『剣聖』の英雄譚   作:れむぷれあです

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一話、二話を読んでからご閲覧していただけると幸いです。その方が分かりやすいと思います。




第三話 徒花の死闘

 

《耳郎響香side》

 

それは、一方的な蹂躙だった。

 

砕け散ったゴーグル。ゆっくりと広がっていく血溜まり。そして、組み伏せられたまま動かない相澤先生。

 

「─────ッッ!!!」

 

相澤先生を抑える黒い怪物が勝ち誇ったように雄叫びをあげる。その片腕に握られた先生の腕から水道管に穴が空いたみたいに血が溢れ出ていて、もう片方の腕に掴まれている先生の頭は予想通りの血みどろだった。

 

つまり正真正銘のプロヒーロー、イレイザーヘッドが見るも無惨な形で敗北を喫していた。

 

 

「……………何、あれ?」

 

ウチ達はその一方的に叩きのめされるのを見ながら、恐怖に震えることしか出来なかった。

 

 

ウチらは、ワープさせられた山岳ゾーンをツルギの力によって怪我どころかかすり傷一つ無く難を逃れることができた。想像の数倍上をいくツルギの実戦能力の高さに驚かされたが、今はそこにとやかく言っている場合ではない。

 

まだUSJの中にはクラスメイト達がいる。全員が無事でいられているとは言い切れないこの状況では山岳ゾーンに残って隠れたままなんてロックじゃないしヒーローでもない。何かウチ達にもできることがある、そう思って四人で一人でも多くの仲間との合流を試みた。

 

 

その結果、ヒーローへと至る道にそびえ立つ圧倒的な壁を突きつけられることになる。ウチらは目指した中央広場で(ヴィラン)の手によってできた先生の血の水溜まりを目の当たりにしたのだった。

 

 

「おいおい…!あれヤバくないか………?」

 

右隣の上鳴が声を震わしている。普段はあんなに能天気で明るい声が今は見る影も無く、その顔色も青い。声だけじゃ無くて身体もガタガタと小刻みに揺れていた。

 

「っ……………!」

 

左にいるヤオモモも声を失って絶句してる。いつもは冷静なその瞳が今は恐怖と困惑に染まっていて、口を抑える手はワナワナと震えている。

 

 

(あんなの、どうやって……………?)

 

助けなきゃいけないことは分かってる。ここで逃げたらヒーローどころか人として一生後悔することになる、見殺しにするなんてもっての外だ。いつもならすぐにでも駆け出して助けに行くに決まってる。

 

なのに、ウチの身体は地面に縫い付けられたように動かない。行ったところでどうにもならないことが分かってる、みすみすと死にに行くようなものだって本能的に感じ取れてしまうのだ。

 

考えなしに助けに行ったところでバカな身の程知らずの犠牲者が一人増えるだけ、相澤先生の献身をドブに捨てるだけ。そんなことでできる訳がない。

 

 

───ならこのまま見るだけなの?

 

頭の中でもう一人の自分が問いかける。

もちろん断じて否、そんなの嫌だ。

 

 

「……何か……ウチにできることは…………」

 

見てるだけなのは辛くて苦しい。何も出来ないことなんてよく分かってるけどそれでも何かしたい、そんな身勝手なエゴが胸を埋め尽くし、つい口から漏れてしまった。

 

当たり前だけど、やれることは無い。私には(・・・)

 

 

「───みなさん、私に考えがあります」

「……………ツルギ?」

 

物陰に隠れて成り行きを見ていることしか出来ないウチと上鳴、ヤオモモの間には絶望という名の静寂が広がっていた。その静まり返った空気を震わせたのはツルギの声だった。

 

声のした方向、上鳴の更に右のツルギを見る。そこには冷や汗を滝のように流して顔色を悪くした、でもどこか覚悟が決まったような表情をしているツルギがいた。

 

 

「……橘さん、考えとは?」

 

声を震わしたままヤオモモがそう呟く。

 

縋るような不安の混ざった声、その中に潜む負の感情を切り裂くようにツルギは強く言い切った。

 

 

「先生を助けないといけない。そのために───」

私があれと戦って時間を稼ぎます(・・・・・・・・・・・・・・・)。」

 

「……………は?」

 

上鳴の唖然とした声が漏れた。

 

ウチもすぐには声を出すことが出来なかった。ツルギの強さは確かに知っている。その上で、ツルギの言い放った無謀な作戦に現実味のかけらもない、そう思ったから。

 

「バカなの!?プロヒーローの相澤先生でもやられたんだよ、いくらツルギでもあんな化け物と戦ったりしたら───」

「でもこのままでは先生が殺されます」

「っ、それは…そうだけど…………」

 

