夜ごとに星が降る美しい国で、欲しいものは何でも手に入るワガママ王子。ある日、メイドの大切な形見を無慈悲に捨てた彼は王の怒りに触れ、身一つで城を追い出されてしまいます。孤独な旅の果てに王子が見つけたものとは。


なろうの企画用に書いた童話。明るい話。

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王子さま、旅にでる

 むかしむかし、星の王国というところがありました。よるになるとお城のてっぺんから星が一粒ぽろりとこぼれおちて、その光が国じゅうを照らすのです。とてもとてもきれいな国です。

 

 その国にひとりの王子さまがくらしていました。

 

 王子さまは毎日、じぶんのすきなことだけをして生きておりました。朝ごはんがきらいだといってはパンを窓からなげすて、お風呂がきらいだといってはお湯をひっくりかえす。おべんきょうの時間になると先生の本をやぶり、おひるねの時間になると「ねむくない」とベッドの上でとびはねました。

 

「王子さま、おやめください」

 

 メイドたちがそういっても王子さまは耳をふさぐだけ。

 

「うるさい、うるさい」

 

 へいしたちが「おぎょうぎよくしてください」とたのんでもかれらのやりをとりあげてふりまわすのです。

 

 王さまとお妃さまは何度も王子さまをよびだしました。おしろのいちばん大きな広間でふたりはならんで王子さまをみつめます。

 

「おまえはこの国のおうじだ。みんなのお手本にならねばならぬ」

 

 王さまの声は低くひびきました。お妃さまはかなしそうに目をふせています。

 

「わかったよ」

 

 王子さまは口ではそういいながら、心のなかではなにも思っていませんでした。広間をでるとすぐ、ろうかをはしりまわって花びんをわり、夕ごはんのスープに塩をどっさりいれてコックをこまらせたのです。

 

 そんなある日のことでした。

 

 王子さまはお城のにわをぶらぶらあるいていて、ひとりのメイドの女の子をみつけました。女の子は王子さまより三つほど年上でいつもしずかにそうじをしている子です。その子がベンチにすわり、首からさげたペンダントをじっとみつめていました。

 

「それ、なに」

 

 王子さまは女の子のまえに立ちはだかりました。

 

「ペンダントでございます」

 

「みせろ」

 

 女の子はすこしためらってから、そっと首からはずして王子さまにわたしました。てのひらにのせると、ペンダントはあたたかい光をはなっています。銀のわくのなかに小さな小さな石がひとつ。

 

「きらきらしてる」

 

 王子さまはつぶやきました。

 

「お母さまのかたみでございます」

 

 女の子の声はかすかにふるえていました。でも王子さまにはその意味がわかりません。かたみというものがなんなのか、だれにも教わったことがなかったからです。

 

「ふうん」

 

 王子さまはペンダントをにぎったまま、にわのおくへあるいていきました。女の子があわてて立ちあがります。

 

「王子さま、おかえしください」

 

「うるさいな」

 

「おねがいでございます」

 

「だまれっていってるだろ」

 

 王子さまはふりむいて、うでを大きくふりあげました。ペンダントは弧をえがいて夕やけのそらにとびあがり、城のへいをこえて、むこうがわへきえていきました。からん、と小さな音がしたような気がしましたがそれもすぐにきこえなくなったのです。

 

 女の子は声もだせませんでした。両手でじぶんの首もとをおさえ、ぺたりとその場にくずれおちます。目からなみだがあふれてもなにもいわない。なにもいえない。

 

「なんだよ、たかがペンダントだろ」

 

 王子さまはそういってお城のなかへもどっていきました。

 

 つぎの朝、女の子はいなくなっていました。お城のだれもさがしたけれど、みつかりません。女の子がねていた小さなへやにはきれいにたたまれたエプロンと、ぼろぼろになったうすい手紙だけがのこされていました。

 

 王さまはその手紙をよみ、しばらく目をとじました。お妃さまは窓のそとをながめて、なにもいいません。

 

