砂海を貫くように、陸上移動艦が進んでいた。オルタ・ラインズ社所属。外縁連邦域内の主要補給路を担う、オルタニア級二番艦オルティア号。
装甲列車と戦艦の血を引くその艦は、複数の貨車ユニットを連結しながら、灼熱の大地を一定の速度で走破している。戦後の混乱が完全に消えてはいない現在とはいえ、この航路は「比較的安全」とされていた。
――少なくとも、つい数分前までは。
「護衛機、状況確認を」
ブリッジの指示に応え、随伴するMSが前に出る。
民間払い下げの旧型機、セイラド。オルタ・ラインズ社が契約するPMC、アージェント・ガード・セキュリティ(A.G.C)が運用するMSである。当社以外にも、外縁連邦では広く使われている機体だ。
『周辺空域、異常なし……待て、レーダーに――』
ブリッジに緊張が走る。セイラドが即座に応答した。
『確認。単機。識別コードなし……妙だな。』
砂嵐の向こう。視界を遮る褐色の霧の中に、影があった。
次の瞬間、空気が裂ける。
甲高い衝撃音と同時に、オルティア号の前方装甲が内側から爆ぜた。
対装甲用の一撃――正確すぎる狙撃。
「被弾!? どこから――!」
続けざまに二発。砲塔基部、通信マスト。
いずれも艦の“急所”だけを撃ち抜いている。
『……腕が良すぎる。軍の正規兵か?いや、そんなはずは...。』
セイラドが前に出る。旧型とはいえ、まだ現役で通用する機体だ。
砂嵐の中へと照準を走らせ――
その時、それが姿を現した。
全身を覆う、異様に大きなマント。
装甲の継ぎ目は不揃いで、明らかに正規の外装ではない。
ジャンクパーツの寄せ集め――だが、中心にあるフレームだけが異様に洗練されている。
「……あれは...!?」
セイラドのパイロットが、息を呑む。
次の瞬間、ハンドガンが火を噴いた。
二丁。左右同時。弾道は交差し、セイラドの脚部関節を正確に破壊する。
『くっ――!?』
姿勢を崩したセイラドに、追撃が迫る。
長身の機体が構えたのは、対装甲用狙撃ライフル。
その刹那、胸部装甲が、存在しなかったかのように貫通された。
爆発の直前、パイロットは確信する。
『その動き……反応速度……まさか――』
かつての大戦。
戦局を単機で塗り替えた存在。
人の手を離れ、自ら考え、戦った――
『...ガン..ダム...』
言葉は、最後まで紡がれなかった。
セイラドは火球となり、砂嵐に呑まれる。
護衛を失ったオルティア号は、為す術もなく蹂躙された。機関部が沈黙し、巨体が砂の上に横たわる。
マントを纏う機体は、しばらく動かなかった。破壊された艦と機体を見下ろし、まるで――確認を終えたかのように。
やがて背を向け、砂嵐の奥へと消えていく。
数時間後。
中央統合圏「セントラル・コンコード」、軍司令部。
会議室のスクリーンには、破壊されたオルティア号の映像が映し出されていた。
「外縁連邦は、現地の武装勢力による突発的な襲撃として処理するつもりらしい。」
軍服の男が吐き捨てる。
「あの辺りなら、アイアン・レムナントと名乗る武装集団が最近は暴れ回っているようだが。しかし、この精度、そこらの武装集団や傭兵に真似できるものじゃない。」
別の将官が、低く言った。
「我々は知っている。この戦い方をする存在を。」
室内が、沈黙に包まれる。
自律思考型のAIと機体操縦への直接的フィードバックを実現した「Cadenza System(カデンツァ・システム)」搭載機、通称「ガンダム・シリーズ」。
かつて大戦の終焉を決定づけ、そして――軍から脱走した完全自律型MS群。
「6機が姿を消してから幾度となく捕獲作戦を試みたが、未だに成功した作戦はない。それもこれも、奴らが表立って行動を起こさなかったからだ。」
「……つまり?」
「格好の機会というわけだ。外縁連邦の連中は、あくまでも今回の一件を現地の武装勢力によるものと主張して譲らないが...。」
「簡単なことだ、連中はアレが欲しいのだろう。全く、人の手に負えるMSではないのだ、ガンダムは。」
結論は、すぐに出た。
「回収、あるいは破壊だ。」
スクリーンが切り替わる。次に映ったのは、若い士官のデータ。