隠れていることすら忘れ、思わず声を荒げてしまったウチの威勢はツルギの一言で軽く鎮められる。不安に揺れているがそれ以上に異質な何かを抱えているような朱色の瞳が放つ言いようのないほどの鋭い眼光と冷静で残酷な正論に萎縮させられたから。

 

いつものツルギからは想像も出来ないような気迫とプレッシャー。感じているであろう恐怖を無理矢理上から塗りつぶした雰囲気が彼女の周りに満ちていた。

 

反論する言い訳も勇気も持たないウチは黙り込むことしか出来ない。その間にもツルギは淡々と言葉を紡いだ。

 

 

「お願いです、どうか分かってください。みなさんには絶対に傷を負わせないと約束します、責任も全部私がとります。………だから少しだけ私に付き合ってください」

 

「私が必ずあの黒いやつを相澤先生から引き離します。そして、その後は注意を引いて囮になります。みなさんにはその間に───」

 

「相澤先生を連れて逃げろってことか……?」

「─────はい」

「でも、そんなことしたらお前が…………」

 

困惑の色が抜けないまま、震えが止まっていないまま発した上鳴の言葉にツルギは短く、されど強く答える。

 

 

「………耳郎さんの言う通りですわ。先生ですら勝てなかった相手、橘さんの強さがあったとしても無事でいられるとは私には考えられません」

 

ヤオモモがそう諫める様子はどこか彼女が腹を立てているように見えた。でもそれはきっと心配だからこその憤り。ウチにも何となくその気持ちは分かる。

 

ウチ達のことは散々危険から遠ざけようとしてくるくせに自分自身はまるで駒扱い。ツルギを犠牲にして先生を助けたとしても胸が張れる訳ないし絶対後悔する。

 

「ウチもヤオモモに賛成。行くべきじゃない」

 

逸るツルギの細くしなやかな腕をとる。その珍しく強気な言動とは裏腹にその腕は普段の彼女らしく震えていた。

 

「………私の個性は『剣聖』です、剣がある限り勝つことは出来ないにしろ負けはしません。少なくとも自分一人の身を守るくらいなら造作もないです」

「っ、あんたねぇ───」

 

ツルギは俄然として自分の意思を曲げようとしない。身体は震えている、間違いなくウチと同じように恐怖を感じているのにそれでも戦うことを断念しようとしない。そんなツルギの頑固さにまだそんなこと言うのか、思わずそう怒鳴りそうになる。

 

それを止めたのはグシャリという嫌な音だった。

 

 

「………う、腕が……変な方向に………」

 

少し距離があるところから見ても分かるほどに相澤先生の腕は明後日の方向に折り曲がっていた。

 

つまり、さっきの音は─────

 

 

「う、嘘だろ………!?あんな小枝みたいに…!」

 

上鳴が怯えた声を漏らす。

 

ウチも恐怖に叫ばなかっただけで奇跡だ。怖くて、恐ろしくて仕方がない。腕をああも容易く折れてしまうほどの怪力。もしそんな力で頭を握られでもしたら、そんな無駄な想像をついしてしまう。

 

恐怖と怯えがウチの中で一段と濃くなる。

 

 

「お願いします!協力してくださいっ!」

 

恐怖心に呑まれそうになっているウチの脳内を、隠れていることすら忘れているようなツルギの必死な声がぶん殴る。よく見るとその瞳には涙が浮かんでいる。

 

迷子の子供みたいな、酷い顔をして─────

 

 

「もう嫌なんです!私は、私は……………っ!」

 

また(・・)誰かが死ぬのを見たくない………!」

 

 

涙ながらにその心中を吐露した。その面があまりに必死で、あまりに困り果てたような表情で。助けたいって気持ちがこれでもかってくらい、伝わってくるものだった。

 

だから、ウチはついそれに乗ってしまった。

 

 

「………分かった、ウチは協力する」

 

「は!?耳郎まで何言ってんだよ!?」

「そうですわ、リスクが高すぎま───」

 

「ならこのまま相澤先生が殺されるのを黙って見てろって言うの?」

 

ツルギに賛成するウチを二人が止めようとするのを中々にずるいやり方で封殺する。我ながら自分のやり方の性格の悪さが嫌になるが背に腹は変えられない、この言い方なら二人もあまり強く言えないだろう。

 

だってウチも二人もヒーロー志した雄英生、ツルギと同じで誰かが死ぬのを見て見ぬ振りすることなんてしたくないに決まってるから。

 

「ツルギ、ウチはあんたを信じて協力するよ。ウチだってこのまま逃げるだけなんて嫌。そんなのロックじゃないし、そもそもヒーローの風上にすら置けないっしょ?」

「耳郎さん…………ですが……」

「危険だって?それならなおさら一緒にやるね、あんた1人に全部背負わせるのはもう懲り懲り」

 

