帰投後の格納庫は、異様なほど静かだった。機体の損傷確認や補給作業が進む中、誰もレオンに声をかけない。
レオンは俯いたまま、格納庫を去ろうとする。しかし、その前に1人の影が立ち塞がった。
「...。」
真っ直ぐにその影を、シュタールを見据える。
「アインハルト特務少尉、あの醜態はなんだ?」
鈍い音が周囲に響き渡った。レオンは何も答えない。いや、答えられない。
「敵前で立ち尽くすとは...。貴様、作戦行動を何だと思っているのだ!」
ビームライフルで民間人を焼いたあの瞬間が脳裏から離れない。自らの手で、人を...。
「人を...民間人を、殺めてしまった...。」
再び浴びせられる殴打。口の中に鉄の味が広がる。
「大戦で貴官は何を見ていた!?その手は未だ潔白だとでも?ガンダムに都市を焼かせ、多くの人を殺め、それでもお前は自分の手が血で濡れていることに、目を背け続けたのではないか!?引き金を引く覚悟と、その結果への責任と自覚なくして、軍人である資格はない!!」
シュタールはそれだけを伝え、その場から去っていく。
自ら引き金を引くか、兵器に引き金を引かせるのか、そんなことに大きな差なんて最初からなかったのだ。その事実が彼の心を冷やし、締め付けていく。
己の価値。軍人としての責務。血で濡れた手。レオンはその場から動けず、救護班に自室に連れ戻されることとなった。
目覚めると薄暗い部屋。いつの間にか眠っていたらしい。口の中にまだ血の味が残っていた。
「引き金の結果と責任を...俺は...。」
交戦時のディアルトの言葉が頭を過る。
『お前、人を撃ったことないんだろ?...ああ、そうか。あの時の「英雄」か。笑えるよ、全く。』
大戦時、レオンは確かに戦場にいた。カデンツァシステムを搭載したガンダムシリーズを指揮する者として。そして、自ら引き金を引くことなく、敵を殲滅した。何万、何十万という敵を。その者たちの怨嗟の声を聞くこともなく、終戦へと導いたのだ。効率的な戦争、それが中央統合圏の答えだった。
その時、レオンの部屋の扉がノックされる。
「アインハルト特務少尉、いらっしゃいますか?オペレーターのミリアです。」
レオンは重い体を起こし、扉を開く。
「すみません、お休みのところ。少し...心配で。」
「あ、あぁ...。だが大丈夫だ。少ししたらまた...」
目線を逸らし、扉を閉めようとする。しかし、ミリアの手によってそれはふせがれてしまう。
「あ、あの!お部屋に入っても...よろしいでしょうか...。」
ミリアを渋々と部屋に招き入れ、どうにも気まずい空気が流れた。
「あの。先の戦闘で...」
沈黙を破るかのようにミリアが口を開いた。
「情けないところを見せてしまったな。「英雄」だなんて持て囃されてはいるが、実際はこんなものさ。」
再び沈黙。落ち着かず、コーヒーを啜る回数が増えていく。
「無理もないと思うんです。でも、特務少尉がしたことは、仕方のないことだと...。」
「君は人殺しを肯定するのか?」
思わず、勢いよく反論してしまう。ミリアの目が僅かに揺らぐのが見えた。
「すまない...。俺は今まで、作戦で直接誰かの命を奪ったことはない。だが、俺は何百万もの命を奪って来たんだ。その罪に、俺は今まで目を瞑って...」
言葉にして、全身が震えるのを感じる。込み上げる吐き気を抑えながら、慌てて机上の錠剤ケースを取り出す。
「特務少尉!?だ、大丈夫ですか!?」
「き、気にするな!」
適当に掴み上げた錠剤を、冷めかけたコーヒーで流し込む。震えと吐き気が止まるまで、数分、ミリアはレオンの頭を抱きしめ、背中を叩いていた。
「大丈夫、大丈夫ですからね...。あなたは使命を果たそうとしただけ...。」
夜が明けて数刻。ドレスケン隊は外縁連邦近郊にあるデッドロックと呼ばれる鉱山都市に進んでいた。この鉱山都市は大戦後、アイアン・レムナントの襲撃を受け、今や彼らの拠点となっている。
「しかし隊長さんよ、いいのかい?」
ドレスケン隊の輸送艦グラーフ・ツェルンの艦長であるカールが口を開く。その声はどこか苦々しい。
「構わん。本来の役目を終え、地図からも消えた地だ。」
「そういうことじゃなくてな...。おい、レオンの様子は?」
「バイタルチェックは問題ありません。ガンダムも装甲の交換が完了しており、いつでも出られます。」
オペレーターの報告にシュタールは頷き、目線を上げる。その先には、荒廃した鉱山都市が聳え立つ。
「これより作戦を再開する。」
ガンダム・エーフィアのコクピットの中で、レオンはミリアとの一夜に記憶を馳せていた。
