い原因はこれです。本当はもっと描写を細かくするつもりだったのですが、私の技量が追いつきませんでした。

本来は原作時空でブラボとのクロスオーバーをするつもりだったのですが、魔神任務完結前にそんなもん書けるか! となり過去編という形を取りました。一応スネージナヤ(ファトゥス)編などの構想もありますが、なんか満足しちゃったのでもう書けないと思います。誰か書いて、俺も書いたんだからさ(他力本願)
月の狩人ことレリルは出した瞬間こんがらがるのは確実なのであえてスルーしました。一応本文中で狩人を指すときは「月の狩人」という表現を使わないようにしていたのですが、ミスってたらごめんなさい。あと魔神任務進めた上で思いましたがルオンノタルを登場させなかったのは我ながら英断でした。

反省としては、とにかく前述の
・文字数が少ない
・回りくどい
・会話少なすぎ
・登場人物絞りすぎ
・展開早すぎ
・描写足りなすぎ
といったところです。ここ数年言語能力の衰えが著しく、SSも満足に書けなくなっちゃったので精進します。

以上です。改めまして拙作に最後まで目を通していただきありがとうございました。最後に書ききれなかったアレコレをQ&Aで書いておきます。
いってらっしゃい、狩人様。あなたの目覚めが、有意なものでありますように。


Q.どうして狩人がテイワットにいるんですか?
A.鐘の誤作動。私がフロム系のSS書くときの常套手段です。
Q.狩人がテイワットでやり過ぎないように自重? していた理由がよく分からない
A.狩人は幼年期ENDから上位者になりましたが、ヤーナムを悪夢で包み多くの人を巻き込んだ月の魔物みたいな傍迷惑存在にはならないようにしようと心がけていました。なのでヤーナムでは割とひっそり行動しています。知ってる人は狩人の存在を知っています(もしかしたら仙人の方々とは知り合いかもしれないです)
Q.自重とか言う割にはずっとアビス狩りしてるの矛盾してない?
A.狩人は上位者である前に狩人なので獣判定した相手には嬉々として狩りを行います。また後述しますが、獣狩りによって自身を狩人であると認識し、存在が上位者に寄らないようにする意図があります。
Q.七話で少女が取り乱してたのは結局なんだったの?
A.狩人はテイワットでも割と頻繁に死んで夢から蘇っていますが、少女がいるとどんな戦闘でも死なないので少女は狩人が蘇ることを知りません。なので必死に蘇生を行い、狩人は運良く死にませんでした。
Q.なんで唐突に少女が狩人の夢に行けたの?
A.狩人の蘇生中に狩人が吐いた血を経口摂取し、狩人と血の繋がりを持ちました。またそれ以前にも狩人の触手を見て啓蒙を獲得しており、これらによって夢に繋がりました。
Q.なんで少女がエブたそと繋がったの?
A.「故郷に帰りたい」という少女の意思に、同じ願いを持つエブたそが感応しました。エブたそはかつて狩人に狩られ、血の遺志が狩人の中にあります。少女は狩人を介してエブたそと繋がりました。
Q.少女はなんでエブたそを正しく見ることが出来なかったの?
A.少女とエブたそが違う宇宙の出身だからです。対応してない規格同士を繋ぐことが出来ないのと同じです。狩人は変換ケーブルを自前で用意してました。どうやったかは知りません。
Q.少女はなんで発狂してたの?
A.中途半端にエブたそと繋がってバグった上に啓蒙だけ得ちゃったせいで知るべきではないことを知りすぎて不定の狂気に陥りました。狩人の上位者としての姿が悍ましかったらしいです。
Q.エブたそはワザと少女を引き込んだの?
A.「失礼ですわね、わたくしはずっと引き留めてましてよ」とのこと
Q.狩人が月を隠したってどういうこと?
A.狩人は自身が無意識のうちに思考が上位者に寄らないよう、啓蒙を低く保ち、また獣狩りという様式美を守って人間性を保っていました。ヤーナムの月が秘匿されていたように、狩人は上位者としての自身を隠していました。なので基本的に狩人の血は赤いです。
Q.なんで狩人は少女を殺さなかったの?
A.人形に釘を刺されたこともありますが、なにより全ての原因が狩人にある以上、ここで少女を殺すと狩人が嫌いな月の魔物とやってることが同じになると考えたからです。
Q.狩人は結局少女に何をしたの?
A.十四話時点でお互いに高い啓蒙を得ていたことを活かし、少女の脳裏に狩人が持つ「狩人の徴」を刻み込み、うっかり少女に渡っていた血の意志を失わせました。同時に脳喰らいの真似事でもして啓蒙を吸っていったんだと思います(適当)
Q.十四話終盤は結局何が書きたかったの?
A.狩人は死んでも蘇ることを知らない少女が、自分の手でうっかり狩人を殺してしまうシーンが書きたかったんです。
Q.なんで狩人は少女がスネージナヤに行くまで現れなかったの?
A.なんか自分の本体を夢の世界に置いといて明晰夢として端末をテイワットに送り込むことで少女に起こったような事故を未然に防ごうと試行錯誤してたら時間がかかったらしいですよ。
Q.人形ちゃんはどうしてるの?
A.狩人の夢でお留守番です。
Q.狩人みたいなのがいたら天理が黙ってないでしょ
A.えぇ、まぁ……はい。そこはまぁ、ええ。
Q.仮にもフロム二次創作なのに全部説明しちゃっていいの?
A.考察の余白を残すのと投げっぱなしは違うかなと思いまして……はい
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