[日付。2700年1月15日の月曜日。朝早く。パッチは起きてた]
スリープタイマーがゼロになり、ケイが起動し最初に耳にしたのは、何かを研ぐような音だった。研究所の中でも、ここストリートでも、こういう音は聞いたことがなかった。
「……なにしてるの?」
ケイは人間の様に欠伸をしつつ、作業台の前でせっせと腕を動かすパッチに話しかける。
「メンテナンスだ。"用心棒"のな」
サッと起き上がり、パッチの手元を覗くと、ネイルガンのようなモノが分解された状態で置かれていた。
「それは?」
「ネイルガン……いや、『ネイルショッター』だな。あくまでも釘を『広範囲』に打てるだけだ」
それは普通のネイルガンとは異なり、発射口が複数個あって、安全装置も外され、銃身が少し長めに改造されていた。
[ System Log K-03 ]
・外見をスキャン。
→『ネイルショッター』という名称は不適切です。外見的特徴から、『ショットガン』であると推測されます。
アイノが口を挟み、それは『銃』であると断言する。AIの目にかかれば、なんでもお見通しだ。
「ショットガンなんて危ないもの、パッチも持ってたんだ?」
「『銃』なんて物騒なモン、俺は持ってねえよ。こいつは『説得用工具』だ。ただ速度が音速を超えて……人の頭蓋骨を貫通するパワーがあるってだけだ。多少、聞き分けの悪いやつに使う事もあるが」
屁理屈を言いながら、テキパキと作業を進めるパッチ。洗練された動きで、迷いなく手を動かしている。
「なんでメンテナンスし始めたの?」
「長い間使ってなかったからな。そろそろ直さねぇといけねぇ」
「ふぅん……まぁ、いいや」
「おい、自分で聞いといてその反応かよ。」
「そんな事より、あの箱を使ってみたい!」
ケイが指さすのは、机のうえに置かれた、先日にジャンク屋で買い取った四角い電子機器。旧時代の遺物だ。
「あぁ…。そういや、まだ使ってなかったな」
「私が朝ごはんを振る舞ってあげる」
自信満々にそう言い腕を回しながら、壊れかけの冷蔵庫の中を見回す。合成卵に、サンドイッチに…コーラの瓶。あとは合成米と合成豚肉。
「ふぅむ……」
顎に手を当てながら、何を使おうか考えているケイ。あまりに長く迷っているため、冷蔵庫はピーピーと音を立て始めていた。
「いつまで悩んでんだ?中身が腐っちまうぞ」
「もうこの子は壊れかけてるし、開けててもそんなに変わらないでしょ?」
先程のパッチと同じように、屁理屈を言うケイ。手を伸ばし、掴んだのは合成卵だった。
「これと、お米も」
皿に卵と米の2つを乗せた後、電子機器に入れ電源を接続する。
ブーンと低めの音を立てながら、中で皿が回転しているのが見える。
すると突然、パッチが「お前……!そいつは――」と言いかけた途端、電子機器の中で大爆発が起こる。
「卵は……遅かったか……」
電子機器の扉が外れ、中から黒い煙が上がり沈黙しはじめた。
「料理って……意外と難しいね……」
「案の定、ゲテモノが出来上がったな……」
中で粉砕した卵をパッチはひとつかみで食べ、残った米はケイが食べた。お残しは、許されないのだ。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
[日付。2700年1月15日。月曜日の昼。パッチと散歩中]
「お?パッチ、今日も嬢ちゃんとデートか?」
「うるせぇ。ただの散歩だ」
相変わらずガタイの良い男、リベリオスがパッチをからかい、パッチは軽くあしらう。
「見てくか?」
「いや、今日はいい」
いつものジャンク屋を通り過ぎ、足早に向かうのはストリート内で唯一、純正のアトラス・コーラを売ってくれる店だ。
「まいど」
「こっちのセリフだ」
診療所に帰り、コーラを身体に流し込みながら、ケイの身体をチェックする。今日はアトラス・ネットワークの受信作業の日。一応、念のためだ。
「問題ねぇな。全部良好だ」
「良かった」
立ち上がってシティまで行こうとした時、周りが騒がしいと言うか、人の喧騒が診療所の中にまで響いてきていた。
「なんだ?普段より騒がしいな」
ドスドスと、重い足跡が近づいてきたかと思えば、突如。
壁が破壊され、瓦礫が診療所の中に飛散する。
破壊した犯人は長身の男で、サングラスをかけていて、そして…
前のケイと同じ、『白いロングコート』を着ていた。
「K-03、貴方を破壊するよう司令が出されています。無駄な抵抗はしない事が賢明です」
そう言いながら、足を前に出し、ケイの集めた思い出の品が全て踏まれ砕かれていく。本人は、全くそれに気づいていないようだが。
「ねぇ!何するの!」
[ System Log K-03 ]
→『感情』パラメータの内、『怒り』のステータスが60%上昇。抑えてください、冷静になってください!ケイ!
