白卓〜Re:maystar〜   作:黒影時空

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GAME25『不在の亡霊と戦う者たち』

 ゲームエンジン『SEO』の公開から数ヶ月。

 インディーゲーム界隈は、表面上は活気を取り戻しつつあった。

 ダウンロード数は順調に伸び、SNSでは「#SEO製」のタグと共に新作ゲームのスクリーンショットが日々投稿されている。

 かつて世界中を襲った『コンテンツショック』――あらゆる主要なエンターテインメントや企業、製品が神隠しのように消滅したあの日から、ようやく人類は創作の足場を取り戻したかに見えた。

 

 だが、日隈橙の表情は晴れなかった。

 彼が目指している「百年先も覚えてもらえるゲーム」の開発進捗はようやく折り返し地点が見えてきたところだ。

 そんな折、インディーゲームの祭典『ピクセルサミット』の開催が決定したというニュースが飛び込んできた。本来なら歓喜すべき復興の象徴。しかし、日隈がモニター越しに見る「現在のゲーム事情」は、どこか異様だった。

 

「……なんか、変だよね、らいかさん」

 

「まあな、お前もそう感じるか」 

 

 日隈がポツリと漏らすと、隣で同じ画面を見て製作していた能登が鼻を鳴らして返事をする

 

「だが変なんてもんじゃない、オレからすれば今回の状況は末期症状だ……想定はしていたが、ここまでとはな」

 

 画面に映し出されているのは、SEOの他に作られた限られたゲームエンジンを使って作られた新作ゲームの数々。

 だが、世論のなかでそれらは大きく二つの極端なカテゴリーに分断されていた。

 一つは、消滅した名作たちの「劣化コピー」。

 かつて存在した国民的RPGや配管工のアクションゲームを、記憶だけを頼りに再現しようとして失敗した、魂の抜けた人形のような作品群。

 そしてもう一つが――さらに深刻な「化け物」たちだ。

 

「ルールが破綻してるっていうか……『あえて』外そうとしてるのが見え見えなんだよな、少しスマホを巡るだけでそういうゲームばかりだ」

 

 能登が指摘したのは、操作性が意図的に劣悪だったり、ストーリーが支離滅裂だったりする前衛的すぎる作品群のことだ。

 王道と呼ばれるシステムや、かつて覇権を握っていたジャンルの文法。それらを意図的に避けようとするあまり、奇を衒いすぎてゲームとして成立していない。

 まるで、その人たちにしか見えない「何か」に怯えているかのように。

 

「皆、信じてるのさ。奇跡ってやつをな……少年漫画チックだろ?」

 

 琥珀がいつもの調子で、しかしどこか冷ややかな目で補足する。

 

「向こうからすりゃ消えた理由がわからない。だから、戻ってくる理由もわからないまま『いつか戻ってくるかもしれない』って怯えてるんだよ。もし明日、あの国民的ゲームが復活したら? その時、それに似たゲームを作っていたらパクリ扱いされるか、本物の輝きに消し飛ばされる。だからクリエイターたちは、存在しない『亡霊』と被らないように、必死で誰も通らない獣道へ逃げ込んでるってわけだ……不礼は無計画だから、そこまで考えてないだろうがな」

 

「……その上で再度聞きますが、不礼先生が帰ってくることは」

 

「ない、100%無い、いやある意味数年は経てば帰ってくることはあるんだけどその頃にはゲームクリエイターがどうとかそういう次元じゃなくなってそうだし、今回いつがやってきた時は完全に私用、今回みたいなことはないだろう。」

 

 世界はまだ、諦めきれていないのだ。

 影も形もないのに、かつての王道が「あるもの」として座っている玉座を避けて通っている。

 その結果、今の市場に並ぶのは、自信なさげな模造品か、理解不能な奇形品ばかりになってしまった。

 

「被害はゲームだけじゃないぞ。ほら、これ食ってみろ」

 

 能登がコンビニの袋から放り投げたのは、見たこともないパッケージのスナック菓子だった。

 毒々しい紫色で、形状は螺旋を描いている。

 日隈が恐る恐る口に運ぶと、甘いのか辛いのかさえ判別できない、ぼんやりとした味が広がった。

 普段から能登はお菓子を用意したりするが、今回のは一際目立つ味わいをしている。

 

「……えっとこれ、味がしないっていうか、方向性が迷子?」

 

「有名な菓子メーカーも軒並み消えたからな。後追いで出てきた企業も、かつての『定番商品』の味が戻ってきた時のことを恐れて、あえて似つかない味や形にしてるんだ。分かりやすいところで言うとカップ麺もそうだ、どいつもこいつも『醤油』や『シーフード』の王道を避けて、謎のスパイス味ばかりになりやがって……」

