白卓〜Re:maystar〜   作:黒影時空

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GAME22『コンテンツショック到来』

「……嘘、だろ」

 

 能登の声はいつになく震えている、今までにないほどの動揺、たった一人の脳の

 彼女の手から滑り落ちたタブレット端末が、床に虚しい音を立てる。画面に映し出されていたのは、彼女やゲーマー達が愛してやまないゲームメーカーの公式サイト……ではなく、『404 Not Found』の無機質な文字列だけだった。

 赤嶺がかつて「何それ?」と言っていたことが真実であることを裏付けるように、該当する公式サイトは任天堂、ソニー、SEGA、CAPCOM、NAMCO……有数のヒットメーカー達ばかりだ。

 

「お前の気持ちも分かるが能登……と言いたいところだが、これは本当に思った以上だな……」

 

 瀬尾が青ざめた顔でキーボードを叩き続けている。いつもの冷静沈着な彼でさえ、額には脂汗が滲んでいた。

 日隈もまた、信じられない光景を目の当たりにしていた。白沢デスク部屋の棚、あれほど所狭しと並んでいた琥珀の趣味や参考用の漫画の背表紙が、櫛の歯が欠けるどころか、棚ごとごっそりと空洞になっている、残っているのは棚に入れるには物足りないくらいの本と参考書だけ。

 

「検索結果が出ない。……正確に言えば『過去のログ』は存在するんです。SNSの感想、攻略wikiの残骸、個人のブログ……人々の記憶と記録はある。だが肝心の『現物』がない。ストアページも、配信サイトも、電子書籍も……忽然と殆ど、その数は数万をゆうに超えてる」

 

「全部って……そんなわけあるかよ! あの時あのクソ教師がなんかやったとしても、そうなるならゲームだけだろ!? あいつはゲームを作ってたんだから!」

 

「……肝心なところ抜けてるよ、あの人は『二次創作』したかったんだよね?()()()()()()()()()()()()()()()()()よ?」

 

 音牟が震える指でテレビのリモコンを操作する。ニュース番組のアナウンサーが、かつてないほどの狼狽ぶりで原稿を読み上げていた。

 

『――現在、全国の書店、CDショップから商品が消失しているとの通報が相次いでいます。また、動画配信サービスにおきましても、特定のアニメーション作品、映画、特撮番組が再生不可能となっており……』

 

「そうか、やっぱり音楽や映画にも影響が出たか……ただでは済まないと思っていたが予想以上だな……」

 

 琥珀が重苦しい沈黙を破った。彼はいつもの飄々とした態度を崩していないが、その瞳には鋭い光が宿っている。

 

「あいつは言ってたろ神様って、そして、この世のあらゆるコンテンツはあいつにとって『素材』に過ぎない。ゲームも漫画もアニメも、あいつが広めたとされる数千数万の作品群は、すべてあいつのライブラリの一部だったってことだ……にしたって多くね?過去の俺ですら浅瀬に触れていたに過ぎなかったわけだ」

 

「だからって、全部持って帰るなんて……!」

 

「待って、これを見てよ……本当に神様みたいだ、ここまで出来るなんて……」

 

 音牟が指さしたモニターには、更に信じがたいニュース速報が流れていた。

 

『プロ野球、及びJリーグの複数のチーム運営会社と連絡が取れなくなっています。球団事務所、クラブハウスが“もぬけの殻”になっているとの情報があり……メンバー約数百人は一斉に仕事を失ったと、ファン団体共々抗議を』

 

「野球やサッカーまで!? サブカルチャーじゃないのにどうして!?」

 

 瀬尾の叫びに、琥珀が検索結果を弾き出し、絶望的な推論を口にする。

 

「……マスコットキャラクターか?」

 

「え?」

 

「球団やチームってやつは、例外なく『マスコットキャラクター』が存在しているだろ?それも、国民的に認知されたキャラクターたちが、だから野球やサッカーどころじゃない、下手したらバスケ、バレー、ラグビー、卓球……スポーツチームなら例外なくだ!」

 

「……ねえ、それまで対象にしちゃったらさ、とてもスポーツチームだけで済むようなことじゃないよね?マスコットキャラクターって宣伝のためにあるんだから色んなところにあるよ!?」

 

 音牟のその言葉に、戦慄が走った。

 さらにニュースは続く。大手食品メーカー、製菓会社、地方自治体の観光課……次々と読み上げられる消失リスト。それらに共通するのは、パッケージやロゴに『キャラクター』を使用していたということ。