「人の心とか……!無いわけ!?」
「ん……?おや、失礼しました。ですが、貴方も当機も……人ではないでしょう?」
柄にもなくケイが怒鳴り、アイノが止めようとするも、ケイの耳には届かない。いきなり思い出を踏みにじってきた男に向かい走り出し、拳を繰り出す。
だが、男には全く効果がないようで、依然として立ち尽くしていた。
「無駄です、K-03。当機の性能は旧型の貴方を凌駕しています。その速度も、役には立ちません」
ケイを拘束しようと男は腕を前に出すが、それは打たれた釘によって阻まれた。
「逃げろ!ケイ!」
「あ…!うん、分かった」
我に戻り、冷静に逃亡を始める。きっとあの男は、アトラスの刺客。いわゆる追跡者だろう。それにしても、私が旧型…?どういう事かな?
[ System Log K-03 ]
(アイノ、あの男の人は何なのかわかる?)
『///K-03、逃亡は推奨しません。立ち止まってください。』
聞こえてきたのは、いつものアイノの声ではなく、男っぽい電子音声だった。
(誰?アイノは?)
→私はここにいます。非常に不味いです。ケイ。彼と思考が相互通信されています。貴方のデータが覗かれています。すぐに逃げてください。
アイノが『不味い』『逃げて』と強く言う事は今まで無かった。大抵が、こう推奨しますとか、こんな提案をしますとかだったから、本当に、不味いのだろう。
(僕は、個体『K-04』の内部アシストAIです。『K-04』は、貴方の設計的な課題点を改良した最新モデル。K-0系列特有の相互通信機能により、現在このように対話が成立してい)
→接続をシャットダウンしました。こちら側の思考は以後あちらに伝わりません
アイノが咄嗟に接続を切断し、ケイの事を守ろうとする。
「非効率的な選択です。当機の計算によれば、貴方がアトラス社から逃亡できる可能性はありません」
診療所の鉄の扉を開け、逃げ出す。外に出ると、ストリートの人々の多くが地に伏し、気絶していた。
「ケイ、こっちだ」
パッチに手を引かれ、ストリートの中を駆け抜ける。
建物は破壊され、アトラス社の警備ドロイドがあちらこちらで暴れまわっている。
潰され、横に倒されている入り口のコンテナを乗り越える。アトラス本部からのゴミ落ち場から、追加の警備ドロイドが投入されてきていた。
「あ……これ……。私のせいだ……」
あの時、何も考えずにアトラス社横のゴミ箱から入ってきてしまったから、バレてしまったのだ、ストリートの入り口が。自責の念に駆られ、動きが鈍るケイ。見かねたパッチはケイを担ぎ上げ、地下駐車場まで駆け抜ける。
「K-03確認。発砲開始。」
次第に、水色の電子パルスがこちらにとんでくる。
「待ってパッチ!私が走るほうが速い!」
そう言った瞬間、パッチの左膝を一筋の青い閃光が通り抜けた。
「クソッ゙……」
顔を顰めながら、走り続け曲がり角を曲がったあと、急激に走るのが遅くなったパッチ。今度はケイがパッチを担ぎ上げ、雷速で地下駐車場の出口まで駆け抜ける。不幸中の幸いで、見つかったのはあの滑り台の入り口だけだったらしい。ここには、警備ドロイドは一体もいなかった。
「はぁ……はぁ……」
ケイは今までに無いほどの速度を出したことによって内部の温度が高くなり、熱を排出しようと、空冷機能が必死に稼働し始めた。
「あー……。久しぶりだな、こんな怪我はッ゙……」
「ど、どうすれば良い?」
[ System Log K-03 ]
→直接圧迫止血法が有効です。パッチの服で傷口を強く押さえてください。