 ふたりは王子さまを広間によびました。

 

「おまえ、メイドの子のペンダントをすてたな」

 

「すてたよ」

 

 王子さまはへいきな顔でこたえます。

 

「あれはあの子のお母さんのかたみだった。お母さんがなくなったとき、さいごにのこしてくれたものだ」

 

「ふうん」

 

「ふうん、ではない」

 

 王さまの声がひくくなりました。こわい声ではありませんでした。ただ、かなしい声でした。

 

「おまえにはこの国の王族がもっているはずのものがない」

 

「もっているはずのもの?」

 

「じぶんでみつけろ。この国を一周するまで城にかえってくるな」

 

 王子さまは目をまるくしました。星の王国は広いのです。歩いて一周するには何日もかかります。いいえ、何週間も。

 

「馬にのっていっていい?」

 

「おまえは馬にのれないだろう」

 

 たしかにそうでした。王子さまはおけいこがきらいで馬のりのおけいこもさぼってばかりいたのです。

 

「歩いていけ。そして国じゅうをみてこい」

 

 お妃さまがやっと口をひらきました。

 

「あなたがなくしたものをさがしてきなさい」

 

 こうして王子さまはお城をおいだされました。もっているのは小さなかばんひとつ。なかにはパンと水、それから一枚の地図。

 

 お城の門がしまると、王子さまはひとりぼっちになりました。

 

 道はつづいていました。どこまでもどこまでもずっとつづいていました。王子さまはあるきます。足がいたくなってものどがかわいてもだれもたすけてくれる人はいません。

 

「なんでぼくがこんな目に」

 

 ぶつぶついいながら、それでもあるくしかないのです。

 

 三日目の朝、王子さまは小さな村につきました。おなかがすいて足がふらふらです。パンはとっくに食べおわり、水ものこりわずか。村の広場にたおれこむようにすわりこみました。

 

「だいじょうぶかい」

 

 声がして、顔をあげると、女の子が立っていました。王子さまとおなじくらいの年です。よごれた服をきて、はだしででもにこにこわらっています。

 

「おなかすいてるでしょ。うち、パンやさんなの」

 

「パン」

 

「おいで」

 

 女の子は王子さまの手をひいて、村のすみにある小さな家につれていきました。なかからこうばしいにおいがただよってきます。

 

「おとうさん、おきゃくさんだよ」

 

 なかから出てきたのは大きな手をしたおじさんでした。まゆげがふとくて、目がやさしい。

 

「ほう、こりゃまたちっさいお客さんだな」

 

 おじさんは王子さまをいすにすわらせ、焼きたてのパンをだしてくれました。あたたかくて、ふわふわで王子さまはなにもいわずにがつがつと食べました。

 

「おいしい?」

 

 女の子がきくと、王子さまはうなずきました。たしかにおいしかったのです。お城で食べていたパンとはぜんぜんちがいます。

 

「よかった」

 

 女の子がわらうと、王子さまの胸のおくがすこしあたたかくなりました。なんだかへんな気もちです。

 

「おじさん、ぼくはお金をもっていない」

 

 食べおわってから王子さまはいいました。お城にいたころはお金のことなんて考えたこともありませんでした。ほしいものはなんでもだれかがもってきてくれたからです。

 

「お金なんていらないさ」

 

 おじさんはわらいました。

 

「おなかがすいている子がいたら、パンをあげる。それだけのことだ」

 

「どうして」

 

「どうしてって、そりゃあ」

 

 おじさんは頭をかきました。

 

「わしもむかし、おなかがすいてこまっていたことがあってな。そのとき、だれかがパンをくれたんだ。だからわしもだれかにパンをあげたいと思った。それだけのことさ」

 

 王子さまにはよくわかりませんでした。でも胸のおくのあたたかいものはすこしだけ大きくなった気がしたのです。

 