 

「嘘だろ……。あいつ、まさか……」

 

 能登が乾いた笑いを漏らす。

 

「素材さえあれば、どこからでも二次創作は作れる……。だから、キャラクターが存在するものは、企業の看板だろうがスポーツチームだろうが、全部『持っていった』っていうのか……?自分が他所から持ってきたものとはいえ……」

 

「あいつにとって、そこに境界線はなかったんだろうな。創作の種になり得るものは全て、あいつの掌の上だったわけか……いや、これに関しては正直俺が甘く見ていたな」

 

 琥珀の言葉が、死刑宣告のように響く。

 不礼勇は、単に創作に使えるものを消したのではない。

 この世界から『キャラクター』という概念そのものを、根こそぎ奪い去っていったのだ、趣味で遊んでいるからこそそれが本格的になった時どんな影響を及ぼすかなど全く分かっていない。 

 

 影響は、白卓や琥珀の想像を遥かに超える速度で世界を蝕んでいった。

 一夜にして、経済の流れがダムで堰き止められたかのように滞る。

 これから株価は大暴落し、関連企業は連鎖的に機能不全に陥るだろう。

 街中の広告から彩りが消え、コンビニの棚からは見慣れたお菓子のパッケージが消滅し、子供たちの手からは愛した玩具が消失した。

 

「……コミケ、中止だそうだ、目的が1個途絶えたな」

 

 それから既に数日後、瀬尾が呟いた。

 白卓も参加を目指していた、世界最大規模の同人誌即売会。運営母体そのものが維持不可能となり、無期限の開催見送りが発表されたのだ。

 それだけではない。

 日隈たちが通う学校の近くにあった、eスポーツプレイヤーを養成する専門学校は閉鎖された。教材となるゲームそのものが消えてしまったのだから、授業など成立するはずもない。

 放映中のテレビアニメ、公開予定だった映画、それらはほぼ全てが制作中止、あるいは公開打ち切りとなった。

 日本が、世界が、物理的に滅びに向かったわけではない。

 ビルは建っているし、電車は動いている。人々は生きている。

 だが、人々の心に空いた穴はあまりにも大きかった。

 

「確かに僕達は覚えてるのに……」

 

 日隈は自分のデスクに突っ伏したまま、空っぽになった手の中を見つめる。

 昨晩まで熱中していたRPGのストーリーも、レベル上げの苦労も、あの感動的なエンディングも、鮮明に覚えている。

 だが、その証拠は何一つない。

 世界中の人々が、集団幻覚を見ていたかのように。あるいは、大切な思い出だけを残して、実体だけが神隠しに遭ったかのように。

 

「……これが、あいつの言っていた『大人しく消える』ってことかよ、余計なことまでしてくれながって」

 

 能登の声には、怒りよりも深い無力感が漂っていた。

 不礼勇は二度と戻らない。

 彼が気まぐれに与え、そして気まぐれに奪い去ったこの膨大な空白を埋める術は、今の世界には存在しなかった。

 

 後に、2046年のこの出来事は歴史に深く刻まれることになる。

 この世から『キャラクター』に関わる企業、製品、作品の約7割が消失し、世界の文化と経済に壊滅的な打撃を与えた未曾有の災厄。

 

 ――人々はそれを、『コンテンツショック』と呼んだ。

 

――――

 

 それからすぐ、日隈はあの北宮のいる専門学校に行った。

 電車に揺られている間……こんなにも活気をなくしたような感じ、コンテンツショックの衝撃を受け入れられない人間は多い、特にそれは……はるか多く存在するコンテンツの受け取り手よりも、作り手たちの方が。

 学校についてすぐに日隈は専門学校が休校して、カフェで何事もなく……普通にしている北宮を見て、異常を感じる。

 

「あれから私たちの様子でも見に来たってわけなの?余裕あるのね?」

 

「いえ……その、心配になってきて……」

 

「まあ気ぃ使わられる分には別に構わへんしな……けどまあ、見ての通りや、働き手のツテの大半失ったもんやし、せっかく取った内定が消えてなくなった同期も山ほどおるからな……まあ幸いにもマスクウェアは残っとったからワイらはなんとかなったが……」

 

 やはり突然ゲーム会社が多数なくなった影響は凄まじく、これによって強いショックを受けて辞めていったクリエイターも多いが、その影響はアマチュア界隈でも激しい。

 なんと……消えていったゲームはそういったフリーゲームも大半、およそ9割が該当する正に死屍累々の惨状と化していた。

 その原因はやはりコンテンツショックにあったが……不礼のことを思い出す、彼はゲームを作る時……何を使っていた?

