「実はシナリオライターの候補でいえばアテがある」
「えっそうだったんですか?」
「見つけたのはオレじゃなくてアイツ……桜井だけどな」
まだ彩月が白卓にいた頃……時系列的にはデザンスXのシューティング対決後ぐらい、勝負が終わったあとに能登にシナリオライターが欲しいならこの人に声をかけてみろと手紙を渡されていた、だが能登にとってはシナリオライターよりプログラマーが欲しかったので開けることもなく……ゲームジャムで瀬尾が加わり余裕も出来たので探しに行こうというわけだ。
「それで、どんな人なんですか?」
「あの変声お面野郎が探している名前のうちの最後のやつらしい、名前は鈴蘭音牟、一時期は絵本作家をしていたそうだが20作作って以降消息を絶っているとか」
「え……絵本作家?それってゲームというジャンルに合わないんじゃ……」
「何言ってる、絵本には『物語』と『イラスト』の両方がある、その気になりゃシナリオライターとイラストレーターを兼用できるんだぞ?」
サフィーナのCG技術は大したものだが3Dを使うゲームでなければ雑用しか出来ないくらいには極端だ、ここで求められるのはシナリオライターというよりは場合に合わせて臨機応変に立場を変えられる万能型のメンバー。
そして能登の中では自身、橙、瀬尾、サフィーナ、そして今回音牟を引き入れて白卓は完成すると踏んでいる、下手に増えすぎるよりはこれくらいのほうがいい。
しかし問題は絵本作家としての音牟は完全に姿をくらましていること、仮に見つかったとしても創作活動から完全に離れている可能性もある。
彩月がどのような手段で行方を掴んだのか知らないが……そこにその人物はいる。
そうして能登達が辿り着いたのはカラフルな果樹園のような見た目をした不思議な場所。
「ああ『トレマジ』か、オレも昔はよくここに来ていたな」
「えっ、どんな場所なんですか?」
「簡潔に言えば児童館だよ、トレンドマジカだったか……ここ作った人が魔法少女アニメが好きでな、それをイメージして作ったんだよ」
「はぁ……というか、らいかさんも児童館行ったりするんですね」
「アナログゲームやるならこういうところに限るからな、色々おいてあるからついでにやっていくつもりで探すぞ」
能登にとっても思い出の場所である児童館、しかし懐かしむ暇もなく奥へと進んでいき鈴蘭音牟を探すと……目に留まる、児童館の雰囲気に似通っているが異彩を放つエメラルドグリーンの髪、穏やかな雰囲気、確かに絵本の1つや2つは描いてそうなおしとやかで綺麗な人。
だが近付く前に能登が耳打ちして大事なことを話し……その上で近付く。
「鈴蘭音牟か」
「ん?えっと……どこの人?」
――
「そっかぁ、さっちゃんから聞いたんだね、元気にしてる?」
「桜井ちゃんもここに来てたんですか?」
「というよりは、この街で過ごしたら1回はここに来るんじゃないかな?ボクもそういう縁があってちょっと手伝いに来たりとかしてるんだけど……」
音牟と白卓は客室で話している、保護者が話をする際に子どもが飽きさせない工夫をさせるためかトランプや本が色々置いてある、更に文房具の所にはよく見るとその殆どがバトエン系の玩具として使える類のもの。
彩月から話は聞いているのか音牟もスムーズに話を進めるのだが、事は上手く運ばない様子だった。
「うーん……その、ボクに頼んでるのって要するにお話を書く人になってほしいんだよね……悪いけど力になれるかどうか分からないんだよね……」
「あっ……もしかしてもう絵本を描くのを辞めたんですが?」
「辞めたというよりは、変な話になるんだけど……描いてきた作品が自分の成果のように感じられなくて」
鞄から取り出した音牟の絵本……その時の名前は『7人姉妹物語』、個性豊かな7人の姉妹が力を合わせて楽しく過ごすハートフルでメルヘンなお話。
鈴蘭音牟は突如として導かれたかのようにこの本の全て……キャラクターから物語、結末までまるで神の予言のように脳裏によぎり、それを筆に描いて本にしていたという。
