放課後の商店街。香ばしい出汁の匂いが漂う定食屋「しらつゆ」の軒先で、月唯は幸せそうなため息をついていた。
「わあ……! 蜜璃さん、この新作の『桜うさぎパンケーキ』、とっても可愛いです!」
目の前には、ピンク色のクリームがたっぷりと乗り、雪うさぎを模したマシュマロが添えられた豪華な一皿。それを持ってきた看板娘の甘露寺蜜璃は、桜色の三つ編みを揺らしながら、月唯以上に目を輝かせている。
「よかったわぁ、月唯ちゃん! あなたに一番に食べてほしくて、一生懸命考えたのよ。さあ、冷めないうちに召し上がれ!」
月唯が一口食べると、あまりの美味しさに頬が落ちそうになる。蜜璃はその様子を見て「きゃあ! 可愛い!」と身を悶えさせた。
「蜜璃さん、最近伊黒先生とはどうなんですか? 先週、理科準備室でお会いした時、先生なんだかそわそわしてましたよ」
月唯の問いかけに、蜜璃は顔を真っ赤にして「もう、月唯ちゃんったら!」と顔を覆う。
「小芭内さん、この前、一緒に縞々模様の限定マフラーを見に行こうって誘ってくれたの……! 私、嬉しくて心臓が飛び出ちゃうかと思ったわ!」
二人がキャッキャと盛り上がっていると、店の外から「……おい」という低い声が響いた。
店の窓ガラス越しに、こちらをじっと見つめる中2の時透兄弟である。
「月唯、甘いものはもう十分だろう。晩飯が食えなくなるぞ」
有一郎が暖簾をくぐって入ってくる。
「……月唯、甘露寺さんにあまり変なことを吹き込まれないで。恋なんて、まだ月唯には必要ないんだから」
無一郎も、月唯の隣の席を陣取り、牽制するように蜜璃を見つめた。
蜜璃は、双子の過保護っぷりを見てクスクスと笑った。彼女には前世の記憶がある。かつて、孤独な戦いの中で、自分を「蜜璃さんはそのままで素敵です」と励ましてくれた雪柱・宵咲月唯の優しさを、彼女は一生忘れない。
「時透くんたち、相変わらず月唯ちゃんが大好きなのね! でも大丈夫よ、月唯ちゃんは私がしっかりエスコートするわ!」
蜜璃は月唯の手を取り、内緒話をするように耳を寄せた。
「月唯ちゃん。今度ね、しのぶちゃん(高等部3年)と一緒に、お洒落なカフェのハシゴを計画してるの。……あの双子くんたちには内緒で、三人で行かない?」
月唯は目を丸くした後、いたずらっぽく微笑んだ。
「……はい! ぜひ行きたいです、蜜璃さん!」
「あ、今絶対こっそり約束しただろう」
「……不公平だよ。僕たちも行く」
双子の抗議を笑い飛ばしながら、蜜璃は月唯に次々とお代わりの甘味を運んでくる。
定食屋に差し込む夕日は、桜色の髪と白銀の髪を優しく照らしている。
前世では、戦いの合間にしか許されなかった束の間の休息。
けれど今は、明日も、その次の日も、こうして笑い合える約束ができる。
「月唯ちゃん。私、あなたとこうして笑い合える今が、本当に幸せなの」
蜜璃がそっと月唯の頭を撫でる。
「……私もです、蜜璃さん。なんだか、ずっと昔から、こうして二人で笑ってた気がするんです」
記憶はなくても、心は覚えている。
恋する看板娘と、彼女に憧れる少女。
キメツ学園の商店街には、今日も二人の甘い笑い声と、それを必死に守ろうとする少年たちの足音が響いていた。