雪柱の少女   作:白雪琉衣

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霧と雪の境界線

産屋敷からの伝令、鎹鴉が静寂を切り裂いた。

「北ノ宿場町、神隠シ多発! 霞柱・時透無一郎、雪柱・宵咲月唯、直チニ向カエ!」

 それは、月唯が望んでいたようで、最も恐れていた命だった。

 集合場所の宿場外れ。月唯が到着したとき、そこには既に霞のように実体の掴めない雰囲気を纏った少年――無一郎が立っていた。

「……あ、君。ええと、誰だったっけ。雪の匂いの人」

 無一郎は空を見上げたまま、感情の起伏のない声で言った。

「……宵咲月唯です。よろしくお願いします、時透殿」

 月唯は胸の裏側に隠した「藍色の端切れ」を指先でなぞり、自分を律した。今は幼なじみではなく、共に鬼を狩る「柱」でなければならない。

町を覆うのは、異様なほどに濃い霧だった。

 家々は固く閉ざされ、まるで町全体が呼吸を止めているかのようだ。

「……来るよ。上から」

 無一郎が呟くと同時に、頭上の霧がうねり、巨大な鉤爪を持った鬼が姿を現した。

「霞の呼吸、肆ノ型――移流斬り」

 無一郎の動きは、捉えどころがないほど速い。しかし、鬼は霧と同化し、物理的な攻撃をすり抜けていく。

「無駄だよ。この霧は僕の体の一部……お前たちの刃は届かない」

 鬼が嘲笑う。その背後、霧が晴れた一瞬に、月唯は見た。霧の中に囚われ、凍りついたように動けない町の人々の姿を。

「……いいえ、届きます。雪が、霧を飲み込んでしまうから」

 月唯は静かに抜刀した。透き通った青い刀身が、月の光を反射する。

「無一郎、私が霧の動きを止めます。その隙に、本体を!」

「……勝手なこと言わないで。……でも、やってみて」

 無一郎の返事を待たず、月唯は地を蹴った。

「雪の呼吸、参ノ型――銀世界」

 月唯を中心に、爆発的な冷気が吹き荒れる。空気中の水分が瞬時に結晶化し、鬼が操る霧を「重い雪」へと変えて地面へ叩きつけた。

 その時、舞い散る雪の結晶が、空中で重なり合い、あの「三人の印」の紋様を鮮やかに描き出した。

「な……なんだ、この紋様は……!?」

 鬼が怯んだその刹那、無一郎の瞳に、ほんの一瞬だけ光が宿った。

 その紋様を、彼はどこかで知っている。胸の奥が、熱くなるような、泣きたくなるような、不思議な衝動。

「……霞の呼吸、伍ノ型――霞雲の海」

 月唯の雪が作った道。迷いの晴れた無一郎の刃が、霧を切り裂き、鬼の首を正確に捉えた。

 

鬼が灰となり、町を覆っていた霧が晴れていく。

朝焼けが、雪の残る瓦根を照らした。

「……ねえ。今の技」

 無一郎が、いつになく真剣な表情で月唯に問いかけた。

「あの印……君は、あれをどこで見たの? 僕、あれを……知っている気がする」

 月唯は一瞬、言葉に詰まった。「あなたが描いたのよ」と言ってしまえば、どれほど楽だろう。けれど、彼の瞳にはまだ、過去の惨劇を耐えうるほどの光は戻っていない。

「……私の故郷に伝わる、ただのおまじないですよ。時透殿」

 月唯は、羽織の裏地に縫い付けた有一郎の形見をそっと押さえ、微笑んだ。

「いつか、あなたが自然に思い出すことがあれば……その時にまた、お話しします」

 無一郎は不思議そうに小首を傾げたが、やがて「ふうん。……まあ、いいや」といつもの調子に戻り、歩き出した。

 その後ろ姿を見つめながら、月唯は心の中で呟く。

(思い出さなくていいよ。……私が、全部覚えているから。あなたの分も、有一郎の分も)

 白銀の雪道を、二人の足跡が刻まれていく。

 それは、かつて山で三人が並んで歩いた、あの冬の日と同じ距離感だった。

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