キメツ学園の数学教師、不死川実弥は不機嫌だった。
いや、この男が上機嫌なことなど滅多にないのだが、今日は特に眉間のシワが深い。
「……チッ。またあのガキ共か」
階段の踊り場。実弥の視線の先には、中等部3年の宵咲月唯と、その両脇をガッチリと固める中2の時透無一郎、そして有一郎の姿があった。
無一郎は月唯の制服の袖を掴み、何やらボソボソと甘えるように話しかけている。月唯は困ったように、けれど慈愛に満ちた笑顔でその頭を撫でていた。
「……おいテメェら。そこはたまり場じゃねェぞ。さっさと教室戻りやがれ」
実弥が低く凄むと、無一郎が冷めた瞳で振り返った。
「……あ、不死川先生。先生こそ、そんなに怒ってると血圧上がって死んじゃうよ。月唯に当たらないでくれる?」
「あァ!? 誰に向かって口きいてやがる、このクソガキがッ!!」
いつものように怒鳴り散らそうとした実弥だったが、月唯と目が合った瞬間、その言葉が喉に張り付いた。
「不死川先生! 最近お疲れなんじゃないですか? これ、おはぎの余りなんですけど……食べますか?」
月唯が差し出したのは、包みに丁寧に入れられた小豆の香りがするおはぎだった。
その瞬間、実弥の脳裏に、血の匂いと雪の冷たさが混じり合う「あの日」の情景がフラッシュバックした。
戦場。自分よりもずっと小さな体で、ボロボロになりながらも笑っていた少女。
そして、その傍に今にも消えそうだった幼い少年。
(……クソが。なんでコイツらが、こんなところで呑気におはぎなんか持って笑ってやがる)
実弥は乱暴に後頭部を掻いた。
目の前にいるのは、宿題を忘れて小賢しい理屈を並べるガキと、お人好しが過ぎる優等生だ。前世のような地獄など、微塵も知らないはずの。
「いらねェよ。……さっさと行け。予鈴が鳴るぞ」
実弥は突き放すように言い放ったが、月唯は強引にその手に包みを握らせた。
「先生、甘いもの食べると頭がスッキリしますよ! 有一郎くんたちも、先生の授業分かりやすいって言ってますから。……ね?」
「……言ってないよ」
「……言ってない」
双子の否定をスルーして、月唯は二人を連れて階段を降りていく。
遠ざかる三人の背中。
無一郎が月唯の肩に頭を乗せようとして有一郎に突き飛ばされ、月唯がそれを笑って宥めている。
その、どこまでもくだらなくて、どこまでも平和な光景。
「……ケッ。……甘すぎんだよ、このおはぎは」
実弥は一人、踊り場で月唯からもらったおはぎを口に放り込んだ。
頬を伝う風は、あの日浴びた返り血の熱さとは違う、ただの温かい春の風だった。
かつて、自分の腕の中で冷たくなっていった命が、今、こうして騒がしく生きている。
「……死ぬほど、長生きしやがれ。クソガキ共」
誰にも聞こえない呟きと共に、実弥は空になった包みをポケットに入れ、再びいつもの不機嫌な顔を作って教室へと向かった。