 つぎの日、王子さまはまたあるきはじめました。女の子が道のとちゅうまでおくってくれました。

 

「気をつけてね」

 

「うん」

 

「また会えるといいね」

 

 王子さまはふりむかずにうなずきました。ふりむくと、なにかがこぼれおちてしまいそうだったからです。

 

 それから何日もあるきました。山をこえ、川をわたり、森をぬけました。足のうらにはまめができて、つぶれて、またあたらしいまめができました。

 

 ある夜、王子さまは森のなかでまよいました。月があかるかったけれど、どっちにいけばいいのかわかりません。つめたい風がふいて、からだがふるえます。

 

「たすけて」

 

 小さな声がきこえました。王子さまは立ちどまりました。

 

「だれ」

 

「こっち」

 

 声のするほうへ歩いていくと、草むらのなかに小さな犬がいました。足をけがしているらしく、うごけないのです。

 

 王子さまはしゃがみこみました。お城にいたころなら、「きたない」といってとおりすぎていたでしょう。でも今はじぶんもおなじようによごれています。おなじようにつかれています。おなじようにこわいのです。

 

「だいじょうぶ」

 

 王子さまは犬をだきあげました。思ったよりずっとかるい。そっと足をみると、とげがささっていました。ゆっくりぬいてあげると、犬は小さくないて、王子さまの顔をなめました。

 

「きたないな」

 

 そういいながら、王子さまはわらっていました。じぶんでもおどろきました。お城にいたころはわらうことなんてほとんどなかったのです。

 

 その夜、王子さまは犬をだいて眠りました。ひとりじゃないと、森もそんなにこわくないことに気づきました。

 

 犬は歩けるようになると、どこかへ走っていきました。王子さまはちょっとさみしかったけれど、手をふってみおくりました。

 

「元気でな」

 

 犬がいなくなったあとも胸のなかにはなにかのこっていました。

 

 旅はつづきます。王子さまは海のそばの町にたどりつきました。漁師のおじいさんがあみのつくろいかたを教えてくれました。おばあさんが魚のやきかたを教えてくれました。王子さまの手はまめだらけになり、顔は日にやけて、髪はぼさぼさです。でもあしどりはかるくなっていました。

 

 ある町では井戸の水をくむのを手つだいました。おなかをすかせた子どもにじぶんのパンを半分あげました。こわれたへいをなおすおじさんの手伝いをしました。

 

 そのたびに胸のなかでなにかが光りました。小さな、小さな光。それがすこしずつ、すこしずつふえていくのです。

 

 半年がすぎました。王子さまはやっと、お城のちかくまでもどってきました。あの日出ていった門がむこうにみえます。

 

 でも王子さまは足をとめました。

 

「あ」

 

 道ばたに女の子がすわっていました。みおぼえがあります。あのメイドの女の子でした。

 

 女の子はぼろぼろの服をきて、やせほそっていました。王子さまをみてもにげようとはしません。ただじっと、こちらをみつめています。

 

 王子さまの胸がいたくなりました。足のまめがつぶれたときとはちがう、もっとおくのほうがいたいのです。

 

「ごめんなさい」

 

 口からことばがでました。いままで一度もだれにもいったことのないことばでした。

 

「ぼくがきみのペンダントをすてた。きみのおかあさんのかたみを」

 

 女の子はなにもいいません。

 

「さがした。旅のとちゅうでお城のへいのそとをさがしてまわった。でもみつからなかった」

 

 王子さまはポケットから小さなふくろをとりだしました。旅のとちゅうでひろった、きれいな石がはいっています。

 

「これじゃだめだよね」

 

 女の子はふくろをうけとりました。なかをのぞいて、小さくためいきをつきます。

 

「どうして」

 

「わからない。でもかえしたかった。きみになにか、かえしたかった」

 

 女の子はしばらく石をみつめていました。それから、ふしぎなことにすこしだけわらったのです。

 

「この石、きれいね」

 

「うん」

 

「海の石?」

 