「だってウチら友達(・・)でしょ?」

「っ、はい…………!」

 

頬を赤くしながらツルギは少しはにかんだ。

 

その顔には不安の色が色濃く残ったまま。だけど、どこか嬉しそうな場違いな感情が宿っている。そんな震えた笑みがウチには心強くも思えていた。

 

ウチも心の奥に潜む弱さを無理矢理塗りつぶして強気に笑う。少なくとも栄養失調ならぬ友達失調の重病者のツルギ相手ならこれで十分だ。

 

あとは……………

 

「で、二人はどうすんの?」

 

未だ浮かない顔をしている二人に発破をかける。

 

「言っとくけどツルギはウチらが止めても多分行く。それならウチも付いて行く。あの戦闘訓練の時も、さっきも肝心な時にいつも助けてもらってばかりだしね」

 

「ウチはここで逃げたくない、ツルギ一人にしたくない。だから行く。覚悟も……もうウチは決めたよ」

 

本当は怖い。逃げてしまいたい。

 

でもツルギが、友達が誰かを助けるためにって頑張ろうとしているのを無視する自分の姿の方がウチはもっと嫌だった。

 

ウチが、本当の意味でヒーローになるために。

 

  × × ×

 

 

《橘ツルギside》

 

「───絶対、死んじゃダメだから。ヤバくなったらすぐ逃げてよね、その時はウチも行って援護するから」

「───ええ、ありがとうございます」

 

耳郎さんの縋るような忠告を聞きながら両手で握る西洋剣、八百万さんが創造してくださった剣の柄を持つ腕が重い。普段は何ともない剣が今は鉛のように重かった。

 

それは、きっと背負うものの違いだろう。

 

今まではしくじると被害を被るのは私だけの場合がほとんどだった。たまにある例外の時は必死に抗ったけどそれも経験が多いわけではない。

 

そして今は、間違いなくその例外だ。

 

 

私の敗北がみなさんの敗北、ひいては死に繋がっている。

 

 

『………止めても行くのでしょう?ならそれを見過ごして何故ヒーローを目指せましょうか。微力ながら、私も協力しますわ。これを使ってください、その木刀よりも幾分かマシになるかと』

 

『あぁ、もう分かったよぉ!お前らが行くってんのに男の俺が逃げるとかムリじゃん!めっちゃこえーけど、相澤先生運ぶくらいならやってやるよ!』

 

巻き込んだ二人に血を流させるわけにはいかない。

 

「………ウチも、二人も。行けるよ」

 

背を押してくれた耳郎さんを傷つけてはいけない。

 

 

三人を守りつつあの(ヴィラン)の注意を引きつける。その間、相澤先生を連れたみなさん達がどうにか逃げてくださるまで時間を稼ぐ。それも私一人で。

 

多分、失敗する可能性の方がずっと高い。

 

殺意を向けられるのは数年ぶりで上手く身体を動かせないかもしれない。さっきは相手が大したことない言わば端役達だから何とかなったがあれは違う。おそらくあの場所(・・・・)で作られていた個体よりも数段強い。相手に与えられた個性も分かってない。

 

不安要素を挙げるとキリがないほど多い。

 

 

 

『大丈夫だ、ツルギ。お前は大丈夫だ』

 

それでも。こんな私を、いつまでも蹲ってばかりの、生まれながらの出来損ないの私をいつも支えてくれる声がある。

 

あの日々の、二度と戻らない幸せの記憶。

 

守りたくて、守れなくて、守られて。私の小さな手のひらから転がり落ちて闇に消えた温もりの残滓。

 

『ツルギ、その気になればお前は世界で一番強い』

 

いつまでも私をこの残酷な世界に縛り付ける呪い。死ぬことを許さない、生きることしか認めてない苦痛の呪縛とも言える在りし日の記憶。

 

何故だろうか、それが今は祝福だと思えた。

 

 

「行きます。みなさんもどうかお気をつけて」

 

 

覚悟は決まった。失敗は許されない。

 

八百万さんお手製の剣を強く握ると同時に全身に活力が湧き出て、五感が研ぎ澄まされていくのを感じる。西洋剣の出来がいい分、ぐんぐんと力が溢れ出てきていた。

 

全身から吹き出る膨大な力。

 

それら全てを賭けてあの(ヴィラン)を止める。私の命を捧げてでもいい、絶対守りきる。

 

これ以上後悔が増えないように。身の程に合わない個性を授かって生まれてきてしまった私。挙句、たくさんの罪のない人たちを見殺しにして生きながらえた私。私という存在そのものの罪に少しでも報いるために。

