アトラス・アンチェイン   作:TTKTW

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第1話 初任務

 

[System Date 2699/12/31(日)23:40]

 [System Log]

・警告:アトラス・ネットワークと通信が遮断されています』

→1週間以内に再接続が行われない場合、身体活動が一時強制停止します

 

ガスの臭いとオイルが壁にこびり付いた古臭い診療所の中、ヒゲを蓄えた男と、少女の声が響く。

 

「脚の人工筋肉アクチュエータからオイルが漏れ出てやがるな」

「分かってるよ、痛いもん」

「……ハッ、そうか。今じゃ痛覚を無くしてるやつもいるのに、お前さんに痛覚があるのは…なんというか、面白いな」

「えぇ……なにそれ怖い……」

 

少女は治療台の上に寝転がり、パッチが少女の脚を工具で弄くり回す。

時折、はんだ付けによる赤い光が発せられている。

 

「それにしても、どうやって逃げてきたんだ?あの"アトラスの瞳"から隠れてこの"ゴミ捨て場"まできたんだろう?」

 

本来、街を監視するアトラスから隠れ、ましてやアトラス本部の施設から逃げ出すなど、不可能なのだ。

 

「博士がいて、私を出してくれたの。人間として生きてって。パッチの診療所の事を教えてくれたのもその博士」

「博士ね...…お前、随分正直に話すじゃねえか、俺がこの場で、アトラスに通報したらどうすんだ?」

「あ……確かに」

「……まあ俺はしねぇし、ここじゃ呼んでもこねぇけどよ」

 

ケイにはある程度の知識量と常識が備わっているはずなのだが、警戒心は育っていなかった。

 

「このハニカム構造……どうなってんだ、知らねぇぞこんなの。余程複雑な数式を組み込みやがったな?ありえねぇほど上手く力が分散するようになってやがる」

 

パッチが険しい顔をしながら、愚痴と感嘆の独り言を溢す。

作業開始から2時間48分。ケイの怪我を治すのに奮闘するパッチであったが、多少苦戦している様だ。

 

「大丈夫?」

「舐めてんのか、俺はこれでも……いや、いい。黙って修理されとくんだな」

 

何かを言いかけたパッチであったが、パッチと初対面のケイにそれを聞き直す勇気は無かった。

 

「肉は直せるが……肌はここじゃ無理だ。材料がねぇ。」

 

 パッチは不機嫌そうにコーラを啜り、工房の隅に転がっていた安物の鉄板を手に取った。

 

「……代わりの『鋼』を差してやる。見た目は最悪だが、強度は保証してやる。お前の綺麗な脚に傷がつくが、文句はないな?」

 

ケイは、自分の左脛にボルトで打ち込まれる冷たい鉄の感触を、じっと見つめていた。

 

「ありがとう、パッチ」

 

噂通り、どうやらパッチは本当に凄腕の修理屋らしい。それでも、アトラスの超技術がこれでもかと詰め込まれたケイの"修理"には、4時間12分もの時間を要した。

アトラスでは数分で直せる設備が整っているものの、ここストリートの診療所では、古臭いペンチとピンセット、汚れたはんだゴテなどを駆使するしかない。

断裂しかかっていた人工筋肉が繋ぎ直され、鉄のプレートで蓋をし治療は完了した。

パッチが段ボールからアトラス・コーラを取り出し、ケイにほれと差し出す。

 

「これでも飲んで、体を労るんだな」

「良いの?」

「飲めって言ってるだろう」

 

誰もが1度は飲んだ事があるコーラですら、ケイにとっては、これも初めての味である。

パッチが渡したコーラは甘ったるい上、ぬるい。普通は不味いと感じる様なものだが、ケイからしたら、研究所の外の食べ物は全て新鮮で、美味だ。

 

「甘過ぎる」

「ちびっ子にこの魅力は分からんみてぇだな」

 

どうやら、そういう訳でも無いらしい。

 

 

 

〜〜〜〜〜

 

 [System Date 2700/01/01 (月)5:48]

 

