「さて、今回のテーマは『騙す』か……」
能登がつぶやき、ホワイトボード代わりのノートパソコンにペンを走らせる。
四十八時間という制限時間、即席のチーム、そして抽象的なテーマ。ゲームジャムの洗礼を一身に浴びながら、チーム『白卓』の作戦会議は始まった。
「騙す……と言っても幅が広すぎるよな。プレイヤーを騙すのか、キャラクター同士が騙し合うのかで内容はガラッと変わるだろ?」
瀬尾が腕を組み、プログラマーらしい論理的な視点で切り出してノートを取り出す、日隈のものと比べるととりあえず持っておいたぐらいの新品で使われた痕跡もまだ少ない。
「シナリオ上の叙述トリックで騙すのはこの短期間じゃリスクが高い。それに、システムで『騙す』を表現するにしても……」
「ただ理不尽なだけじゃダメだね。騙されて腹が立って、はいクソゲーってなったら何の意味もないし」
「その通りだな。ゲームである以上、騙されたとしても『ああ、やられた!』という爽快感や納得感がなきゃ面白くない……詐欺みたいな形で騙されたら不快になって終わるだけだろ?」
瀬尾の指摘に、全員が唸る……まるで実際に詐欺られたことがありそうなくらいの説得力だ、間違ってはいないけど。
騙すこと自体を目的にしてはいけない。あくまでエンターテインメントとして成立させる必要がある。
沈黙が場を支配しかけたその時、日隈がおずおずと手を挙げた。
「あの……僕、ここに来る前にゲームジャムのこと調べてきたんですけど、やっぱり短期間で作るならジャンルを絞ったほうがいいと思うんです。それで、提案があるんですけど……『落ち物パズル』はどうかなって……そうなんなっけ」
「まーそうだな」
日隈はノートの隅に図を描き始めた。
上から落ちてくるブロック。積み上がる四角形。誰もが知るパズルの形式だ。
「僕、ゲームが作れるようになったらやってみたいネタがあったんです。タイトルは『グッチーパーズ』」
「随分と安直な名前だな」
「わかりやすくていいと思ったんですが……コンセプトはジャンケンを落ち物パズルにする、みたいな感じで」
日隈の説明はこうだ。
落ちてくるブロックは『グー』『チョキ』『パー』の三種類。
通常のパズルゲームのように色を揃えるのではなく、ジャンケンの勝敗でブロックを消していく。
グーのブロックを落とせば、接地した場所にあるチョキのブロックを破壊できる。パーならグーを包み込んで消滅させる、さらにパズルの対戦でおなじみの「相殺」はあいこに落とし込んで同じブロック、つまりグーが落ちてきそうならグーを消していけば止められるなど「ジャンケン」をパズルになんとか変換しようとした痕跡が見て取れる。
「なるほど……ジャンケンってシンプルだけど、究極の心理戦でもある。『次はグーが来るか?』とか『あえてパー待ちをするか』とかね。これなら対戦形式にすれば、相手の裏をかく『騙し合い』が自然とゲーム性に組み込めると思う」
「なるほど……既存のルールのアレンジか。それならゼロからシステムを構築するより工数は減らせるよな、ジャンケンと落ちものパズルのプログラムは組めるか?」
「その程度だったら1時間もかからず出来るぞ」
能登が顎に手を当てて思考を巡らせる。
「連鎖の仕組みも、勝った手がそのまま残るようにすれば……グーでチョキを消して、そのグーが下のチョキの上に落ちてさらに消える、という連鎖が組めるな」
「なるほど…………さらに固まっちゃうお邪魔として石とかとか、英語でロックシザースペーパーとか言うじゃん? ハサミや紙とかそういうお邪魔要素を入れれば……」
「いけるな。よし、ウチらは『グッチーパーズ』で行くぞ。瀬尾、基本の落下処理と判定周りは頼めるか?」
「任せろ。パズルならアルゴリズムは見えてる。日隈、お前の『一人遊び』とやらで培った妄想力、フル回転させて仕様を詰めろよ」
「はい」
白卓の方針は固まった。シンプルながら奥深い、ジャンケンパズル。
しかも少深としては驚きを隠せない、ついさっき出た企画書を軸にしたはずだが能登はあれだけでほぼ全貌を把握しているようにまとめ上げて要求リストをまとめ、瀬尾はすでに簡潔な落ちものパズルのソースプログラムを完成させている、高校生三人がこれだけのものをつくっている。
まさか本当に北宮を──そう確信し始めた矢先だった。
──-
