アトラス・アンチェイン   作:TTKTW

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第5話 酔いのノイズ

 

[日付。2700年1月9日の火曜日。4時30分。パッチはまだ寝てる。]

 

 安物の低反発マットレスの上。うるさくはないが、決して静かでもないいびきをかきながら眠るパッチの隣で、ケイは瞳を青く光らせた。

食事は必要であっても、睡眠は本来必要のない身体。それでもケイはパッチと一緒に寝る。その行動には、どんな理由があるのだろうか。

 

サングラスをかけていない時のパッチの顔は、どこか愛嬌がある気がする。髭はモジャモジャだし、髪もきれいなわけじゃない。なのにそう感じるのは、なんでか分からない。

 

診療所の扉を開けると、朝の冷たい空気が流れ込んでくる。

このまま、少し散歩でもしてみようかと、ぶらぶらと歩く。何気に、自分ひとりでストリートを歩く事は少ないから少し新鮮に思う。

 

合成ラーメン1番道に、そば2番道。美味しかったけど、今はそういう気分じゃないから、店の前を素通りする。

 

広場から少し路地に入った所にある酒場。前回近くに来た時にはパッチに「お前にゃまだ早えよ」と言われ、惜しくも入ることの出来なかった酒の場。常に財布は持ち歩いている。中身はジジや闘技場の戦士から貰った一万円分の硬貨がある。これならいける。

 

そう思い、扉を開けると、闘技場よりも濃いアルコールの匂いと、朝だと言うのに、夜通しで飲んでいる人たちの喧騒が私を迎え入れる。

 

  [ System Log K-03 ]

 ・空気中に高濃度のアルコール成分を検出

 →未成年の飲酒は法律で固く禁じられています、今すぐその場を離れてください。

 (いいじゃん、ちょっとくらい、お酒ってなんか凄そうでしょ?)

 

「お?パッチんとこの嬢ちゃんじゃねえか!ケイ!こっち来いこっち!」

 

奥の席で一人飲んでいる男、リベリオス・ウィルがケイを呼び付ける。そのテーブルの上には、すでに飲み干された酒瓶が30本はある。

 

  [ System Log K-03 ]

 →データベースには精密な情報が存在しませんが…あの量のアルコール摂取は死に至る危険性があります。なぜ生存しているのか理解出来ません。

 

「おはよう」

「おはようぅ!なんでここにいんだぁ?パッチのやつは?」

 

 ウィルが喋る度に、酒の匂いがする。一人でこれほど飲んだからか、テンションもいつにも増して高い様だ。

 

「こういう場所に興味があったの。まだパッチが起きてないから、きちゃった」

「ヘヘ、反抗期まっただ中の娘って訳か!」

 

ウィルが豪快に笑い、隣の席をバンバンと叩きながらそう言う

 

そのまま、ストリートでのハプニングを解決した話だったり、パッチと出会った時の話が始まり、ケイはコクコクと頷きながら話を聞くだけだった。

 

「俺の名前はよぉ……実は本名じゃねえんだ……」

 

 急に雰囲気が変わった気がした。さっきまでの会話とは違い、その告白には重みが含まれていた。

 

「俺は、いや、ストリートの連中は全員そうだが。適性検査で『不適合』だって言われてな……」

 

 シティで少しだけ聞いた、検査や、不適合という単語がまた出てきた。きっと私が知らないだけで、シティでも、ストリートでも当然の知識なのだろう。

 

「適性検査ってなにするの?」

 

 ウィルは、「知らねえか」と呟き、『適性検査』という名の残酷なふるい分け作業について話し始めた。

 

「……まず、シティでは20歳になると就職する前に、くだんの適性検査を受ける。仮想空間の中で、いかに冷徹で最適な選択を出来るかどうかのテストだ。そのテストで何もせずフリーズしたり、自己犠牲的な行動だったりをとると、予測不能な個体として、市民としての等級が下げられる。こうなるともう終わりだ。周りのやつらはそいつの近くにいることで等級が下げられる事を危惧して近づかなくなる。公共のサービスも受けられない。職も見つからない……そうしたら、どうすると思う?」

 

顎に手を当てて考えてみる。等級が下げられることは嫌なことなのは分かった。なら、公共サービスの一切が受けられないとどうなるか…

 

