グラフィックをフリー素材限定にしてゲーム作りをすることになったたこの勝負、何より大事なのは素材選び、素材によってどんなゲームが出来るか決まるので特に日隈が一通り確認しているが……。
「橙、前もって言っておくが今回オレ達はウディタもRPGツクールも使わずにいく、つまりランタイムパッケージは抜きでいくぞ」
「ランタイムパッケージというのはツクールとやらに最初から入っている素材で良いのか……?その、グラフィックをダウンロードするということは私の仕事はあるのか?」
いつも空腹を訴えて仕事がないとお金がない、お金がないと生きていけないギリギリCGデザイナーのサフィーナ・ブルーは今回ゲーム作りに携わっていない、一応瀬尾がSimulator系のゲームを考えてデザインを任されてはいるがCG・3Dが活躍する機会が無い場合サフィーナは音楽をどうにかするしかなくなる。
だが今大事なのはどんな素材でどんなRPGを作るかだ。
勝負の内容はずばり、白卓の公式サイトに両方のゲームを同時に投稿して一ヶ月の反応を確かめるというもの。
もちろん不礼のゲームも白卓サイトで投稿、後から自分が勝負として名乗り上げるとなると……負けそうな時に都合の悪いことをするのでは?と瀬尾は当然危惧したが、不礼は言っている意味が分からないとでも言いたげな顔をしていた。
「意味が分からない、勝ちそうな時に君らの作品を俺が作ったってことにする気かってこと?なんで?俺が考えた設定じゃないのにそれを自分がやりましたって言って何が楽しいのかな?」
「楽しい……原理としてはそうなんですね、貴方が二次創作を作ること含めて」
「ああ、日隈くんはもう色々と俺の作ってくれたモノとか見てくれたし、話も沢山したから分かるかな」
理解しきれてないし同類というわけでもないのだが、不礼が絶対に白卓の作品を自分が作ったと言い張ることだけは絶対にないと断言してしまえる、だってこの人は単に設定と話を考えるのが好きなだけだ、原作となる作品の設定、それを使いたいだけ……そこからどんな風に話が練られていくかと、それで完成した作品はあくまで結果、作るまでを楽しんでるだけで作られた後の『製品』に期待してない、だからあんなに山積みにゲームもマンガも置いてある……それは人間が当たり前のように行う『食事』と何も変わらないのだろう、そしてそれが今回は……大きな脅威になる。
「不礼先生の前ではフリー素材を見た時点でもう設定が決まっている……というよりは、『こういう風に動かしたい』『こういう話を作りたい』と言う原動力が働いているんです」
同じドラゴンのドット絵を互いに使用したとしても不礼の目には全く別のものが見えているように設定1つで大きく変化していくことだろう、対抗するためにはこちらも設定に強い解釈を加えて勝負していくしかない。
それにしても恐ろしいのは素材を探す不礼の顔だ、ダウンロードサイトを見ている時、彼の目にはまるでバイキング会場のように見えているのだろう、全て平等に『元』として。
日隈も一旦情報をまとめる、現在瀬尾は『正統派のゲーム』を作っておきたいと思っている、ちゃんとした作品も載せることで幅広い層にアピールするためだ。
だが能登は間違いなく道をなぞるようなありふれた正道を求めていない、このゲームの出来栄えは自分にかかっているんだ……というところで、日隈は記憶をさかのぼり不礼の別荘に初めて来た時を思い出す。
数多く積まれた作品、初めて観た作品達……彼は特別素材に拘りはない、作ることにやりがいを感じている。
つまら特別素材に拘る必要はないとはいえ、礼節は守り……絵以上の表現を目指す。
「あの不礼先生、そこにいられると僕らが集中出来なくて……」
「ああそっか、それは悪かったからゲームが開発したら呼んでいて!俺は向こうでゲーム作るから!」
不礼は去っていって改めてゲームのネタを公表しようとするのだが……考えてみるととんでもないものになる、作るゲームがそれだけ凄いのではなく、今回これを出す場合経費がかなりかかりかねないということだ。
話を切り出す前に日隈は財布を取り出して中身を確認するとまあ人並みの金額、千円札が何枚か入って無駄使いしなければ1か月は持つだろうという学生として正常なライン。