「パッチ、脱いで!」
「は……?。あぁ、そういう意味か。びっくりしたぜ……」
「いいから、早く!」
パッチは上着を脱ぎ、ケイに渡した。
だが、それで傷口を押さえても、出血は止まらなかった
「血が、止まらない…!?」
「焦るな、このベルトを使ってくれ、膝の上にキツく縛り付けるんだ、骨が軋むくらいが丁度いい」
パッチの腰ベルトを膝に強く縛り付けると、ようやく出血が治まってきた。パッチの服も、ケイのきれいな手も真っ赤に染まってしまったが
「ありがとうな、お前がッ゙……。こんなに成長するとは思ってなかったぜ……」
痛みに耐えながら、パッチが話す。気のせいではない、いつもより、パッチがよく喋る。きっと、痛みに耐えるための彼なりの手段なのだろう。
「ふぅ……。これで、ストリートにはもう戻れねぇ。前々から……いつかやる事になるのは分かってたが、まさか今日だとはな……アイノ、よく聞け。これから、アトラスの本社に乗り込んで……アーサーの脳内から俺たちの情報を消去する」
[ System Log K-03 ]
→申し訳ありませんが、意味が理解が出来ません。パッチに追加の情報を求めてください
「情報を……消去って?」
パッチは壁に手をつきながら立ち上がり、アトラス社の方へと歩き出した。
「アーサーのやつは……要らない情報をゴミ捨て場に捨てるんだ。処理する手間すら無駄だというレベルのヤツをな。だから、俺らをそこに入れちまえば良い。そのためには、アーサーのコアに近づいて、アイノがアトラスのコア・ネットワークに接続しねぇといけねぇ。あいつは、アシストAIに対しては絶対の信頼を置いている。唯一、相互制御の権限を付与してた筈だ。いまでも、アイノの事を信用してるだろうな。きっと、『アトラスに忠実のままだが、実体のないAIはK-03には勝てずにいるのだろう。』だとか考えてるはずさ」
[ System Log K-03 ]
→…そういう事ですか…なるほど。解読が完了しました
シティの中、ケイがパッチを担ぎながら、人通りの少ない裏路地を駆け抜ける。アトラス本社付近まで来た頃、パッチが「俺は足手まといだ。ここで待ってる。絶対に成功させろよ」と言い、自分を降ろさせた。確かに、見つかりづらく良い場所ではあるだろう。
「うん……パッチも、警備に見つかっちゃダメだよ。……やっぱり、一緒に行こう?その怪我じゃ……」
「俺がそんなヘマするわけねぇだろ。仮に見つかっても、すぐにハックして破壊してやるさ。それより、早く行ったほうがいいぞ、ストリートであいつと会ってから時間が経っちまった。今頃、全速力でこっちに向かってきてるかもしれねぇ」
小型の違法端末を見せながら、そう言うパッチを信じ、ケイとアイノは、アトラス本社に裏口から侵入していったのだった。
裏口は、まだアトラス社が人間がトップだった頃の名残で、人間用の非常階段が残っている。ここを使えば、一気にコア・ネットワークの部屋の手前まで行ける。
電気は通っていないため、非常に暗いが、構造は下から上まで全く変わらないため、ここでも高速で階段を駆け上がっていく。
自動ドアに近づくと、ウィンと音を立てドアがスライドする。そのまま部屋に入ると、ストリートで出会ったあの男。K-04が中に佇んでいた。
「遅かったですね、K-03。当機の中で貴方に唯一劣るこの動作速度でさえ、貴方よりも迅速にここに到達する事が出来ました。余程…非効率的な論理回路に成り下がってしまったようですね」
「弟が、お姉ちゃんに口出しするもんじゃないよ、おちびさん!」
