刀鍛冶の里での上弦二体撃破という快挙から数日。産屋敷邸の広間には、現柱たちが顔を揃えていた。病状が悪化したお館様に代わり、妻であるあまねが会議を進行する。
議題は二つ。一つは竈門禰豆子の「太陽克服」。そしてもう一つは、無一郎、月唯、蜜璃の身体に現れた「痣」についてであった。
「時透様、宵咲様。……そして甘露寺様。痣が出現した時の状況を、詳しくご教授願います。」
あまねの問いに、無一郎と月唯がそれぞれの感覚を言葉にする。心拍数二百、体温三十九度以上。死線の中でのみ開く力の扉。柱たちはその過酷な条件に息を呑んだ。
だが、あまねが次に告げた事実は、その場を凍りつかせた。
「痣を発現させた者は、例外なく二十五歳を迎える前に命を落とします」
広間を支配したのは、これまでにない重苦しい沈黙だった。
「……っ、そんなの、あんまりだわ……!」
蜜璃が両手で顔を覆い、涙をこぼした。彼女もまた、里で痣を発現させた一人。蜜璃にとって、自分自身が短命になることは、どこか現実味がなかった。それよりも、まだ子供の面影を残す十四歳の二人――月唯と無一郎が、あとたったの十年ほどしか生きられないという事実が、彼女の涙腺を崩壊させた。蜜璃の叫びは、場にいた柱たちの胸を締め付けた。伊黒小芭内は壁を掴む手に力を込め、蛇のような瞳に苦渋を滲ませる。
その時、月唯が静かに口を開いた。その声は、驚くほど澄んでいた。
「……蜜璃さん。泣かないでください」
月唯は、隣で震える蜜璃の手をそっと握った。
「私は最初から、いつ死んでもいいと思って剣を振ってきました。⋯⋯私の余生は、誰かのために使うものだと決めていたんです」
続いて、無一郎も淡々と、しかし強い意志を込めて告げる。
「僕もそうだよ。二十五歳まで生きられないとしても、その代償で鬼を絶やし、この代で終わらせることができるなら……安い物だよ。」
迷いのない二人の言葉に、他の柱たちは言葉を失った。悲鳴嶼はボロボロと涙を流し、「南無阿弥陀仏」と繰り返す。不死川実弥は苛立ちを隠さず、庭へ視線を投げた。月唯と無一郎の言葉に、蜜璃も涙を拭って頷いた。
「そうね……そうよね。私も、みんなの笑顔を守れるなら、二十五歳なんて怖くないわ! 最期まで全力で戦いましょう!」
会議が解散となり、柱たちが立ち去る中、無一郎と月唯は二人、廊下で立ち止まった。
「月唯……。本当は少しだけ、悔しいんだ」
無一郎がぽつりと零した。
「君と一緒に居れる時間が、たったの十年になっちゃったから」
月唯は胸が熱くなるのを感じ、無一郎の手を強く握り返した。
「……無一郎。十年を、百年にしましょう。二人で、誰よりも濃密に生きればいいのよ」
迫りくる最終決戦の予感。
二十五歳という死の影を背負いながら、誰かの幸せを守るため、二人の幼き柱は「柱稽古」という地獄へと足を踏み出していく。
閑話:緊急柱合会議・柱たちの沈黙と心中
産屋敷あまねの口から放たれた「二十五歳という寿命」の宣告。
その言葉は、産屋敷邸の静寂を切り裂き、居並ぶ柱たちの心に鋭い楔を打ち込んだ。
一、悲鳴嶼行冥と不死川実弥
数珠を激しく鳴らし、止まることのない涙を流していたのは、岩柱・悲鳴嶼行冥であった。
(……ああ、なんという過酷な運命。己の命の終わりを数えさせることになろうとは……)
二十七歳の彼にとって、この宣告は実質的な死刑宣告に等しい。だが、彼は己の死を恐れる以上に、隣で淡々と覚悟を口にする月唯たちの若さを想い、その不憫さに胸を痛めていた。
一方で、風柱・不死川実弥は、あからさまに不機嫌な面持ちで庭に視線を投げていた。拳をあまりにも強く握りしめ、血管が浮き出ている。
(……二十五だとォ? くだらねェ。寿命が縮もうがなんだろうが、そんなのは端から承知の上だ。だが……)
彼は、かつて失った弟や家族を思い出していた。そして、月唯や無一郎のような「子供」が、当たり前に享受すべき未来を奪われる理不尽に、腹の底から湧き上がる怒りを鬼舞辻無惨へと向けていた。
二、伊黒小芭内と冨岡義勇
伊黒小芭内は、包帯に隠れた口元を歪めていた。その視線は、隣で泣きじゃくる甘露寺蜜璃に向けられている。
(甘露寺……お前がそこまで泣く必要はない。お前は……お前だけは、幸せになるべきだったというのに)
彼は己の汚れた血を呪い、蜜璃という眩しい光を道連れにするようなこの宿命を、誰よりも呪った。月唯が無一郎に寄り添う姿を一瞥し、自分たちが背負うべき「罪」と「罰」の重さを再確認するように目を伏せた。
冨岡義勇は、ただ一人、別の影を背負っていた。
(……俺には関係のない話だ。俺は柱ではない。痣を出す資格もない)
だが、月唯が「後悔はありません」と凛として言い放った時、彼の死んだ魚のような瞳が、微かに揺れた。十四歳の少女にそこまでの覚悟をさせている自らの不甲斐なさと、錆兎の想いが重なり、彼は無言のままその場を去ろうとした。
三、宇髄天元の不在と胡蝶しのぶ
引退した宇髄天元の不在を、胡蝶しのぶは改めて痛感していた。
(……宇髄さんがここにいたら、どんな冗談でこの空気を壊してくれたかしら)
しのぶは、微笑みを崩さなかった。だが、その瞳には凍てつくような怒りが宿っている。
最愛の姉を奪われ、今また、月唯たちの未来が「呪い」によって削り取られていく。医学を志す者として、寿命という抗えぬ摂理を突きつけられた彼女の絶望は、毒となってその胸に溜まっていく。
四、14歳の光
そんな大人たちの葛藤をよそに、無一郎は「月唯が隣にいるなら、十年で十分だ」と断じ、月唯は「この雪柱が守り抜きます」と微笑んだ。
柱たちの胸に去来したのは、驚嘆、後悔、悲しみ。
しかし、月唯たちの真っ直ぐな瞳が、沈みかけていた一同の心を繋ぎ止めた。
(この子たちが、これほどの覚悟を見せているのだ。我ら大人が、立ち止まっている暇などない)
会議が終わり、月唯と無一郎が手を繋いで廊下を歩んでいく後ろ姿。
その小さな背中が、今の鬼殺隊を支える最大の希望であり、最も切ない光であることを、柱たちは誰もが痛感していた。
地獄の如き「柱稽古」の号令が下されるのは、その直後のことであった。