それは、柱合会議のあとの休息時間のことだった。
月唯が庭の隅で静かに精神統一をしていると、背後から「きゃあぁっ!」という華やかな悲鳴とともに、桃色と緑色の髪を揺らした少女が飛び出してきた。
「宵咲さん! あなた、近くで見るともっと可愛らしいわね! その透き通るようなお肌、まるで雪の精霊さんみたい! ドキドキしちゃう!」
恋柱・甘露寺蜜璃だ。彼女は月唯の両手をぎゅっと握り、キラキラとした瞳で至近距離まで顔を近づける。
「あ、ありがとうございます……甘露寺様……」
「様なんて言わないで、蜜璃って呼んで! ねぇ、これから一緒にご飯に行かない? 美味しいお店を見つけたの!」
圧倒的な熱量に押され、月唯は断る間もなく、町で評判の定食屋へと連行されることになった。
店に着くやいなや、蜜璃は信じられないほどの量の料理を注文した。
「お待たせしましたー!」と運ばれてくる山積みの天ぷら、うどん、おにぎり。
「美味しい! これも美味しいわ! 宵咲さんも食べて!」
幸せそうに頬張る蜜璃の姿に、月唯は圧倒されつつも、ふと気づく。
「……甘露寺さん、そちらの煮物、少し味が濃いかもしれません。もう少し出汁を効かせれば、お肉の甘みが引き立つのに」
「えっ、宵咲さん、お料理に詳しいの?」
「……はい。山にいた頃、少し。二人の男の子(時透兄弟)の食事を毎日作っていたので、彼らの好みに合わせるうちに……」
月唯は少し寂しげに、けれど誇らしげに目を伏せた。蜜璃はその表情を見逃さず、「まぁ! じゃあ今度、宵咲さんのお料理が食べてみたいわ!」と身を乗り出した。
数日後。月唯の屋敷の台所には、エプロンを締めた月唯と、期待に胸を膨らませる蜜璃、そしてなぜかふらりと現れた無一郎の姿があった。
「時透君も来たのね! 賑やかで素敵だわ!」
「……お腹が空いた気がしたから」
無一郎は相変わらずぼんやりしているが、月唯が包丁を持つ手捌きを、どこか懐かしそうに見つめている。
月唯が作ったのは、雪山で採れた山菜の炊き込みご飯と、特製の雪見大福。
炊き込みご飯の上には、人参を型抜いた「三人の印」がそっと添えられている。
「わあぁっ! 綺麗……! 食べるのがもったいないくらい!」
蜜璃が一口食べると、その表情がぱぁっと輝いた。
「美味しい……! 優しくて、温かくて……なんだか涙が出ちゃいそう! 宵咲さんの料理、世界で一番好きかもしれないわ!」
それからというもの、非番の日には蜜璃が月唯の屋敷に遊びに来るのが恒例となった。
月唯は蜜璃のために特大サイズの弁当を作り、蜜璃は月唯に最新の髪飾りの話をしたり、恋の悩みを打ち明けたり(大抵は、伊黒さんの話だ)。
「宵咲さんは、私の大切なお友達よ! ずっと仲良くしてね!」
蜜璃に抱きつかれ、月唯は照れくさそうに、けれど幸せそうに微笑む。
冷たい雪の柱を自称し、孤独の中にいた月唯。
けれど、蜜璃の太陽のような明るさと、彼女に振る舞う温かい料理のおかげで、月唯の心には、いつの間にか春のような陽だまりができていた。
無一郎が月唯の作ったおにぎりを黙々と食べている横で、蜜璃の笑い声が響く。
「月唯ちゃん、次は桜餅を一緒に作りましょうね!」
「……ええ、喜んで。蜜璃さん」
雪と桜。
季節の違う二人の柱は、美味しい匂いに包まれながら、かけがえのない絆を深めていくのだった。