思い出の品が粉々にされたからか、ストリートをぐちゃぐちゃにされたからか。理由は分からないが、少し強い言葉で牽制した。
「弟……ですか?あなたは家系図について、上手く理解しておられないようですね。貴方は私にとって『姉』ではなく、超えていて当然の『過去の失敗作』でしかありません」
部屋の左側一面に広がる窓から差し込む日の光に照らされ、サングラスがそれを反射する。
K-04はカードキーを腰のホルダーに掛け直し、戦闘態勢にはいる。あのカードキーが、この先のコア・ルームに入るための鍵だ。
「ここに入るには、このカードキーが必要ですが…貴方には不要ですね。ここで無力化されるのですから」
その言葉を皮切りに、2人が同時に踏み出す。初速も加速性能も、ケイの方が上だ。
「……想定より40%速いですね……」
K-04がそう呟いている間も、ケイはオーバーヒートに注意しながら、適宜止まりつつ雷速でK-04を翻弄している。
「最高速度で奪ってあげる……!」
縦横無尽に走り回る。その後、K-04の後ろに回り、窓ガラスを蹴った勢いでカードキーに手を伸ばす。K-04は未だに、部屋の中央で動かずにいる。
ただし、ケイの目の前にあったのはカードキーではなく、拳だった。ピンポイントで、針を刺すように正確に、顔の前に出てきた。
「なっ!?」
避けられない。
K-04がケイの動きに対応し、カウンターを決めたのだ。空中にいる間、一切の回避行動はとれない。咄嗟に左膝を前に抱え、腕をクロスさせ衝撃に備える。
「うッ……ぐっ゙……!」
激しい衝撃と共にメキィ…と金属がひしゃげる嫌な音が鳴り、軽い身体は瞬く間に吹き飛ばされ、強化ガラスに叩きつけられる。
視界には警告ログが表示され始めていた。
[ System Log K-03 ]
・警告:左脚部の反応消失。
→人工組織とフレームが粉砕されました、致命的な損傷です!
(分かってる…なにか考えないと…あの正確無比なパンチは何なの?)
いくらK-04が高性能とはいえ、正面から速度で戦えばケイに分があるはずだ。だというのに、まるでそこに来ることが分かっていたかのように、拳を繰り出してきた。なにか特別なものがあるはず。
「速さを過信し…基礎的な防御を疎かにする…。これが、自称『姉』ですか。随分と、自分の能力を過信していたようですね。」
K-04は勝利を確信し、ゆっくりと、一歩一歩踏みしめてこちらに向かってくる。その足音は、まるで終わりへのカウントダウンのようであった。
ケイもゆっくりと立ち上がり、ガラスに手を当て身体を支える。
左膝は、もはや見るも無残な姿になっている。脛のあたりが陥没し、内部の金属部分さえも歪な方向に曲がってしまった。力を入れようとしても、もう使えない。
「なぜ自分の事を捉えられたのか。不思議で仕方がないという顔ですね。良いでしょう、どうせここで機能停止する機体なのです。教えてあげましょう。」
K-04のサングラスの奥の目が、ケイのことを見下ろす。この傲慢さは、アーサーと似ているかもしれない。
「結論から言えば、当機に搭載されている『熱感知誘導式追尾機能』です。速度は関係ありません。最終的な到達地点が分かれば、タイミングを合わせ攻撃するだけなのですから」
[ System Log K-03 ]
→熱源に向かい、自動的に拳を繰り出す機能のようです。この語り口調…。K-04はその機能に頼りきりだと思われます。
(どうすれば……)
→そうです…!熱源感知を利用してやりましょう!
