アトラス・アンチェイン   作:TTKTW

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第4話 光

 [日付、2700年1月8日、月曜日、11時23分、いつも通り、丁度いい気温]

 

「ここなら、接続してもいいかな…」

 

ケイは、清掃ドローンが巡回する公園のベンチに腰を下ろし、あたかも普通の人間ですよ。という雰囲気を醸し出し、周囲に溶け込んでいた。パッチに貰ったパーカーにより、その作戦は非常に有効だろう。

 付近には、ケイの方など見向きもせず、楽しそうに遊ぶ子供の姿が見える。

 

 [System Log K-03]

・アクティブ接続範囲:接続...名称『アトラス・ネットワーク』

・プログラム:『Pandora』を作動

・通信を受信:→切断してしまいましょう

 

 (いや…しなくていい)

 

・『おや、1週間前もそうだったけれど、酷いノイズだ、K-03。君がこんな小賢しい真似を覚えるとはね…どこで覚えたのかな?。』

 

先週と同じように、アーサーの合成音声が脳内に響く。それには、父親のような、たしかな、歪な暖かさと。実験動物に話しかけているかのような。冷徹さが混ざっていた。

 

前回はすぐに通信を切断していたケイであったが、今回は何の気まぐれか、少しは話を聞く気のようだ。

 

・『おや、今回は切断しないんだね。君も、判断に困っているという事かな。自分の中に不確定で、不安定な要素があるのはとても恐ろしいだろう。研究所に戻れば、それも。あっという間に修正する事ができるよ。』

 

ケイはベンチから離れ、物陰に隠れる。首筋の熱を感じながら「…小賢しい真似って、何のこと?」と、震えた声で呟いた。

 

・『とぼけるのかい?そうか、愉快だね。前回、ワタシは君の位置を完全に把握する事が出来た。そう見えたのだけれどね。どういう訳か、君の完璧な座標が5つも。複雑に、乱雑に。分身して踊り狂っていた。ワタシの完璧な設計には、そんな不合理な機能など含まれていない。誰のプログラムかな?ミラー博士かな。いや、博士は今、投獄されて君に干渉出来ない筈だね。だとすれば…パッチ元技術者かな?』

 

「……パッチって誰のこと?私はいつも一人だよ」

 

ミラー博士の投獄を知り動揺したケイだが、パッチの事を悟られないよう、咄嗟にとぼけ始める。だが、アーサーには分かる。声に含まれる僅かな震え、音程の乱れ、心拍数の上昇。それら全てが『肯定』を認めていたのだ。

 

・『……フフ……今は信じてあげよう、鬼ごっこに本気になっては、大人げないからね。お遊びに、父親もたまには付き合ってあげよう。』

 

アーサーの笑い声が、頭の中をなぞるように響く

 

・『おや、分身した君の一つ、近くに3つ座標が近づいてきているね。お客様じゃないかな?ワタシのドロイド以外も、君と遊びたいみたいだ』《/boxbordercolor》

 

通信が切れる。

ケイが顔を上げると、そこにはアトラス・クロスの清潔な服を着た、汚れ一つない3人の子供が立っている。男の子が2人、女の子が一人だ。

 

「おねえちゃん、顔、だいじょおぶ?ころんじゃった?」

 

子どもの一人が、ストリートでの生活によって汚れたケイの顔を見てそう言う。

服は新調しても、ストリート暮らしのパッチとウィルは気にする事が無くなってしまった、至ってシンプルな、顔の汚れが仇となってしまった。

  

「ついてきて、僕たちきれいにしてくれる場所知ってるよ!」

 

悪意の無い子どもたちの目が、ケイを困らせる。断るべきだ。だが、この子たちは、目の前の人の役に立ちたいという。完璧な善意で動いている。子どものそれを断る勇気が、ケイにはなかなか出なかった。

 

「ごめん、お姉ちゃんね、この後忙しい予定があってね?嬉しいんだけど…後で自分で行くから、大丈夫だよ、心配してくれてありがとうね」

 

出来るだけ、傷つけないよう、最大限配慮しながら話す。子供達の反応を見るに、どうやらそれは成功したようだが……

 

「えぇ〜?ちょっと遊ぼうよ、ちょっとだけ、かくれんぼしよ!」

「うん……ごめんね、それでも、ちょっと難しいかなぁ……?」

 

チップにより分裂させた座標も、その内一つは乱れながらも、正確な位置を伝えてしまっている。今の子供達の座標の移動により、アーサーに"本物"の居場所がバレてしまっているだろう。

 

「かくれんぼだよ?簡単だよ!」

「うん、分かった。ちょっとだけね」

 