 

「ああ……俺もつい昨日食いだめしようとしたらビックリしたよ、チャーハンのもとがさぁ、ゴマきんぴらチャーハンってどんな味やねんって……まあアレはそこそこ当たりの部類だったけど」

 

 能登は苛立ちを隠そうともせず、不味い菓子をかじったり、琥珀の用意したチャーハンをつまむ。

 現在、商店街のすぐ近くにあるコンビニの棚は、どこに向けた需要なのかわからない商品で埋め尽くされている。

 これが、コンテンツショック後の世界の実情だった。

 物理的なモノは作れても、精神的な支柱を失った世界は、身勝手な神の作り出した亡霊の影に怯えて迷走を続けている。

 新しいゲームが作られ続けても、人々が「いつか帰ってくる本物」を待ち続けている限り、この歪んだ空気が晴れることはない。

 

「……このままだと、この『歪み』が新しいスタンダードになっちまう、そうなるオレが好きなものが逆に『王道』から『奇抜』に寄る……そんなのは御免だ」

 

 能登がガリッと、音を立てて菓子を噛み砕いた。

 その瞳には、かつてない焦燥感と、鋭い闘志が宿っている。

 

「日隈、予定変更だ」

 

「え? 変更って、開発スケジュールの?」

 

「そうだ。のんびり百年先を見据えてる場合じゃねえ。今この瞬間、この腐った空気をぶち壊す『本物』を叩きつけなきゃ、インディー界隈どころか文化そのものが死ぬぞ」

 

 能登はデスクに向き直ると、ホワイトボードに書かれたスケジュール表を無造作に書き換え始めた。

 その赤いマーカーが示した先にあるのは、開催が決まったばかりのあのイベント。

 

「次の『ピクセルサミット』。白卓はここに全てを懸ける」

 

「ええっ!? でもまだ半分もできてないよ!?」

 

「間に合わせるんだよ。亡霊なんぞに怯えて奇形化したゲームばかりが並ぶ見本市なんて、オレはお断りだ。消えた過去に配慮して腐っていくくらいなら、オレたちが新しい『王道』を定義してやる」

 

 それは無謀とも言える宣言だった。

 だが、日隈の胸の奥でも、熱い何かが呼応するように高鳴っていた。

 楽しませたい。誰かの顔色を窺って作ったものではなく、心から面白いと思えるものを届けたい。

 かつて琥珀に巻き込まれ、能登と出会い、ここまで走ってきた原動力。

 

「……わかった。やろう、らいかさん!」

 

「ああ。世界が亡霊の影に怯えてるなら、オレたちがその目を覚まさせてやる」

 

 瀬尾がため息をつきながらキーボードを叩き始め、サフィーナが慌ててタブレットを起動する。琥珀はニヤリと笑って宣伝プランを練り始めた。

 亡霊との戦いではない。

 これは、未来を勝ち取るための、白卓による「王道」への挑戦だった。

 

――

 

「ということでなんとしてもこのピクセルサミット出ることにしたんだけど……」

 

「まあ、能登ならそんなこと言うような気はしていたが……」

 

 改めて日隈は、瀬尾達にもピクセルサミットへの予定を少々早めたことを報告する。

 SEOが出来て間もないため、彼は少々休んでもらっていたがまた駆り出されることになりそうだ。

 サフィーナに至ってはほぼ暇つぶしに変なボードゲームをやっているので余裕で戦力として使える。

 しかし音牟は何かを思い出したように日隈に語る。

 

「でも、確か日隈くんこれから忙しくなるからゲーム制作は控えめって言ってなかった?それはどうするの?」

 

「それは……そこも頑張って並行でなんとかするしか……」

 

「ん、お前何かしていたのか」

 

「実はその……就職活動……」

 

「早くないか!!?まだ俺達それを意識する年じゃないぞ……いやある意味、早いに越したことはないんだが……」

 

 なんと日隈はこの時期まで今後の進路についても検討しながら活動していた、自分というよりはほぼ能登の為である、元々彼女は引きこもって学校も最低限、ギリギリ留年まで利用してゲーム制作に絶やそうとしていたので付き合っている身としてなんとしても生活出来る範囲にしておきたい日隈はこの段階で身を固めておかないとまずいと判断したわけである。

 しかし、それでもまだ分からないところがある。

 

「就活も何も、能登の実家は酒屋か何かだろ?そこを継いでおけばそれでいいんじゃないのか?」

 

