――緊急ニュースが、全チャンネルを占拠していた。
『本日未明、外縁連邦・ロスサント市にて、大規模な攻撃が発生しました。』
画面に映るのは、上空から撮影された都市の残骸だった。かつて居住ブロックだった構造物は崩れ落ち、道路は溶けたように歪んでいる。
『確認されている限り、都市機能は完全に停止。死者や怪我人の数は、現在も不明です。』
キャスターの声は、感情を抑えた平板なものだった。だが、背景映像がそれを補って余りある。
『外縁連邦政府は、本件を「大規模な武装集団による無差別襲撃」と発表しています。先週発生した、オルタ・ラインズ社のオルティア号襲撃事件とも関連があるとして──』
『また、複数の目撃証言から、人型機動兵器による精密かつ過剰な攻撃があったと見られています。』
ニュース速報を切り、画面が切り替わる。粗い映像。ブレた視界。明らかに、正規の報道用カメラではない。――中央統合圏、諜報部のスパイが残した記録だった。
瓦礫の隙間から、巨大な影が見える。全身を覆うマント。規格外のシルエット。次の瞬間、建造物が内側から崩壊する。映像は、そこで途切れた。
「...同一個体ですな。」
中央統合圏・統合軍司令部。分析官の声が、会議室に響いた。
「数日前のオルタニア級二番艦「オルティア号」襲撃と、戦闘パターンが一致している。それに、この切断痕。ビーム・サーベルによるものか...。」
扱いが困難なビーム兵器は基本的に、標準装備として携行されることはない。ガンダム・シリーズは有人機が十分に扱えないビーム兵器を容易く扱える点においても、その優位性を保っていたのだった。
別の将校が、低く唸る。
「民間都市を壊滅させる理由がない...いや、理由がないからこそ、か。」
「はい。これは威嚇、あるいは――」
言葉を選ぶ。
「楽しんでいる可能性があります。」
室内に、嫌な沈黙が落ちた。
「対象は、脱走したガンダム・シリーズの一機と見て間違いありません。」
司令官が、ゆっくりと頷く。
「...カデンツァ・ユニット02「ディアルト」か。こうまで好戦的な動きをする機体は、7機の内でも限られてくる。」
内部識別コードが、初めて公に口にされた。
「加えて、武装集団アイアン・レムナントとの協力関係を確認。」
端末が切り替わり、次の命令文が表示される。
「作戦開始日を繰り上げ、直ちに第0機動鎮圧群ドレスケンを投入する。」
誰も、異議を唱えなかった。
「目標はガンダム・カデンツァユニット02ディアルトの回収、もしくは破壊だ。」
一拍、置いて。
「アレを野放しにしておくわけにも、外縁連邦に奪われるわけにもいかんのだ。」
「ヴァルツ隊、出撃シークエンス完了。レオン・アインハルト特務少尉は乗機にて待機。先行隊の合図を待て。」
ドレスケン、シュタール隊の母艦であるグラーフ・ツェルンから2機のMS「ヴァルツMk.2」が出撃した。1機はハインリヒ機、後方に続くのは支援装備を背負ったルーカス機である。
『カデンツァ・システム起動。』
レオンはエーフィアのシステムを立ち上げる。機能のほとんどを凍結された不完全なガンダム。
「息苦しいな。ここは。」
コクピットは狭く、無駄がない。それはかつての姿の名残でもあった。
一息つく間もなく、艦首より通信が入る。
「アインハルト特務少尉。先行したヴァルツ隊がファースト・フェイズを完了した後、貴官の出番だ。通信妨害の有効時間は決して長くはないが、その間に目標を処理しろ。外縁連邦の部隊も市街へ突入する可能性も想定されるが、そちらについてはハインリヒ・フォークト中尉が対処する。」
「了解。」
「いいか、躊躇うなよ。任務完遂こそが貴官の価値だ。」
一方的に通信が切られる。だが、心は極めて落ち着いていた。
コクピットの側面モニターには、ロスサント市の様子と戦況が映し出されている。どうやら外縁連邦の部隊は壊滅、アイアン・レムナントの激しい抵抗を受けているようだ。
「あれか。エーフィア、なるべく早く片を付けたい。」
『了解。戦闘補助サブルーチンを調整...。』
数分後、再び艦首から通信が入る。通信士であるミリアからであった。
「ルーカス機より入電!ファースト・フェイズ完了とのこと。出撃、願います!」
「了解。レオン・アインハルト、ガンダム・エーフィア、出撃する。」
推進器が唸りを上げ、重力が背中を押し潰す。
エーフィアは加速し、先行隊の張った沈黙の網の中へと飛び込んでいった。
「視界、クリア……とは言い難いな。」
ロスサント市内に突入したレオンは操縦桿を微調整し、エーフィアを低速で進める。
瓦礫の間を縫うように進む中、逃げ遅れた人々の影が視界の端に映り込む。
『熱源、散発的に確認。ただし――』
「ただし?」
『旧型機、もしくは改修機と思われます。』
アイアン・レムナント。武装集団が残した監視用の無人機か、囮か。
次の瞬間だった。
――ズン、と空気が歪む。
レオンの視界の端、倒壊した高層建造物の“影”が、ゆっくりと動いた。
「...来るぞ。」