 

「まさか……RPGツクールが消えたから!?」

 

 「せや、ツクールが消えればそれを使って出来るゲームも消える、当然の事やな……それで言えばウディタ、アクションツクール、unity、ティラノビルダーなんかもそうやな、今の時代アレら使わんとフリゲ作っとる奴なんてそうそうおらへん」

 

 ツクールなどのゲーム開発ツールと連動して消滅した、確かに人を魅了した創作達……それが消えていった。

 昔、能登から聞いたことがある……クリエイターにとって辛いことは今まで出来ていたことが出来なくなる以上に、自分が苦労して作ってきたものが突然通用しなくなったり、消えてしまうことだ。

 作風が通じないのは時代の流れとして受け入れるにしても、過去の作品を自分自身ですら見返せないのは地獄だ。

 不礼と同じ二次創作にしても、これは最近でもよく聞かれる規制とは全く異なる、何せ本来権利を持っているはずの立場の存在まで把握できずに消滅してしまった、誰も得をしていない。

 

「北宮から見て一番厄介なのはな?覚えてないならまだしもがっつり頭にのこってることや、マリオもゼル伝もドラクエもな……そうなるとどうなるの思う?」

 

「……過去の名作を意識して、迂闊にゲームのネタを考えられなくなるとか?実はもうすでにやってましたよって」

 

「まあそれも危ないところやが……意図的に粗悪品じみたものを作るあくどい奴が現れてもおかしくあらへんことや、訴えようにも何に似てる?と白々しく切り崩せるわけや」

 

「つまり、創作界隈は無法地帯とかして……私、なんだか萎えちゃったのよね」

 

 あの北宮すらも情熱が落ちているがそれでもゲームを作る意思は消えてないように見える、学校やマスクウェアに残り続けているのもそれが理由だろう。

 しかし……このままで本当に今ゲームなんて作れるのか?それどころではない気がする。

 消えてない会社もあるにはあるから生活していく分にはなんとか困らないにしても……。

 

「そういえば白卓、お前らコミケ目指しとったのに中止になってなぁ……どうするんや?」

 

「どうするも何もないでしょ、コミケどころかありとあらゆるサブカル界隈で穴だらけじゃない」

 

「……らいかさんはプランBとしてピクセルサミットも検討するとは言ってましたけど」

 

「ピクサミ?ああ、確かにアレならまあアンタらには向いとるかもやけど、参加者ごっつう減ると思うで」

 

 ピクセルサミット、この国有数のインディーを展評していくもので出品すれば大きな知名度にもなる。

 あの赤嶺も審査員として出てくることもある一大イベントだが……そこでもコンテンツショックで響いてくる。

 今年……どれだけのゲームが出来るのだろうか?

 

 

「なんというかね……かわいそうね、貴方の彼女、憧れの舞台、大きな目標……私にも覚えはあるけど、今回の件は横からハードルを大きく下ろされたものだから、私より萎えてるんじゃない?」

 

 その言葉を聞いてから速かった。

 すぐさま能登酒屋に向かい、能登に会いに行った。

 もしかしたら、二度とゲームが作ろうとしないんじゃないか……?

 たかだか()()()()()()()()諦めるような人じゃないことは分かっている、それでも……もし、何かあってしまえばどうなるのか。

 

 

 その嫌な予感は……的中した。

 

 

「来てもらったところ悪いけど……來暇はしばらく誰の顔も見たくないってさ」

 

 

 それからは日隈も没頭し続けた、來暇を信じたい……そんな一心もあるのかもしれないが白卓の心はくすんでいく一方である。

 特に抜け殻通り越してカーペットみたいになっているのがザフィーナだ、彼女の場合思い出も夢も完全に世界から全否定されている。

 サテラビューを作る夢も何も、サテラビューなんて存在しなくなったしこれまで作ってきたゲームボーイアドバンスの改造ソフトも全部無駄になった。

 残されたのはCG技術だけ。

 音牟の方も児童館で遊具が色々なくなっててんやわんやしているが、何故か七人姉妹物語は残り続けている。

 琥珀に聞いてみたらそれは元を辿れば確かにイレギュラーすぎるとして調べているが……そんな中、瀬尾が日隈に意外なことを言った。

 