「そうだ。俺は軍人だ。その力で誰かのためにできることがあるなら...。」
ミリアの両親は、ガンダムの開発スタッフだったという。本来、開発メンバーを含めて秘匿されるはずの情報だが、彼女はレオンにそれを打ち明けた。
彼女は、両親の罪を1人で背負い込もうとしていのだ。その贖罪を手伝えるならきっと、血で濡れた己の手に再び光が宿るかもしれない。
「アインハルト特務少尉、出撃だ。対象は鉱山都市部のどこかに潜んでいると思われる。次は躊躇うな。貴官の価値を証明してみせろ。」
「了解。ガンダム・エーフィア、出ます。」
霧が濃い日だった。まるでこれから撃つ相手を隠すかのように。
レーダーには複数の熱源を既に感知している。恐らくは連中の保有するMSであろう。
『熱源接近。作戦目標ではありません。』
ライブラリの照合結果から、鹵獲されたであろう外縁連邦を代表するMS、セイラドであることがわかる。
「排除する。」
敵機を照準に捉え、トリガーに指をかける。引くだけでいい。
「撃てる、俺にも撃てるんだ...!」
ビームが鮮やかに光り、真っ直ぐに空間を貫いていく。外れてしまえと心のどこかで思っていたことは否定できなかった。しかし、その光は残酷にも、敵機のコクピットを穿つ。瞬く間にセイラドは火球と化した。
「うっ...!」
胃から込み上げるものを必死に押し留めた。目の前が揺らぐような、圧迫するような感覚。敵意をもって、自らの手で、人を葬った。
『3時方向、熱源接近。』
地面を滑るように旋回し、再び銃口を向ける。セイラドから掃射される弾丸をシールドで防ぎながら、ビームライフルを放った。
『撃墜を確認。警告──』
エーフィアからの、背後に迫る敵機の警告を聞き終える前に機体を振り向かせ、目前に迫ったセイラドにビームサーベルを突き立てた。
「この、侵略者め...!」
敵の死に際の言葉を、レオンは初めて聞いた。こんなにも呆気なく、だが、憎悪の籠った言葉。しかし、今のレオンには届かない。
その時、エーフィアの回避補助機能が作動する。警告が鳴るのとほとんど同時であった。
「!?この攻撃は...ビーム兵器か?」
『右腕にダメージを確認。軽微です。』
性格な狙撃であった。エーフィアの機体性能でなければ、今頃は自分が焼かれていただろう。間違いなく、それを放ったのは作戦目標であるガンダム・カデンツァユニット02「ディアルト」だ。
「索敵を。感知できない距離にいるのか...?」
機体の態勢を整え直し、敵の位置を探る。しかし、連続で襲いくる狙撃に回避行動を取ることしかできない。
「霧のせいで方向しか...!」
『ビーム・スナイパーライフルを使用していると推定。索敵範囲を超えている恐れがあります。』
エネルギー消費の大きい装備を、これほど連射できるとは考えにくい。恐らくは外部バッテリーに接続している。ならば、ディアルトの位置は動かないはずだ。
「方角とビームの減衰率から位置を割り出す。」
『了解。』
ブーストを一気に噴かし、上空へと飛び上がる。霧に包まれた鉱山都市は、その全貌すら隠れていた。
再び放たれるビームを、あえてシールドで防ぐ。
『ビーム減衰率を解析中...敵機の位置を推定。』
モニターに表示されたポイントへ機体を急降下させる。
「どこだ?どこにいる...?」
遮蔽物が多く、視認するのは困難であった。エーフィアの索敵システムもどうやら捉えられていないようだ。
「出てこい、さもなくば...!」
周囲には熱源と思しき戦闘車両や発電施設が散在している。
レオンはトリガーに指をかけ、周囲を焼き払った。
「どこだ、どこだ...!」
焼き払われた建造物から、爆発に混ざって人影が舞う。響き渡る悲鳴と怒号も、もはや耳に入らなかった。
『回避補助サブルーチンを起動します。』
しかし、想定外の距離から再度、ビームが放たれた。危うくエーフィアは盾を構え、それを受け止める。飛び散ったビームの残滓が、逃げ遅れた人々に雨のように降り注ぐのが見えた。
「っ...!」
『ちっ、しぶとい野郎だ...だが、それでいいっ!!』
機体のマントを脱ぎ捨てたディアルトが、飛来する。その手にビーム・スナイパーライフルはない。
「目標を発見、排除する!」
互いにビームサーベルを抜刀し、切り結ぶ。
『どうだぁ!?人を殺した、感想は!!』
圧倒的なパワーで突き放され、コクピット付近に蹴りを受ける。
「俺は、とっくに人殺しだった...だが、そんな俺にもできることはある!」