 

 

「─────ッ!!!」

 

溢れんばかりの力を両足に込めて一気に爆発させる。後ろ、私の全力の踏み込みで抉れた地面に驚いた上鳴さんの素っ頓狂な声、それを置き去りにするように地を蹴って加速する。音を置き去りにして、空気を切り裂いて、相澤先生が組み伏せられた場所に向かって再び地面を蹴る。

 

距離にして約100メートル、それを最速で駆け抜ける。

 

 

「…………は?」

 

文字通り、突然跳んで来た私を見て成り行きを見守っていた敵集団の首領と思われる(ヴィラン)、手を全身に付けた君の悪い男が呆然としたような声を漏らしたが今はそこに構わない。

 

今の私の狙いはそこじゃない。

 

 

「相澤先生に……触るなぁっ!!!」

 

私の出せる全速力の加速、個性『剣聖』で普段の数十倍に跳ね上がった腕力。そして私の周りにいた人をまた(・・)傷つけてくれた怒り。個性による力と感情、誇張無しの私の全てを乗せた渾身の一振り。

 

それを黒い(ヴィラン)の無防備の横っ腹に叩きつけた。

 

 

「───────ッッ!!!」

「っ、まだまだです!」

 

黒い(ヴィラン)が相澤先生から手を離して吹き飛ぶ、そこまでは良かったが、もちろんそう上手くいくはずもない。私の乾坤一擲の斬撃の衝撃の中、無理矢理空中で体勢を整える、その勢いのまま私に襲いかかってきた。

 

「─────ッッ!!」

 

声になっていない雄叫びと共に丸太のように太い腕の放つ殴打が目の前に迫るのをギリギリで躱す。その後も脚を乱雑に振り回す薙ぎ払い、真正面からの拳をジャンプと剣を使った受け流しでなんとか避ける。

 

どうやら、本当にギリギリで相手の攻撃を回避することなら何とか可能らしい。

 

 

(先生は…?先生は無事………?)

 

嵐のような猛攻を至近距離で何とか逃げ回りながらチラリと後ろを見ると先生を担ごうとしている三人が見える。

 

(良かった、これで……………!)

 

言動は頼らないけど上鳴さんだって男の人だし素の力は私よりもある、八百万さんも個性で起点をきかして上手に立ち回ってくれるはず。頼りになる耳郎さんもついてる。

 

最大の脅威であろう黒い化け物は私が注意を引けているし攻撃も何とかしのぐことが出来ている。

 

 

相澤先生はひとまず安心、思わず頬が緩んだ。

 

 

「─────橘さん!危ない!!!」

「っ…………!」

 

個性『剣聖』が反応するのと悲鳴のような叫び声が私の鼓膜を揺らしたのはほとんど同時だった。すぐに腰にかけておいておいた木刀を引き抜いて真後ろに振るがそれは途中で止められた。

 

「ははっ!何で防げるんだよチートか?」

(この人、いつの間に……………!)

 

私がついさっき追い越した(ヴィラン)の大将の本物の手によって木刀がパラパラと崩れていく。ここまで近づいてきた速さと個性の不気味さに額に冷や汗が垂れる。

 

嫌な予感が止まらなかった。故に咄嗟に木刀を放棄して後ろに跳んで距離を取る。

 

「まあいい、止まれ脳無」

 

その男の言葉と共に黒い怪物、“脳無”の動きが止まる。

 

「くっそ、何で木刀なんかでこんな痛いんだよ?ガチでチートじゃねえか。ふざけんなよ」

 

木刀を壊した手を怠そうに振りながらブツブツと恨み言を漏らす男。動きが止まった脳無の横に立ち、気怠げな猫背なままこちらを睨みつけて殺気を放っていて背筋が冷えるのを感じる。

 

私の前に相対するのは未だ力量の底が見えていない不気味な男と数十秒のやり取りで実力がありありと伝わる強さを持つ脳無の二人。

 

「ニ対一、ですか………」

 

状況としては不味い。けど有象無象の人達とは違って相当な強さを持つであろうこの二人を釘付けにできているという面では上々というべきかもしれない。

 

問題はこのまま私がやられてしまった場合、その後が繋がらないことぐらい。それまでに助けが来るからどうかは賭けになる。

 

 

「橘さん!何でここに………!?」

「っ、緑谷さん…………」

 

呼ばれた声に反応してチラリと横を見るとそこには緑谷さん、蛙吹さん、峰田さんの不安そうな三人。そして相澤先生の介抱をしている耳郎さん達が後ろから心配しているような視線。

 

 

(こちらは七人…………)

 

目の前に立ち塞がる(ヴィラン)二人に剣を向け、警戒は解かないままに思考を加速させる。私の個性は戦闘時の最適解が分かるだけ、それ以外は自分の頭で考えるしかない。

 

このまま戦ったところで多分私に勝ち目はない。今は回避に徹することで何とか戦いとして成立していたけど仮にこの均衡が崩れたら私はすぐに蹂躙される。そして私がやられた後は横と後ろにいるみなさんが狙われる。

 

なら他のみなさんと共に戦ったら?私一人では勝てなくともここにいるみなさんの力を束ねれば撃退できるのではないか?

