雪柱の少女   作:白雪琉衣

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刀鍛冶の里編・霞の記憶と白銀の絆

刀鍛冶の里を襲った、上弦の伍・玉壺。その卑劣な術『水牢鉢』によって、霞柱・時透無一郎は酸素を奪われ、死の淵に立たされていた。

 肺が焼けるように痛み、意識が遠のく中、無一郎の脳裏にかつての記憶が走馬灯のように駆け巡る。

「(……ああ、そうか。僕には、兄さんがいたんだ……)」

 有一郎の最期の言葉が、霞んでいた記憶を鮮明に塗り替えていく。

 だが、今の彼にはその水牢を打ち破る力は残っていない。

 その時、凍てつくような冷気が水牢の表面を覆った。

「――雪の呼吸、弐ノ型『氷柱落とし』!!」

 頭上から降り注いだ巨大な氷の柱が、強固な水牢を粉砕した。弾け飛ぶ水飛沫と共に、無一郎の体が地面に投げ出される。

「……時透殿! しっかりして!」

 駆け寄ったのは、白銀の羽織を翻した月唯だった。彼女の肩は玉壺の魚たちが放った毒針で赤く染まっているが、その瞳はかつてないほど激しく燃えていた。

 

「月唯……。君……怪我が……」

「私なら大丈夫。それより、時透殿……思い出したのね」

 月唯は無一郎の顔を見て、確信した。空虚だった彼の瞳に、今は深い哀しみと、それを上回る強靭な怒りが宿っている。

 無一郎は立ち上がり、月唯の差し出した手を握り返した。

「……うん。全部思い出したよ。僕が誰で、誰のために剣を振るのか。」

 二人の周囲に、霞と雪が混ざり合い、幻想的な旋風が巻き起こる。

 無一郎の頬には、霞のような「痣」が浮かび上がり、それに応呼するように月唯の首筋にも、雪の結晶を模した「痣」が刻まれた。

 

「ヒョッヒョッ! 柱が二人がかりとは、私の芸術への冒涜ですな!」

 玉壺が壺から姿を現し、歪な笑い声を上げる。

「……君のそれは、芸術じゃない。」

 無一郎の声は、絶対的な冷徹さを帯びていた。

「月唯、僕が隙を作る。君は、あの汚い壺を凍らせて」

「ええ。――時透殿、行きましょう」

 霞の移動術によって視界を奪い、雪の呼吸が敵の動きを凍結させる。

 14歳の二人が見せる阿吽の呼吸は、もはや上弦の伍ですら捉えきれない速度に達していた。

「霞の呼吸、漆ノ型『朧』!」

「雪の呼吸、参ノ型『銀世界』!」

 視界を埋め尽くす霞の向こうから、一瞬で玉壺の周囲を氷の檻が囲む。動きを封じられた玉壺の首を、無一郎の白き刃が、一点の迷いもなく断ち切った。

 

 玉壺が灰となって消えていく中、無一郎は力尽きたように膝をついた。月唯はすぐに彼を支え、自らの肩を貸す。

「……終わったわね、時透殿」

「……『無一郎』でいいよ、月唯。兄さんが、無一郎の無は『無限』の無だって言ってくれたんだ」

 無一郎は、月唯の肩に頭を預け、穏やかに微笑んだ。

「月唯。……あの日、雪の中で僕を助けてくれてありがとう。君がいたから、僕は僕に戻れたんだ」

 14歳の二人は、傷だらけの体で失われた過去を乗り越え、共に生きる未来を強く誓い合うのだった。

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