「生活が出来ないとか?」

「そう、それだ。生活が困窮してくるとどんな人間でも、死ぬか他人から奪うか。この選択肢しか残らない。大抵、後者を選び、次に市民権が剥奪される。そうすると生活どころか、生きる権利すら失う事になる。そういうやつが、ここに落ちてくるんだ。」

 

本当は酔っていないのではないかと疑う位に、今のウィルは饒舌で、言葉に思いが籠っていた。

 

「俺も同じだ。ここにいるやつらは全員アトラスに存在を否定されてる。俺が初めて地下に来た時、ここはとんでもなく冷たい場所だった。そりゃそうだよな、信じてた神様に、自分の存在を正面から否定されたやつらが集まってるんだから」

 

ウィルは立ち上がり、胸を叩き、声を張り上げてこう叫ぶ。

 

「でも今は違う、ココは熱くなった!俺の名前はリベリオス・ウィル!アトラスへの反抗を意味し、いつか必ず成し遂げると誓い!俺自身が付けた名前だ!今のストリートは、新しい自分を見つけられる場所だ!アトラスなんてクソ食らえ!」

「ウオォォォ!」

 

 酒場の全員が義腕や欠けたグラスを天に掲げ共鳴する。

 さっきまで大胆にもウィルの金を盗ろうとしていた男も、多額の借金を踏み倒そうとしている女も、詐欺師の老人も、今この瞬間だけは、全員でアトラスへの呪詛を唱えた。

 

そこに誠実さや友情は無い、ただ、アトラスという巨大な悪への思いが、打算ありきでしか動かないバラバラなストリートの人々を繋いでいた。

 

怒りの覇気にすこし怖くなったケイだが、同時に生への執着の力強さを感じた。

 

「ふぅ……すまねぇな。うるさくしちまって」

 

 ウィルが再び椅子に座り。酒瓶を開き、2つ目のグラスに注ぎ始める。

 

「酒に興味があってきたんだろ?嬢ちゃん。飲んでみな?」

 

 グラスの中で揺らめく、薬品に近い匂いのする、少し白く濁ったアルコール。ゆっくりとグラスを口に近づけ、中身を一気に飲み込む。

 

「おお、大胆だなぁ!」

 

 一杯分くらいどうってことないと思っていたけれど、喉が焼けるような感覚の後、ジワジワと視界がグワングワンになってくる。

 

 [ System Log K-03 ]

 ・大量のアルコールの摂取を検出。度数96%

 →想定外の量です、この身体はアルコールの大量摂取に耐性がありません。

 

「…けほっ!けほっ…あつい…!消毒液を飲んでるみたい…!」

 

 視界が64kの高密度ピクセルから144ピクセルまで低下する。もう周りの景色もほとんど見えない。

 

「ハハッ。一口でそうなるか!パッチのやつ、こんな箱入り娘をよく闘技場に連れて行ったな!」

 

 豪快に笑うウィルの顔が何重にも重なって見える。「これぇ……やばいわぁね……」そう呟き、ケイは机に突伏し始めた。

 

 [System Date 2700/01/09 (火)……いま何時?]

   [ System Log K-03 ]

 →……8時36分です。

 

「お、起きたか?」

 

 ウィルが酒を流し込んでいる前で、ケイが目を覚ます。

 視界は未だに低画素数のままだ。

 

「……うん、お酒ってぇ、そンナァに……美味しくないねぇ……」

「パッチのやつも酒は好きじゃなかったからなぁ…そういうとこも似てんだな!ハハッ!」

「俺が酒を嫌ってんじゃねぇ、お前の飲む酒が強すぎるだけだ。こいつになんてゲテモノを飲ませてんだよ、たく……」

 

気分上々なウィルと酔い潰れたケイを見つけ、パッチがテーブルまでやって来た。髪には寝癖がついたままで、急いで家を出てきたような姿だ。

 

「お前がいなくなってたから探しに出たんだが……こんなとこで酒に溺れてるとはな?」

「お酒……そんなに美味しくなかった……」

 

 机に顔を縫い付けられたように突伏しながら、ケイがパッチに初めての酒の感想を呟やく。

 

「あたりまえだ、こいつの飲む酒なんてお前が飲んだら回路が焼け焦げるぞ」

 

「おい…まるで俺が化け物みたいな言い草じゃねぇか?」

 

「普通の酒みてぇに飲んでるが、あんな消毒液を飲んでんのはこの店でもお前だけだろ」

 

