アトラス・アンチェイン   作:TTKTW

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第3話 熱いパーカー

 [System Date 2700/01/01(月)23:40]

 

ケイは、必要最低限の機能を維持するだけならば、目に搭載された光発電機のおかげで、食事は頻繁には必要ない。だが、軽度の損傷を自己治癒したり、人工筋肉の力を大きく発揮させる場合、人間と同じように、毎日2回、食べ物を少し食べる必要がある。

今回は、そんなケイの食事の様子の一シーンを見てみよう。

 

「お前……何してんだ……?」

 

もはや呆れを超えて未知への恐怖に近い感情を持ち始めたパッチを横目に、ケイは自分の思う最高の食事を堪能していた。

 

「この前ジジおじいちゃんから貰ったギルド硬貨で、炭酸ラムネとサンドイッチを買ってきたの」

 

ケイはサンドイッチの包装を破り捨て、青色の硝子皿に並べている。そのまま食べることはしない。

 

「見りゃわかる、だがわざわざ皿で食うな、洗う手間が増えるだろ」

「皿を使って食事をとるのが人間特有の美しい作法でしょ?」

 

ケイは『人は、食べる時には器を使う』『人間は、定期的な食事を大事にする』という事を学習し、実践していた。

 

パッチはコーラを身体に流し込みながら、「お前はどこで何を勉強してきたんだ……」と呟いた。

 

次に、ケイはサンドイッチにフォークを刺し、真ん中をナイフで切り取り、口に含む。

 

「おいしい」

 

ケイの頬が少し緩み、波紋状の水色の目が強く光る。

その顔を見るに、サンドイッチを深く、しっかりと味わおうとしているのだろう。

 

「それも普通、手で取って端から食うもんだ。それじゃまるで、手術してるみてぇだぞ」

 

ケイは真面目な顔で、「こうして丁寧に食べる方が味も良く感じられるから」と言いながら、今度はラムネの小瓶を手に取る。

 

ラムネも、直接飲むのではなく、中のビー玉をカコンと落とした後、まさかのまさか、皿に直接注ぎ始めた。

炭酸がシュワシュワと音を立て、サンドイッチが周りから浸されていく。

 

「何してんだ、スープでも作ろうとしてるのか?」

「この青い硝子皿にラムネを入れると、角度によってはサファイアと同じような色合いになるの。ほら、この45.2度の角度でラムネを見ると、色のデータ値がサファイアのモノとほぼ一致する。宝石を食べるなんて、最高に優雅でしょ?」

 

そう言いながら、フォークでラムネをつついているケイ。ラムネを刺そうとしているのだが、フォークの扱いが上手くないため、諦めて皿に口をつけて炭酸を飲み始めた。

 

ついに言葉も出なくなってしまったパッチであった。飲み終わったのか、コーラの缶を握り潰した後、左手で頭を抱え、天を仰いだ。

 

「なんでお前がミラーの助けがあったとはいえ、あのアトラスから逃亡できたのか疑問だったが……そりゃそうだな、完璧主義なAI様には、ラムネを宝石に見立てる様な、最高にぶっ飛んだ発想力なんてある筈がねぇ」

「……褒め言葉だと認識しておくね」

 

残ったラムネを指で摘み、サンドイッチと一緒に食べ進め、ケイは『サンドイッチとラムネの炭酸スープ』を完食した。とても見るに堪えないものではあるが、彼女なりに日々の『燃料補給』を優雅な『食事』に昇華させようとしているのであるのだった。

 

「20キロ、食べた後は歯磨きをしてみたらどうだ?」

 

パッチは相変わらずコーラをグビグビと飲みながら、思い出したようにそう提案する。

 

「歯磨き?」

 

ケイの目が強く光り出す。恐らく、歯磨きについて調べている、または、歯磨きとは何か考えているのだろう。 

 

「人間、食べた後は口を清潔にするんだ、それが歯磨きだ」

「へぇ……どうやるの?」

 