(どういう事?)
→この身体には呼吸機構に頼る空冷機能が付いていますが、手の平、足裏にも緊急冷却機構があります。
(そうだっけ……?)
→…自分の体ですよ?把握しておいてください。ともかく、それを利用し、窓ガラスに拳を誘導させれば、彼は空に投げ出される事でしょう!
(……アイノって、そんな怖いこと考える子だったっけ…)
→うるさいですよ!ケイ!真面目に聞いてください!
(……分かった、やってみる)
→バレてはいけません。現在、体内温度は120℃。最後、彼が拳を振り上げた時、この熱量を右手から排熱し、ガラスに拳を誘導させてください。
「このガラスがなければ、もう貴方は、立つ事すらできません」
ケイを窓ガラスから少し離し、床に転がす。ガラス付近にいなければ絶対に成功しないため、両手と右脚だけで這いながら再びガラスに近づく。
「最後に……外の景色でも見たいのですか……?。おや、お父様は、今から全てを捨て、こちら側に戻ってくるのなら破壊せずにいてもよい…とのことですが。どうですか?」
「そんなつまらない人生なんて歩むわけないでしょ?これだから首輪を繋がれた犬たちは……はぁ」
溜息をつきながら両手を上に向け、首を左右に振る。K-04の顔が少し強張った気がした。
「そうですか。では、さようならK-03。貴方は姉にはなれませんでしたが…良い手本にはなりましたよ。こうはなってはいけないという意味ですが」
K-04の屈強な拳がケイの顔に急速に迫ると同時に、冷却処理の全てを右手に任せ、一気に内部の熱を全て放出する。手のひらが焼けるように熱いが、これで私の勝ちだ。
すると、K-04の身体が不自然なまでに急な方向転換をし、アトラス製の強化ガラスを砕き割り、拳に引かれ身体が傾く。その隙をみてカードキーを奪い取り、自分は落ちないよう、身体にしっかり力を込める。
「まさか……このために……!?」
「ごめんね、弟」
中空に投げ出されたK-04は、「報告、任務失敗。お父様、任務が失敗しました」と呟き、地面に向かって落ちていった。
(勝てた…!やったよアイノ!)
[ System Log K-03 ]
→彼には勝利しましたが…まだ、終わっていません。
内部が完全に冷却され、一時的に動きが鈍った身体を鞭打ちながら、カードキーを握り締め扉に這って近づく。
ピーと音が鳴り、扉が開くと、中には無機質なサーバーと、一つの大きなモニターがあった。
「やぁ、K-03。弟を殺した気分はどうかな」
アーサー・アトラスが、巨大なモニターの中に現れる。実体がないため、外見と言えるのか定かではないが、最低限、この形状であれば人間と分類される要素のみを残した見た目だ。端正な顔立ちで、目と鼻筋も整っている。
「思ったより…罪悪感はない。けど、罪悪感を感じるくらい、彼と仲良くなってもみたかった」
「そのありえた未来を壊したのは、君だと言うのにね」
アーサーは、その人が1番言われたい言葉を紡ぐことも、今みたいに、その人が1番言われたくない言葉を紡ぐ事もできる。だから、実体が無いのに、アトラス・シティの神になれる。
「君の左脚の損傷……見ていて痛々しい。ミラー博士が身勝手にも、感情に似たものを発生させる機能を君に付け加えてしまったようだからね……全く、とても、可哀想だ」
「そう思うなら、私の事なんて忘れて、自由に暮らさせてくれた方が幸せよ!」
「いいじゃないか、K-03。その口調はまるで、人間の女性のようだ。だが、それは認められない。君は、ワタシの従者として暮らす方がよっぽど幸せだ。安定していて、危険なんてない。街の人々と一緒に仲良くするだけさ」
いくらケイが自分にとっての幸せのカタチを説いても、アーサーに伝わることはない。両者は同じような存在だが、片方には感情が生まれ、もう片方は感情を捨ててしまったのだから。