「日隈、お前ウチ来るか?」

 

「え?そういえばせお君の家、行ったことなかったな……他の人達は?」

 

「出来れば来て欲しいが……まあそれどころじゃないだろうしお前も無理にとは言わん」

 

「いや、うん……むしろ行ってみたいかもせお君の家」

 

 そうして日隈は、瀬尾の家に行くことになった。

 

――

 

  瀬尾の家は、驚くほどに「普通」だった。

 世界中からエンターテインメントが消え失せ、街の景色が色褪せてしまった今も、ここには変わらない日常の生活臭があった。玄関には家族の靴が並び、奥からは夕飯の支度をする匂いが漂ってくる。

 

「お邪魔します……」

 

「ああ、適当に入ってくれ。私の部屋は二階だ」

 

 瀬尾の後について階段を上がろうとした時、リビングのドアが勢いよく開いた。

 

「あれ? 善爾友達連れてきたの? 珍しいこともあるじゃん」

 

 顔を出したのは、瀬尾によく似た目元をした少女だった。ジャージ姿で、手にはスナック菓子を持っている。

 

「うるさいぞ。勝手に覗くな」

 

「何さその態度 せっかく美少女の妹が挨拶してあげようと思ったのさ。あっ……あそこ行くんだ」

 

「あ、こんにちは……」

 

「日隈、構わなくていい。ほら、あっち行け……こっちだ」

 

 瀬尾は妹の額を指で軽く弾くと、日隈の背中を押してさっさと階段を駆け上がった。

 背後から「いったー! あとでお母さんに言いつけてやる!」という抗議の声が聞こえたが、瀬尾は意に介さない様子で自室のドアを開ける。

 

 部屋に入ると、そこは幾何学的に整頓された空間だった。複数のモニター、ハイスペックなPC、そして部屋の隅にある小さな祭壇。

 日隈の視線は、自然とその祭壇に飾られた遺影へと吸い寄せられた。優しげな笑みを浮かべた青年が、そこにはいた。

 

(そういえば、せお君のお兄さん、ゲームプランナーだったっけ……)

 

 日隈が手を合わせようとすると、瀬尾が線香に火を点けて渡してくれた。

 紫煙が揺らめく中、瀬尾がぽつりと口を開く。

 

「……今だから話せることだがな」

 

 瀬尾はベッドの縁に腰掛け、どこか遠くを見るような目をしていた。

 

「あの日、ゲームジャムでお前と会った時……あの頃の俺は、兄貴が亡くなって間もなくてな。正直、ゲームを作ることへの熱意なんて欠片も残っていなかったんだ」

 

「えっ……そうだったの?」

 

 日隈は驚いて振り返る。当時の瀬尾は、確かに冷淡ではあったが、技術は確かだったし、何よりクリエイターとしてのプライドを感じさせていたからだ。

 ここまで付き合ってくれたことも、その事情も……これまでは琥珀にしか明かしていなかった、日隈からすればずっとお節介でそばにいてくれたものとばかり思っていた。

 

「ああ。あのジャムに参加したのも、近所の人の頼みを断りきれなかっただけだ。惰性だったんだよ。だが……そこでお前たち『白卓』と出会ったわけだ、そこからはもう言わなくてもわかるだろ?」

 

 瀬尾は自嘲気味に笑う。

 琥珀という得体の知れないプロモーター、そして日隈橙という、純粋に「遊び」を求める少年。

 

「お前たちが作る『グッチーパーズ』の開発に手を貸したのも、白卓に入ったのも……最初はただの気まぐれだった。兄貴と同じ道を歩むのが嫌でプログラムを始めたはずなのに、結局ゲームに関わってしまった自分への皮肉みたいなもんだ」

 

「お兄さんは、どんな人だったの?」

 

「……お前以上にアイデアの天才だったよ。0から1を生み出すタイプじゃない。1を10にも100にも変える、改変(リミックス)の天才だ、昔から公園で遊ぶときも兄貴がありふれたルールを少し弄るだけで、劇的に面白いものに変えてしまう。俺はそんな兄貴の真似をしたくて、プログラムという武器を磨き始めたんだ」

 