人造人間であるケイは施設から逃げ出す前、食事はすべてカプセル状の栄養剤で完結させていたため、口内が汚れることが無かった。しかし、今は人間と同じ"汚れている"モノを食べているのだ。

 

「歯ブラシを使って歯をゴシゴシ擦るんだ、そうすると歯についた汚れが落ちて、歯が長持ちする、いわば歯のメンテナンスだな。これを怠った結果があのジャンク屋の店主だ。あぁ、お前は見たことねぇか」

「ふぅん……その歯ブラシはどこにあるの?」

「俺が使ってない予備の歯ブラシがある、青色のだ、俺のが黄色。買ったヤツが2本セットでな、使う場面が無かった。ほらこっち、鏡を見てみろ」

 

水垢だらけの鏡に、パッチとケイが反射して見える、ケイが口を開けて歯を見ると、施設にいる時には決して汚れる事の無かった歯に、サンドイッチとラムネの食べカスが付いていた。いや、上手く飲み込めておらず、口内に砕けたラムネが少し残っていた。

 

「研究所ではこんな汚れ、絶対に付かなかったな」

「ほら、これで歯を小刻みに、細かく磨くんだ。」

 

パッチはミントの歯磨き粉の付いた歯ブラシをケイに渡したが、ケイは説明に含まれていなかった歯磨き粉が気になった様だ。

 

「なにこれ、ペースト?食べ物を食べながら歯を磨くの?」

「これは歯磨き粉ってやつだ。歯ブラシにつけると歯磨きの効果が2倍になる」

 

勿論、2倍だなんてパッチが適当に言っただけだが、歯磨きについて知識の無いケイに真偽を確かめる術は無かった。

 

「2倍に…!?凄い」

「ほら、やってみろ」

 

[ System Log K-03 ]

 ・『歯磨き』の情報を処理…

 →『小刻み・細かく』の情報から推測し、速度が大切な可能性が高いです。毎秒200回の振動動作を行いましょう。

 

ケイは歯ブラシを前歯に押し当て、まるで機械の様に、小刻みにバイブさせ始めた。

 

歯磨き粉が飛び散り、口どころか頬周りも汚れてしまった。

 

「……秒間200回の振動では、歯磨きを効率的に行うのにまだ速さが足りないみたい。いや、角度が問題なの?」

「バカ。お前は超音波洗浄機か。速すぎんだよ。」

「そうなの?それに、なんだか舌が痛い、歯磨き粉って毒性があるものなの?」

「それはこれがミント風味だからだ。顔が泡だらけじゃねえか、歯磨きの時に泡を撒き散らすのも悪かねぇが、それは3流のやる事だ。もっと適当に、音楽聴いて、リズムでも刻みながらシャカシャカやるもんなんだよ」

 

ケイが顔を顰め、「えぇ……なんか面倒臭いね」と呟く。

 

「……知らねぇみてぇだが、こんなんを習慣にしなきゃならねぇのが人間なのさ」

 

ケイは、今度はゆっくりと、歯磨き粉を外に撒き散らさないように、しかし力強く磨いていく。

その側で、ケイに歯磨きを勧めたパッチ自身は、歯磨きの後、すぐにコーラのプルタブを開いていた。

 

「あれ、また飲むの?」

「これは水分補給だ。問題ねぇよ」

 

〜〜〜

 

[System Date 2700/01/01 (月)23:40]

 

翌日、ストリートの一角にある『合成ラーメン一番道』店内。

店内を包むのは、安っぽい化学調味料の匂いと、換気扇が回る重苦しい音だ。

しかし今、その喧騒を突き抜けて、カウンターの一角から場違いな言い争いが聞こえていた。

 

「おいしい……。でも、パッチ、食べにくいよこれ」

「おい。……お前、まさか『啜らねぇ』つもりか? 麺の良さを何も分かっちゃいねぇ」

 

