遊郭での激闘後炭治郎がようやく目を覚まし、蝶屋敷に活気が戻り始めた頃、月唯もまた、自分の刀に微かな「翳り」を感じていた。
無限列車での死闘、そして療養中の度重なる鍛錬により、彼女の愛刀は極限まで摩耗していたのだ。
「月唯さんも里へ行くんですか?」
鼻に包帯を巻いた炭治郎が、隠に背負われながら尋ねる。月唯は頷き、白銀の羽織を翻した。
「ええ。私の刀も、もう限界のようね。」
目隠しと鼻栓をされ、幾人もの「隠」を中継して辿り着く、秘匿の地。
月唯の鼻先をかすめたのは、深い森の匂いと、微かな硫黄の匂いだった。
目隠しを外された月唯の前に広がっていたのは、湯煙が立ち上る美しい里の風景だった。
「宵咲月唯様ですね。お待ちしておりました」
里の者に案内される道中、月唯は里の長・鉄地河原鉄珍への挨拶を済ませる。
「おお、雪柱の小娘か。相変わらず凍てつくような美しさじゃの。お前の刀は今、鉄広(かねひろ)が心血を注いで研いでおる。それまでゆっくりと湯にでも浸かるがよい」
月唯は礼を述べ、炭治郎と共に里を歩き始めた。すると、森の入り口付近で、聞き覚えのある少年の冷ややかな声が響いた。
「……別に、君がどう思おうと関係ない。その鍵を渡して」
木々の合間から見えたのは、幼い刀鍛冶・小鉄に詰め寄る無一郎の姿だった。
無一郎はいつも通り、どこか遠くを見つめるような瞳で、しかし圧倒的な圧を放って小鉄を追い詰めている。
「時透殿」
月唯の静かな声が、張り詰めた空気を切り裂いた。
無一郎はピタリと動きを止め、ゆっくりと振り返る。月唯の姿を捉えた瞬間、彼の凪いでいた瞳に、僅かな光が灯った。
「……月唯。来てたんだ」
「ええ。……あまり、里の方を困らせてはいけないわ。その鍵が、あなたの修行に必要なものだとしても」
月唯が無一郎の隣に立ち、そっと彼の手を握る。無一郎は一瞬だけ不満げな顔をしたが、月唯の指先の冷たさが心地よかったのか、それ以上小鉄を追求するのを止めた。
四、嵐の予感
無一郎は、月唯の方へ体を寄せた。
「……月唯が言うなら、少しだけ待つよ。でも、僕の時間は限られているんだ。早くあのおもちゃで訓練しないと」
小鉄が「おもちゃじゃない、縁壱零式だ!」と割って入る中、月唯は里を包む不自然な静寂に、微かな違和感を覚えていた。
雪柱としての直感が、冷たい風となって背筋を抜ける。
「(……この静けさ、何かがおかしい)」
再会の喜びも束の間。
刀鍛冶の里に、かつてない災禍の影が忍び寄っていることを、まだ誰も知る由もなかった。