「……せお君お金どれだけある?」
「参考資料で何か買うんだな?俺はあるかないかで言えば……全然だな、普段必要な物も多いし」
「そっか……サフィーナさん……はもう最初から無理だとして」
たる
「むしろ金があるなら欲しい!」
「大人として恥ずかしくないのかこの人……そして残るは能登か」
「あるにはあるが、一体なにに使うかを聞かせろ、金が絡むとなるとオレでも多少のことを見過ごせなくなる」
「食費です、なんかこう……RPGの回復アイテムを料理にして、かなり気合の入った食レポを入れればアイコンでも個性が出るんじゃないかと思って」
つまりドットの料理アイテムアイコンだけでゲーム内では本格的な料理の食レポをしているかのように文章で表現したいということらしい、ドット絵だからこそ出来る想像に委ねる部分というサフィーナのサテラビューで話した事を参考にしたものだが問題がまだある、料理の説明文が本格的なだけではゲームとしてパンチが弱すぎる、今のままでRPGを作ってもちょっと説明文が凝ってるだけの正統派には届かず、陳腐な作品になってしまうがここで日隈は更に料理要素を更に掘り下げていき……。
「……薬草とか回復アイテムって大体野草だよね?薬にするんじゃなくて焼いたり混ぜたりで料理にして色んな効果をもたらす感じにするとか?」
「要は合成機能みたいなものか、それだったらすぐにプログラムを組めるぞ」
「回復の薬草は3パターン、あと毒消しに麻痺、あと3つくらいでいいか……普通の野草もフレーバーや合成のバリエーションとして出しておけ」
「あと調理器具はいきなり全部揃えず後から入手して出来ることを増したほうがいいな、RPGの醍醐味は進むほど出来ることが増えていくところにある、気分的には船や飛行船なんかで好きなように移動できるようになったのと近い」
ネタを広げながら『薬草を調理するRPG(仮名)』の要素を広げていく、アイコンを用意して後は簡単な勇者やモンスターなどを広げストーリー面を暇していたサフィーナが担当しながらフィールドをチップ形式で精密に芸術品のように貼り付けていき……瀬尾がバトル画面のテストを行いながら細かいところを組む、料理に成功率を作ったり特定のステータスに影響を及ぼすように数字を弄るのだが、ここで考えていたサフィーナが日隈に問いかける。
「何故わざわざ薬草を料理する?RPGなら意味が必要と思われるが」
コレまでと大きく違うところは、RPGは『ロールプレイング』、つまり主人公などに感情移入して役になりきるつもりになるゲームだ。
そうなってくると世界観に没入するために無視できないことも多い。
ジャンケンをパズルにしようがそういうものだ、そういうゲームだから……しかし薬草を料理するRPGはその世界の住民になりきるため、実質的な理由を求められてくる。
もちろん日隈が考えてないわけでもない。
「ゲームを作る上で『薬草』とするから実感がつかめなないので……例えですよ、例えになりますが『回復薬』も存在するとします、この薬草に分類されるものを現実で当てはめるとするなら……『ほうれん草』だとしたら?」
「ほ……ほうれん草!?」
「そうです、そして回復薬は何の下ごしらえもせずただほうれん草をミキサーにかけてドロドロにした上で多少何かしらを調合したものとして、ほうれん草100%の液体を飲めますか?」
「い……嫌だ!」
「しかも回復薬ってことは普通に10個くらいは持っていくからな……」
「でもこれが、ほうれん草のおひたしや和え物にしたら?」
「うーむ……生よりはまだ食える気がする」
ほうれん草と身近なもので例えれば説得力は多少出てくると踏んだ、更にほうれん草自体あまり好んで食べるものは若者にはいないのでレシピを色々出せば食育にも繋がるかもしれないとほうれん草=薬草路線で進んでいくのだが、そうなってくるとまた経費の話に戻る。
「そういうことなのでらいかさん、本格的な味のリアリティの追求のためにもありったけのほうれん草を買って作りましょう」
「そうだな、どうせならレシピサイトの隅から隅まで深掘りしろ、見るからにヤバそうな料理もマーキングしとけ、成功例だけ食っても面白くないからな」