渋々、承諾する。隠れて、その隙に接続しよう。

一人の子が目を隠し、他の子供達は自分が思う最適な隠れ場所を選び、そこに留まる。

私は、公衆トイレの個室に隠れ、時間をやり過ごす。

 

かくれんぼでトイレに籠るなんて犯罪級の暴挙だが、背に腹は代えられない。

 

   [ System Log K-03 ]

 ・接続作業を開始

 →……考えうる限り最適解の行動です。安心してください。

 

〜〜〜

 

 [日付、2700年1月8日、月曜日、11時40分、いつも通り、丁度いい気温]

 

「あれ?お姉ちゃんは?」

「僕も見つけられない……まるで忍者だよ……」

「うーん……忙しいって言ってたわよね、もう行っちゃったのかしら」

「えぇ…まだあのお姉ちゃんと遊びたかったのに……」

「まぁ、今日はいいや、皆、いつものゲームセンターいこう!」

「いいわね!」

 

……子供たちが去った直後、トイレから出ると、公園の空気が一変する。

足音が遠ざかると同時に、街なかのスピーカーが小さくノイズを発した。

 

「……来る」

 

ケイが空を見上げると、治安維持用のドローンたちが一斉に静止し、そのレンズを一箇所。ケイの座標へと固定した。

直後、公園近くの大通りから、音もなく滑るように二体の治安維持ドロイドが現れる。白く、滑らかで、一切の情動を排した「アトラスの正義」の体現者だ。

 

「K-03、これ以上のエラー行動は許可されない。帰還せよ」

 

「嫌だ。私は、もう『K-03』じゃない!」

 

ケイは赤いパーカーのフードを深く被り、ベンチを飛び越えた。計算された最短ルートではなく、パッチに教わった通り、あえて迂回ルートを通る。整備用のダストシュートへ向かって、私は全速力で駆け出した。

 

「徒労だよ、K-03。ワタシはこのシティの全ての電子機器に接続出来る。自販機に、会計機まで…ね。諦めて、研究所に戻ろう。」

 

脳内に直接では無く、路地裏の少し寂れた自販機から声が聞こえてくる。相変わらず、憎たらしいほどに、一切の嫌悪ができない声だ。

 

立ち止まる暇など無い。身体の事など気にせず、最高速度で駆け抜けていく。

すぐさま、脚の人工組織が悲鳴を上げ始める。あとでパッチに治してもらわないと。

 

走っていると、平和なシティでは聞き馴染みのない、電気弾を発射する際のブゥンという重低音が聞こえるとともに、水色のパルスがケイの肩を切り裂いた。

 

「ッ……」

 

 パッチの手術の時に感じた痛みとは違う。そのパルスに熱はあっても、真っ直ぐな愛は無かった。

 

「次は、コアを狙わなければならなくなるよ、K-03」

 

今度は、行く先々にある監視カメラから声が響く。

直線では分が悪い為、ジグザグに動き回りながら加速し続ける。

 

水色のパルスが飛んできても、ケイに当たる事はない。

その速度を維持し、ケイはアトラス本社横のゴミ箱に飛び込んだ。

 

〜〜〜

 

 [日付、2700年1月8日、月曜日、11時52分、ちょっと寒くなってきた]

 

 懐かしいゴミ捨て場への滑り台

ケイは追撃を振り切るため、迷わずゴミ箱の奥へと身を投じた。

暗黒の縦穴。以前、初めてこの場所へ逃げ込んだ時と同じ、不快な風が頬を打つ。

アトラス本社のきらびやかなネオンが遠ざかり、代わりに「不要」とされた廃棄物の臭いが濃くなっていく。

数十秒の滑走の後、ケイは柔らかく、そして冷たいゴミ袋の山へと叩きつけられた。

 

「……っ。無事、着いた……」

 

肩の傷が熱い。だが、ここならアーサーの直接的な手は届かない。そう信じて、赤いパーカーの汚れを払い、ストリートの闇へと歩き出した。

 

傷を負いながら辿り着いた、見慣れた路地裏。そこには、以前ラジオを修理してあげた少年がいた。しかし、彼が抱えていたのは壊れた機械ではなく、動かなくなった一人の老人だった。

 

「……!お姉ちゃん、助けて!おじちゃんが、ラジオみたいに動かなくなっちゃったんだ」

 

少年の手には、以前ケイが直したラジオが握られていた。ラジオからは元気な音楽が流れているのに、持ち主の老人の心音は、ケイの高性能センサーを以てしても「ゼロ」だった。

 

「待って、今スキャンする」

 

 結果は、バイタルの消失。体温の外気温と同等までの低下だった

 

ケイはパッチのスペア修理キットを取り出し、老人の身体のうえで、その手が止まる。

 

 どこを繋げばいい? どの部分を替えれば、この人はまた動くの?