「これでも飲んで口をゆすげ」と言い、パッチはコーラを一缶、ケイの前に置いた。

 

「甘過ぎるぅ…」

 

 その味は、口直しにはもってこいであった。

 

「帰るぞ、こんなとこにいたらお前の身体が錆びついちまう」

「おぇぇ……前が見えない……」

 

 溜息をつきながらケイを担ぎ上げ、肩に乗せる。テーブルの上に硬貨をいくらかばら撒き、パッチとケイはそのまま店を出るのであった。

 

「お前にはアシストAIがいるだろ、そいつが酒を止めたはずだ」

「止められたぁけど…飲んでみたかったしぃ。」

「お前の事を気にかけてるってのに、それを無視するのは酷いと思うぜ…。そういや、名前なんてんだっけか?」

 

「名前は」と言いかけたものの、ケイは内蔵アシスタントAIの長ったらしい正式名称など覚えていなかった。

 

 (インターナル・アシスタント・あー…なんだっけ)

 

   [ System Log K-03 ]

 →[K-03 Internal Assistant Artificial Intelligence]です。簡潔に、重要事項を抑えた完璧な名称です。正確に記憶してください。

 

 (名前にしては長過ぎるでしょぉ…もっとなんかこう、短く!)

 

 →これ以上、名称を極端に短くする事は不要です。私がどの様な機能をもつのか、大幅に情報を省いた上で、簡素にまとめた名称です。

 

(じゃあ…『ぽむぽむ』はどう?)

 

 →理解不能です、そのような『可愛いさ』のみを重視した名称をつけることに意味はありません。

  

(名称じゃなぁくて、名前を決めるの。ぽむぽむが嫌なら、いつもうるさく注意してくるからノイズとか。)

 

 →……『ノイズ』という言葉には雑音、不要な情報という意味があります。『名前』として使用するのに適する単語ではありません。

 

(じゃあ…AIとノイズで『アイノ』は?)

 

 →……承知しました。私の正式名称を『アイノ』に変更します。

 

アイノの返答には少しラグがあった、それは『自分の名前』という、新しい情報を処理していたためか、はたまた、ケイの酔いがアイノにも影響しているのか。何か別の理由があるのかは誰にもわからない。

 

「名前はアイノだよ」

「アイノ……?もっと長ったらしい名前だった気がするが」

「いまアイノになった……!」

「またわがまま言ったって訳か…お前には同情するぜ……」

 

酒場から出た後、相変わらずの冷たい空気がケイの火照った身体を冷ます。けれどそこには、早朝には無かった暖かさも感じた。

 

 

〜〜〜〜〜〜〜

 

 

 [日付。2700年1月10日の水曜日。7時30分。パッチと散歩中。]

 

ぶらぶらと、特に目的も無く、ストリートの広場をパッチと歩く。

 

「……ストリートの悪いとこだな。たまに起こる喧嘩ごとか、闘技場くらいしか面白いことがねぇ」

 

時折右手でコーラを啜りながら、パッチがそう呟く。

 

「そう?あれとか、パッチは楽しめそうだけど」

 

 ケイが指差すのは、この前、診療所で文句をつけてきたジャンク屋の店主。正直言うとあまり話したくはないが、売っている品は一級品…らしい。

 

「らっしゃい!……て、お前らか。」

「なんだ?不満でもあるのか?俺はお前の集めた精鋭達を見に来ただけだ」

「……そうか」

 

 欠けた歯がチラチラと見えるジャンク屋の店主の前で、パッチは早速、"精鋭"達に目を輝かせていた。

 

「こいつは……旧時代のやつか?」

「んだ。確実じゃねぇけど、この無駄な設計はそうなんだろうな」

 

 パッチが重そうにしながら腕に抱え始めたのは、箱型の電子機器。取っ手を持ち、手前に引くと蓋が開く。そして、機械の中は空洞になっている。

 

「こいつにゃな、電気を流すと中が熱くなんだ」

「中の物を加熱する時に使っていたのか?」

「俺は旧時代の人間じゃねぇぞ?分かる訳ねぇだろ」

 

 パッチとジャンク屋の店主が楽しく会話をしている間、ケイも並べられた他のジャンクを一つ一つ見ていく。

 

 ファンが露出した小型の扇風機に、細長い、ボタンが大量に付いた黒い物もあるが、なにひとつとして使用用途が不明だった。

 

「嬢ちゃん、ちょっと来てくれ」

 

