第8話 郊外
1月15日の月曜日。昼過ぎ。今日からは皆で一緒。
パッチとケイ、そしてミラーたちは『アトラスの瞳』から完全に逃れ、郊外へと足を踏み出したのだった…。
「あそこが鉄道だ」
パッチが指差すのは、四角い、簡素な建造物であった。長い間砂嵐に晒され、砂にまみれた駅舎。アトラスのような清潔感はない。だがそこには、人が砂漠で生きようと足掻くストリートに似たような熱を感じた。
運用されている列車の名を『砂上鉄道』というらしい。郊外のどこかの、大きな団体が運営しているようだ。
「あいつに乗るにはスクラップが通貨の代わりに必要になるんだが…ちょうど良く、出てきてくれやがったな」
パッチが口角を片方だけ上げながら、前方を歩いているアトラスの郊外巡回ドロイドを発見する。
「代わりに担いどいてくれ」
「こっちよケイ。そんなモジャモジャなお髭のおじさんより、私の方が良いわよね?」
「お前も俺と同年代だろ…」
「私は…どっちも同じくらい好きだよ」
ケイを担ぐ仕事がパッチからミラー博士に担当が変わり、パッチはアトラスのドロイドに向かい堂々と歩き出した。
パッチの愛用工具のネイルショッターで、2体全てを順調に無力化し、慣れた手つきでドロイドを分解していく。
「パッチ…凄い…あの怖かった奴らがこんな風に…」
「感心する相手を間違えてるわよ!…あ、あの関節の駆動部品、私が設計を改良したのよ?凄いでしょ?」
博士としてのプライドか、慌てて自分の功績をケイに自慢し始めるミラーであった。
「こんだけありゃ、俺らを乗せてくれるだろ」
あっという間にガラクタになったドロイドを運び、鉄道に向かう。価値の低く重い部品は捨て、小さくて高価そうな部品だけパッチの腰にある小型バッグに入れて持ってきたが、それでも数があって軽くは無さそうだ。
「砂上鉄道、列車停車中…しばらく、ホームでお待ちください。」
駅に近づいてくると、中から放送が聞こえてくる。
人はまばらだが、小さい駅舎に入れば少し混雑気味だ。
「スクラップを持ってきた。査定してくれ」
パッチがカウンターにスクラップを一部だけ置き、駅員が眼鏡を直しながらジッと、注意深く見る。数秒見たあと、目を見開き、こちらに顔を向けた。
「これは…アトラスのドロイドの部品ではないですか…!。いったい、その人数でどうやって…?」
技術はあっても資源が枯渇しがちな郊外では、質と量を兼ね備えたアトラスの巡回ドロイドは脅威に他ならない。ケイたちにとっては、ただの歩く的に過ぎないが。
「まぁそれは良いだろ、この人数、乗れるか?」
「もちろんですとも!これが、乗車券3枚。スクラップの価値が基準を大きく上回っていましたので、それぞれ2回分使えるものとなります。紛失すると再発行は出来ませんので、その点はご注意を」
乗車券を受け取り、ミラーに2枚渡す。少し古くなった椅子にパッチと、ケイを担いだままのミラーが座り、パッチは自分の故郷について語り始めた。
「最終的には…俺の生まれ育った街に行きたい」
「最終的に…?最初にじゃないの?」
なぜ最初ではなく最後になのか、パッチの説明により、その理由が明らかになった。
「あそこは郊外随一の技術力を持つんだが…移動式の街でな。今どこにあるのか全く見当がつかねぇ」
「街が移動するのね…?アトラスの技術も素晴らしいものだけど、その技術も、とても気になるわね。相当な出力の動力源が必要になる訳だけど、いったいどうやって…もしかして、砂を燃料にして動くのかしら?それなら、燃料は実質的に無限な上、出力を賄えるのにも納得がいくわね!移動都市…こんなにもワクワクするものなのね…」
「正解だ…。さすがは博士ってとこか」
ミラー博士は話が長い点を除けば、頭脳明晰で、閃きが鋭い女性である。そう、話が長く冗長でなければ。
「ホバー式で、中々に巨大なもんだからな…近くにいるならすぐに分かるが、アレの活動エリアは郊外全土。この大陸の東西南北、全てだ」
話込んでいると、小さなホームには似合わない、大きな貨物列車の警笛が構内にこだました。
「さ、乗り込むぞ。かなり揺れるからな…きっと面白れぇ筈だ」
ケイたちは列車の客室部に乗り込み、空いている座席に座り、出発を待った。
〜〜〜
「今いるのがここで…これから向かうのが、ココだ」
パッチが車内で配られている地図を貰い、アトラス・シティの位置に赤いマーカーで印をつけ、次に到着する街にも赤い2重丸を描きながらそう言った。
「棒線が、列車が通るルートだな。そんで、黒い丸が…街の位置だ。割と適当な地図だから、誤差はある。全部手書きだしな」
ケイは列車に揺られながら、パッチの持つ地図をじっと見つめる。
「この横線は…海っていうやつ?」
ケイが地図の外側の辺りを指で示しながらそう言うと、ミラー博士が「そうよ、今は塩や砂で埋まっているけれど…かつては海であったと言われているわ」と言った。
「この列車は一方向に進み続けるからな、ここを乗っていって…ここでようやくUターンする」
今度は1番左の街を指差しながら、そうパッチが説明する。どうやらシティのリニアとは違い、なかなかに利便性は低いみたいだ。
「そんな顔するな。アトラスのやつらがあんな便利なもん作れてるのが『バグ』ってるだけだ。」
