胡蝶しのぶにとって、宵咲月唯という少女は、ある種の「眩しさ」を突きつける存在だった。
自分よりもさらに年下で、同じように華奢な体。鬼の首を斬るための筋力が不足している自分とは違い、月唯は「雪の呼吸」という特異な剣技を操り、自力で鬼の首を断つことができる。
同じ柱として、最低限の関わりはあった。だが、その度にしのぶは、月唯の透き通るような白銀の刃を見て、心の奥底で微かな、しかし鋭い羨望を感じていたのだ。
(……あなたは、いいですね。その細い腕で、真っ直ぐに鬼の首を落とすことができる)
毒を使い、策を弄さねば戦えぬ自分。それに比べ、月唯の剣はどこまでも純粋な「武」であった。
だが今、診察室の椅子に座る月唯の姿に、かつての羨望は影を潜めていた。
月唯の首筋に浮かび上がった、痣。それは強さの証明であると同時に、あまりにも過酷な「命の期限」を告げる印。
「……時透殿と二人で、上弦を仕留めたそうですね。お見事でした」
しのぶは、月唯の傷口を清めながら静かに告げた。
「ありがとうございます。……でも、私はただ、守りたいものがあっただけです。胡蝶様のように、多くの人を救うための知識も技も、私にはありませんから」
月唯の謙虚な言葉に、しのぶは自嘲気味に微笑んだ。
(……救うための知識、ですか。皮肉なものですね。私は、あなたを救うための術(すべ)を、まだ見つけられていないのに)
しのぶは、月唯の痣が出ていた箇所をそっと指先でなぞった。
かつては、その若さや才能が羨ましかった。だが今は、その華奢な肩に「二十五歳までの命」という呪いを背負わせた運命に対し、激しい憤りを感じていた。
「月唯さん。……あなたは、カナヲの心を動かしてくれました。あの子が自分の意志で人を案じるようになったのは、あなたの存在があったからです」
「カナヲが……。それは、光栄です。私もカナヲが好きですから」
月唯の無垢な返答に、しのぶの胸の奥が締め付けられる。
この子は、自分が羨望を抱いていたことなど微塵も気づかず、ただ真っ直ぐに、自分やカナオを見つめてくれていた。
「……月唯さん。二十五歳、という数字に、縛られないでください」
しのぶの手が、月唯の細い手首を優しく包む。
「私たちは、普通の人たちが享受するような長い未来を捨ててでも、今この瞬間に全てを懸けています。……羨ましいですよ、あなたのその清々しい覚悟が」
かつての「能力への羨望」は、今や「共に地獄を歩む戦友への敬意」へと変わっていた。
しのぶは、月唯という少女の中に、自分の理想としていた「鬼を屠る刃」と、姉が望んでいた「人を守る心」が同居していることを見出したのだ。
「……胡蝶様。私を診てくださって、ありがとうございます」
立ち上がった月唯が、深々と頭を下げる。
診察室を出ていくその後ろ姿は、以前よりもずっと小さく見え、しかし同時に、何よりも強靭な輝きを放っていた。
しのぶは窓の外を見上げ、自身の胸に灯った「姉としての慈愛」を確かめる。
羨望は消えた。あとに残ったのは、あの愛おしい少女を、一日でも長くこの世に留めたいという、切実な願いだけであった。