アトラス社本部のビルの足元、少女が一人、這って、這って。ゆっくりと進んでいた。
「パッチ!」
「ケイ…!成功した…のか…。随分と…酷くやられたな」
自分でさらに治療を進めたのか、パッチの足の状態はさっきよりは良くなっていた。
「パッチとお揃いだね。この怪我は…治せない?」
「…!。ハッ…お前も、ロマンチックな事するんだな。いいや、治すさ」
ケイを担ぎ上げ、パッチが片脚を引きずりながら歩く。普通ならカメラに捉えられ、即病院コースであるが、今のケイとパッチは、論理的に否定される存在になっていた。いわば、アトラス・シティに限れば無敵時間中だ。
「お前の傷を直してやりたいところだが…先にミラーのやつを回収するぞ。あいつは再教育施設にいる筈だ」
「…私のせいで」
「んなこと言うんじゃねぇ、2回目だぞ。お前を作ったのは俺らだ。だから、責任は俺らにある。当然、ミラーのやつも同じだ。自業自得にちけぇよ」
アトラス・タワーの真横にある、『再教育施設』名前は立派だが、中身はどうなっているのか、想像はできない。
自動ドアをこじ開け、施設内にズカズカと侵入する。警備ドロイドも監視カメラも、ケイとパッチを認識しない。
「ミラーのやつは…ここか」
モニターに映る名簿を確認し、E-01号室に向かう。
廊下にいるのはドロイドだけで、人なんて一人もいない。こんな空間で一人でいては、孤独で寂しくなってしまうことだろう。
「おい!ミラー!」
バンバンと扉を叩き、周囲のドロイドがこちらに目を向けるが、原因が特定できないため、視界のバグと処理し、目を外す。
「その声…バン?」
「そうだ、ケイと一緒だ。よくもこんなポンコツ送りつけて来やがったな!」
「聞き捨てならないわ!ポンコツ!?私の可愛い娘が!?あんたでもそれは許せないわよ!」
思ったより…元気なようだ。特技の長話は今は本調子ではないみたいだけど、なんというか、私の話をする時には活発になるのは変わってないみたいだ。
「ふんだ。私はもう博士の言う事しか聞かないし」
「…悪かったな。お前はポンコツじゃねぇ」
「んん゙っ」と、ミラーは咳払いをした後、「喧嘩はしないの。元々、ケイは私だけの娘でしょう」と、平常時のテンションに戻り、場をまとめようとし始めた。
「勝手にしろ。いいから、早く出るぞ」
「…そうだ、どうやってここまで来たの?外のドロイドには、どう対処したの?」
「こいつが頑張ったんだよ。今じゃ俺らは街を歩く幽霊だ。簡単に言えば…アーサーは俺たちを認識できなくなった」
「あぁ…!つまり…アーサーの論理思考システムに干渉して――」と、博士が言いかけた途端、パッチが口に手を当てて黙らせ、腕を引っ張り外に連れ出す。
「こうでもしねぇと、こいつは丸一日喋り続けるからな」
博士の話が長いのは、私とパッチのなかでも共通の認識だったみたい。
「このあと、どうするの?」
ストリートに戻るのかな?きっと戻るよね。いきなり飛び出ちゃったから、色々持ってこないといけないだろうし。
だが、パッチの答えは、想定していた返答とは違った
「ストリートには、戻らねぇ。このまま郊外まで行くぞ」
そう言ったパッチの目には、決意なのか、なんなのか。固い意志が感じられた。
「あら、ストリートにはいかないのね?ケイの暮らしたところを、一度見てみたいのに」
「今戻っても…お前らが見たくねぇ光景が広がってるだけだ。俺も見たくねぇ」
パッチに抱えられ、アトラス・シティと郊外を隔てる物理的なゲート前に辿り着いた。人工的な雲のような膜が、外の砂嵐からシティを守っている。
「行くぞ」
堂々と規制を通り抜けても、ドロイドが反応を示すことは無い。今のケイたちは、アトラスからすればホコリと変わりないのだから。
ゲートの先は、辺り一面に広がる金色の大地と、シティの中と違い、青く澄んだ本物の空だった。私から空を奪っていた人工の雲は、こんなにも薄くて、ハリボテでしかなかった。
「絶景だろ?俺も…何年ぶりか分からねぇぜ」
「私は初めて見たわ…これは…砂の性質を調べたいわね…」
パッチは、肩に私を抱えているその手で腰をポンポンと叩き。ミラー博士は、私の手を握った。2人の手が温かいのか、砂漠が暖かいのか。私はまた、分からなくなった。ただ一つ分かるのは…私は愛されているってことだ。
全ストレージ容量: 1024PB
割り当て状況:
・アトラス公式任務データ: 0.00%(もう縛られない)
・私の記憶:今度は博士の顔も撮り始めた。(32kキャプチャ+34件)
・空き領域: 73.10%
・予測の寿命…約217年分
・思い出記録
パッチ――『今思えば、お父さんみたいなのかも』
ミラー博士 ―― 『相変わらず話が長そう。こっちはお母さん』
(アイノも、私たちの家族だよ)
→…
返答は返ってこなかったが、それは『無視』とはまた違う気がした。