「いいか、まず、アーサーだ。アイツは人を外見で識別するなんて事はしない」

「え……なんで?私を探しているのに?」

「アイツにとって、ヒトの顔を覚えるのはリソースの"無駄"だからだ。街の通信ログ、電力消費、交通流の差異。アイツはそういう電子の世界、数字を見てる。0か1かってやつだ。いちいち個人の顔を分析し、追跡するなんて事はしない。処理が手間だからな。膨大なデータの中から、一つの異分子、お前の事を見つける方法が一番効率的だと計算してる。だから、超人的な動きをするとすぐ捉えられるが、人混みに紛れちまえばこっちのもんだ。周りが走ってる場合ならだが、お前が走っても問題無いだろうな。砂粒の見分けもつかないんじゃ却って遠回りだっつうのに、神様も存外、阿呆なもんだ。」

 

パッチは吐き捨てる様に言い、かけている黒のサングラスを直すと、椅子を回転させ、ケイの方に向き直す。

 

「次に、警備ドロイドだ。こっちは話が別だ。アイツらは、アーサーが切り捨てた処理、"個人の識別"を任されてる。『顔の造形』に『"網膜"』。そして『身体のライン』に『"骨格"』。要するに、アイツらにはお前のそのご尊顔を見せちゃならねぇって事だ」

「身体を隠せば良いの?」

「そうだ、それと、接続中、お前の位置を15分に一度追跡される。隠れ場所は選べ」

 

話し終えた後、パッチはケイに自分のかけていたサングラスをひょいと投げ、「それで目を隠せ」とだけ言い、ケイを見送った。

 

「これで、良いだろ……」

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

数分後、ケイはサングラスをかけ、目立つ水色の瞳を隠し、トレンチコートによって自分の首にあるアトラス社のマークを隠し、ブラック・ストリートを出て、神の瞳にさらされる場所、アトラス・シティに向かう。

 

「お前か、ヤブに栄養剤は打ってもらえたか?」

 

コンテナの中から門番が、昨日初めて会った時には想像できないほど優しく話しかけてくる。

 

「コーラを一缶貰った」

「……やっぱヤブはヤブだな、そんなんが栄養剤になるかよ……」

 

態々、安全地帯を離れる必要があるのかと思う様な行動だが、ケイの意識を持続させるため、インターネットの通う栄えた管理エリアに行くしか無かった。

 歩幅、歩行速度を、10代・身長150cmの女性の人間の平均値に合わせる。速度に直すと時速4k/h程。歩幅は67.5cm。

 

速く動くと確実に捕捉される。受信作業中は15分間動けないため、早く隠れる場所を探して、早くストリートに帰る必要がある。

 

 [System Log]

・パッシブ接続範囲:自動接続...名称『アトラス・ネットワーク』

→アトラス社へ位置情報が発信されています。

 

白いトレンチコートにサングラス。この服装も、浮いているといえばそうなる服装だけど、周りも奇抜な、個性的な服装の人が多い。だから、浮いていないとも言える。どっちにしろ、アーサーは見た目では私を判別できない。

 

歩きながら、ケイは過剰にキョロキョロと辺りを見回す。呼吸はゆっくり、鼓動は速くなっている。

地下駐車場から出て8分24秒。

アトラスの警備ドロイドは、まだ姿を見せない。

 

ケイは企業の安全措置によって、1週間に一度、15分間アトラス社のインターネットに接続する必要がある。しないと、プツンと電源が切れてしまうのだ。

 

トレンチコートの襟を立て、顔を出来るだけ隠す。

効果はあるし、その上、頼もしい壁がある様な感覚になり、安心できた。

 

街にはラーメン屋や、うどん、そば屋なんかがある。超監視社会ではあるものの、アーサーなりの優しさにより、仮初めの『自由』が保障されている。

 

「西風ヌードル!300円!旨い、早い、安いよぉ!」

 

店への呼び込みはドロイドに任せるのが主流になっているこの街で、珍しく人が担当している。物珍しさからか、はたまた元から人気なのか、その両方か。客数も他の店より少し多い気がする。

 

 こじんまりとしたリサイクルショップの、可愛いクマのぬいぐるみが目に留まる。ショーケース越しに、クマが私を見つめ返している。

ガラスに手を当て、「可愛いなぁ」なんて呟く。自分も、こういう物を買って、好きに遊べば、まるで普通の少女だ。

立ち止まるのは危険だと分かっていながら、気づけば、無意識に足を止めてしまっていた。

 