「川でひろったのもある。山でひろったのもある」

 

「ぜんぶ、ひろってきてくれたの」

 

「ぼくがすてたものはもうどこにもない。だからかわりになるものをさがした。でもかわりになるものなんて、ないよね」

 

 女の子は立ちあがりました。石のはいったふくろをぎゅっとにぎりしめています。

 

「おかあさまのペンダントはもうないわ」

 

「うん」

 

「でもおかあさまはここにいるの」

 

 女の子はじぶんの胸をおさえました。

 

「かたみがなくなってもおかあさまのことを思う気もちはなくならないの。ここにあるから」

 

 王子さまの目から、なにかがこぼれおちました。あたたかくて、すこししょっぱい。なみだでした。

 

「ぼく、しらなかった。なにもしらなかった」

 

「でもいまはしってるでしょ」

 

 女の子はそういって、ほんとうにわらいました。

 

 王子さまはお城の門をくぐりました。

 

 広間には王さまとお妃さまがまっていました。半年まえとおなじようにふたりはならんですわっています。でも王子さまの目にうつるけしきはまえとはちがっていました。

 

「かえりました」

 

 王子さまは頭をさげました。

 

 王さまはしばらく王子さまをみつめていました。よごれた服、日にやけた顔、まめだらけの手。でもいちばんかわったのはそこではありませんでした。

 

「目がかわったな」

 

「目ですか」

 

「まえのおまえの目はなにもうつしていなかった。いまのおまえの目にはなにかがある」

 

 王子さまは胸に手をあてました。旅のあいだにすこしずつためこんできた、あの光。

 

「王族がもっているはずのものを見つけたか」

 

 王さまがたずねました。

 

「わかりません」

 

 王子さまは正直にこたえました。

 

「でもぼくの胸のなかにきらきらひかるものがあります。だれかにやさしくされたとき、だれかにやさしくできたとき、それはすこしずつふえていきました。これが王族がもっているはずのものなのかどうかはわかりません」

 

 それだ、と王さまは言いました。

 

 王さまとお妃さまは顔をみあわせます。そしておたがいにうなずきあいました。

 

「王族がもっているはずのもの。それは国の人びとを思いやるこころだ。人のいたみがわかるこころだ。そしてそのこころはけっしてじぶんひとりでは手にいれられない。だれかとであい、だれかと時間をすごし、だれかのためになにかをすることではじめて光りはじめる」

 

 お妃さまがそっと立ちあがり、王子さまのそばにきました。よごれた髪をなでやさしくほほえみます。

 

「おかえりなさい」

 

 その夜、王子さまは城のいちばん高いとうにのぼりました。夜空には星がひろがっています。

 

 胸のなかできらきらがひかっていました。

 

 旅のとちゅうで出会った人たちのことを思いだします。パンをくれたおじさんと女の子。けがをした犬。あみをつくろうおじいさん。魚をやくおばあさん。井戸の水。パンを分けあった子ども。へいをなおすおじさん。

 

 そしてあのメイドの女の子。

 

 これまでのことが、胸の中できらきらと光っているようにおもえます。

 

 王子さまは「ああ」とため息をつきました。これだったのか、と思いました。

 

 きらきらはそとからやってくるものではなかったのです。じぶんのなかですこしずつ、すこしずつためていくもの。だれかを思い、だれかのためになにかをして、だれかからなにかをもらって。そうやって胸のなかで育てていくもの。

 

 王子さまは空をみあげました。

 

 星がひとつ、ぽろりとこぼれおちて、王国をてらしました。

 

 いつか王さまになったとき、この国の人たちみんなのことを思いやれる王になろう。胸のきらきらをもっともっと大きくしていこう。そしていつか、だれかの胸のなかにもきらきらをともせるような、そんな王に。

 

 風がふいて、王子さまの髪をゆらしました。

 

 よるがふけて、星の国は静かにまたたいていました。

 

 おしまい。


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