日隈の提案で能登もギアが乗ってきたのだがサフィーナと瀬尾は作った分全部自分達もまとめて食うことになると察しサフィーナは逃げようとするが瀬尾に背中を掴まれてそのままジャーマンスープレックス。
「テレビのバラエティ企画でもほうれん草オンリー生活なんて聞いたことないぞ!?」
「俺だってないわ!!まだ別の野菜だったら妹にお裾分けという選択肢もあったがほうれん草は……!!」
迫りくるほうれん草料理地獄を乗り越えた先のゲーム開発まで先を見据えなくてはならないのだが、もう既に能登は琥珀を呼んでどれだけほうれん草を買ってどれだけかかるか計算し始めているので諦めるしかなさそうだ。
この時琥珀は思っていた。
ほうれん草というとポパイしか浮かばないなと思ったがあえて口に出さないようにした。
万が一世代的に知らなかった場合めちゃくちゃ恥ずかしいからだ、琥珀は空気の読めるオタクである。
瀬尾はほうれん草が嫌いというわけではないが恐らくこのゲームの為に毎日……。
「らいかさん料理っていけます?」
「引きこもりなめんな自炊スキルくらい磨いとるわ、それよりお前らの胃袋は?」
「……」
「……」
「よし、覚悟を決めるべきだな」
――
「……さて、何が来ると思う?と賭けたわけだけど」
「ちょっと考えたくもないなと思いながらも……この光景を見たら」
【薬草を調理するRPG】として中身を深めるため、一旦ほうれん草を調理して色々試すことになったのだが……料理である以上、口に入れられるちゃんとしたものが出てくることは想定したかった。
だが目の前のイメージが緑一色に染まっていくにつれ、瀬尾と琥珀の間に地獄のような空気が漂い始める、サフィーナに至ってはもう無理という情けない大人たちの図。
ほうれん草ばかり食っていくほどしんどいものはない。
特に琥珀は口には出していないが実は結構な子供舌で偏食家だ、特に野菜と魚介類は好き嫌いが激しいので絶対に誰かと組んで食べに行くことはない。
食えるものは多いが食えないものは本当に食えないタイプで、ほうれん草はギリギリ食える側に分類されてはいるものの、この数時間で嫌いな食べ物ランキング上位に食い込んでくる予感がしていた。
「……まあぶっちゃけほうれん草で出てくるものといったらおひたしとか和え物とかだろう、ファンタジー的にもそういうシンプルなものが出てくるはずだからさ」
「どうせ腹膨れるならちゃんとしたものがいい……このゲーム作り終わったら打ち上げとかで焼肉で舌を直したい」
しかし、最初に出てきたのは料理ですらなかった。
丸いフラスコのような瓶に入った緑色の……青汁だったほうがまだ良さそうな液体が、ドスンと机に置かれる。
「まず参考例として回復薬(ほうれん草をそのまますり潰して水と混ぜたもの)だ」
「コ°ッ!」
「瀬尾くん!!!」
瀬尾が一口含んだ瞬間、人間が出してはいけない濁音が漏れた。
いきなり出てきたものが比較のためとはいえ、味も全く考慮されてない劇物……というよりは、ただの草と水だ。調理してない野菜を液体にすると、ここまで暴力的な味がするのか。
一口飲むだけでこの世の物とは思えない青臭さが鼻を突き抜ける。
「ほら見ろ、HPを回復させるためにこんなものを一気飲みさせられる主人公の気持ちになったか?」
「なった……なりすぎた……! こんなもん戦闘中に飲んだら逆に死んでしまう気がした!!」
「多分普通のRPGとかだと味付けとかしてる……としてもこのサイズはちょっと嫌だよ瀬尾くん全部飲んで」
「なあ私今夜の晩御飯これになるのか?」
「でも、これがゲーム世界の基本の『ポーション』の味だと定義すれば、調理することのありがたみが分かるはずだよ」
「でもこれ上手くプレイヤーに伝わるかなぁ!僕らが苦しむことある!?」
涙目で訴える瀬尾達に対し、日隈は冷静にメモを取っている。
まだ控えの食材が山ほどあるし、一応彼も口にしているはずなのに全く動じている様子がない。この見た目でほうれん草大好きっ子だったらその時点で驚きだが、どうやらそういうわけでもないらしい。
もしかしてゲームの為なら味覚すら遮断できるのか、この男は……あるいはパシリ生活に慣れすぎてこの程度のことは苦痛に感じなくなったほど肝が据わってるのか?はたまた愛の力か?