レンゲで麺を丁寧に運ぶケイに、パッチは冷静さを欠いた声を出す。店主や他の客が、チラチラとこの奇妙な二人組を盗み見ていた。

 

「啜ると、周囲にスープが飛散するでしょ。前に教えてくれたじゃん。『歯磨きの時に泡を飛び散らせるのは、三流のすることだ』って」

 

ケイは至って真面目な顔でパッチを見つめる。その曇りのない純粋な瞳を向けられ、パッチは言葉に詰まった。

 

「……ありゃ歯磨きに限る話だ。いいか、ラーメンってのは、空気と一緒に啜って初めて完成する。あっち見てみろ。あのおっさんは『礼儀』を分かってる」

 

パッチが指差したのは、頭頂部が心許ない小太りの男だった。指をさされた男は、慌てて目を逸らし、水を一気に流し込んでから、また必死に麺を啜り始めた。

 

 [ System Log K-03 ]

・毛根の状態をスキャン…

 →2年と2ヶ月後、さらに毛が減る可能性が高いです。

 …2702年、3月1日に、再度見てみませんか?

 

「……ススル。空気との混合による、風味の最大化……。了解」

 

真剣な顔で男をスキャンするように見つめるケイ。

その水色の瞳が、解析モードに入ったかのように小さく発光した。

ズルルルッ、ズルルルルッ!

不器用だが、勢いよく麺を吸い込む音。

ケイの白い頬に、青い油の浮いたスープが少しだけ跳ねた。

それを見て、パッチは満足げに、隠しきれない笑みを漏らす。

 

「……やりゃあ出来るじゃねえか。その方が美味いだろ?」

 

その光景は、誰がどう見ても、不器用な娘に食事を教える父親の姿だった。

ケイが自分で稼いだ大切な一万円。パッチは「俺はいい、お前の金だ」と固辞したが、ケイは「一人で食べるのは、栄養を摂取するだけの作業。それは嫌だ」と譲らず、無理やり彼に特製トッピング付きの丼を注文させたのだ。

ケイは周りの客を真似て、最後の一滴までスープを飲み干した。胃のあたりの処理ユニットが少し熱くなるのを感じながら、彼女はパッチに向き直る。

 

「パッチ。……ラーメンへの礼儀、保存したよ」

 

パッチは無言でケイの頬に飛んだ汁を、無造作な手つきで、けれど優しく指で拭った。

二人が席を立ち、店を出る時、パッチの足取りはいつもより少しだけ軽かった。

 

 

 

 [日付、2700年1月1日、月曜日、23時55分]

合成ラーメン一番道からの帰り道。重苦しい湿気に満ちた路地裏で、一人の少年がうずくまっていた。その腕には、配線が飛び出し、沈黙したままの旧時代のラジオが抱えられている。

 

「……パッチ、あの子、泣いてる」

「放っておけ。余計なことに首を突っ込むのは、ストリートじゃ寿命を縮めるコツだ」

 

パッチは吐き捨てるように言ったが、ケイの足は止まっていた。彼女はジジのスプーンを思い出す。ただの鉄の塊に、消えない『思い出』が宿っていたことを。

 

「このラジオにも、きっと大切なデータが詰まってる」

 

ケイはパッチの腰から、使い古されたマルチツールをひったくるように借り受けた。

水色の瞳が細く絞られ、ラジオの内部構造をスキャンで透視していく。

 

「断線が三箇所。コンデンサの寿命がきてる……この時代の設計は、冗長が多くて助かる」

 

驚異的な速度でツールを操り、指先で微細な電流を流して回路を焼き直す。数秒後、スピーカーからザザッという砂嵐の後に、陽気なストリートの海賊放送が流れ出した。

 

「凄い……! ありがとう、お姉ちゃん!」

「ふふん。お姉ちゃんに任せなさい!」

 

ケイは胸を張り、これ以上ないほど自慢げな顔を見せた。

直後、パッチの手が無造作に伸びてきて、ケイの頭を軽く小突く。

 