一方、向かいの席に陣取った北宮たちのチームからは、不穏な空気が漂っていた。
「……えっと、琥珀さんの企画書、『ニセバルバ』? これ何?」
北宮がペラ一枚の企画書を摘まみ上げ、ゴミを見るような目で見つめている。
そこには『トランプゲーム』というジャンルと、意味不明な概要が書かれていた。
「何って、架空のトランプゲーム『バルバ』をプレイするゲームっていうのを思いついたんだ、騙すといえばやっぱイカサマ、イカサマといえばトランプだよ! とはいえ普通のトランプじゃ見劣りするだろ? そこでバルバを思いついたわけ!」
「で、そのバルバのルールはなんや? ポーカーみたいな対戦型? それともブラックジャックみたいに数字を使うんか?」
「書いてないわね」
「は?」
北宮が企画書を一通り読んでいるが当然といった風で涼しい顔で言い放つので星谷も顔がひきつる。
「そうそう、コンセプトとしてはプレイヤーも対戦相手も、誰もルールを知らないの。でも、その場の空気とノリだけで『さも知っているかのように』進行させるゲーム。どう?」
一瞬の沈黙。
北宮だけでなく、同席していた星谷までもが呆れた顔をした。
「それだけ聞いているとよく分からない物をよく分からないまま適当に言うだけ言ってみるみたいな、空気読めない主人公みたいになるけど」
「そこまで言うなら作品として成立していないってストレートに言ってくれる??」
琥珀がむっとした声を出すが、北宮は企画書を机に叩きつけた。
「アカン、これじゃクソゲーやない、ただの虚無や。……でもまあ、素材としては悪くないかもしれへんな」
「えっ、採用?」
「半分ボツで半分採用といったところ、ねえ星谷、今すぐコンビニ行ってトランプ四つ買ってきて」
「なんでワイが!? もっと曲作りたいんやけど! オサレなやつ!!」
「いいからお前行け! 実物触らんとコイツはイメージ湧かんだろが! 10分で戻ってこい、遅れたら北宮がPCのエンターキー全部爆破するぞ」
「理不尽の極みやなこの女!! 畜生がお前後でトランプ台請求すっからな!」
星谷が脱兎のごとく会場を飛び出していく。
残された北宮は、不敵な笑みを浮かべてキーボードに指を置いた。
「ねえキツネさん。貴方の言う『ルールが分からないまま進行する』って、ゲームとしてはストレスでしかないの、でも視点を変えれば化ける」
「視点を変える?」
「そう、たとえば『接待』……私がついさっき、そこにいる大きい子に対してやった体験をもとにゲームを作るわ」
「……接待?」
「ただ勝つだけじゃない。ルールなんか曖昧でいい。形の見えないイカサマや適当な造語、ハッタリをかまして周囲を欺き、試合そのものをコントロールして自分に有益な結果を招く……そういう『ソーシャルエンジニアリング』的なゲームにするのよ」
北宮の目が、クリエイターのそれに変わる。
「『バルバ!』って叫んでカードを出す。相手が動揺したらポイントが入る。逆に相手が知ったかぶりをしてきたら、さらに上の造語でマウントを取る。そうやって『場』を支配した物が勝つ。タイトルはそのまま『ニセバルバ』、コンセプトは『詐欺師のポーカー』……この方向性で行くわ」
言うが早いか、北宮の指が残像が見えるほどの速度で動き始めた。
カチャカチャカチャカチャッ! と凄まじい打鍵音が響く。
モニターの中では、まるで子供向けのプログラミング教材のように、あらかじめ用意されたモジュールが次々と組み合わされていく。だが、その構築スピードと論理構造の複雑さは、子供の遊びのレベルではない。
星谷が戻ってくるまでのたった十分の間。
それだけで、ゲームの根幹となるシステムが形になり始めていた。
「……うわぁ」
その様子を見ていた琥珀の背筋に、冷たいものが走る。
天才とは聞いていたが、これは次元が違う。
迷いがない。構築しながら仕様を固め、同時にバグも潰しているような、神がかった手際。
(やっべ〜……どうしよう日隈くん、このままじゃ君らマジで負けるかもしれないわ)
狐面の奥で、琥珀は少しだけ青ざめていた。
自分が持ち込んだ適当なアイデアが、怪物の手によってとんでもない劇薬に変わろうとしている。
『白卓』の正統派パズル対『北宮』の邪道接待カードゲーム。
四十八時間の戦いは、序盤から波乱の様相を呈していた。
──