瀬尾と琥珀が何度目かの限界を迎え、舌がどうにかなりそうになった頃、ようやく回復薬(ほうれん草ジュース)の試飲が片付いた。
日隈はスマートフォンで検索していた画面を能登に見せる。
「らいかさん、今調べてみたら実際のほうれん草の品種に『ジャスティス』とか『ミラージュ』って、最初から異世界みたいな名称があるみたいだけど」
「ならそのまま薬草の名前に使え、ソロモンとかハンターも特定の効果の薬草ということにしろ」
「ちょっと1回空想に使うネタより目の前の現実見てもらっていいかな? もう瀬尾くんが死にかけてるから日隈くん」
琥珀がツッコミを入れるが二人はこれだけで止まらない。現実にある品種名がそのままファンタジーRPGのアイテム名として使えるという事実は、妙なリアリティをゲームに与えるからだ。
だが、リアリティの代償はすぐに皿に乗って運ばれてきた。
「そろそろメインが欲しくなってきた頃だろ、ほれ一色丼」
「それはもはやご飯にほうれん草を乗せただけでは?」
「なんなら三色丼の緑は個人的に高菜派なんだが……」
瀬尾がげっそりとした顔で呟く。
一色丼のみにとどまらず、次々と出てくるのは、ほうれん草を一通り炒めて皿に乗せたもの、茹でて皿に乗せたもの、和えて皿に乗せたもの。
全部同じでは? と言いたいが、使ってる調味料や火加減が違うらしい。
サフィーナですら「最初は喜んでいたが、流石に肉が恋しい」と目を回し始めている、下手したらこの人3Dプリンターで肉のサンプル作り始めるのかもしれない、しかもさっき危惧した通りサフィーナは晩御飯にも余ったコレを食べることになる。
この山のような緑色の皿を片付けながら、瀬尾は一つだけ心から思ったことがある。
今回作るゲームは、グラフィックがフリー素材で本当によかった、と。
もしこれらの料理を自分たちでドット絵やイラストに描き起こさなければならなかったとしたら、この時の苦痛と体験がフラッシュバックし、一種の怨恨がキャラクターや料理の見た目に宿りそうだ。禍々しいオーラを放つほうれん草料理など、誰も見たくはない。
もちろん、この苦行が報われるとは限らない。ゲーム作りとは往々にしてそういうものだ。
「……うぷ、ごちそうさま」
「よし、データの収集は完了だ。味の感想と調理の手間、これをパラメータに変換してシステムにもするぞ、主に満腹度や調理難度、好き嫌いの微細な数値……」
なんとか全部を胃袋に収めきった日隈たちは、休む間もなくデスクに向かう。
この時の体験をゲームに落とし込んで大まかなプログラムを組み、RPGの軸は出来上がった。
ほうれん草(薬草)をただ使うだけなら効果は低いが、手間(ミニゲームや工程)をかけることで回復量やバフ効果が劇的に跳ね上がるシステム。
しかし、ここからが本当の勝負だ。独自システムを組む上でまた大きな壁が立ちはだかる。
個性を出すために「調理」という工程を入れるが、それがプレイヤーにとって「不便」や「無駄」と感じられてはいけない。
戦闘のテンポを削がず、かといって調理のありがたみを薄れさせない絶妙なバランス。
日隈が仕様を決め、瀬尾がコードを打ち込み、來暇と琥珀がテストプレイで微調整を繰り返す。
「調理成功率の乱数、もう少し甘くしてもいいか?」
「いや、そこは『ミラージュ』の特性に合わせてシビアにいこう。失敗したら『ただの苦い汁』になるリスクがあったほうが燃える」
「鬼かお前は……あ、でもこの演出入ると気持ちいいな」
調整が終わる頃には、空は白み始めていた。
形はどうあれ、遂に白卓はこれまで手を付けることもなかった正統派RPGの作成に至ったのだ。
フリー素材の勇者が、伝説の剣ではなく、フライパンとほうれん草を掲げているシュールな画面。
だがそこには、確かに彼らの血と汗と、大量の鉄分が詰まっていた。
そして遂に薬草が苦すぎるRPGこと『スピナッち!』が完成した、一番悩んだのはタイトル名、日隈には可愛い女の子を作れというミッションも抱えていたのでちょうどいいところでもあった。
後は不礼がゲームを作れば、勝負は成立することになるのだが……ここで能登と日隈は懸念していることがあった。
「らいかさん、その……こんなこと言うのもなんですけど、シナリオライターが欲しくないですか?」
「ああ、優先する要素が他にあっただけで行く行くはオレもスカウトしようと思っていたからな」
これまでと違う、インディー大手企画に向けたゲームを作る上で後々必要になってくるものが脚本。
望んだものを形にできる優れたプログラマーとどこまでも盛り上げるシナリオライター、ゲームを構成する内と外が合わさって出来る作品となると考えていた。
……が、今周囲はほうれん草ショックで立ち直れない死屍累々の為、今はちゃんと活動できる能登と日隈の2人だけで良さそうな人材を探すことにした。