「痛っ……何?パッチ」

「鼻の下が伸びすぎてんぞ、20キロ。修理した後の動作確認を忘れるな。……まあ、今の手際は悪くなかったがな」

 

パッチが不器用な手つきで彼女の頭をくしゃりと撫でると、不貞腐れていたケイの頬が、演算エラーを起こしたかのように、ほんのりと熱を帯びた。 

 

「お礼に、これあげる!」

 

少年の手に握られていたのは、不細工なカエルの折り紙。緑色で、皺だらけ。だが、確かな丁寧さがそれには感じられた。

ケイは大事そうにそれを手に取り、コートの内ポケットに仕舞う。

 

「行くぞ、20キロ」

「うん。じゃあね、カエルありがとう!」

 

ケイは振り返り、少年に手を振ると、少年も手を振り返す。地道であるが、確実に、ケイは社会に馴染みつつあった。

 

 すると、突然不意に、「先に診療所に帰っててくれ、俺はやる事がある」とだけ言い、パッチは診療所と反対方向に歩みを進めた。ストリートのマップは把握していないから、どこにいくのか見当もつかないが、言われた通り、診療所で待つことにした。

 

 

 

 

 [日付、2700年1月2日、火曜日、0時26分]

 

診療所の扉が開き、パッチが姿を現すと、無言でなにかをケイに投げ渡す。華麗にキャッチすると、ケイの手には、服が握られていた。

 

「……これ、着てろ。お前、いつまでもそんな目立つ恰好してると、逆に怪しまれるぞ」

 

パッチが放り投げたのは、ストリートのどこかの露店で買ったであろう、少し色褪せた、けれど鮮やかな赤いパーカーと、サイズの大きいダボッとした黒いカーゴパンツ。

 

ケイは無機質な白いコートを脱ぎ、ゆっくりとパーカーに袖を通す。アトラスの最新繊維にはない、少しざらついた、けれど太陽の光を吸い込んだようなコットンの温もりが肌に伝わった。

機能性は皆無だろう。防弾性能だって、耐火性能だって無い。

 

  [ System Log K-03 ]

・スキャン中…防御係数70%低下---非推奨。

→デザインは悪くないですが…普通すぎます。性能を重視しましょう。

 

「……どう? パッチ」

 

 それでも、突然の贈り物の価値は、完璧さを上回った。

機能ではなく、感覚で選んだのだ。

フードを少し被り、ケイが首を傾げる。

パッチはコーラを飲む手を止め、一瞬だけ言葉を失った。アトラスの『兵器』としての面影が消え、そこにはどこにでもいる、少し背伸びをした少女が立っていたからだ。

 

「……まぁ、前のよりはマシだな。人の群れに混ざるには、それくらいの色が丁度いい」

 

パッチは顔を背けたが、ケイは内蔵センサーで、彼の耳元がわずかに熱を帯びているのを検知した。

 

「あと、ちゃんとカーゴも履け、痴女じゃねえんだから」

 

ケイがカーゴパンツを履き終えると、診療所の扉がガチャリと開かれる。

 

「おい、パッチ。そのガラクタをいつまで置いておくんだ?」

 

診療所に顔を出したジャンク屋の店主が、不機嫌そうに唾を吐く。

 

「やっと普通の服になったが、アトラスの匂いがプンプンしやがる。俺にゃわかるぞ、高級インプラントをふんだんに埋め込んだ改造人間じゃなく、ドロイドに近い存在だろう。そんなのをストリートに置いてたら、そのうちお迎えが来るぞ」

 

「……分け前が欲しいなら、アトラスに言いつけてみろよ」

 

パッチが皮肉げに笑うと、ジャンク屋は顔を真っ赤にして怒鳴った。

 

「バカを言うな! 誰がアイツらに尻尾を振るか。あいつらに売るくらいなら、ここでバラして発電機の燃料にした方がマシだ!」

 