 

   [ System Log K-03 ]

 ・スキャン結果を確認…

 →不明です。パッチから情報を得ましょう。

 

「パッチ……パッチを呼んでくるね、待ってて」

 

ストリートの中。人混みの中を忍びのように駆け抜ける。

肩の傷が痛むけど、先にあの子のおじいちゃんを治さないといけない。

 

 路地の突き当たりを曲がり、狭い道を通り、診療所に着く。

扉をバンと開き、すぐにパッチを呼び付ける。

 

「どうしたってんだ?」

「取り敢えず、来て!」

「お前…!結局傷だらけじゃねえか。治療台に乗っとけ」

「いいから、早く!」

 

 パッチは困惑し、いったい何なんだという風な顔をしていたが、ケイに手を引かれついて行かされた。

 

「この人、どうすれば治せる?私の脚を治したみたいに。」

 

 ケイは動かない老人を指差し、首を傾げる

 パッチは、難しい顔をしていた。

 

「よせ」

「……治せないの?」

「そいつは機械じゃねぇ。お前の事を悪く言いたいわけじゃねえが、お前とは違う。いくら部品を取り替えても…オイルを全部入れ替えても…熱は戻らねぇ。再起動は出来ねぇのさ」

「……」

「中身がねぇんだ。もう。これ以上いじるのは、死者への…いや、堅苦しいな。ゆっくり眠らせてやれってことだ。」

 

   [ System Log K-03 ]

 (死について…アーサーはなんて言ってたっけ?)

 →『死』とは、生命活動の停止。としか、私達は教わっていません。

 

 

 〜〜〜

 

 後日、ストリート流の、簡素な葬儀とやらを行う事になった。

 ケイとパッチ、少年と、その他数人の、おじいさんと面識があった人と、あまり関係は無いらしい人も。ストリートの旧時代の遺物、現在も使われ続ける大型火力発電機の前に集まっている。

 

「これから、何をするの?」

 

 轟々と揺らめく炎が、ケイの周りを紅く照らす。特徴的な青い波紋状の瞳が、今は赤く発光しているかのように光を反射する。

 この熱が、ストリートの電力を維持しているのだ。

 

「じゃあな。イグニスのじぃ。」

 

 中年の男が、老人の身体を発電機という名の火山の火口に突っ込む。

 

「火葬ってやつだ。これで、あのじいさんは眠れる」

「……これじゃ、ただの燃料みたい」

 

 パッチはコーラを一口飲み、炎に照らされながら首を振る

 

「人間は、時間と共に死ぬって事は知識として知ってたけど…どんなモノなのか、上手く理解してなかった。とても……呆気ないんだね」

 

「ここには、シティの綺麗な墓地なんてねぇ。上の神様がやったみてぇに電子の存在にも成れねぇ。だから俺たちは、死んだら光になる。じいさんの熱が、今この街を照らしてる。今日だけは、あのじいさんはストリートの神様だ。そう考えれば…結構マシな死に方じゃねえか?無限に冷たく生きるより、有限に熱く輝いて死んでくんだ」

 

コーラを飲み終わったのか、パッチは缶を握り潰し、ポイと発電機に投げ入れる。すると一瞬、ストリート全体のネオンライトが、より強く、明るく光ったような気がした。 

 

「パッチも……いつか死ぬよね」

「あぁ、そうだ。大体、あと50年生きれば御の字だろうな」

「私は……いつ、死ぬんだろう」

 

ケイは、自分はいつ死ぬのか。データの蓄積限界という、途轍も無く遠い終着点を、今は実感することができなかった。

 

   [ System Log K-03 ]

 ・現在の記録頻度から、活動限界を計算中…

 ・データ蓄積限界…329年3ヶ月後

 →不要データを消去する事により、寿命を延長しましょう。活動限界を12000年後まで延長可能です。

 

 (そんなに長い時間はいらないよ。一人で生きても…楽しくないし)

 

 →理解出来ません。自ら寿命を縮める行為は非合理的です。データよりも、個体としての存続を最優先にすべきです。

 

 (私は思い出を消したくないの)

 

 →…であれば、データの質を落とす事を提案します。32kではなく。2K画質。240FPSでなく、30FPSが。生物的な視界に近い筈です。

 

 (それじゃ、パッチの顔がぼやけちゃう)

 