絵本にしたのは自分が絵本が好きだったから、そして作られたあとにまた脳が冴え渡ると即座に本にしていった。
しかしある時……7人姉妹物語が20作品目を切った時、話を思いつくことがなくなってしまった。
金目当てでこの本を作っていたわけでもないので個人的に支障はないが、その本を描く事全て突然の閃きに頼っていたので創作家としては完全に死んだ、一度自分の手で描こうとしたこともあったがどうにもしっくりこず……そのまま絵本作家を辞めてしまったとか。
「そういうわけだからね……ボクは役に立てないかもしれない」
「彩月がお前に連絡を入れたのはいつ頃だ?オレの推測通りならまだ1か月も経ってない、そして絵本が描けなくなったのは?」
「……確かに、さっちゃんが手紙を出したのは書けなくなった時より少し後だよ、さっちゃんに見てもらっていたからよくわかっていると思う……その上で、ボクを招いた」
「きっと……桜井ちゃんはそれがどんな力で生まれたにせよ貴方なら出来るって期待しているんじゃないですか?」
「さっちゃんはスパルタだからなぁ……じゃあ、こういうのはどうかな?できる範囲でボクはシナリオライターとして手を貸すけど、ボクの場合は道連れじゃなくて一蓮托生、ボクはちゃんとした作家になる」
「構わねえよ、人工衛星を作るだとかそういうの集まってるからな」
「約1名の願いが飛びすぎてるだけな気もするけど……」
こうしてシナリオライターとして新たに鈴蘭音牟が加わり、広報の能登、ディレクターの日隈、プログラマーの瀬尾、ボイス・サウンド及びプロモーターの琥珀、CGデザインと小回りのサフィーナ、そしてシナリオライター兼イラストレーターの音牟。
白卓はようやく形になっていった。
「それでね、あの……出来ればお願いがあるんだけど、児童館の子供が喜ぶような面白い本が作ってみたくて……」
「え?それで僕たちが手伝えることって……」
「そうかなるほど……お前、ゲームブックを作りたいんだな?」
「……へ?ゲームブック?」
よくわからない日隈の為に能登が説明してくれる、ゲームブックとは簡潔に合えば本のページをあちこち飛び回って自らの手でストーリーを追体験する……まさに本の形をしたゲームのような形。
ページではなく番号が割り振られており、迷路やクイズなどを通して児童にも分かりやすく楽しめる。
一時期は『ドラゴンクエスト』を始めとして名作タイアップとなるゲームブックも沢山あったわけだが……。
「実はね、さっちゃんから……それ以外の人からも七姉妹物語で絵本以外も作ってみないかって頼まれてたんだぁ」
「橙、お前もゲームソフト以外の物を作ってみるのもいいだろ」
「うん、らいかさんに会うまでは運動部の練習風景を見てスポーツに追加ルールを考えたりとかしてたよ」
アナログゲームの方を作ることに興味はないと言われると嘘になる、全く縁のないジャンルに手を出すというのもかなり興味深いと感じていた白卓はさっそくデスクに戻って作業する、音牟は一旦準備してから合流するということで児童館に残る。
思えばこの場所とも良い縁だ、突然普通に過ごしていたら脳裏に内容が全て浮かんで本にした後……突然連絡をよこしてきて全部寄贈したいと言い出した変な人がいた。
それがこの児童館トレマジの館長である、支度をしているとその姿もあってか人前には滅多に姿を現さない館長が姿を現す。
「また描くのか?」
「うーん……あそこまで期待されてちゃね、実を言えばボクもまたあんな話を描いてみたいところもあるし」
「ま、確かにアレはアタシも聞いた時想像以上だからな……
『7人姉妹物語』を書くうえで白卓に嘘をついたことがある、それは少しずつ書いたのではなく一気に思いついたものを少しずつ公開していたこと。
音牟のあの物語はたった1週間という短い期間で作られたことを知るのは限られた人間のみ。
「どうして館長は信じてくれたの?」
「全部信じてるわけじゃない、たださ……なんかこの絵本を見たら本当にすぐそばに誰かがついてたんじゃないかって思っただけだよ」