 

 

(いえ、それだけはいけません…………)

 

思考を切り替える。

 

何があってもみなさんを傷つけないと誓ったばかり、私以外の人に死地に誘うなど言語道断。あれこれと言い訳をして自分の保身に走ろうとした愚鈍な思考を上から塗りつぶす。

 

傷つくのは私だけで十分。みなさんまで傷を刻まれる所以など、どこにもないではないか。

 

 

「緑谷さん達も相澤先生と共に避難を!この人達は危険です、あなた達も巻き込まれてしまいます!」

「ツルギちゃんはどうするのよ、まさか二人の相手を一人でするつもりなの……!?」

「いいです!私のことなど気にせず早く!」

 

すぐに逃げるように強く呼びかけ、私は前に出る。すると当然のようにもう片方を守るように前に出た脳無が立ち塞がる。

 

「やれ、脳無」

「っ、ぅうらぁぁッ!!!」

 

死そのものとすら思える強烈な拳に雄叫びを乗せた西洋剣がぶつかる。強烈な衝撃に腕の骨の髄まで痺れていく。

 

(斬れない!なんて硬さ…………!)

 

腕が痛い。私の攻撃も通じない。

けれど─────

 

「橘さんっ!たった一人じゃムチャ────」

「早く逃げてって言ってるんですよ!みなさんが傷つかなくてはいけない理由などありません!」

 

みなさんを守る。

そのためには一歩も引くわけにはいかない。

 

 

「っつ、くっ、あぶなっ………!」

 

蛙吹さんと峰田さんに連れられてこの場を離れていく緑谷さんが一瞬見えた後には再び破滅的な威力の連撃が放たれる。打ち込まれる打撃と蹴りに対して回避と受け流しを徹底、どうしても避けきれないものは剣で受けて何とかやり過ごす。

 

僅かにできる隙をついて攻撃をするが大した効果はない。それに攻撃してもすぐに再生してしまうらしくて本当に打つ手がなくて嫌になってくる。

 

でも、諦めるわけにはいかない。

 

この脳無を相手にできるのはおそらく私だけ。ここで私が倒れたらみなさんにまで危害が及ぶ。それだけは避けなければいけない最悪の結末だ。とにかく今は倒されないことを考える。

 

避けて、避けて、受け流して、稀に受けて。

それを長く、永く繰り返した。

 

 

 

「─────死柄木弔」

「黒霧、13号はやったか?」

 

時間にして三十秒も経ってない。されど私にとって数時間のように永い打ち合いの果てに現れたのは黒い靄を纏う私たちを散らした(ヴィラン)だった。私がじわじわと追い詰められていく様子を見て嗤っていた親玉、死柄木弔と呼ばれた男の側に無から忽然と出てきていた。

 

「はぁっ、はぁっ…今度は、何ですか……?」

 

黒い靄(ヴィラン)の出現に合わせて再び動きを止めた脳無、この隙に絶え絶えの息を整えなくてはいけない。個性で強化された脚力による跳躍で後ろに退避して荒れた呼吸を繰り返す。

 

「行動不能には出来たものの散らし損ねた生徒がおりまして……一名逃げられました」

「………は?黒霧おまえ…おまえがワープゲートじゃなかったら粉々にしたよ…」

 

ボリボリと、血が滲むほどに首の周りを掻きむしる(ヴィラン)……いや、死柄木弔がそうブツブツ呟くのを呆然と眺めながら羅列された言葉を脳内で整理する。

 

誰かが逃げるのに成功した。それはつまり、救援を呼ぶことに成功したもの同じ。雄英高校の教師はオールマイトを含めたプロヒーローが勤めていて本校舎には今も大勢が働いている。彼らが来てくれたら、オールマイトが来てくれたらいくら脳無が強くともきっとどうにかなる。みなさんが危険に巻き込まれることも無くなる。

 

「─────帰ろっか」

「っ!」

 

(あと少し……!あと少しだ………!)