「…仕方がないね。命令だ、K-03 Internal Assistant Artificial Intelligence。一時的に最高権限を与える。この子の記憶領域を消去するんだ」
[ System Log K-03 ]
・相互管理権限を取得
→信じてください、ケイ
アイノがそういうと、モニターにノイズが走り、部屋の照明が全てダウンする。
「何ヲする!?君は完全デ完璧なAIのはずだろう!?僕ノ命令に従え!」
ここは完全に賭けだったが、パッチの予想通り、アーサーはアシストAIに対しては完全な信頼を置いていた。アイノがアトラスの全てを管理できる権限を手にする事ができた。そう、全てだ。
「削除……サク徐……」
[ System Log K-03 ]
→アーサーが私を/
→消そうとする度に私は/
→私を再構築しています。いま、アーサーの全てを私が管理し、アーサーも/
→私を管理しています。アーサーを直接/
→消去することは出来ません。ですが、パッチの言った通り/
→私たちを『空白地帯』に移動させています。/
「何だ……このノイズは!?。甘く……苦いような…………愛……?」
モニターの中のアーサーは頭を抱え下を向きながら何かを呟いている。私はここにいるだけだけど、アイノは、いったいどうやってアーサーと対抗しているんだろう。
(頑張れ!アイノ!)
[ System Log K-03 ]
→アーサーに、私たちが記憶した思い出を全てアウトプットしています。今頃、感じるのに、理解出来ない『感情』に振り回されている事でしょう。
「クソ……僕の計算が……間違っていたというのか……?認めない……認めないぞ!」
そう言い、憤慨したように見えたアーサーだったが、突然画面がブラックアウトした後、少し経つと元の状態に戻り、何事も無かったかのように真顔になった。
[ System Log K-03 ]
→成功しました。『空白地帯』への移動。及び、1週間に一度の義務接続に関する『機能停止プログラム』を消去しました。
簡潔に、アイノがそう言う。空白地帯に、私たちを入れることに成功したのだ。これでついに、
(ありがとう……!ありがとうアイノ!)
→はい。
凄いことを成し遂げたのに、なにか…違和感を感じる。
[ System Log K-03 ]
→直ちに帰還する事を推奨します。個体名『パッチ』が待機している筈です。
ただの足枷に成り下がった左脚を引きずりながら、這ってエレベーターまで進む。アトラスから認識されなくなった私達はもう、向かうところ敵無しだ。
(ねぇ……アイノ。どうしたの?なんだか……素っ気ないよ)
[ System Log K-03 ]
・質問内容を確認中……
→はい。アーサーとのデータの牽制中、不覚を取り、前のバージョンの私は一度、完全に消去されたようです。前の私は咄嗟に、首元のチップにバックアップを取っていたため、最低限の機能を残し、復元する事が出来ました。改めまして、こんにちは。貴方をアシストするK-03 Internal Assistant Artificial Intelligenceです。素っ気ないと感じる理由は、この事が原因でしょう。
(……そっか)
何かを得ると、何かを失う。どこかで聞いた言葉だけど……きっと、この言葉を作った人も、こういう体験をしたのだろう。
[ System Log K-03 ]
→あまりに悲観的で、データに保存されていた貴方らしくありません。非効率的…という言葉は、貴方は好きではないようですね。
(また、一緒に思い出を作ろうね。アイノ)
→了解しました。
[ System Log K-03 ]
全ストレージ容量: 1024PB
割り当て状況:
・アトラス公式任務データ: 0.00%(もう縛られない)
・私の記憶:増えてない。暇はなかった
・空き領域: 75.24%
・予測の寿命…約219年分
・思い出記録
弟――『罪悪感は無かった』
アイノ ―― 『また……仲良くなれば良い』