軍に与えられた任務。それが、ミリアのような誰かのためにも繋がるならば。
『おいおい、人殺しに理由なんか必要ねぇだろう!?己の欲望のままに撃てよぉ!!お前もどうだ、エーフィア!!』
腰部にマウントされていたビーム・ハンドガンを構え、腕を左右に大きく開いて乱射する。その光は、鉱山都市の避難民やキャンプに直撃した。その姿は、悪魔と形容するしかなかった。
「悪魔め...!」
『てめぇがそれを言うのかよ、何百万の命を俺たちに奪わせた英雄さんよぉ!!』
ディアルトがビーム・ハンドガンを連射しながら肉薄する。
「エーフィア、力を貸してくれ...!悪魔を倒すために...!」
『...了解。』
エーフィアの返答が僅かに遅いのをレオンは見逃さなかった。彼女が目覚めつつある。そして、彼女の本気をレオンは知っている。
目前に迫ったディアルトはビーム・ハンドガンを投げ捨て、サーベルを振り翳した。
「俺はもう、討てるんだ!!」
最低限の動きでディアルトの攻撃を避け、左右にビームサーベルを構えて反撃に転じる。
『起きやがったか...それがお前の答えかよ。』
近接戦闘補助サブルーチンではなし得ない連撃。機体がレオンのイメージ通りに、本来の挙動に近く、動いてくれる。
「そうだ、この力があれば、貴様なんぞに!」
ディアルトの歪な装甲が次々と剥がれていく。
『くそ、潮時か...ああ、わかってる。』
ディアルトは胸部からスモーク弾を放ち、建造物を盾にしながら複雑なルートで駆け回る。だが、レオンはそれを逃すつもりはない。
「この先は...地下プラントの入り口か。」
拡大カメラで、ディアルトが地下へと続く大穴へと入り込むのが見えた。そこが連中の本拠地というわけだ。
地表の戦闘車両から浴びせられるミサイルを避け、大穴へと辿り着く。
「これで終わりだ、ディアルト。」
大穴へと降下を始めたその瞬間。
『馬鹿が!!』
眼下から、凄まじい出力のビーム攻撃が襲いかかる。ビーム・スナイパーライフルとも違う、ビーム・バズーカとでも言うべき圧倒的な出力。しかし──
『嘘だろ、おい...』
エーフィアには掠りもしなかった。どこか予想できたこの展開に、エーフィアが細やかに動きを合わせてくれる。
『怯むんじゃねえ、撃ちまくれ!!!』
ディアルトの指示に、底面で待機していたであろうアイアン・レムナントのセイラド小隊や戦闘車両、戦闘ヘリが一斉に火を吹く。
『行動予測サブルーチンを再調整...次は外さねぇよぉぉ、楽しくなってきやがった!!』
しかし、次々とレオンは群がる敵を葬っていく。時間稼ぎにすらならなかった。
『あばよ、エーフィアぁぁ!!!』
ディアルトの構えたビーム・バズーカはその光を放つことなく、エーフィアが投擲したビームサーベルによって爆散する。
『おいおい、化け物かよ。くそ、右腕が...!』
底面に降り立ったエーフィアはディアルトと対峙する。
「ここまでだ、ディアルト。ここで貴様を始末する。」
『どうだかな、ここは俺の腑だぜ。』
ディアルトは最後に用意していたであろう策を披露する。背部から伸びるケーブルは、施設の壁に繋がれていた。
大穴の側面から現れたのは、次々と銃口を覗かせる無数のビームライフルであった。
『模造品だが、威力は折り紙つきでね。ここの最終防衛システムを使うことになろうとは...だが、これでお前らが焼かれる光景は最高だろうなぁ!!』
ディアルトが、さながら指揮者のように手を振り上げ、合図と共に壁面のビームライフルが一斉に光を放つ。
『そんな、はずが...!』
無数のビームライフルの攻撃は、エーフィアを仕留めるには手が届かなかった。
『損傷、軽微。』
「ああ、終わらせる。」
背部ケーブルを引き抜き、ディアルトが急接近してくる。だが、その動きは完全にレオンとエーフィアが読み切っている。
両手に構えた光刃が、ディアルトの四肢を切り落とした。落下したディアルトのメインフレーム、コクピットにサーベルを突きつけた。
『どっちが悪魔なんだかわかんねぇよ。』
「俺は、俺のすべきことをした。」
『前回とはえらい違いだな。人殺しの目をしてるぜ、てめぇ。ま、少しは成長ってわけか。』
「黙れ!!」
『エーフィア。起きてんならもう一度問うぞ。お前はこれで、満足か?』
ディアルトの言葉と共に、レオンはビームサーベルをディアルトに突き立てた。ツインアイの光が失われていく。
『作戦終了。回収ポイントへ向かってください。』
「ああ、終わったな。」
テキストメッセージ
「GCU02」から「GCU07」へ。
他の連中に伝えろ。「悪魔」が狩りに来るぞ。