「ダメですよ!仕事をする分には最後の手としてそれを考える分には構いませんが実家を免罪符にしたららいかさん全然働かないかもしれないじゃないですか!こんなことあまり言えませんけど」

 

「た……確かにお前が働いて能登がヒモになってる姿の方が容易に浮かぶ……」

 

「そもそもちゃんとそこを視野に入れてたら引きこもりなんてしないからな」

 

「ホームレスのサフィーナちゃんに言われたくないと思うけど……確かに能登ちゃん、もしも日隈くんに会えなかったらどうなっていたんだろうね……?」

 

 いつの間にかゲームのことより能登の将来の話になっていたが考えていくうちに瀬尾が自分達も他人事ではないことに気づく。

 どういうことかというと、一番しっかりしているので琥珀の事は日隈の次に瀬尾が聞かされているのだが……もうそろそろ自分も帰れるというかそんな感じのことを言っていたのだが……。

 

「思い出したんだがこのデスクって所有権琥珀が持ってるよな……?去った後俺達どうする?」

 

「何!?こ、ここが使えなくなるのか!!?それはまずい!!!」

 

 それで誰よりも焦ったのがサフィーナ・ブルー、彼女は今まさに何かあった未来の能登來暇を地で行くような人生をしており、サテラビューを開発するために人生を賭けた結果が家無し職無し、廃墟を勝手に改造して住処にしていたホームレスだ。

 おまけにコンテンツショックによってせっかく作ったサウンドリンクゲームやスーパーファミコン自体が消滅したので、本当にサフィーナには存在意義やアイデンティティすら失われている。

 琥珀としてはあまりにもその変貌ぶりがショックだったことで温情かわりにこの事務所、彩月が居た部屋をそのまま住居にさせていたのだが、近いうちに琥珀がいなくなるとなると彼女はどうなってしまうのか……?

 

「もしかして探したほうがいいんじゃ、新しい拠点……」

 

「うん、だから僕も急いだほうがいいって言ったんだ……」

 

 ――

 

 ということで今は新しい拠点探し、今になって「こんなきとを……とぼやきたくなる気持ちを抑えて新天地の準備。

 特にサフィーナにとっては死活問題だがそうやすやすとこの人数が不自由なく過ごせる場所となるとかなり限られてくる。

 琥珀も他人事ではないので全面的に協力してくれるのだが、お金の工面は苦労した、SEOがなければここまで選択肢はなかっただろう。

 

「ところで日隈くんさぁ……そろそろタイトルくらいは教えてくれない?俺さ、次また記憶喪失になるんだよ?メモっとかないと忘れちゃうよ」

 

「今更ですけど……ずっと追いかけてないで、たまには僕たちの所に帰ってくるというのは……多分出来ないんですよね?」

 

「まあそうだな、俺もこれが2回目の経験だったからこそだが、どうやら同じ世か……時代に行けるのはたった1回、こう、バッテリーみたいなのが回復するまでの一発勝負、それまでにこんな感じの揉め事を解決して不礼を追い出さなくちゃいけないってわけよ」

 

「よくわかりませんけど……」

 

「分からなくていいのかもしれん、それでタイトルよタイトル、もしかしたら次の時代はマジで百年は経ってるのかもしれないから」

 

 これが琥珀と日隈の最後の会話になるかもしれない、というより日隈は既に感じていた、恐らくもう近いうちにこの人はいなくなる、それが今世の別れになってしまうことまで察している。

 琥珀もまた白卓のメンバーだと思っていたが、どうやらずっとそうでもいられないみたいだ。

 

「琥珀さん、あの時貴方が声を担当してくれた時本当に助かったんですよ」

 

「あんなもんチートだチート、俺の場合は声でなんでもできるというか……コレも難しい話になるが、人間の所業を超えることを無意識にやっちまった……本当はやっちゃダメだからまたメモにしておかないと……けどよ、これだけの付き合いになれたことは感謝してるし結構本心で楽しかった」

 

「それでも……それても不礼先生を追いかけることのほうが大事なんですか?」

 

「そういうキツい言い方やめてくれよ……言っとくがな、俺から見ればコンテンツショックが始まる以前から不礼が来た時点……いやそれよりも前から全部終わってるようなものなんだよ……ま、日隈からすればよくわからないだろうし分からないままでいい、なんだかんだお前らも俺がいなくなっても物語が進むようになってきたんだろ?」

 

 二人が眺めているそばで部屋が決まりそうになっている、もうしばらくすれば琥珀が見守らなくても一応サークルとしては問題ない形になっていくのだろう。

 最後に琥珀は日隈に、かつて自分が付けていた狐のお面を渡した。

 

