レリーフ・プロトコル   作:最上 イズモ

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第10話 シーン・レスキュー

闇は、ただ暗いだけじゃなかった。薄い。紙みたいに薄い。視界が削られて、代わりに言葉が入り込んでくる。照明が落ちた瞬間から、隔離区画は“場所”ではなく“揃い”に変わり始めていた。

 

通信「返す。返す。返す。返す」

 

繰り返しが増えるたびに、心拍が寄っていく。誰かの鼓動に引っ張られる感覚。揃いそうになるのが怖い。怖いのに、怖さを共有したくなる。共有は同期だ。同期は釘だ。

 

バン「……目を閉じるな。呼吸、乱せ!」

 

バンの声が、命令になりかけたところで止まる。彼自身が分かっている。命令は揃う。揃ったら足場になる。だから彼は、次の言葉を“選択”に変えた。

 

バン「自分のテンポで息しろ! 合わせるな!」

 

テツが一歩前へ出て、床を踏み鳴らした。揃いかけた震えを乱すための衝撃。強いけど、乱暴じゃない。狙いがある衝撃。

 

テツ「揃えるな。揃うと裂ける」

 

センが闇の中で、わざと咳払いをした。変なタイミング。変な音。空気が一瞬だけ緩む。緩みは逃げ道だ。

 

セン「いやー、闇ってさ、テンション上がるよね。怪談の導入みたいで」

 

ウメコ「セン、今それ言う?」

 

セン「言わないと揃うから!」

 

ウメコが息を震わせながら、でも確かに笑って、すぐに真顔へ戻る。笑いは武器になった。彼女の喉の奥に残る恐怖が、少しだけほどける。

 

ウメコ「……うん。揃えない」

 

ホージーが端末の光だけを頼りに、淡々と報告する。

 

ホージー「外壁の縫い目に圧。侵入点は一箇所じゃない。複数。波形が群れになっている」

 

ジャスミン「……来る。壁の角だけじゃない。天井、床、セルの周り……全部から触ってる」

 

闇の中で、透明な記録セルがうっすらと光って見えた。見えないはずの“重さ”が中にある。捕まえた根が、じっとこちらを見ている気配がする。

 

KAEDEが前へ出る。動きは最小。視線を合わせない。肩の角度をずらし続ける。揃いを作らないための姿勢。

 

KAEDE「来るなら、来てください。ここは檻です」

 

通信「檻?」

 

闇が笑った。音じゃない。意味の笑い。胸の奥が冷える。

 

通信「なら、檻ごと救済する」

 

壁が膨らんだ。紙の裏から押されたみたいに。次の瞬間、膨らみは“形”になった。輪郭だけの腕。輪郭だけの指。触れた場所の空気が薄くなる。

 

ジャスミンが叫ぶ。

 

ジャスミン「触るな! 触られたら揃う!」

 

ホージー「視覚誘導と接触誘導が同時。恐怖を揃えて、判断を一本化する気だ」

 

バンが拳を握り、ほどく。殴りたい衝動を、逮捕へ変える動作。

 

バン「……イズモ! 封じだ!」

 

私は装置を構えた。狙うのは“腕”じゃない。腕が出てきている縫い目の縁。縁を固めれば、形は出られない。だが固めすぎれば裂ける。

 

イズモ「縁だけを固定する。内側には触れない」

 

バン「キーは俺だな」

 

イズモ「そう。共同手順だ」

 

バンがキーを握り直す。手袋越しでも伝わる責任の重さ。重いのに、迷いを見せない。迷いは燃料になるから。

 

バン「押すぞ!」

 

イズモ「押して」

 

封じの光が薄く伸び、闇の中の縫い目の縁をなぞった。輪郭の腕が、ぎくりと止まる。止まるのに、まだ笑いが残る。

 

通信「薄い封じだ」

 

イズモ「薄いほど折れない」

 

通信「折れない? 折れないなら、折ってやる」

 

闇が一段深くなる。視界が削られ、代わりに“安心したくなる”感覚が増えた。ここで終わらせてほしい。眠りたい。考えるのをやめたい。その誘惑が、救済の釘だ。

 

ウメコが唇を噛んで、震えた声を押し出す。

 

ウメコ「……それ、救済じゃない。休みたいって気持ちを利用してるだけ」

 

通信「利用? 私は優しい」

 

