雪柱の少女   作:白雪琉衣

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散りし雪と霞の追悼・受け継がれる意志

迷宮のように入り組んだ無限城の廊下を、竈門炭治郎と冨岡義勇は駆け抜けていた。その静寂を、鎹鴉の悲痛な叫びが切り裂く。

「伝令! 伝令! 上弦の壱、討伐! 討伐!!」

「……時透無一郎、宵咲月唯、死亡ッ!!」

 炭治郎の足が、凍りついたように止まった。

 鼻を突くのは、無限城の血生臭い匂いだけではない。かつて刀鍛冶の里で、そして蝶屋敷で共に過ごした二人の、あの澄んだ「雪」と「霞」の匂いが、この世から完全に消失してしまったことを、彼の鋭い嗅覚が残酷に理解してしまった。

「……嘘だ。時透くん……月唯さん……」

 炭治郎の膝が激しく震える。

 無一郎から教わった「自分のための力」。月唯から受け取った「静かなる慈愛」。まだあんなに若かった二人が、命を使い果たしてしまった。

 

 炭治郎の隣で、冨岡義勇は微動だにせず、ただ前を見つめていた。

 かつて月唯が錆兎や真菰を失った自分の欠落を、雪のような静けさで埋めてくれたのは彼女だった。

「……義勇さん」

 炭治郎が義勇を仰ぎ見る。義勇の瞳は、凪いだ水面のように静かだった。しかし、その手は日輪刀の柄を、指の節が白くなるほど強く、強く握りしめている。

「……宵咲は、最後まで自分の意志で戦い抜いた」

 義勇の声は、驚くほど低く、重かった。

「時透もだ。……二人が死を賭して道を拓いたなら、俺たちにできることは一つしかない」

 義勇は一歩、踏み出した。その背中には、もう迷いも、自分を卑下する暗い影もなかった。あるのは、失った者たちの想いを背負い、夜明けを連れてくるという、柱としての剥き出しの義務感だけだ。

 

 炭治郎は、溢れそうになる涙を掌で乱暴に拭った。

 泣いていては二人に顔向けができない。彼らが最期に見た景色を、無惨の首という最上の手向けに変えなければならない。

「……はい。行きましょう、義勇さん」

 炭治郎の瞳に、再び炎が宿る。

 二人は再び走り出した。

 炭治郎の心の中には、月唯の鈴の音が。

 義勇の心の中には、月唯が残した「雪」のような凛とした誇りが。

 二人の魂が遺した熱は、今、生き残った二人の剣士の血を沸き立たせ、無惨という災厄を終わらせるための最後の力へと変わっていく。

(……見守っていてください。時透くん、月唯さん。俺たちが、必ず終わらせます)

 二人の足音は、迷宮の奥深くに潜む闇へと、迷いなく突き進んでいった。

 

「閑話」三人の絆・炭治郎と雪と霞の交わした約束

刀鍛冶の里での激闘の後、蝶屋敷での療養中。

 庭に面した縁側で、竈門炭治郎、時透無一郎、そして宵咲月唯の三人は並んで座っていた。

 無一郎はぼんやりと空に浮かぶ雲を眺め、月唯はその隣で、炭治郎が持ってきた菓子を小さく口に運んでいる。

「……ねえ、炭治郎。君は、どうしてそんなに一生懸命になれるの?」

 ふいに無一郎が問いかけた。以前の彼なら興味すら持たなかったであろう問い。記憶を取り戻した今の無一郎の瞳には、かつての冷淡さはなく、どこか幼い好奇心が宿っていた。

「俺は……」

 炭治郎は少し考え、それから優しく微笑んだ。

「守りたいものが、たくさんあるからかな。禰豆子や、仲間たち……そして、これから出会う人たちが、悲しい思いをしないですむように」

 

 月唯は、炭治郎の言葉を反芻するように、白銀の瞳を伏せた。

「……炭治郎くんの優しさは、雪を溶かす太陽みたい」

 月唯の静かな声が、風に溶ける。

「私も、ただ死ぬのを待つだけの冷たい雪だった。でも、今は……この温かさを、誰にも壊されたくないって思うの」

 月唯の手が、無意識に無一郎の袖を掴んだ。

 無一郎はそれに気づき、そっと彼女の手を握り返す。

「……僕も、そうだよ」

 無一郎は炭治郎を見て、それから月唯を真っ直ぐに見つめた。

「僕が僕であるために、大切な人たちを守りたい。月唯を……君を悲しませるものは、僕が全部、霞で隠してあげる」

 

 炭治郎は、二人の間に流れる温かくも切実な空気を感じ取り、胸の奥が熱くなった。

 痣を発現させた剣士が辿る、短命という過酷な運命。それを知りながらも、二人は今、この瞬間を懸命に生きようとしている。

「約束しよう」

 炭治郎が小指を差し出した。

「みんなで無惨を倒して、平和な世界を作ろう。そしたら、みんなで一緒に、もっと美味しいものをたくさん食べて……笑い合おう」

 月唯は少し驚いたように目を見開き、それから花が綻ぶような笑みを浮かべて、炭治郎の指に自分の指を絡めた。

「ええ……約束よ。炭治郎くん」

 無一郎も、照れくさそうにそこに指を重ねる。

「……わかった。約束だね」

 

 三人の指が重なり合う。

 それは、過酷な戦いへと身を投じる前の、神様がくれた休息のような時間。

 炭治郎はこの時、二人の匂いを深く胸に刻んだ。

 無一郎の、雨上がりの空のような澄んだ匂い。

 月唯の、冬の朝に咲く花のような、清らかでどこか儚い匂い。

 この約束が、後に無限城で二人が命を使い果たすその瞬間まで、彼らの心を支える確かな「光」となったことを、この時の三人はまだ知る由もなかった。

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