レオン・アインハルト少尉。26歳男性。5年前の大戦時にオペレーション・カデンツァに参加。第206特別MS大隊のパイロットとして、ガンダム・シリーズの作戦行動を支援し、大戦を中央統合圏セントラル・コンコードの勝利へ導いた立役者。
「彼を呼べ。大戦の英雄を、猟犬にしようではないか。」
格納庫。
MSが静かに立っている。複眼を持つ頭部には現代兵器には珍しく、Vの文字を模ったようなアンテナ。両肩部は少し肩張っており、胸部から下は機動性と防御性を両立した装甲で覆われている。外見は軍用のそれだが、その内部に眠るものは――
封印された人格。
凍結された自我。
ガンダム・カデンツァユニット03《エーフィア》。
レオンは、その機体を見上げていた。
「……また、君と組むことになるとはな。」
返答はない。あるのは、無機質な起動音だけ。だが彼は、気づいていなかった。
この任務が、
人類とAIの関係を――
そして、自分自身の選択を、決定的に変えることになると。
中央統合圏セントラル・コンコード・前線基地。
地下格納区画の奥に設けられたブリーフィングルームは、必要以上に広かった。
壁面には戦域図、戦力配置、そして――脱走したガンダムのシルエットが淡々と投影されている。
扉が開く。
「特務中尉、レオン・アインハルト特務少尉。着任しました。」
室内の視線が、一斉に集まった。
最初に立ち上がったのは、壮年の男だった。短く刈り込んだ髪、無駄のない体躯。階級章は少佐。
「...第0機動鎮圧群『ドレスケン』、シュタール隊隊長のヴォルフガング・シュタール少佐だ。」
握手はなかった。視線は冷たく、評価するようにレオンを見ている。
「君が例の“英雄”か。」
レオンは表情を変えず、敬礼を保った。
「ガンダムと共に、オペレーション・カデンツァを遂行しました。」
「そうか。――だが私は、あの連中が気に入らん。」
シュタール少佐ははっきりと言った。
「人の命を預かる戦場で、“考える兵器”などというものはな。」
室内の空気が、一段冷える。
その沈黙を破ったのは、背後からの軽い咳払いだった。
「ま、そう固くならんでくださいよ、少佐。」
軍の主力MS「ヴァルツ」のパイロット、ベテランの男が椅子に座ったまま手を振る。
「ハインリヒ・フォークト中尉。で、そっちの若いのは同じヴァルツ乗りの新米だ。」
「...ルーカス・ネール准尉です。」
若いパイロットは、緊張した様子で頭を下げた。
「よろしくお願いします、特務少尉殿。あの...本物を間近で見るのは初めてで。」
何が、とは言わなかった。だが視線は、格納庫の方向をちらりと向いている。
端末の前に座る女性が、軽く手を上げた。
「オペレーターのミリア・フェルナーです。戦術管制と索敵、通信を担当します。」
年齢はレオンより少し下だろう。視線は鋭いが、どこか人懐っこさもある。
「……正直に言いますね。」
彼女は続けた。
「私、脱走機たちのデータ、全部読んでます。特務少尉どのユニット03、エーフィアは例の脱走事件後に人格モジュールを凍結、あくまでも戦闘補助AIとしての機能に制限され、パイロットを要する有人機に改修された機体ですが...どこかまだ...。」
シュタール少佐が咳払いをする。
「私語は後にしろ、ミリア。」
「し、失礼いたしました。」
最後に、重い足音。
「輸送艦『グラーフ・ツェルン』艦長、大尉のカール・ブレンナーだ。」
日焼けした顔の男が、豪快に笑った。
「現場じゃ階級なんて飾りだ。困ったら呼べ、レオン。」
シュタールが机を軽く叩く。彼はレオンを真正面から見据える。
「我々の役目は明確だ、アインハルト特務少尉。脱走したガンダムを追い、回収、もしくは破壊する。」
一瞬、言葉を区切る。
「感情は不要だ。彼らは兵器であり、軍から逃亡した敵だ。」
レオンは静かに答えた。
「了解しました。」
その声に、迷いはない。少なくとも、この時点では。
誰も気づかなかった。
格納庫の奥。
カデンツァユニット03エーフィアの内部で、人格モジュールが――微かに、反応したことを。