「そっか、館長は昔から魔法少女アニメとか好きだったとか聞くからね、んじゃ行ってきます」
「……アタシは何も関係ねーよ、親戚とかが縁があったとかだよ」
館長は音牟を見送り……何もなかったかのように戸を閉めて、自分が言った『誰かが見守っているかもしれない』という言葉を思い締める。
……励ましではなく本当にそばにいたのではないか?損な思いが離れない。
7人姉妹物語の絵本は、今も奥深くで美術品のように綺麗に展示されていた……。
――
「なっ……何!!?鈴蘭音牟に会った!?しかも白卓に来る!?」
琥珀にも改めて説明するとやはり驚く、元々音牟は雇う予定だったらしいがそれよりも絵本作家になっていたことに驚いている。
これまでのメンバーの状況をアニメの総集編の如く整理し始めていた。
「……彩月はともかくピッフィー、七夜、サフィーナ、音牟がここまで変わるとは……でもまあ、会えただけでも万々歳か」
「今更ですけど……どうしてそんなに桜井ちゃん達にこだわるんですか」
「あ、そういえば言ってなかったよな……てかこの間瀬尾くんにも言われたなぁ……今更だけどさ、自分……記憶が無いんだよね」
なんと今更になって琥珀は自分が記憶喪失であることを言う、しかし突然記憶がなくなったにしては妙なところが多い為調べていたという。
まず、突然記憶がなくなったにしては状況が整いすぎている……ポケットには大量のメモが残されていた、まるて最初からその状況を想定していたかのように不礼がいた。
そんなスパイ映画みたいなシチュエーションが実際にあるのだ、そしてしばらくは不礼の所で厄介になっていたのが師弟関係の真相である。
「んで、メモに彩月達のことが載ってたから不礼と別れたあとに探りを入れて彩月に会ったってわけ、そしたらどうだ?彩月からサフィーナまでメモに書いてあることと全然違うじゃないか」
「だからあんなに執着してたんですね……」
「なんならもう一枚のメモには『5』ってあってなんの数字だろ?って感じだが……自分の記憶はいい、今は日隈くんのゲームブックの件だろ?ちょっと面白そうじゃん」
「なら俺は今回やることはないな、引き続き格ゲーの続き作っておくからな」
「……なあ私、白卓に来てから全く人工衛星の開発が1ミリも進んでないような気がするがちょっ」
ともかくゲームブック作りのためのメンバー決め、まだ残ってる格ゲーに今回出番のない瀬尾とサフィーナが回されて……琥珀もそうしようとしたが、日隈に引き止められたので能登が抜けることになる。
日隈、音牟、琥珀の三人でゲームブック作り開始……というところで音牟も到着、初めてのデスクだが身支度を済ませておりかなり綺麗な服を着ている。
「鈴蘭音牟……メモで見たとおりだな」
「あれ?さっちゃんはいないの?」
「あいつならまあ上手くやってるさ……しかし気付けば女っ気多いデスクになったな……真っ白なデスクも個性モリモリになってきたし」
「へ?女っ気?」
「え?ほら、彩月は抜けたけど能登ちゃんがいるしサフィーナも来て……そんでもって君だろ?」
琥珀の発言で音牟はよくわからなさそうな顔をしていた……本当に『メモ通り』のことでしか把握していないのだと答え合わせで分かったので……日隈は琥珀に恐る恐る話した。
「そ……その、琥珀さん、実を言うと……音牟さんは、男ですよ?」
「な……え?日隈くん今なんて?え?この人が?」
「えっ……うん、さっちゃんから聞いてないの?ボクは男……なんだけど」
「何いいいい!!!?」
琥珀本日3度目の衝撃、日隈も一瞬見間違えたがそういう顔つきというだけで女装しているわけでもなく単にそれっぽいだけで鈴蘭音牟は普通に男性である。
しかし琥珀の記憶(というかメモ)にあった音牟の情報は完全に女性でそういう認識だったし全く気付かなかったので驚きは隠せない。
改めて自分の記憶は全くアテにならないと思い、ゲームブック創りを始めることになったのだが……。
――
日隈、音牟、琥珀の三人によるゲームブック作りが本格的に始動した。
