深い霧に包まれた刀鍛冶の里の森。そこでは、六本の腕を持つ古の戦闘用絡繰「縁壱零式」を前に、緊迫した空気が流れていた。
無一郎はいつもと変わらぬ無機質な瞳で、小鉄に鍵を渡すよう迫っている。
「……君が何を言おうと無駄だよ。時間は無限にあるわけじゃない。柱の僕がこれを使って修行するのは、里の利益にもなることだ。……それとも、君は里が滅んでもいいと思っているの?」
その言葉の冷徹さに、小鉄は震え、炭治郎は憤って割って入ろうとした。
だが、その背後から、静かに雪が降り積もるような気配が漂う。
「……そこまでにしましょう、時透殿。言葉が過ぎるわ」
白銀の羽織を揺らし、月唯が歩み寄る。彼女の手には、里の者から預かったばかりの温かい茶が握られていた。
「月唯……。君も、この子の肩を持つの?」
無一郎が不満げに首を傾げる。月唯は小鉄の震える肩にそっと手を置き、無一郎を見つめ返した。
「肩を持つのではなく、礼儀の話をしているのよ。小鉄君は、この絡繰を大切に守ってきたのでしょう? だったら、敬意を払うのが筋だわ」
月唯は無一郎の手に、持っていた茶を握らせた。
「少し頭を冷やして。……小鉄君、ごめんなさいね。この方は、大切なことを忘れているわけではないのだけれど、伝え方が少し……不器用なだけなの」
月唯の穏やかな声と、茶の温かさに、無一郎の刺々しい闘気が僅かに霧散した。彼は茶を一口啜ると、「……熱い」と呟きながらも、強引な追求を止めた。
その様子を呆然と見ていた炭治郎に、月唯が微笑みかける。
「さっきは、ありがとうございます。時透様を止められるのは、やっぱり月唯さんだけなんだなって……」
「……別に、止められてなんてないよ。月唯が言うから、少し待ってあげるだけだ」
無一郎は不服そうにそっぽを向いたが、その指先は月唯の羽織の裾を、離れないようにぎゅっと掴んでいた。
四、静かなる晩餐
その夜、里の長からの配慮で、月唯、無一郎、炭治郎の三人は同じ食卓を囲むことになった。
並んだのは、里の名物である松茸料理。
「うわぁ、すごい! 美味しそうですね!」
炭治郎が目を輝かせる。月唯は慣れた手つきで、無一郎の皿に料理を取り分けてやる。
「時透殿、好き嫌いはダメよ。しっかり食べないと、明日からの修行に響くわ」
「……わかってる。松茸は嫌いじゃない」
無一郎は黙々と口を動かし、月唯はそれを見守りながら自分も箸を進める。
14歳の二人が並んで座る姿は、戦いの中にいることを忘れさせるほど、静かで、どこか幼い兄妹のようでもあった。
だが、その団欒の最中。
月唯の肌を、ピリリとした冷たい感触が走った。里全体を包む空気の密度が、一瞬だけ歪んだような違和感。
「(……来る。……何かが)」
箸を置いた月唯の瞳が、戦闘者のそれに切り替わる。
嵐の前の、あまりにも短く美しい静寂。
刀鍛冶の里に、凄絶な夜が訪れようとしていた。