「ふんふんそっか……てめぇクリエイターなめるのも大概にしとけよ、新しいモノ思いつけばいいってもんじゃないんだよ」
電話して彩月に泣きつくが、開口一番キレられるのでこの人本当にゲーム制作に関われるのかと不安に思われそうだが彩月の怒りも当然である、巨獣バルディスの件もあるのにトランプなんて懲りてねえんじゃねえかとキレてるわけである。
「あのさ琥珀、トランプを使用したゲームがどれだけあると思ってるの?」
「えーと七並べだろ? ババ抜き、ポーカー、ブラックジャック、神経衰弱、豚の尻尾、ソリティア……まあ色々だろ?」
「ちょっと調べたら66種類以上って出てくるだろうが!! そこから新しいルールのトランプなんか48時間で作れるかこの野郎!! 日隈さんがゲームジャムから帰ってきたら覚えとけよ!!」
言うだけキレてそのまま電話も切られる。
ニセバルバを考えたはいいがほぼ完全に北宮に流れを乗っ取られている……なんというか本当に嵐のような人で不甲斐ないが、日隈がボロ負けする未来も見えない、期限まであと少しというところで一人でくつろいでいると北宮と星谷がちょうどいた。
「リアルバルバしたはいいけどほぼ盛り上がったの私だけね」
「まあ結局はポーカーにフリーセル合わせたみたいなゲームにしてもうたからな……けどそれが本筋やないんやろ?」
「軸は試合のコントロール、相手が満足できたが、勝ち負けでどんな結果を得られるかを調整すること……だからこそ接待が使えると思った、ルールを推理するカードゲームは既に『鏡のマジョリティア』があるし」
「接待てなぁ……あんなもんハニトラやろ? ゲームの為にあんなことしてワイとしては不安やで」
「問題はないわ、確かに色々と騙した形にはなるけどあの子、満足そうな顔をしていたじゃない? 私にとってもニセバルバを作る上で利益になった……互いに徳をした形になったからいいでしょう?」
「んな男心を弄ぶような真似しとったらマジで刺されるでお前……」
「心配ないわ軽傷で済んだから」
「マジで刺されとったんかお前!! ようお前それで内定取れたな!?」
こうして見ると琥珀は取り残された感じがして悩む、自分はなにか出来ただろうか?
こうしている間にも日隈はゲームを作り続けていることだろう、だが自分はというと1回ネタは考えた画北宮の手で魔改造されているのでやることがないというか次の企画書を考えていたところだ。
日隈達は勝てるだろうか? そう考えていると……。
「困ってるみたいじゃん、君はえーと……琥珀って名乗ってるんだっけ?」
「そっちこそ今じゃ不礼勇、そんでもって教師とは大胆だな……まさかゲーム作ろうとしてるなんて思いもしなかったけど」
「これが結構ハマったんだよねぇ……それこそ君、助けてあげようか? 昔の弟子のよしみってやつだ」
「それ意味わかって言ってんのか……いいよアンタにはアンタの別のグループがあるだろ、とっととゲーム作っちまえよ」
「俺は普通に一人でゲーム作ってるけど」
「え? お前何言って……」
琥珀が振り返る頃には不礼の姿は消えており……たまたま散歩していた日隈とも通りすがる、さすがにどんなゲーム作ってる? というのは話しちゃいけないラインなことは互いに分かってるのでそれは聞かないようにしつつ話をする、どうやら会話を聞いていたようだ。
「琥珀さんと不礼先生……師弟関係だったんですね」
「師弟関係というか腐れ縁というか割れ蓋に綴じ蓋というか……まあ、昔からの変な付き合いだよ」
「じゃあ琥珀さんもコミケで?」
「いや実のところ自分はコミケのコの字も知らん、実際に行ったことないしどこでやってるのかもわからん」
「でもそれだと不礼先生と言ってること食い違いますよ……?」
「二次創作で当てている
「いえ、それは少年Dの件で身に染みてますし……それに今回は別の学校です、問題を起こすようなことは……」
「……はあ、やっぱ分かってないな日隈くんは、あいつはそういう常識的な感性で動いちゃいかん、下手したらゲームジャムも潰されるぞ」
「え!? それはさすがに嫌です……ようやく本格的にゲームを作ったりして、見せられるかもしれないし……何より、実際の専門家がどんなものを作るのか気になるんです、だって楽しかったんですよ……バルディスのときも、あのシューティング対決のときも」