舞台は瀬尾たちの邪魔にならないように、色とりどりの遊具やおもちゃが溢れる児童館『トレマジ』の一室へと移す、倉庫に使っていた部屋を借りてここで邪魔にならないように会議を行う。
「えっと、ボクなりに調べて……ページ数はとりあえず200を目安にしようかと思ってるんだけど……どうかな?」
「多いんですか?」
「普通くらいかな……まあ自分もゲームブックなんて不礼のとこにあったドラクエ1のやつしかやったことないんだが」
音牟が控えめに切り出す。ゲームブックにおける200ページ、それはつまり200の選択肢や遊び処、分岐が存在することを意味する。この長さは小説で言えば短編から中編程度かもしれないが、分岐ごとの整合性を取る労力は比較にならない。
「でも200か……。選択肢次第で即バッドエンドとか、アイテムがないと進めないループとか入れると、結構なボリュームになりそうだな」
日隈が顎に手を当てて唸る。不礼とのRPG対決で見せた奇抜な発想とは裏腹に、彼は今の状況をシビアに分析していた。
「問題は……今の時代に『紙のゲームブック』を楽しんでやる意義だよね。昔ならともかく、今はスマホで無料のゲームが無限にあるし、TRPGみたいに自由度の高い遊びも人気だから、クイズとか間違い探しみたいなものはあるとはいえ、ただ本を行ったり来たりするだけのゲーム……子供たちが真っ先に食いつくかな?」
「うぅ……それは調べてる時ボクも思ってた。雰囲気と懐かしさだけでいいものになるほど甘くないよね」
「……なんか意外だな、日隈くんってそういう目線でゲーム考えたりするのね」
「むしろ貴方がその目線を覚えるべきでは……?」
「いやまあ、それはそうなんだけど」
音牟が眉を下げて自身の原稿用紙に視線を落とす。かつて神懸かり的な速度で20もの絵本を描き上げた彼だが、今は「自分の力で面白いものを届けたい」という純粋かつ重いプレッシャーと戦っていた。
何か、紙の本だからこそできる、子供の五感を刺激するような仕掛けはないか。
日隈は部屋の中を見渡す。そこには児童館らしく、幼児向けの絵本やおもちゃが散乱していた。その中の一冊、表紙にプラスチックのスピーカーと数個のボタンがついた厚紙の本が目に止まる。
「……これ使えそう!」
日隈はその本を手に取り、ボタンを押した。『パオーン!』という象の鳴き声が部屋に響く。
「音牟さん、これだよ。サウンド搭載型のゲームブックだ」
「え? 音の出る絵本……みたいなやつ?ここの児童館でもたまにあるけど……」
「そう。選択肢の番号へ進むときに、特定のボタンを押させるのはどうですか。例えば『扉を開けるならボタンAを押してから15ページへ』とか。そこで『ギイィ……』って不気味な音が鳴ったり、正解の道ならファンファーレが鳴ったりするみたいなの」
日隈の瞳が、悪巧みをする時のように、しかし少年のように輝き出した。
「文字と絵だけじゃない。音による演出を加えることで、没入感を一気に高める。アナログな本の手触りと、デジタルの聴覚刺激のハイブリッドだよ!」
「なるほど……! それなら、ボクの絵本の世界にも奥行きが出るかも!でも、その音はどうするの?」
音牟の顔がパッと明るくなる。だが、そこで我に返ったように横を見る。そこには、ことの成り行きを静観していた琥珀がいた。
「……あ、もしかして」
「そ。その『もしかして』だよ……いいもの見せてやるよ」
琥珀はため息交じりに、しかし自信ありげに笑った。
「自分が呼ばれた理由はそれだろ? 格ゲーの時も散々やらされたけどさ、全部自分の声で何とかしろってことなんだよな?」
「え?声でって……声優さんなの?」
「まあ見てなよどういうことか分かるから……いや、自分でもやってて意味不明なんだけどな」
琥珀はお面を外して大きく呼吸すると場の空気が一変した、喉を鳴らして口から出てきたのは……ブルドーザーの稼働音、あの格ゲーにも使ったキャラクターの動きや台詞そのまま、それだけじゃない……口から発せられるのは音楽、環境音、メロディ……声色を変えるだけで完全とは言わないがほぼそれっぽいものができる。
