狂気は、結果であって前提ではない。
最初から壊れている者には、堕落がない
堕落がなければ、喪失がない。喪失がなければ、痛みがない
痛みがなければ―悲劇は成立しない。

これは、壊れていく少女たちの物語である。
彼女たちはみな、正常だった。高潔だった。誰かを想う気持ちは、確かに美しかった。 だが、愛情というものは、流れていなければ澄んでいられない。
与えて、受け取られて、また返される―その循環を失ったとき、水は濁り始める。
与えたいのに与えられない。届かせたいのに届かない。
それでも止められない。なぜなら、確かにそれは恋だったのだから。
そして関わる者もまた、無傷ではいられない。 傷つけたくないから曖昧にする。
嫌われたくないから突き放せない。その場の涙を見たくないから、抱きしめてしまう。
その場しのぎの善意が、少女たちを宙吊りにする。
落ちることも、戻ることもできない場所に。

これは、「まだ引き返せる」と思いながら引き返せなくなる足音の記録である。
澄んでいたはずの水が、行き場を失って濁る、その速度の記録である。

まあその、つまり。
ブルアカの恋する生徒を曇らせてしまいたい、というだけの話。
またの名を性癖開示の怪文書とも言う。