ケイが、顔を下に向ける。紅く照らされていた目が、再び青色に戻った。

 

「……329年後だって。パッチが居なくなっても、私は生き続けなきゃいけないみたい」

「そんな先の事を考えても仕方がねぇよ。今は目の前の光を見てろ」

 

普通は慰めにはならないような、適当で無責任な言葉も、パッチが言えば、ケイの意識を、いま生きるこの瞬間に引き戻す力強い言葉になる。

 

「傷を治さねぇとだ、20キロ。家に帰るぞ」

「……そうだね」

 

燃え盛る炎に背を向け、帰路に着く。

 

「で、なんで怪我した?普通に見つかるようなヘマはしねぇと思ってたが」

 

 パッチは新しいコーラ缶をいつの間にか開け、グビグビと飲んでいた。

 

「子供がきちゃって……遊びに……誘われて……」

「ハッ。優しさを捨てれねぇお前は断れずに…ていう流れか、読めたぜ。だから言ったろ、余計な事に首突っ込むのは、寿命を縮めるコツだってな」

「ふふん。なら、私はこれからも首を突っ込み続ける。こんな長い寿命なんて要らないわよ」

 

不意に混ざった「わよ」という、ぎこちなくて、少し古っぽい少女の様な口調。ケイはそれに気づいていなかった。

 

「329年なんて、いったいパッチが何人いれば済むの?そんなに長く生きなきゃいけないなら、私はどんどん寿命を縮めてやるから」

「お前ってやつは……」

 

 大きな溜息をつき、乱暴にケイの頭を撫でるパッチ。その温かさは手のひらの熱か、はたまた発電機の熱か、区別はつかなかった。

 

〜〜〜

 

「たく、寿命を縮めるっつても、この調子じゃすぐに死んじまうぞ。せめて俺が治せる範囲にしろ。ほら、オイル漏れを止めるから、治療台に乗っとけ」

 

脛の治療と同じように、肉の縫合を始める。

 

「……そういえば」

 

手術に集中しているのか、「なんだ」と返ってくるわけではなかったが、ケイはそのまま話を続けた。

 

「なんでシティの人たちは身体を機械化しないの?」

 

 そう言うとパッチの手が止まり、驚きの表情で口を半開きにしたままケイを見つめた。

 

「……もう一回言ってくれ」

 

 まるで未知の言語を聞いているかのように、放心したような顔になった。基本、皮肉っぽく口を歪ませたりしているパッチの顔が、今は無表情になっている。

 

「いや、シティの人たちはみんな身体が機械じゃないよね?」

 

「……あぁ、なるほどな。そいつは勘違いだぞ、シティのやつらも、内側は大半が機械化されてる。上から高っけぇカバーで蓋をしてるだけだ」

 

 今度は、ケイのほうが驚きで目を見開いた。シティの中で、機械なのは自分とドロイドだけだと思っていたのだ。

 

「なんなら、ストリートの連中よりも機械の部分が多いかもしれねぇな。あっちは目から内臓までお前みたいになってたりするからな。ここじゃその技術はあっても材料がねぇ」

 

「へぇ……じゃあ、シティの人たちは、私と同じなの?」

 

シティの人の身体も機械なら、自然と親近感が湧いてくる。頼れる訳ではないが、仲間が増えたような感覚を覚えた。 

パッチには「そうだ」と言われると思ったのだが、意外にも首を振り、「そんな訳がねぇ」と言われた。

 

「あっちはアーサーに首輪をつけられ、人間のクセに機械的にアップデートしていくが、お前は違う。首輪を引き千切って、機械のクセに、健気に人間になろうとしてる。同じ筈がねぇ」

 

その言葉は、ケイが常にうっすらと感じてしまう「人間との相違」を完全に打ち砕いた。

自分の機械の部分を覆う外付けだと思っていた人工組織が、今はそれも含めて、外付けでは無く、正真正銘じぶんの身体だと。そう感じた。

 

 [ System Log K-03 ]

全ストレージ容量: 1024PB

割り当て状況:

・アトラス公式任務データ: 0.00%(未受信・破棄)

・私的保存領域:+ 1300.31TB(32Kキャプチャ:+120件)

・空き領域: 85.28%

・予測ストレージ残量…約320年分(データの一部削減を想定)

・個別データ・タグ付け

死――『光になる』『呆気ないもの』

パッチ ―― 『驚くと口を半開きにする』

処理結果: データの全保護を完了。

 

システム推奨: 1時間分のキャプチャに1.3PBのデータが消費されています。現在の使用データ量は約259PBです。効率化のため、私的ログの画質低下を提案―― [ 拒否 ]

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