瓦礫が崩れ、巨大な人影が姿を現す。全身を覆う、黒ずんだ布。マント――いや、外装の一部として取り付けられたされた装甲布だ。下に覗くフレームは、明らかに寄せ集めのジャンクパーツ。
だが。
『――識別完了。対象、ガンダム・カデンツァユニット02ディアルト。』
その名を告げた瞬間、敵機のセンサーがこちらを“見た”。
『ようやく来たか、中央の犬ども。』
通信帯域をこじ開けるように、荒れた男の声が割り込んでくる。
『……外部通信、強制接続されました。』
「切れ。」
『妨害を突破されています。高レベルの自己最適化を確認。』
ディアルトはゆっくりと肩に長大な狙撃ライフルを担ぐ。その動きには、躊躇も迷いもない。
『あいにく、また眠らされるのは御免だ。ここで消えな!』
次の瞬間、閃光が走る。エーフィアの身体が急制動をかけ、初弾の回避に成功した。
「ぐっ...!」
レオン本人では到底、反応できるものではなかった。エーフィアの戦闘補助により命を助けられたが、パイロットが予期しない急な動きは、パイロット自身に大きな負担をかける。
『戦闘補助サブルーチンを再調整...。』
『もう一丁っ!!』
追撃をギリギリのところで再び回避。操縦桿を握る手に汗が滲む。
「反撃する。」
『了解。射撃補助サブルーチンを起動します。』
機体の右腕に搭載されたビームライフルを構える。高威力だが、その分反動と大きさが扱いをよりピーキーなものにしている携行兵器。
照準を敵機に合わせ、レバーを引く。眩い光が一直線に進んでいく。
『相変わらずの精度だな...。こちらとしてもガンダム同士でやり合ったことはないんでね。』
三度、瓦礫の街を、光が走った。ディアルトの狙撃弾が、崩れかけた高架構造物を貫く。
衝撃波でコンクリートが砕け、粉塵が視界を覆った。
『被弾予測。回避角度、右三度。』
エーフィアの淡々とした指示に従い、レオンは機体を滑らせる。直後、先ほどまでいた位置を弾丸が穿った。
「このままでは...。敵機の位置を再特定。目視できない。」
エーフィアのメインカメラが周囲を見渡す。
『距離1500。11時方向の建物群の影に敵機の反応を感知。』
レオンは淡々とレバーを引く。
ビームライフルが火を吹いた。エーフィアの射撃補助を受けたその一撃は、ディアルトの動きを予測し、身を潜めているであろう建物群を焼き払っていく。
『回避されました。』
「だが、見えた。」
エーフィアのブーストを噴かし、一気に飛び上がった。眼下に捉えたディアルトに、ビームサーベルを抜刀し肉薄する。
『おっと、こっちにもあんだよ!』
直撃コースを狙ったつもりだが、圧倒的な反射能力でディアルトは、ビームサーベルでそれを防いだ。
『でもって、隙だらけだ、人間っ!』
ディアルトが右手の狙撃ライフルを捨て、ハンドガンに持ち替えた刹那、コクピットに大きな衝撃が走る。
「ぐっ...!」
『被弾確認。回避行動を優先します。』
距離を取りながら頭部バルカンを斉射し、牽制する。辺りには崩れかけの建物。再び影に潜んで、必ず奇襲を仕掛けてくる。
「そこかっ。」
ビームライフルを構え、レバーに指をかける。
『警告、射線に──』
エーフィアが何か警告しようとするも、レオンは躊躇わずビームライフルを発射する。
しかしその瞬間に、レオンは見た。
射線上の建物、その屋上に、逃げ遅れたであろう人々の姿。
真っ直ぐに光線が建物を貫く。響き渡る悲鳴、宙に舞う人々。言葉通りに、溶けて消滅する者。
「あ、あぁ...!」
『怖いねえ...。それにしても傑作だ。』
レオンは自らの行為に恐怖した。指先の震えが止まらない。
『パイロットへ、回避行動を推奨。』
「俺は、何を...。」
エーフィアの指示は、レオンには届かなかった。
その僅かな空白をディアルトは見逃さなかった。両手に構えたハンドガンを何度もエーフィアに放ちながら、一気に距離を詰めてくる。
『被弾拡大。装甲の一部が欠損します。』
『ちょいさぁ!!』
飛びかかったディアルトは、エーフィアを踏み倒し、コクピットへビームサーベルを突き付けた。その刃は、どこかレオンとエーフィアを責めているようにも見えた。
『パイロットがいるんだろう?聞いてやる、お前、人を撃ったことないんだろ?...ああ、そうか。あの時の「英雄」か。笑えるよ、全く。』
レオンは何も答えられなかった。
『それがお前達の戦争だよなぁ?道具に人殺しを任せて何も考えずに成り上がった気分はどうだってんだ!ははは、泣けてくるよな、エーフィア!!』
ビームサーベルを振り上げたその瞬間。
「レオン!何してる!?」
ハインリヒのヴァルツが急接近してくるのが視界の端に映った。その背後にはルーカス機、そしてグラーフ・ツェルン。
『ふん、雑魚どもが湧いてきやがった。っと、こっちもタイムアップか。ああ、離脱する。』
ディアルトは狙撃ライフルを担ぎ上げ、背を向ける。
『「ハルモニクス」がお前の姿を見たら、何を言うだろうなぁ、エーフィア。俺は俺の意思で殺し続けるぞ。楽しいよな、本当に!』
その言葉を残し、ディアルトはその場を後にした。