 瀬尾の言葉には、亡き兄への深い敬愛と、超えられない壁へのコンプレックスが入り混じっていた。

 だが、次の瞬間、瀬尾は真剣な眼差しを日隈に向けた。

 

「悪い、日隈。……しばらく、お前とゲームは作れない」

 

「え……?」

 

 日隈の心臓が早鐘を打つ。それは、白卓からの脱退宣言なのだろうか。能登が塞ぎ込み、世界がこんな状況になった今、瀬尾までいなくなってしまったら……。

 

「勘違いするな。決別じゃない。再起のための準備期間だ」

 

 瀬尾は立ち上がり、黒い画面のままのモニターを指差した。

 

「今の状況を見てみろ。ツクールやUnityも、主要なゲームエンジンはあいつ……不礼勇によって持ち去られた形。開発環境そのものが消滅したんだ。今の俺たちがゲームを作ろうと思ったら、何もない荒野に手作業で城を建てるようなもんだ……白卓以外でも世界中のいろんなやつがそんな状況に陥っている」

 

「でも、僕たちの記憶には残ってる。過去の名作のコードを思い出して作る人もいるんじゃないかって星谷さんが……」

 

「そうだな、それをやって何になる?」

 

 瀬尾の声が低く、鋭くなった。

 

「確かに俺は覚えている。マリオの挙動も、ドラクエの計算式も。だが、それを今の更地になった世界で再現して……それは『創作』か? まるで異世界転生した主人公が、前世の知識でマヨネーズを作ってチヤホヤされるようなもんだ。そんな、過去の遺産の切り貼りでできた紛い物を作るのは……正直、吐き気がするな、今後フォーンアイルを10倍劣化させたみたいなゲームが出てくると思うとゾッとする」

 

 瀬尾のクリエイターとしての矜持が、それを許さないのだ。

 不礼勇が残した傷跡は深い。物理的なツールの消失以上に、作り手の心に「虚無感」という毒を植え付けた。

 

「こんな時、兄貴ならどうするんだろうって……そう思いながら過ごしてたらさ。信じられないだろうが夢枕に立ったんだよ。あの能天気な顔で」

 

 瀬尾は遺影の兄を見つめる。

 

「夢の中なら、弱音を吐いてもいいと思った。『もう作る道具もないんだよ』って愚痴ったんだ。そしたら兄貴は、笑ってこう言ったんだ」

 

『だったらお前がゲームを作れる土台を固めたら、1本の神ゲーを作るより凄いこと出来るんじゃないのか?』

 

 その言葉が、瀬尾の中の何かを弾けさせた。

 失われたものを嘆くのではなく、失われたからこそ、新しいものを作るチャンスなのだと。

 

「俺は決心した。この時代で無くなった数々の制作ソフトに代わる、私自身のプログラム技術を結集させた、一世一代の万能ゲームエンジンを作る」

 

 瀬尾の瞳に、かつてないほど強い光が宿っていた。

 それは冷徹なプログラマーの目ではなく、熱を持った「開拓者」の目だった。

 

「その名も『Selection・Order』……通称『SEO』だ。誰でも直感的に、かつ高度なゲームが作れる。兄貴のようなプランナーが、技術の壁に阻まれずにアイデアを形にできる……そんなエンジンを、俺が作る」

 

「『SEO』……せお君の名前……」

 

「仮の名前だから安直だがな。だが、新しいエンジンがあれば、萎縮してしまったクリエイターたちも、また戻ってくるかもしれない。北宮のような連中だって、道具さえあれば黙っちゃいないはずだ」

 

 瀬尾は日隈に向き直り、ニヤリと笑った。いつもの不敵な笑みが戻っていた。

 

「完成したら、真っ先に届けたい奴がいる。……日隈、お前にその話をしたら、なんて言うかと思ってな」

 

 それは、瀬尾からの最大の信頼の証だった。

 自分が作る最強の剣を、最初に振るうのはお前であってほしいという願い。

 

 日隈は拳を握りしめた。

 能登の、あの絶望した顔が脳裏をよぎる。

 彼女を連れ戻すために。失われた情熱を、もう一度灯すために。

 

「……もし試用版が出来たら、すぐ僕に貸して欲しいんだ」

 

 日隈は迷いのない瞳で、瀬尾を見据えた。

 

「どうしても、今すぐにでも作らなくちゃいけないゲームがあるんだ」

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