それは、文字通りの一瞬だった。
突如として屋根の上に現れた上弦の肆・半天狗。炭治郎の叫びと同時に無一郎が首を跳ねるが、分裂した鬼の放つ凄まじい風圧が、無一郎と、彼の背後を固めていた月唯を襲う。
「――時透殿!」
「っ、月唯、僕の手を離さないで!」
視界が激しく回転し、二人の体は夜の森へと弾き飛ばされた。
幾重にも重なる樹木を突き破り、無一郎が空中で月唯を抱き寄せ、受け身を取る。激しい衝撃と共に土煙が舞い、二人は里の境界近くまで飛ばされていた。
「……くっ、今の攻撃は……」
無一郎が立ち上がり、すぐに月唯の安否を確認する。
「時透殿、私は大丈夫。……それより、竈門君たちが心配だわ。早く戻らないと」
月唯が立ち上がり、刀を引き抜こうとしたその時。
森の奥から、粘りつくような、不快極まりない「音」が響いてきた。
「ヒョッヒョッヒョ……。これはこれは、可愛いお客様だ。しかも柱が二人。私の作品の素材としては、最高級ですな」
月明かりの下、森の開けた場所に置かれた一つの壺。
その中から這い出してきたのは、目が口の場所にあり、口が目の場所にある、生理的な嫌悪感を催させる異形の鬼だった。
「……何、その格好悪い壺。君、趣味が悪いよ」
無一郎が無表情に言い放つ。その瞳には、すでに上弦に対する殺気が宿っていた。
「格好悪いですと!? 無礼な! 私は上弦の伍、玉壺! 私の芸術は、貴様らのような凡夫には理解できぬ崇高なものなのだ!」
玉壺が憤慨して身をよじると、周囲に無数の壺が出現する。
月唯は肌を刺すような冷気を感じ取った。この鬼からは、無限列車の猗窩座とはまた違う、湿り気を帯びた執拗な殺意を感じる。
「では、私の最新作『鍛冶職人の断末魔』を見せて差し上げましょう!」
玉壺が指を鳴らすと、壺から巨大な魚の形をした化け物たちが溢れ出した。
無一郎は一歩踏み出し、霞の呼吸の構えを取る。
「……あんな汚いもの、見たくない。月唯、君はあいつの壺を狙って。僕はあの金魚たちを片付ける」
「ええ、了解したわ。――雪の呼吸、壱ノ型『薄雪』!」
月唯の刃が、夜の森を白銀に染める。彼女の放つ冷気が、玉壺の生み出した化け物たちの動きを一瞬で鈍らせ、凍結させていく。
「ヒョッ!? 私の愛しき金魚たちが凍るとは! 素晴らしい、実に素晴らしい! その氷、私の壺に飾って差し上げましょう!」
霞が森を覆い、雪が大地を凍てつかせる。
半天狗によって引き離された絶望の中、14歳の二人は、もう一人の上弦の脅威を前に、互いの背中を預け合うのだった。