センがすかさず割り込む。断言じゃなく、問いで刺す。

 

セン「優しいって言う人ほどさ、相手の許可取らないよね。許可、取ってる?」

 

通信「……」

 

一瞬だけ、闇が止まった。止まるのは苛立ちの前兆だ。

 

ホージー「止まった。今の間、記録できた。感情波形が濃くなっている」

 

テツが低く言う。

 

テツ「濃くなるなら、形になる」

 

ジャスミンが指を空間へ突き出した。

 

ジャスミン「そこ! 床の角! もう一本、頭だけ出そうとしてる!」

 

床の角が脈打つ。輪郭が“顔”になりかける。顔が出たら、言葉はもっと刺さる。刺さる前に止める。

 

KAEDE「私がずらします」

 

KAEDEが床の角に向かい、手をかざした。触れない。触れずに、意味の位相だけをずらす。空気が少しだけ戻る。

 

KAEDE「揃いを拒否。恐怖は共有しない。正義も共有しない。あなたはあなたのまま、ここにいられない」

 

通信「拒否?」

 

KAEDE「拒否です。あなたの救済は、選択を奪うから」

 

闇が苛立った。苛立ちは感情だ。感情は形を濃くする。

 

通信「なら、奪う対象を変える」

 

次の瞬間、記録セルがカツンと鳴った。中の“根”が反応した。外の群れが、セルへ吸い付こうとしている。取り返しだ。直接、奪いに来た。

 

ホージー「セルに干渉! 外から“引き抜き”が来る!」

 

ジャスミン「糸が伸びる! KAEDEの方にも来る!」

 

KAEDEの肩が僅かに揺れた。呼吸が止まりかける。止まると揃う。揃うと刺さる。

 

イズモ「KAEDE、息を乱せ!」

 

KAEDEが息を崩す。わざと不規則に、わざと弱く。輪郭が戻る。だが糸は伸び続ける。伸びるほど、こちらの判断を“一本化”しようとする。

 

バンが歯を食いしばり、叫ぶ。

 

バン「テツ! セルを守れ!」

 

テツがセルの前に立つ。盾になる。殴らない。守るために立つ。

 

テツ「来い。だがここは通さない」

 

闇の中で、輪郭の腕がテツへ伸びた。触れたら揃う。だがテツは、一歩ずらして触れさせない。触れさせないための身体操作。戦闘じゃない。衝突回避だ。

 

バンがキーを握りしめたまま、私を見た。目が揺れる。ここで封じを強めれば裂ける。強めなければ奪われる。選択が重い。重いからこそ、手順が必要だ。

 

イズモ「出口を消す。奪う経路を“戻れない形”に折り返す」

 

ホージー「可能。ログがある。戻る方向が分かる。そこを塞げ!」

 

ジャスミン「いける! 戻りの方向、そこ! 天井の縁!」

 

私は封じの焦点を天井の縁へ移す。薄く、だが確実に。縁だけを固め、内側へ圧を押し返す。押し返せば、糸は戻れない。戻れないなら、奪えない。

 

イズモ「バン。もう一段。キーを」

 

バンが息を吐く。吐く息をわざと乱して、揃いを壊してから叫ぶ。

 

バン「押すぞ!」

 

イズモ「押して!」

 

封じが重なる。縁だけが厚くなる。裂け目は作らない。逃げ道だけを削る。闇の輪郭が、ぎくりと痙攣した。

 

通信「……狭い」

 

イズモ「狭いほど、形になる」

 

通信「形になれば、裁けると言うのか」

 

バンが即答する。熱いのに揃わせない声。

 

バン「裁く。逃げても、死んでも終わらせない。生きて償え」

 

その言葉に、闇が一瞬だけ止まった。理念が刺さったのではない。理念が“同意”を拒否した。拒否は揃いを崩す。

 

ホージー「今だ! 外部干渉が弱まった! セル閉鎖を強化!」

 

記録セルの外周が淡く光り、内部の重さが沈む。沈むほど逃げにくい。逃げにくいほど、取り返しは焦る。

 

通信「返せ」

 

繰り返しが減った。繰り返せない。揃いが作れない。焦りが感情を濃くする。

 

ジャスミン「見える……! 輪郭が、顔になる!」

 

闇の中、床の角に“顔のような輪郭”が浮かんだ。目がないのに見ている。口がないのに喋る。

 