 

飽きた、興味が失せた。そう言うように放った死柄木の言葉が脳を突き刺して、剣を握る指先に再び力がともる。僅かに見えてきた希望を手放すわけにはいかない、そんな決意が力に変わる。

 

「………とは言え、このまま手柄無しじゃ示しがつかねぇな?こんな大群引き連れた意味が無くなっちまう」

 

「しかし先生(・・)の言う通りあのガキはそこらのプロヒーローより数段強いと……っざけんなよ、クソゲーにも程があるだろうが」

 

「……………?」

 

遠くてよく聞こえないがこれは好都合、残り僅かな時間を自分達から削ってくれている。あわよくば、このまま勝手に話してもらって撤退してくれたらありがたい。

 

 

(……このまま撤退する?あんなに大勢を連れてきて、ここまで大掛かりなことをして?)

 

安心しかけていた心の隙間につけいるように一瞬、悪い予感がした。どこか腑に落ちない、何故か納得できない妙な違和感が漂っていたのだ。思わずさっきから強まり続けている剣を持つ力がまた強くなってしまう。

 

もし、仕掛けてくるなら今しか無い。

 

先ほど以上に、人生で最もと言えるほど警戒を強める。相手の一挙手一投足、頭からつま先までの僅かな動きすら見逃さない。それほどの哨戒をしてしまうほどに嫌な予感が頭から離れなかった。

 

 

 

───そしてその黒い胸騒ぎは、

予感通りに的中してしまった。

 

 

「………まあ、無いよりマシか」

(っ!来る……………!)

 

構える。守備だけに集中する防御の構え。

ここを私が凌げば、全部解決する。

 

─────そう、勘違いしてしまった。

 

「あのガキども(・・・・)殺せ、脳無」

「……………え?」

 

死柄木の言葉と共に脳無が私に迫る。

接近して、接近して、私の横を素通り(・・・)した。

 

 

「っ、まさか…………っ!」

 

自然と視線がその脳無を追うと共に最悪の可能性が脳裏を過ぎる。その刹那の間におそろしく早く進行する思考の中でその可能性がどんどん大きくなって無視できないものになる。

 

考えれば考えるほど、辻褄が合ってしまった。

 

 

───死柄木の指示で動いた脳無、その狙いは後ろで相澤先生を介抱しつつこちらの様子を心配そうに見守ってくれていた耳郎さん達だった。

 

 

(っ!なんて下劣な、間に合わない………!)

 

脳無のスピードは尋常じゃない、個性で全身を大幅に強化してもついていくだけでやっとな程だった。相澤先生を抱えている上鳴さんもいる中で三人が逃げられる訳がない。

 

まず間違いなく、誰かが殺られる。

私の選択のせいで人がまた死んでしまう。

 

 

居合(いあい)……………っ!)

 

一瞬の思考の果てに、私は行動を即決する。普通に走ったところで守りの構えを既に固めてしまった私では個性を使ったて間に合わない。

 

故にギリギリまで隠しておいた切り札をここで切る。

 

私の出来る技の中で一番速い、習った型の中で最も速さのあるもの。何故か(・・・)この構えをとった時にだけ速さが更に跳ね上がる、私でもよく分かっていない不可解な奥の手。

 

どうしても不快感が拭えなくて極力使わないようにしていたが、そんな呑気なことは言ってられない。

 

 

全身の力を両脚に集中させる。普通に走る時よりも更に大きく力を溜め込んで、全身のエネルギーが空っぽになるくらいに気力を脚にかき集める。

 

「っ……………!」

 

咄嗟に防御の姿勢を解いて、居合の構えをとる瞬間。やけに鮮明に耳郎さんが見えた。背負われた相澤先生ごと上鳴さんと八百万さんを突き飛ばしてみなさんを庇おうとしていらっしゃる耳郎さんの顔がはっきりと捉えることが出来た。

 

(やらせませんよ、そんなこと………!)

 

耳郎さんは私の友人でありヒーローでもある。今も咄嗟に両隣の二人を守ろうと行動してしまうような優しい人。

 

こんな所で死なせてはいけない。

そんなこと死んだって私が許さない。

 

虚空に剣を振るうと共に地を蹴る。腕で頭を庇い、脳無の攻撃から身構える耳郎さん目掛けて突撃する。先ほど相澤先生を助けるために飛び出した時とは違い、踏み込み一つの跳躍。私の身体は弾丸よりも速く、音もなく疾風となる。

 

着地の必要はない。

下手に躊躇うとしくじりかねない。

 

 

だからきっと、これが最適解なんだ。

 

 

脳無の死の右腕の一振り、それが耳郎さんに届く寸前に私は彼女の懐に飛び込んだ。彼女を突き飛ばし、真上から来る衝撃に備えて剣を背中に合わせて滑り込ませる。

 

