その日の放課後は、冬独特の刺すような冷たさがあった。
中等部3年の月唯は、校門の前で足を止め、鉛色に染まった空を見上げた。心臓がトクン、と小さく跳ねる。何かを思い出しそうで思い出せない、あの切ない予感が全身を駆け巡っていた。
「……月唯。またぼんやりして。風邪ひくよ」
背後からかけられた声。振り向くと、中2の時透無一郎が、自分の首に巻いていた厚手のマフラーを解いて、月唯の首に丁寧に巻きつけた。
「無一郎くん……。でも、これじゃ無一郎くんが寒いでしょ?」
「僕は平気。月唯が凍えちゃう方が、僕には耐えられないから」
無一郎の瞳は、冗談を言っているようには見えなかった。その後ろから、月唯の鞄を担いだ有一郎がやってくる。
「行くぞ。雪が降る前に帰るって言っただろ」
三人で並んで歩く帰り道。住宅街の街灯が灯り始めた頃、空からひとひらの白い結晶が舞い降りた。
「あ……」
月唯の手のひらに、雪が落ちて溶ける。
その瞬間、月唯の視界が歪んだ。
「有一郎……! しっかりして!」
「……る、い……か……逃げ、ろ……むい、ちろう……を……」
「……月唯。ごめん……守るって、言ったのに」
「……謝らないで……無一郎。……私、幸せだったよ。……あなたに、出会えて……隣で、戦えて」
断片的なイメージ。真っ赤な血。自分を呼ぶ、二人の少年の声。
「……っ……うう……」
月唯はその場に蹲り、頭を押さえた。激しい頭痛と、それ以上に激しい「喪失感」が彼女を襲う。
「月唯!!」
左右から、強い力が自分を支えた。有一郎と無一郎だ。
二人の顔を見ると、彼らの瞳には「今世」の学園生活では見せたことのないような、深い深い悲しみと、祈るような必死さが宿っていた。
「……思い出さなくていい! 月唯、思い出さなくていいんだ!!」
有一郎が、月唯の体を壊れ物を扱うように強く抱きしめた。
「僕たちが全部覚えてる。月唯を死なせたことも、守れなかったことも、全部僕たちが背負う。だから月唯は、何も知らないまま笑っててくれればいいんだよ……!」
無一郎も、月唯の震える手を自分の両手で包み込んだ。
「……月唯。ごめんね、怖がらせて。でも、もう大丈夫だよ。……見て、今の雪は、あの日みたいに冷たくない。僕たちが、ずっと温めてあげるから」
二人の体温が、月唯の冷えた心に浸透していく。
月唯の目から、溢れるように涙が零れ落ちた。それは悲しみの涙ではなく、ずっと探していた「何か」を見つけた時の、安堵の涙だった。
しばらくして、月唯はゆっくりと顔を上げた。
記憶が完全に戻ったわけではない。けれど、彼女にははっきりと理解できた。
目の前にいるこの二人が、どれほどの時間をかけて自分を探し、守り、愛し続けてくれたのか。
「……ありがとう。無一郎くん、有一郎くん」
月唯は、自分を抱きしめる二人の背中に、そっと手を回した。
「私、やっぱり思い出せない。……でも、一つだけ分かったの」
月唯は涙を拭い、最高の笑顔を見せた。
「二人に出会えた私は、世界で一番幸せ者だってこと。……昔、もし悲しいお別れがあったんだとしても。今は、こうしてまた三人で雪を見てる。それが、答えなんだよね?」
その言葉に、双子は言葉を失った。
自分たちが必死に隠そうとしてきた過去さえも、月唯の優しさは包み込んでしまったのだ。
「……ったく。お前には敵わないな」
有一郎が、照れ隠しに月唯の頭を乱暴に撫でた。
「……うん。月唯はやっぱり、僕たちの光だ」
無一郎が、幸せそうに目を細める。
初雪は、三人の歩道を白く染めていく。
けれど、その道はもう、悲劇へと続く道ではない。
明日も、明後日も、そして数十年後も、共に歩んでいくための、新しくて真っ白な未来の道だった。
「さあ、帰って鍋にしましょう! お腹空いちゃった」
「「……賛成」」
笑い合う三人の声が、冬の夜空に響く。
雪と霞。かつて戦場を駆けた魂たちは、今、平和な光の中で永遠に結ばれたのであった。