通信「救済は、現場を終わらせる」

 

ウメコが震える声で、でも言い切らずに返す。

 

ウメコ「終わらせたい気持ちは分かる。でも、それは私たちが選ぶこと。あなたが決めることじゃない」

 

センも続ける。問いで崩す。

 

セン「終わらせるってさ、誰にとっての終わり? 被害者の終わり? 加害者の終わり? それとも、君が気持ちよくなる終わり?」

 

通信「……黙れ」

 

苛立ちが濃くなった。濃くなった瞬間、私は確信した。今なら“捕まえられる”。

 

イズモ「ホージー。捕縛セル、もう一つ出せる?」

 

ホージー「出せる。だが一度に二つは危険だ。縫い目が薄くなる」

 

KAEDE「私が支えます。意味干渉で、揃いを崩し続ける」

 

バンがKAEDEを見る。疑いはまだある。だが今、疑いは武器だ。疑いは揃いを崩す。だから彼は短く言う。

 

バン「やれ。だが、戻れ」

 

KAEDE「戻ります」

 

私は二つ目のセルを起動した。狙うのは“顔の輪郭”。形になったところを掬う。掬えば逃げ道が減る。逃げ道が減れば、群れは引くしかない。

 

セルが淡く光り、床の角の輪郭を吸い始める。闇が抵抗する。抵抗の圧が、隔離区画全体を揺らした。

 

テツが床を踏み鳴らし、揺れのリズムを崩す。揃わせないための踏み込み。

 

テツ「揃えるな!」

 

ジャスミンが声を張る。

 

ジャスミン「輪郭、入ってる! 入ってる! あと少し!」

 

通信「……返す!」

 

返す、が叫びになった。叫びは揃いを作るどころか壊す。焦りは手順に負ける。

 

ホージー「捕捉率九十五! 閉鎖!」

 

二つ目のセルの蓋が落ちる。小さな音。だが決定的な音。

 

闇が薄くなった。薄さが戻る。視界が戻る。照明が、ぱちりと点いた。隔離区画は“場所”に戻った。息ができる。

 

それでも、終わりじゃない。闇が消えたのではなく、引いたのだと分かる。引けたということは、まだ外にいる。

 

ジャスミンが息を吐き、顔を歪めた。

 

ジャスミン「……引いた。でも笑ってる。取り返しは諦めてない」

 

KAEDEが小さく肩を落とす。倒れない。だが残響の冷たさが、まだ彼女の目に残っている。

 

イズモ「KAEDE、意識チェック」

 

KAEDE「正常です。……ですが、群れの中心が“こちらを見た”感覚があります。次はもっと直接的に来ます」

 

バンが二つのセルを睨む。拳を握り、ほどき、また握る。逮捕の形を作るための動作。

 

バン「根を二つ捕まえた。なら、次は本体が動く」

 

ホージー「本体が動けば、物証が取れる。だが同時に、被害も跳ね上がる」

 

ドギーの声が通信に落ちた。低く、重い。いつも通りの柱の声。

 

ドギー「よく持ちこたえた。だがこれは前哨だ。敵は“現場ごと救済”と言った。次は地球署の外、地上の現場で来る」

 

ウメコが小さく頷く。怖いのに、目を逸らさない。

 

ウメコ「……なら、私たちが現場を守る。終わらせない」

 

センが苦い顔で笑う。

 

セン「現場ごと救済とか、ほんと趣味悪いよね。だから、こっちの趣味で止めるしかないか」

 

テツが短く言う。

 

テツ「止める。殴らずに」

 

バンがセルに向けて、低く宣言した。

 

バン「地球署は折れない。ピースギアも折れない。声でも、裁く」

 

私は胸の奥でエルニウスの唸りを聴いた。艦が外側を見ている。境界が擦れている。次は、もっと大きい波が来る。

 

イズモ「次の現場は……市民の中だ。声は器を選ばない。だから、こちらが器を先に用意する」

 

KAEDEが頷く。

 

KAEDE「囮を、もう一度作ります。今度は群れではなく、中心を釣る」

 

ジャスミンが静かに言った。

 

ジャスミン「来る。必ず。返しにじゃない。終わらせに」

 

二つの記録セルの中で、見えない重さが同時に小さく鳴った。

 

通信「救済は、次で終わる」

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