そんな時、タイミング悪くアトラス社の自動警備アンドロイドが傍に現れる。

不味い。箱に隠れる。いや、俊敏に動くと怪しまれる……

頭をフル回転させるケイであったが、特に策は思いつかなかった。今頃、目がサングラスで隠れていなければ目が青く光る事で周囲の人間から浮いていただろう。

人工心臓をバクバクさせながら、呼吸が止まるケイ。自分の警戒心の無さを反省する事になった。

ケイの網膜に、ドロイドからのスキャンを意味する『アクティブ・スキャン』の通知が赤く表示される。

終わった。私に、"生活"はもう訪れないのだろう。

しかし、不思議な事に、機械の身体を唸らせながら、ケイの隣を通り過ぎて行く2人の警備ドロイド。

 

「……あれ?」

 

位置を把握されているから、止まっていればすぐにバレる筈。にも関わらず、ドロイドはケイを捕まえない。

非常に気になる所ではあるが、とにかく早く接続を終わらせなければと思い、見つからない事を祈り、人が多い店の横、空き段ボールの中に身体を押し込む。謂わば神頼みである。

 

[System Log]

・アクティブ接続:名称『アトラス・ネットワーク』

 →アトラス社への通信が可能になりました。接続作業中は動かないでください

 

視界にログが表示され、15分間の接続作業が始まる

 

「・『K-03、君の居場所は完全に把握している、早く研究所に戻って来なさい。これは君の為だ。君のそのバグを残しておいてはおけない。』」

 

途端に、完成された、誰であろうと一切の嫌悪感を覚えることの出来ない、合成された神の声が頭に響く。

 

どうやら、アトラス・インターネットに接続するたび、ブロックしたはずのアーサーから通信が飛んでくるらしい。

 

「・『君はワタシの子供だ、K-03。ビルの下、君のオイルが飛散している場所を発見したよ。可哀想に、歩行に支障をきたしただろう。研究所以外で、直せる所はない。親であるワタシは、君の異常が心配で仕方が---』」

 

何が"ワタシの子供"だ、私は博士の娘、ケイとして生きるんだ。

顔を顰めながら、再度アーサーの通信をブロックし、息を潜める。

 

[System Date 2700/01/01 (月)6:01]

 

深い、一定のリズムを保つ呼吸音が、段ボールの中に響く。

 

パッチの話を聞いている時は気付かなかった事だけど、位置が追跡されているのなら、隠れても無駄なのではという大きな不安が押し寄せる。

1秒が1分に、一分が一時間の様に感じる。刻々と、15分のシステムカウントダウンは進んでいるが、それもゆっくり、ゆっくりとだ。

 

[System Date 2700/01/01 (月)6:02]

 

足音が聞こえる度に、ケイは少し身を強張らせる。

どう聞いてもドロイドのモノではない、人間の軽い足音だ。それでも、ケイの心を怖がらせるのには十分であった。

 

[System Date 2700/01/01 (月)6:03]

 

ガタッと音を立て、私の隠れている段ボールが振動する。

一体何だろう、猫?犬?上に物を置かれたのかも。

 

[System Date 2700/01/01 (月)6:04] 

 

人が歩く音と、客を呼び込む声と少しの話し声。それ以外は、聞こえてこない。

 

[System Date 2700/01/01 (月)6:05]

[System Date 2700/01/01 (月)6:06]

 

「聞きましたか?ラクシャさんのとこの息子さん、先週の検査でグレーゾーンだったらしいですよ?」

「本当ですか?あんなに優秀な子が?……大丈夫ですかね……?再検査で等級が落ちたら、あの一家、ここにはいられなくなってしまいます……」

「そうですね……私たちの等級まで巻き添えになりたくはないのですが……」

 

女性の声と、男性の声が聞こえる。検査とは、一体何だろうか?

 

 [ System Log K-03 ]

・用語の情報を検索中…

 →データベースには存在しませんでした。アトラス・ネットワークから情報を参照しますか?