「いやいやこれなに!?鼻歌とか声真似のレベルを超えているけど!?」
「聞いての通りだよ……SE(効果音)からボイスまで、全部自分の喉でなんとかなる、いやまあこれそれ系の専門家の人にも話したら『何ワイよりイカれたことしとんねんぶっ殺されたいんか?』って言われた、自分好きでやってるわけじゃないからBの魔術師の方がヤバいと思うけど」
「でもこの琥珀さんの七色の声があれば、モンスターの鳴き声から環境音、ナレーションまで全部いける。機材やチップの埋め込みに関しては、不礼先生との勝負が終わったらせおくんやサフィーナさんにも知恵を借りよう」
「君、能登ちゃんに似て時々人使いが荒いよなぁ……ま、面白そうだから乗るけどさ」
琥珀が肩をすくめるが、その表情は満更でもない。彼にとっても、自身の記憶の手がかりになるかもしれない「クリエイティブな活動」は歓迎すべきことだった。
こうして「音の出るゲームブック」という方向性は定まった。しかし、制作を進める中で、ゲームブックという媒体そのものが持つ、避けては通れない壁にぶち当たることになる……しばらくして、構成案を練っていた日隈がペンを止めた。
「……すみません、行き詰まってしまって」
「やっぱりか……自分も推測してたが、ゲームブックの弱点は『繰り返し遊べないこと』だな」
「えっと……どういうこと?」
不思議そうにする音牟に、琥珀は説明する。
「テレビゲームやTRPGは、同じシステムでも遊び方を変えたり、面子を変えたりして何度も遊べる、RPGで例えると一度普通にクリアしても装備を変えたりとか特定の行動だけとか縛ったり、タイムアタックを競ったりとかね……でもゲームブックは『本』だ。一度正解のルートを通ってエンディングを見たら、謎解きの答えも分かっちゃうし、驚きもなくなる」
「あ……確かに。漫画みたいに好きなシーンだけ読み返そうとしても、ページが飛び飛びだからパラパラ読むこともできないね」
日隈も頷く。
「一度クリアしたら、気分が変わるまで本棚の肥やし……。今のコスパ重視の子供たちには厳しいんじゃないかな、値段も正直バカにならないしね……」
200ページもの労力をかけて作っても、消費されるのは一瞬。それがゲームブックの宿命だ。リプレイ性を高めるためにランダム要素を入れる手もあるが、本という媒体ではサイコロを振らせるなどの手間が増え、テンポが悪くなる。
沈黙が落ちる。だが、日隈は顔を上げた。その目は、諦めではなく、ある種の「割り切り」を見据えていた。
「……なら、無理に繰り返させる必要はないんじゃないか?」
「え?」
「一回きりだ。そのたった一回の体験を、一生忘れられないものにする。花火みたいなもんだよ。一瞬で消えるけど、その強烈な印象は残る」
日隈は音牟に向き直る。
「音牟さん、貴方の『7人姉妹物語』が伝説になったのは、それが読んだ人の心に深く刻まれたからだ。今回目指すのもそれだよ。何度も遊べる暇つぶしじゃなくて、たった一度の冒険で、子供たちの宝物になるような本を作るんだ」
「たった一度の、宝物……」
音牟がその言葉を反芻する。かつて神の啓示のように物語を降ろしていた頃とは違う。今は、自分の頭で、自分の意志で、読者を楽しませようとしている。
「分かった。ボク、やってみる。読み返す必要がないくらい、その一回で心が震えるようなお話を……書いてみせるよ」
覚悟を決めた作家の顔つきになった音牟を見て、琥珀もニヤリと笑う。
「オーケー、なら自分はその一回のために最高の演技をするよ。子供がトイレに行けなくなるくらい怖い音から、お腹がよじれるくらい笑える声まで、何でもリクエストしてくれよ、こんなものでも僕の鍵を握る重要なファクターだからな」
リプレイ性という欠点を、一回性の密度という長所に転換する。
無謀とも言える「使い捨ての最高傑作」を目指し、白卓の別働隊による、音と物語の冒険作りが幕を開けた。