 左側の路地から、側面の髪を剃り上げ、髪を上に結んでいる男が小声で話しかけてくる。

 

「……?。うん、分かった」

 

 疑うことはせず、トコトコとついていくケイ。ケイがついてくることを確認した男は「大変なんだ…相棒が困ったことになっちまってよ」と話し始める。

 

「そうなの?」

「あぁ、そうだ」

 

 パッチから離れ、路地裏に入ってから20秒程奥に進むと、男が急に立ち止まり、ケイは男に軽くぶつかってしまった。

 

「あ、ごめん」

「おい、嬢ちゃん、金を出しな。あるだけ全部だ」

「え?」

 

 いきなり振り向いたかと思えば、周りに響かないよう小さく、しかしハッキリと男は言った。その手にはナイフが握られている。

 

  [ System Log K-03 ]

 ・声紋を認識中…

 →強盗の類です。制圧。もしくは逃走を推奨します。

 

「なんで?お金に困ってるの?」

「あ?早く出せよ!」

 

 男がナイフをケイの首元に近づける。ケイは少し後退りし、壁際に追い詰められる。

 

「危ないでしょ、やめて」

「…このっ!」

 

 男は拳を振りかぶり、ケイの顔を一発殴る。頬が傷つき、「次は刺すぞ」と男が脅しをかけた。

 

「おい!ケイに何すんだてめぇ!」

 

   [ System Log K-03 ]

 ・機体の損傷を検知。

 →緊急防衛プログラムを起動します。

 

パッチの怒鳴った声が聞こえた次の瞬間、ケイの意思とは無関係に片脚が動き、男の脚を踏んで固定した後、拳が男の顔をめがけて高速に、何発も打ち込まれる。

 

  [ System Log K-03 ]

 →危険対象を確認したため、非殺傷出力での制圧を試みました。

 

「うが……おぅ……」

 

 (えっと……ありがとう……?)

 

脅威を自動で退けてくれるのは頼もしいものの、思ってもいないところで無意識に行動を起こしてしまうのは危険ではないかとも思う。

 

高速動作で熱を帯びた自分の腕を触りながら、ケイはなんとも言えない気持ちになった

地に伏した男は、顔を押さえた状態で気絶している。

 

「今……何発打ったんだ?」

 

パッチが口を半開きにしてケイを見つめる。何を言うのかと思えば、「…闘技場……でるか?」と聞いてきた。

 

「いや、あそこはちょっと……暑いし」

「冗談だ。そして、なかなかやるじゃねえか。アトラスは格闘術も教えてんのか?」

「……私じゃなくて、私とも言えるけど、アイノが勝手に動いて!」

「いつも意見を無視されてるから、ついに怒っちまったんだろ。丁度、鬱憤を晴らせる相手が来たってわけだな」

 

   [ System Log K-03 ]

 (…そうなの?)

 →否定はしません。

 

「頬の傷は…まぁ大したことねぇか」

「大丈夫。あのジャンクはどうするの?」

「あぁ、買って診療所に置いとく。あれで料理すれば、きっとうまいもんができる」

 

 口角を上げながら、パッチがジャンク屋の方を向いてそう言う。

 

「私のお料理タイムだね」

「ハッ。どんなゲテモノ作るんだかな」

 

 パッチは小馬鹿にしたように笑い、ジャンク屋から箱型の電子機器を買い取って帰路に着く。ケイはそのうしろをついていきながら、反動で今もジンジンと痛む腕を見つめる。自分の意思とは無関係に動いた拳に、『アトラスの兵器』としての自分を少し。感じてしまうのであった。

 

 [ System Log K-03 ]

全ストレージ容量: 1024PB

割り当て状況:

・アトラス公式任務データ: 0.00%(要らない)

・私の記憶:+ 沢山増えてる(32Kキャプチャ:+12件)

・空き領域: 75.28%

・予測の寿命…約219年分

・思い出記録

お酒――『酔いの感覚』『熱すぎる』

アイノ ―― 『可愛い名前』

処理結果: データの全保護を完了。完ぺき

 

→パッチの顎髭の録画に3時間分のデータが使用されています。必要性が然程感じられません。画質を2Kに変更しますか?

 ――『だめ』

→酔いは覚めたはずでしょう、冷静な判断をしてください。もう少しマシなものを保存しましょう。

 

 (パッチの顎髭…実は、意外と柔らかいんだよ。知ってた?)

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