彼らは決して「善人」ではない。だが、アトラスという共通の「神」を拒絶する一点において、彼らはどこの市民よりも強く、泥臭い絆で結ばれていた。

 

「20キロ、俺はお前を人間だと思ってる。だから心配するなよ」

「うん、私もそう信じてるから、大丈夫」

 

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

 

 [System Date 2700/01/02(火)14:40]

 

「ここが、地下闘技場だ、"熱い"だろ?」 

 

ケイが闘技場観戦エリアに足を踏み入れると、丁度男2人が機械化された拳で互いを殴り合っているところだった。 

 

 「うん、暑い。汗をかきそう」

 

換気扇もあるにはあるが、広い空間に小さな換気扇が数個では、空気がまともに入れ替わるわけもなかった。

 

[System Log K-03]

・空気中に揮発した多量のアルコールを検知。及び、揮発した汗の成分を検知。

・温度を測定…33.485℃。

→パッチの言う通り、とても暑いです。

 

 (暑い時って、水分補給が大切なんだっけ?)

 

 →はい、この環境では、通常の1.3倍の速度で体内の水分が失われるでしょう。空気中に汗の成分が多く含まれている為、摂取により、水分補給の助けになる可能性があります。

 

ケイの内蔵温度計には、33℃と表記されている。数少ない常識と、内部AIとの連携により、水分補給が大切だという結論を導き出したケイ達であった。

 

「おい20キロ……一応言っとくが、室温の話じゃねえぞ」

「え?」

「まじかよ……」

 

パッチはコーラ缶を一本飲み干し、心底呆れたように吐き捨てた。

 

「お前のセンサーは情緒ってもんを知らねえのか?温度の計算式に、『魂の情熱』ってもんを足しな、このバカ娘」

「魂の情熱って…なんかの変数?」

 

パッチがいよいよ、どう説明すれば伝わるのか本格的に困っている時、リングの中の片方が強烈な右ストレートを食らわせ、火花とともにガキィィンと金属がひしゃげる音が響き渡り、観客の怒号がそれを掻き消す。

 

「あぁ……いや、パッチ、魂の情熱の意味が分かったかもしれない。これは、変数とは違うね」

 

アトラス社の研究所で、偶々テレビで見た、虚飾に満ちた、エンターテインメントとしての格闘技とは違う。ここには、重苦しい衝撃音と、足から胸に、胸から脳までを貫き響く振動。そしてパッチの言う"熱"があった。

 

再度、ガキィィンと甲高い音が響き渡る。

 

「あんなの、反動ですぐにフレームがやられちゃう、もう3発撃てばボルトが外れる。とっても不合理で、非効率。だけど…まぁ…」

 

ケイの指先が、僅かに震えていた。それはエラーでは無く、共鳴であった。

 

パッチが「これも最高のスパイスだ」と言い、キンキンに冷えた…とは言えない、少しぬるめのコーラ缶を手渡してきた。いったい、いつも何処からコーラを出しているのだろうか。なんて不思議に思いつつ、目の前で行われている熱い試合に、目を惹かれつつあった。

 

その後、数分間殴り、殴られ続け、ボロボロになった戦士がパッチの元に運ばれてくる。

 

「やってみろ、20キロ、"治療"だ」

「え…うん、分かった」

 

戦士の腕。案の定外れたボルトを締め直し、パッチのツールを借り溶接していく。ラジオとは、勝手が違う。物理的な熱と、不規則な駆動による振動。生きている機械を治すのは、指先が震えた。

けれど、パッチの少ないアドバイスを頼りに、なんとか故障した機械腕を見事に修復した。

 

「なんだパッチ、新しい『迷子』を拾ったのか?」

 

 いきなり、奥の扉から重厚な足音を立てながら大柄の男が出てくる。男は豪勢に笑いながら、パッチの肩を叩いた。

 

「迷子じゃねぇ、相棒だ」

「あいぼう…!」

「ほぅ、お前がそんな言葉を使うとは、アトラスから逃げてきたばかりのお前からは想像もつかないな。そんな凄い嬢ちゃん。名前は?」

 

