堅苦しい村を抜け出した二人の少女が、海にたどり着いた後のお話。

1 / 1
二人、沈んで

 逃げて逃げて。行く当てもあるはずはなく、単なる少女が二人いるだけで何もなく。

 これからの生は無敵なのだと、誤魔化しきれない程に走り続けた先。

 

 路銀も尽きて、働こうにも働けず。万一、あいつらに連絡などされようものなら、きっと、一生、自由なんてない。

 空腹を訴えるお腹と渇いた喉。最初は途切れる事なんてないと思ってた会話も、ついには、消えかけた頃。

 

 互いに何も言わず、示し合わせた訳でもないのに、たどり着いたのは、海だった。

 

「沈もっか?」

 

 久しぶりに聞いた、大好きな声。疲れも何も感じない、明朗で、快活で、彼女のような声。

 

「そうだね」

 

 と、それ以上何も言わず、二人でリュックに石を詰め始めて。

 リュックに石を詰めようとして、でも。案外、手ごろに詰めやすいものはないようで。

 どうしようかなーと、とりあえず砂を詰めてみて。なんとなく彼女を見て。

 そこでは顔くらいの大きさの石を入れようと頑張っているみたいで、苦笑する。

 

「大丈夫? 明里には重くない?」

 

「でも重くないとだめでしょ?」

 

「……それもそっか。まあ、手伝うよ」

 

 どうにも、おかしなことを言っている。でも、最後なのだからよいのだろう。

 きれいな石だよね、なんて、今より小さい頃みたいに話しながら、一つ一つリュックに詰めていく。

 すっかり忘れていた時間。何も背負わずに考えずに、ただただ今の思いを伝えあって。

 空っぽになっていたリュック何て、あっという間に、入りきらない程に詰まっていたのだ。

 

「あれ、もう入らないの?」

 

「久しぶりだったし、そういうものなのかも」

 

「じゃあ、惜しいねー。楽しかったのに」

 

 思わず笑ってしまう。彼女も楽しんでくれていたのだ。

 最近は言葉をあんまり交わせなかったものだから心配していたけれど、変わっていなかったのだ。

 

「でもさ、そんなに詰めて大丈夫?」

 

「何が?」

 

「すっごい重いと、よろけちゃう……そもそも背負えなくない?」

 

「えー、深代が助けてくれるでしょ?」

 

 くつくつと、笑いが漏れる。そうだったなぁと、私にまかせっきりだよね、と。

 懐かしくて、面白くて。

 

「任せて」

 

 昔のように口にしていて。

 

「……重い」

 

 勢いよく背負って、そのままにふらつく。

 そうなのだ。いつも勢いに任せて、うまくいってないのだ。

 それじゃあ、となってしまう。

 

「だから言ったでしょ?」

 

「支えて……」

 

「はいはい」

 

 ふらついて、揺れる体を支えながら、海に向かって歩く。

 波の音。砂を踏む音。虫のなく声。

 互いに言葉もないまま、歩き続けて。

 

「えいっ!」

 

 そう声を出したのはどちらだったのだろう。きっと、二人共で。

 海面に浮かぶ月の光に、踏み出してみたのだ。

 そのまま色々な事を少し忘れて、水を掛け合ったり、浮かぼうとして沈んだり。

 邪魔になってしまったリュックを投げ捨てて、ポヤポヤと穏やかに過ごしていたけれど。

 

「とと」

 

「もう、危ないよ?」

 

 体を動かすのが得意ではないというのに、はしゃぎまわるのだから。いつも転げてしまうのだ。

 腕を引いて、抱き寄せて。はにかむ笑顔が懐かしい。

 そうなのだから、ついと、口に出せていなかった言葉が出てしまう。

 

「ねえ、最後だし」

 

「何?」

 

「キス、してみない?」

 

 何も言わず。二つ、一つにつけあって。

 

 ……照れくさい。私から誘ってみたことなんだけど、なんだけども。

 と、顔をそむけていたら、もう一度。

 

 ずるいのだ。

 あぁ、もう。耳が熱い。顔が熱い。海の水をすくって、顔にかけて。何度やっても冷めない。熱い。

 声を出したい。意味のないものを、何でもないことを。明里の事を。

 

「……あー、もっとしたかったなー!」

 

「じゃあ、やめる?」

 

「今がいい。今までにないくらい、幸せだから」

 

 重荷を背負って一歩一歩、沈みに行く最中、顔を見合わせて。お互いに満面の笑みを浮かべていた。

 

 突然、体は急に浮いて。流されて。

 ああ、もう、引き返せない。

 

 離す事のないように、手を繋ぎ、抱き合って。

 顔が沈む。思わず息を吸おうとして、水が入る。むせる、吐き出せた。

 何とか、顔を出して息を吸う。もう、終わり。心を決めて、もう一回、沈める。

 

 沈みゆく最中、空気を求める体は息を吸い、代わりを水が埋めてくる。吐き出そうと無為に空気は出て行って。

 四肢はもがき、でも明里を離さないように押さえつけて。食い込みすぎないように力は入れすぎないように。

 幽かな月の光では、もう、何も見えないけれど、確かな熱は腕にある。

 沈む、沈む。

 

 どこか温かく思えた水も、すっかり何も感じなくなって。

 腕の熱は引いているけれど、それでも確かにここにある。もう、見失ってしまわないように、ぎゅうっと抱きしめようとして、でも、うまく力は入らなくて。もがいて、手繰り寄せようとして、ピクリと彼女の腕が動く。

 弱弱しいものではあるけれど、引き寄せてくれている。伝わっていたのだ。少しでも返せるように、抱き寄せて。

 

 願いが叶うなら、だれにも見つからず、このまま。

 二人、海の底へ。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。