不死川実弥は、宵咲月唯という少女が嫌いだった。
……正確に言えば、彼女の存在そのものが、彼の胸の奥にある「守れなかったもの」への罪悪感を逆なでするのだ。
自分よりも遥かに小さく、折れそうなほど細い手首。それでいて、自分たちと同じ「柱」の座に座り、地獄のような戦場を平然とした顔で駆けている。
(……反吐が出るぜ。こんなガキが刀を握らなきゃならねェ、この組織も、この世界もよォ)
実弥が月唯に向ける視線は、常に殺気立っていた。それは彼女を憎んでいるからではなく、彼女を戦場から追い出したいという、あまりにも不器用な拒絶の裏返しであった。
緊急柱合会議で「二十五歳の寿命」が宣告された日の夕暮れ。産屋敷邸で、実弥は月唯を呼び止めた。
「おい、宵咲。テメェ、あまね様の言ったことが聞こえてなかったのかァ?」
実弥の放つ圧に、周囲の空気がビリビリと震える。月唯は静かに足を止め、風柱を振り返った。
「……聞こえていました。二十五歳、ですね」
「だったら何でそんなツラしてやがる! あと十年かそこらで死ぬんだぞォ!? 普通のガキなら泣いて喚いて、今すぐ刀を捨てて逃げ出すはずだろォが!!」
実弥の咆哮が響く。それは月唯への怒りではなく、運命そのものへの怒りだった。玄弥と同じ年頃の少女が、死の刻印を刻まれてなお、平然と「戦う」と言い放ったことが、実弥の逆鱗に触れたのだ。
月唯は、実弥の鋭い双眸を真っ直ぐに見つめ返した。かつて家族を失い、雪の中で独りになった彼女にとって、実弥の怒りは「恐ろしさ」ではなく、どこか「温かさ」を孕んだものに感じられた。
「……不死川様。私は、逃げる場所などありません。氷室様に拾っていただいた時から、私の命は私のためのものではなくなりました」
月唯は、痣があった首筋をそっと指先でなぞった。
「二十五歳で死ぬことが、可哀想だとは思いません。私たちの代で鬼がいなくなり……誰かが大切な家族を失わず、笑って生きていける世界になるなら。……私は、それが何より嬉しいんです」
その言葉は、実弥の胸の最も柔らかい部分を正確に貫いた。
弟を守るために全てを捨てた自分。その自分の前で、月唯は「誰かの失われていない家族を守るために命を捨てる」と言ったのだ。
実弥は大きく舌打ちをし、力任せに月唯の頭を鷲掴みにした。撫でるというより、ぐいぐいと揺さぶるような乱暴な手つきだ。
「……ヘドが出るほどのお人好しが。テメェみてェなガキが一番早く死ぬんだよォ。……いいか、手合わせだ。その腐った根性叩き直してやる。死ぬ暇もねェくらいになァ!!」
実弥はそれだけ吐き捨てると、風のように去っていった。
だが、月唯の足元には、彼が放り投げた小さな木箱が落ちていた。
「……これは?」
開けてみると、そこには実弥の好物である「おはぎ」が、不格好に詰められていた。
「……ふふ。不死川様も、蜜璃さんや伊黒様と同じ。……とっても、お優しいんですね」
月唯は、おはぎを一つ口に運んだ。甘いその味は、これから始まる「地獄の柱稽古」を共に乗り越えるための、風柱なりの「餞別」だった。
実弥は振り返ることなく、夕闇の中へ消えていったが、その背中は心なしか、月唯の覚悟を認めた戦友としての、確かな頼もしさを帯びていた。