「最初は単なるキャラ付けのつもりだったけど、お面捨てられなかったから日隈にやるよ」

 

「なら聞かせろ、どうしてお前は自分を取り繕うのをやめた?」

 

「や……やめた何も、記憶がないからああいうキャラしてたんだしさ……まあ理由を考えるとするなら、やる理由なんてなかったからかな?……それで納得いかないならもう一つ、今回俺は()()()()()()()()()()()()()()

 

 琥珀がメモってるうち、唯一見せてくれたのは6という数字、これがどんな意味を表しているのかというと、琥珀が常日頃から付けている腕時計、これが度々言っていた移動らしきものをするためのバッテリーを表してるものらしく、現在すでに満タンの26まで溜まっている。

 以前の移動の際にどの段階で記憶を取り戻したのかを前もって書いておくようにしたとか、記憶喪失になったあと書いて残しておくことがそれでいいのかとツッコミたくなったが、今度に向けて書いておいたメモも多いとか、特に真っ先に『西暦何年か聞く』というのは相当大事らしい。

 

「んじゃ、まだお前らが生きてる時代で再会できたらいいが……また思い出した時にゲームがあるといいな、琥珀の名前は……まあ残らないだろうな、そんじゃ」

 

「あの……最後に一つ聞いてもいいですか!?前にも同じことをしたんですよね、その時世話になった人に会ったりとかは」

 

「20年だぞ20年!前の事件はそんな接点なかったし今更会っても向こうも困るだろ!……それにまあ、その時の奴らに会っても気づかんだろうし……期待してるぞ!俺、ゲームめちゃくちゃやるキャラになっとくから!」

 

「えっ……ちょっと待ってください本当にこのまま行くんですか!?せお君とか桜井ちゃんとか連れてきても……」

 

「いいんだよ別れは唐突な方が!こっちも聞いたところバタバタしてるみたいだしな!」

 

 と、琥珀が感動的なムードもなしにとっとと退散しようと、水の中に飛び込んだところ……今まさに日隈が別れのために呼んでおいた彩月が合流して、勝手にいなくなる直前の琥珀に対して言っておきたいことがあったのか、ずっと溜め込んでいたのか……大声で吐き出すように琥珀に伝える。

 

 

「私の本当の名前は!!水神三月!!」

 

「……は!?今お前なんて言った!?水神!?するっていうとお前の血縁者には……ああもう向こうで考えるしかねえ!じゃあお前……あっ時間来た!」

 

 突然のカミングアウトに琥珀もかなり動揺しながら海に沈む、日隈達は何故本名を聞いて驚いたのか知らないが、彩月としてはすっきりしたのか憑き物が落ちたかのような爽やかな顔をしている。

 

「へっ、一生『桜井彩月』に囚われてそうだったからちょうど良かったんだよ、そんなに私と似てたんかなぁ……まあ、彩月って名前も慣れてきたけど」

 

「えーっと……桜井ちゃん、いや」

 

「いいよ日隈さんは桜井彩月としての私だけ見てれば……えっとね、水神家っていうのはちょっと複雑で……私もこの間に()()()()から20年前のことを教えてもらったばかりで、まあ関係あったりなかったりするような立場だったんだって、私に話しても信じてくれないからって真相は答えてくれないけど」

 

「じゃああのお面野郎はそれを知らないままずっとアイツと過ごしてたわけか、確かにそれは滑稽だな」

 

「あーあ……でもようやく終わったんだ、叔母さんに報告してこよっと」

 

「えーと……叔母さんってどんな人なの?」

 

「前にねむ兄さんの絵本をめっちゃ買い取ってくれた大衆食堂の人の話したじゃん、店主がほぼ三人組なんだけどそのうちの1人が私の叔母、なんかさ……その人の妹が私の母さんなわけなんだけど……どうにも引っかかることが多いというか」

 

「はは……なんというか、現実なのにゲームみたいな経験してるんだね」

 

「当事者としては全然笑えないけどね……ま、何はともかく……これって終わったってことなんじゃないの?日隈さん」

 

 

 その通り、この日能登と出会った際に巡り合って始まった奇妙な縁と、琥珀や不礼をめぐる奇妙にも巻き込まれたゲーム制作期は終わりを迎える。

 

 

「ところで日隈さん、百年先も覚えてくれるゲームってあいつをもとにしたゲームなの?」

 

「え……?いや、全然違うけど……」

 

「あっそうなんだ、それはそれでウケる」

 

 

 そして……物語は進み、琥珀がいなくなってから2年後、つまりRG歴2048年……

 

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