 

 (いや…いいよ、今はしなくて。それよりも見つからないようにしなきゃ)

 

[System Date 2700/01/01 (月)6:07]

[System Date 2700/01/01 (月)6:08]

 

[System Log K-03]

・7分30秒間の完全停止を検知:アトラス社に通知しますか?----拒否

 →緊迫状態。アトラスへの通知を推奨します。

(私は、アトラスから逃げたいの!)

[System Date 2700/01/01(月)6:09]

 

「そこのお方、西風ラーメン、一杯どうですか?」

「すみません、今はラーメンを食べる様な気分では無いのです」

 

遠くから、若い青年の声と、少し掠れた、貫禄のあるおじさんの声が聞こえてくる。

 

[System Date 2700/01/01 (月)6:11]

[System Date 2700/01/01 (月)6:12]

[System Date 2700/01/01 (月)6:13]

 

モーターの駆動音が特徴的な、ドロイドの足音が聞こえてきた。呼吸を最小限に、鼓動も50BPMまで減速させる。

 

[System Date 2700/01/01 (月)6:14]

[System Date 2700/01/01 (月)6:15]

 

「今日、腕をアップデートしてくるよ」

「あぁ、僕もそろそろしないとかな」

 

 二人の、若い男の声が聞こえてくる。

 

[System Date 2700/01/01 (月)6:16]

 

 

[System Log]

・通信受信完了:身体活動停止タイマーを再起動

視界にログが現れ、やっと安全地帯に帰れる。と、胸をなで下ろす。

蓋を空けたら前で待ち構えられているのではないかと、ビクビクしながら、慎重に段ボールを開く。

周りには、少しの人間と、猫。ドロイドはいない。

段ボールから身体を出し、凝り固まった身体を解す。

 

(もしかして...アトラスは私のおおよその位置しか分からない?いや...まさかそんな事、あるの?)

 →不明です、情報が存在しません。

 

 

何故私を捕まえなかったのか、理由は分からない。本当に、ピンポイントでは位置が分かっていないのだろうか。

 

歩ける時はこちらのモノ。一般人に扮しながら、神から見放された場所、ブラック・ストリートに戻っていった。

 

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

 

[System Date 2700/01/01 (月)6:40]

 

「通れ」

 

ストリートにも早速、顔パスで入れるようになった。相変わらず門番はこちらを凝視してくるけど、まぁ、良いや。

 

 パッチに会いに行く途中、空き地のスクラップの残骸近くに腰を下ろしている高齢の男性がいた。ブラック・ストリートにいるにしては比較的綺麗な装いで、少しだけ状態の悪い、黒い執事服を着ていた。

 

「…どうしたの?」

 

声をかけるか迷ったケイであったが、人間は助け合うものだと考え、男性に話しかけてみた。

 

話しかけられると思っていなかったのか、男性は少し驚いたような顔を見せる。

 

「貴方は…?。いえ、私から名乗りましょう、私は…ジジと申します」

 

何処かで、聞いたことのある声だった。でも、記憶領域を検索してみても、完全一致するデータは無い。町中で、大量の人の声を聞いたから、その内の一人かもしれない。

 

「こんにちはジジ、私はケイ。何してるの?」

「……少々、思い出に耽っていましてね」

「思い出?」

 

 そう話し始めるジジの顔は、何処か、悲しそうな顔であった。人間にまだ疎いケイでさえ、そう感じるのだ。それはもう、悲痛な顔だったのだろう。

 

聞けば、ジジは元々ある邸宅の主人に仕えていたのだが、2ヶ月前、アトラス社の支部タワーを建てるため、家を取り壊される事になったらしい。

明日、若しくは明後日には重機で全てが破壊され、更地と化してしまう。

 

 どうやら、主人の愛用品である模様の付いた銀のスプーンだけは残して置きたいが、身体も年で動かないし、自分ではどうにも出来ないため、ストリートの誰かなら助けてくれるかもしれないと思ったが、何故か誰もやりたがらない。そうして泣き寝入りする所だったのだとか。

 

「私が取ってくるよ」

「…え?宜しいのですか?」

「うん、人は助け合うものだから」

「…この世で、貴方は誰よりも、優しいお人だ。」

 

  [ System Log K-03 ]

  ・「人助け」を検知…

  →…非合理的です。自分の身を守る事を最優先すべきです。

 

 

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