「ケイ」と名乗ると、男は自分の事を「リベリオス・ウィル」と名乗った。この男が、『ストリートの支配人』。及び『ストリートの顔役』。及び『ヌシ』。らしい。

 

「ケイ、こいつは不器用だが、腕だけは確かだ。俺がアトラスの警備の奴らに手痛くやられた腕をタダ同然で直してくれたのがこいつだ。懐かしいなぁ、ハッハッハ!」

「余計な事はいい、口の軽い"反逆者"め」

 

 パッチが毒づく。2人の間にあるのは馴れ合いでは無く、過酷なストリートで共に生き延びてきた者同士の静かな信頼だった。

 

「パッチの腕が凄いのは知ってる。私も、脚を治してもらった」

「おぉ、ケイ、あんたもか!ハハッ!パッチよぉ、そうツンツンしなくても良いんじゃないかぁ?お前はアトラスからの逃亡者で、ケイ、あんたも、その瞳、改造人間とは違う。なんていうか…人造人間って感じだ。アトラスからの脱走者だろ?似た者同士だな!」

 

 パッチの静かな雰囲気とは違い、ウィルはうるさい位に賑やかな男だった。いきなり人間では無いことを言い当てられ驚愕するケイであったが、特徴的な機械的な瞳は、アトラスに精通する人であれば簡単にそうと分かるのかもしれない。

 

「ケイ、アトラスには細かい規則があったと思うが、ここ闘技場は違う。不殺・拳のみ・敬意の3つがルールとしてある。さっきの試合はどう感じた?」

 

「"熱"を感じた。迫力というか、振動を。」

「おいおいおいパッチ!この嬢ちゃんはとんだ秀才だぞ!」

「そうそいつを褒めるな、すぐ調子に乗るぞ」

 

「ハハッ良いじゃあねえか、そんくらい、そして、お前、腕を直してもらったお礼を出すべきじゃないか?」

「あぁ、そうだな、こんな可愛いパッチ2号がいるなんて、初耳だぜ」

 

 そう言い、戦士は千円硬貨をケイに手渡す。ジジのくれた一万円と合わせれば、昨日の食事代を考えてもまた一万円程度に戻った。ストリートでこれを使い切るのは少々骨が折れる額だ。

 

「ストリートじゃ、その技術は命だ。そしてそいつには、適正な対価が必要だ。それがその戦士の、明日を繋いだ報酬だ。」

 

ケイは千円硬貨を握り締め、硬貨の"重み"を感じていた。

 

「ジジに貰った時もそうだったけど、やっぱり、重い…なんで?」

「あぁ、そのジジってジジイも、その戦士にも、『敬意』が混ざってるからな…で、ウィル、満足したか?間違ってもこいつを試合に出すとか言うなよ」

 

 パッチはそう言いながら、ケイの肩を叩き、出口へ促した。

 

 

[ System Log K-03 ]

全ストレージ容量: 1024PB

割り当て状況:

・アトラス公式任務データ: 0.00%(未受信・破棄)

・私的保存領域:+ 5.21TB(32Kキャプチャ:+230件)

・空き領域: 98.68%約990TB

・予測ストレージ残量…520年分(データ自動消去機能を停止状態での換算)

システム推奨: 効率化のため、私的ログの自動消去を提案―― [ 拒否 ]

個別データ・タグ付け:

歯磨き ―― 『泡を飛ばさないのが一流』

ラーメン ―― 『啜るのが礼儀』『合成着色料の味』

カエル ―― 『不細工』『折り紙』『宝物』

パーカー――『パッチがくれた』『暖かい』

熱 ―― 『魂の情熱』『変数化不可』

硬貨の重み ―― 『一万円』『敬意による重み』

処理結果: データの全保護を完了。

ステータス: 良い

 →容量の無駄遣いです。画質を落とす事を強く推奨します。

 

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