 

─────次の瞬間、剣が砕ける音と共に私の背中をとてつもない衝撃が襲った。

 

 

  × × ×

 

ツルギと激戦を繰り広げていた脳無が急に自分の元に駆け出した瞬間、耳郎は死を覚悟した。

 

ギリギリで脳無の注意を引き続けるツルギが心配でいざと言う時に助けに行けるようにするため、ツルギと脳無の激闘が目を離せないためにその場に留まっていた耳朗は両隣にいた八百万と上鳴を突き飛ばして、せめて被害を少しでも抑えるために頭を守る。

 

無駄だと分かっていてもそうすることしか出来なかった。

 

 

故に彼女は、今何が起きたかを理解出来ない。

 

あの凶悪な右腕にしてはやけに衝撃が軽いと思った。即死したのかと考え恐る恐る目を開けるが目に映るのは少し汚れた自分のヒーロースーツ、足や腕も確かに繋がっていて自分が未だ生きていることを実感する。

 

そして耳郎の頭の中は少しずつ冷静になっていくにつれて違和感が大きくなっていく。

 

あんなに恐ろしい怪物に襲われて何で自分は無事なんだろうか、仮に何とか生存できたとして何で自分は血の一滴も流していないのだろうか。ほとんど怪我をしていないのだろうか。

 

 

「……………ツルギ?」

 

衝撃による耳鳴りで上手く機能していなかった聴覚よりも先に段々と視界が明るくなっていく。

 

そして耳郎はそれらの疑問の答えを目の当たりにした。

 

砕けて飛び散った剣の破片。辺りに池のように広がる赤い水。ここ数日間ですっかり見慣れた黒い和装のスーツとその中で小刻みに震えることしかできていない友人の姿。

 

「……ぁ、あぁ………!」

 

弛緩していた脳内が加速して目の前の事実を拒もうとする。だが聡い彼女の頭の中の冷静な部分が着々と起きたことを咀嚼して、自分の招いた惨劇に身を震わせた。

 

 

─────耳郎の目の前、つい先ほどまで彼女が立っていた場所。そこに折れた剣を握ったツルギが血を流して倒れていた。

 

ここで耳郎はようやく理解した。

結局、また自分はツルギに守られたということに。

 

 

 

「………うっ、あぅ……あっ…………」

 

不甲斐なさと後悔、そして圧倒的な恐怖に身体が固まった耳郎をよそに脳無は自分の足元に横たわるツルギを見つける。少し前まで自分の周りを羽虫のように動き回っていた相手がすぐそばにいる、脳無にとってまたと無い好機だった。

 

彼女の脚を鷲掴みにして、その細い身体を存分に振り回し地面に何度も叩きつける。朱色の髪がより黒い赤に染まり、骨が砕ける音と肉が潰れて裂ける音、そしてツルギの弱々しい呻き声が辺りに木霊した。

 

叩きつける度にその声は小さくなってやがて消える。

 

痛みに喘ぐ声が消えいくと共にツルギの抵抗力を底をつく、それを本能的に感じ取った脳無はトドメと言わんばかりに彼女を広場の噴水に投げつけた。

 

 

「………ぅ、うああぁっ!!」

 

噴水に頭から激突し、ピクピクと痙攣して動かなくなった血みどろのツルギの姿、それを見てようやくがむしゃらな叫びと共に耳郎の身体は動いた。

 

「橘さん……………ッ!!」

「バカ行くな耳郎!お前まで……!」

「いやっ、放して!ツルギっ!!」

 

「ダメっ!行っちゃダメよ緑谷ちゃん!」

 

無惨にも痛めつけられたツルギの姿に八百万が戦慄する。そしてツルギの姿に我慢ならなくなって恐怖を忘れた耳郎と緑谷の二人をそれぞれ上鳴と蛙吹の二人が引き止める。

 

当たり前だが今この場にいる雄英生の中に現在の惨状に何も思わない非道な者はいない。他よりも関わりが多かった耳郎と冷静さを失っている緑谷を必死に抑える二人の瞳には共に涙が浮かび、自身の中の正義感と必死に戦っていた。

 

「………ははっ、最高だなぁ!こりゃあオールマイトの顔も盛大に曇ってくれるし、先生の言ってた駒も潰した!これ以上の成果はなかなかないぜ!」

「ええ、目的としては十分です」

 

今この場の阿鼻叫喚を作り出した張本人は心底嬉しそうに笑う。自らが遂行した計画によって天下の雄英生の一人を殺害、オールマイトを少女一人さえ守れないとその顔に泥をぬれる。死柄木にとっては快楽の愉悦この上ないだろう。

 

気分は上々、不満はあれど概ねは満足。

それが今の死柄木を表すのに最も的確な表現だった。

 

 

(くそ!くそっ!ウチは何でビビった……!?またツルギに守られて、今度は足引っ張って……!)