「ふぅん…これ、なんて名前なの?」
「…Uターンの場所の読み方は『アイアン・ハブ』ね、確か旧時代の巨大な転車台があって…あとは、切り立ったような崖が特徴的だった筈よ。今では…もう砂に埋もれてるかもしれないけれど。少なくとも、アトラスのデータセンターにはそうあったわ」
シティのものとは違う言語で書かれており、ケイは街の名前が読めなかった。アイノが記憶を全て維持していれば翻訳してくれたかもしれないが…。ミラー博士はアトラスのデータセンターに直接アクセスできたため、旧時代についての知識量は豊富だ。ケイは知らなかったが、アトラスには旧時代からの情報も多く残っているらしい。
「そうなのか?俺はアクセス出来なかったが…。まぁいい、今は外でも見とけ。シティじゃ雲に覆われてて見えなかったろ」
言われた通り、窓の外を見てみる。ただ、辺り一面は砂景色で変わり映えがしない。そんな時、かつてビルから飛び降りた時に抱いた願いを思い出す。
「…星が見てみたい」
「街につく頃には夜になってる筈だ。その時に…3人で見てみるか。案内は任せとけ。これでも、郊外で30年は暮らしてきたんだ」
ガタガタと揺られながら、ケイは今か今かと、次の駅を待ちわびながら、ぼーっとしていた。
しばらく経った後、パッチがケイを叩き起こし、窓の外の景色を見せる。慌ててケイが起き上がるとそこには、純白の世界が広がっていた。
「元々、海とやらがあった場所だ。今じゃ塩の塊になっちまってるが…綺麗なのはちげえねえ」
(すっごく眩しい。けど、確かに綺麗。アイノ、保存して。)
→了解しました。ただ、決して泳ごうとはしない方が賢明です。
(泳がないよ…!私を常識知らずの暴れん坊だとでも思ってるの…?)
口数が少なくなったアイノとの会話は、どこか新鮮に感じる。『絶対に、前よりもおしゃべりな子にしてやるんだから』と心に決めたケイであった。
〜〜〜
1月15日、月曜日の夜。
万里もの長さを持つ壁を継ぎ接ぎし伸ばし、街を囲う防壁に昇華させた様な街。建物は琥珀色のレンガで造られ、密度が高く、アトラスの整理された街並みとは真逆の、入り組んだ路地が多い街だ。
「曇ってる…」
「…そんな日もあるさ。また明日だな」
新しい街に到着したものの、空を見上げると、一面を雲が覆い尽くしている。これでは、シティの中と何も変わらない。
「この様子じゃ、雨が降るな。かなり強いだろうから、まず宿を取るぞ」
郊外で雨は珍しいが、その分非常に強く、一度に大量に降るようだ。
星が見れずに溜息をつくケイを抱えながら、ミラーはパッチの少し後ろをついていく。
「確か…この路地を曲がると…あった。これだ。宿屋『スリーパー』。安直な名前だが、俺が泊まったときはそれなりに良かった。10年は前の話だけどな」
目の前に出てきたのは、窓から淡いオレンジ色の光が漏れ出しているこじんまりとした建物だった。黒い瓦が屋根に使われており、反り返った形になっている。
中に入ると、作業着を着こなした糸目の男が受付に立っていた。口を開いたかと思えば「これはこれは…服装からして、異国の旅人ですかな?外は風雨凄凄、本日は遮風避雨の場所をお求めで?」と、四字熟語を多用しながら話しはじめた。
アトラスのスクラップをここでも一部、カウンターに出し、受付が品定めするような目で凝視する。パッチの言う通り、アトラスの部品は相当な価値があるらしい。ケイたちにとっては、貨幣が裸で歩いているようなものだ。
「これは…どんなモノが出てくるかと思えば、驚天動地。陽の神のとこの機械部品ではないですの?いったい…」
「あぁ、1週間泊まらせてくれ。部屋番号は?」
「早くしろ」とでも言わんばかりに、話の途中で口を挟むパッチ。特段気にする素振りを見せはしなかったが、受付は淡々と案内し始めた。
「2号室です、鍵はこちら。どうか1週間、ここでは静寂閑雅にお過ごしください。」
受付横の階段を上がり、2号室に入る。中はそこそこの広さで、2人部屋といった感じ。硬いベッドが2つあって、大人が一人ずつ眠れる程度の大きさだ。
「さて、ケイ。もう寝てて良いぞ。タイマーは6時間ぐらいにセットしとけ」
「もう?分かった、おやすみ。2人とも」
ケイをベッドに下ろし、ミラー博士が布団の中でケイの後ろに入り込む。
「ケイは私と寝るのよ〜♪」
ミラー博士の抱き枕にされながら、ケイはそっとスリープモードに入った。
[思い出記録]
・全記憶容量…1024PB
・残りの記憶容量…62.7%(キャプチャ画質…32K-240FPS)
・寿命…たぶん210年くらい。
・思い出の情報追加
『郊外』――壮大で壮観で、大迫力だけど、ちょっと大変な生活が始まりそう。
『塩の海』――実は、ちょっと泳いでみたいかも。
『新しい街』――世界には、色々な街並みがあるらしい。
→このペースでは、個体名パッチ、ミラーよりも先に機能停止してしまいます。
(そんな訳無いでしょ?まだ210年もあるんだから)
「…んじゃ、今のうちに俺とこいつの脚を治しちまうか」
「材料は手元にないでしょう?」
「今から買いに行ってくる。店の位置は把握してるから問題ねぇ」
パッチはそう言い、あの場で即席で作った鉄製の歩行補助装置をズボンの下で静かに駆動させながら、一人で宿の外へ歩き出していった。