「僕みたいな人が向こうには沢山いると思ったら全部見届けたいじゃないですか、学祭の時だって本当はそうしたかったのに出来なかったし……」
勝負のことはともかく……ゲームの出来には結構楽しみにしていてそれ目当てで来ているのもある、だがそれでも負けたくないという気持ちもある。
こんなに強情になれるとは思わなかったが、自分でもいい変化だと信じたいらしい。
「……負けても星谷とゲーム作るくらいでしょ? 聞いたところネタはいっぱいあるんだし」
「いえ、言ってしまえば僕のワガママですよ、僕のネタをのとさんの手で形にしてもらいたい……それだけなんです、あの人はずっと一人だった僕を見込んでここまでしてくれたんですから」
「そういえば君、僕の名義でネタにしてやろうかって脅した時にも啖呵切ってたもんなぁ……じゃ、マジで僕も超えるつもり?」
「もちろん、僕はのとさんが見たい景色の隣に立ちたい」
「お……おい、お前それ分かってて言ってるのか!?」
「うわぁせおくん!?」
話に夢中になっている間に紙コップコーヒーを落としてこぼすほど衝撃を受けた瀬尾が立ち尽くしていて、そのままの勢いで日隈に掴みかかる。
「も……もちろんわかってるよ、やるからには世界一って言ってたしそれが口で言う事簡単じゃないって」
「そうでもあるけどそういう意味じゃねぇ! お前意味ちゃんと理解しておけよ!?」
ぐわんぐわんになりながらも日隈は能登にメールで呼ばれたことを確認して先に帰ったが、今度は瀬尾と琥珀が二人きりになる。
「あいつは前からあんな感じか?」
「自分が会ったのはスカウトしてからだけど、まあそうだが何か問題でも?」
「……ここで組んだばかりの俺が言うのはお節介かもしれないが、あれでも同じ学校の付き合いとして言わせてもらう、ちょっと聞かせてもらったが、夢が叶わなかった場合あいつの人生は破滅する、そしてその可能性の方がずっと高い」
「そうだね、大人として言わせてもらえば志は立派なんだけど……白卓の振る舞いはまだ学生ノリのインディーサークルに過ぎない、そもそも能登ちゃんがずっと彼と付き合いきれるわけでもない、星谷のように」
「じゃあやっぱりそうか……そっちの班、あの北宮という奇麗な人と星谷さんが……」
「そうだね、恐らく二人が組んでゲームを作れる時間は限られている」
北宮は優れた成績と技術を叩き出して既に大手アクションゲームの会社『マスクウェア』の内定を得ているが、星谷は現在も内定を得ているかどうか、それにしたってマスクウェアはそう簡単に入れるものではない、それがBの魔術師をもってしてもだ。
北宮が破天荒な事をしていられるのも星谷のツッコミありきなところがある、こうしてゲーム作りのために好きなことをしていられるのも永遠ではない。
瀬尾と琥珀は……それが白卓にもそんな時期が訪れてしまうことを危惧している、琥珀はとも書く何故瀬尾がそこまで……というところで、琥珀は思い出す。
「君もしかして妹いない? 小学生くらいの……」
「そうだけどなんで? ……とすると聞いたのか?」
「まあね、その……君の兄さん、クリエイターなんだって? 君のそのプログラマーとしての技術も納得するものがある、でも……」
彩月のことは今は隠しつつ……瀬尾と聞いて若干もしかしてと思ったことを話す。
瀬尾には更に上の兄がいた、とても技術があり性格もいい……なんというか変わり者の兄だったが、それでも……死んでいいような人ではなかった、あまりにも早く交通事故によってその生涯を終えたという。
「そうなってからさ、もうゲームなんてどうでもいいやってなってたんだ、あんなに兄貴の背中追っかけたはずなのに……ここに来たのも頼まれたからだった……が、見てられなくなった」
「毎日のようにぶっ通しで働いて過酷な環境の中、事故に巻き込まれたそうだね……日隈くんもそうなりそうだと?」
「あいつの目はマジだ、ゲームを作ることで存在意義を感じている……見たところあいつは悪いやつじゃないし優れた才能もあるだろ」
「……ならどうする?」
「アンタらは人材が欲しいんだろ? これは取引だ、俺はプログラマーとして彼奴等の理想としてるものなんでも形にしてやるよ……その代わり俺は、あいつらが本当に潰れそうになったとき壊れる前に殴ってでも正気に戻させる! ストッパーとして……兄貴みたいにゲームのせいで壊れた良い奴がこれ以上見ないようにするためにだ!」