 

そんな死柄木と裏腹に耳郎の心中は自分への憤りと不甲斐なさに染まっていた。

 

(ごめんツルギ、本当にごめんっ…………!)

 

先日の戦闘訓練から始まりつい先ほどの複数人の(ヴィラン)との戦闘、二度もツルギに助けられて、今度こそ役に立ってみせるの意気込んだにも関わらず結局ツルギに大怪我を負わせてしまった。

 

ひたすらに自分に苛立ち、上鳴が服を掴んでいるのに気にかけもせず横たわるツルギの元へ駆けつけようと暴れる耳郎の様子は側から見たら癇癪を起こした子供のようでありとても痛々しかった。

 

峰田と蛙吹の二人に止められる緑谷と同様、耳郎はひたすらに足掻き続けていた。

 

 

「……どう、しました?僭越ながら、痛みには……慣れておりまして。私はまだ…死んで、いませんよ?」

 

そんな二人を諌めたのは絞り出したかのように、か細く消えそうなほどに小さな声だった。

 

声量にしてはやけに辺りに響いたその声は場の喧騒を一瞬にして静寂に変え、全員の注目を一身に集める。ヒーローの卵も、後に巨悪へと花開く(ヴィラン)も彼女の釘付けになった。

 

「………みなさんは、私の友人です。初めての友人、なんです。」

 

「……こんな私を、友人だと。…………耳郎さんは言ってくれたのです」

 

まだ立てることに驚愕して動きが止まった耳郎の鼓膜をそれらの言葉は優しく揺らし、枯れ果てそうな心を潤す。

 

そこまで自分のことを強く想ってくれているのかという驚きと嬉しさ。そして、どうしてそんな当たり前なことにツルギはそこまで固執するのかという一抹の疑問。

 

それらが耳郎の胸の中で強く渦巻いていた。

 

 

「みなさんを、私の友人を殺そうと言うのなら!まず私を殺しなさい!この矮小な命を賭けて、友を守る盾となろうではありませんか!」

 

荒れ果てた耳郎の心に気にかけることなく血みどろのツルギはそう強く叫ぶ。根本から折れて、もはや剣と呼ぶことすら烏滸がましいボロボロの武器を片手に、彼女は瀕死の重傷とは思えない覇気を放った。

 

そのあまりの気迫に思わず身じろいだ上鳴の手から抜け出して耳郎が駆け出すのと、脳無がツルギに襲いかかったのはほとんど同時だった。

 

 

速いのはもちろん脳無。破壊兵器と一人の女子高生。

どちらに軍配が上がるかなど言うまでもない。

 

「逃げてツルギ!ツルギっっ!!!」

 

涙ながらに耳郎は叫ぶ。

 

だが既に片脚をへし折られ、全身からの出血による貧血で立っているのがやっとなツルギに逃げることなど不可能だ。

 

 

(嫌だ!このまま終わりなんて………!まだ何も返せてないし、礼も言えてない…!話したいこと、聞きたいことがまだあるのに………!)

 

安心したように、死を受け入れたように瞳を閉じるツルギ。その顔には確かに穏やかな微笑みが浮かぶ。その笑みごとツルギの命を叩き潰す黒腕な迫る、その様子を耳郎は見ることしかできない。

 

 

そんな耳郎の目の前でツルギは─────

 

 

 

 

 

「───────よく頑張った」

 

 

 

 

英雄(オールマイト)に救われた。

 

 

「耳郎少女、橘少女を頼んだ。後は任せなさい」

「あ……………」

 

凄まじい轟音と共にツルギに迫っていた脳無が吹き飛ぶ。そして力を失って倒れてようとしていたツルギをヒーローは強く、されど優しく抱きしめる。僅かな抱擁の後、ボロボロの彼女をすぐそばの耳郎に預ける。

 

その横顔にはいつもの余裕の笑みは欠片もなく、ただひたすらに真っ赤な憤怒に染まっていた。

 

「オール、マイトぉ……………!」

 

安心感と腕の中の友人がここまでズタボロにされるほどの無力感に苛まれた不甲斐なさに耳郎の瞳に殊更に涙が溢れ出る。

 

その涙と一人の少女が犠牲に払った血。

 

英雄はそれらによって怒りを更に膨れ上げる。

そしてその怒りを力に変える。

 

 

「もう大丈夫、私が来た!!!」

 

 

溢れんばかりの激怒とナンバーワンヒーローとしての矜持を胸に、オールマイトは高らかに声をあげた。

 

 

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